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2年ぶりに参加の観桜会です桜

ここ、白鳥庭園(名古屋市熱田区)に来るのは、
なんと1年4か月ぶり。

正門
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この日(3月26日)は、あいにく朝から雨〜〜傘
(ワタシ、雨女じゃないんだけどな泣

傘をさして写真を撮るのに難儀したけど、
第1部の画像は、お庭の春の景色です桜


ただ、名古屋の桜の開花日は3月17日…
正門近くの "映えスポット" は、
垣根の向こうに見える桜がすでに葉桜になってましたガーン
3月で葉桜ってチーン マジスカ…

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まだハナモモ(花桃)は咲いてます。

このゲンペイシダレモモ(源平枝垂れ桃)、

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ところどころ赤い花が混じっているのが面白い目
白と赤とで "源平" シダレモモなのでしょう。


滝も変わらず〜〜にっこり

雄滝
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雌滝
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リキュウバイ(利休梅)。

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竹林の脇を抜けると…

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山桜と紅枝垂れ桜が花盛りキラキラ

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紅枝垂れ桜越しに見る茶室・清羽亭

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松と、

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アセビ(馬酔木)と、

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椿と、

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ボケ(木瓜)。

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浮見四阿(うきみあずまや)の親子が
停留所でネコバスを待ってるみたいに見えたニコニコ

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手前にいるのはコサギかな?
そしてよーく見ると、男性の脚の前にはカラスが。
(柵にとまっています)
お子さんからお菓子(?)をもらってました。


池の鯉も元気です。

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北門の近くにある枝垂れ桜。

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北門を出た先にある、立派な椿。

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ではでは第2部は、
茶室・清羽亭↓での『郡上本染展』と
花見茶会の画像を紹介しまーす音符

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「白鳥庭園 観桜会」
◆2023年3月25日(土)・26日(日)
 2023年4月1日(土)・2日(日)
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(名古屋市熱田区熱田西町2-5)

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ピュアホワイト


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白鳥庭園(名古屋市熱田区)の観桜会の記事の続きです。

当日予約していた時間が近づいたので、
花見茶会に参加しまーすピンクハート

茶室・清羽亭
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花見茶会は4年ぶりの開催!桜ウレシー!


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お茶会自体は昨年5月から復活してたと思うんですが、
なかなかタイミングが合わず、ほんとに久々爆  笑ウレシー!


清羽亭前の蹲(つくばい)と
アセビ(馬酔木)。

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広間では
岐阜県郡上(ぐじょう)市の伝統工芸、
『郡上本染展』が開かれてました。

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が、その広間はお茶会の待合室になっていて、
客人が大勢いたため、自由に撮り回ることができずタラー
なので、ほんの少しだけ紹介しますね。

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郡上本染を継承する渡辺家は、天正年間(1570〜80)の創業で、430年にわたって野生の草木を使った藍染で武士の着物などを染めてきました。
郡上八幡の紺屋(こうや)「渡辺染物店」が400年守り抜いた正藍染の技術は、現店主の十五代渡辺一吉が「菱屋安平」の家名とともに継承しております。

(観桜会のチラシより)

十五代 菱屋安平(渡辺一吉)さんは、
郡上市の重要無形文化財のかただそうキラキラ

で、この日の、
椅子に座ってお点前をいただく立礼席でのお茶会も、
郡上と関わりのあるかたが席主でした。
(定員20名、一席700円也)


立礼席の蹲(つくばい)。

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テーブルの上のランチョンマットは、
市松模様と麻の葉模様の郡上本染ニコニコ
(炭治郎と禰󠄀豆子のイメージ?)

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お茶は、郡上の水が使われているとのこと。
木曽川水系、吉田川の水ですね。
お菓子は、
郡上の老舗土産処・桜間見屋(おうまみや)さんの
「宗祇」(そうぎ)。

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桜と白雲に見立てた紅白の求肥くるみ餅です。
噛むごとに、
なんとも素朴な味わいが広がる…(語彙が泣
どうもごちそうさまでした照れ


茶花は紅白の椿と利休梅、
そして「一陽来復」の掛け軸。

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一陽来復(いちようらいふく)とは、
いろいろと悪いことが起きたけれども、
やっと良いことが起こりますよ。
との意味だそう。
お茶席には合わない言葉ですが、
郡上本染の軸ということで、今回使用したそうです。


立礼席と広間をつなぐ渡り廊下。

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渡り廊下から見た紅枝垂れ桜と山桜。

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露地庭に出て、
桜の近くまで行ってみましょう〜音符

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門をくぐると見えてきますよ。


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紅枝垂れ桜
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山桜
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カルガモが3羽います。
(おわかりいただけただろうか…)
一眼レフカメラだと、
もっと美しく撮れるんだろうなぁ悲しい


雨はひどかったけれど、ちょっと肌寒かったけれど、
美味なお菓子と春の景色で、
お腹も心も満たされました~グッキラキラ
ありがとうございます!ニコニコ


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「白鳥庭園 観桜会」
「白鳥庭園 花見茶会」
◆2023年3月25日(土)・26日(日)
 2023年4月1日(土)・2日(日)
『郡上本染展』
◆2023年3月25日(土)・26日(日)
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コットンキャンディー


お墓参りの途中に寄ってみました。
愛知県豊田市にある猿投(さなげ)神社キラキラ
猿投山(629m)の麓にある、三河国の三之宮です。

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前々から、この立派な門(総門)が気になってねニコニコ

で、総門の前に、
黄色(金色?)の二之鳥居があります。

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一之鳥居はここから2.5kmほど離れた場所にあるそうで、
地図で確認してみて、見に行くのを断念タラー


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御神体は猿投山、
主祭神は大碓命(おおうすのみこと)。
日本武尊(やまとたけるのみこと)の双子のお兄さんです。

配祀神は景行天皇(第12代。大碓命の父)と
垂仁天皇(第11代。大碓命の祖父)。

大碓命は猿投山に登る途中、毒蛇に噛まれて亡くなり、
そのお墓が猿投山に建てられて、
西暦192年に猿投神社が創建されたそうです。


さて。
猿投山の "猿投" の名前の由来なんですが、
山麓の猿投神社の社蔵文書には、「景行天皇が伊勢国へ赴いた際に、かわいがっていた猿が不吉なことを行ったので、海へ投げ捨てた。その猿が今の猿投山に籠もって住んだとされることから、"猿投" と呼ばれるようになった」とされている。
とのこと。
猿投山のWikipediaより)

猿投(さなげ)は
愛知県の難読地名のひとつですよ猿


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参道の空気が、とても清々しい〜。

彼岸桜(?)が見頃でした。

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参道にある、この大杉が御神木ですね。

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両手でさわってみたのだけど、ワタシには
何も感じられなかったわ…泣

手水舎の龍。

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三之鳥居。

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で、正面に見えてきたのが拝殿です。
その後ろに、
棟続きのように見える四方殿があります。

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この拝殿、どこから見ても美しい!グッ

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こちらは太鼓楼。

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その昔は時を告げていたのかな?
どういう用途で使われていたのか、
解説があるとありがたいですね。


参拝は、拝殿ではなく中門の前で行います。
(中門の奥に本殿があります)

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四方殿越しに見る中門。


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中門の傍には、
左鎌(ひだりがま : 左利き用の鎌)の形をした絵馬と、
左鎌が描かれた絵馬がずらり。

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この周辺の土地を開拓した御祭神・大碓命が
左利きだったことから、
左鎌の絵馬を奉納するようになったんじゃないか…
との説があるそう。

厄除け、祈願成就、良縁成就、病気平癒、交通安全
の御利益があるといわれていますニコニコ


中門の右隣には、手前から
熱田社(あつたしゃ : 御祭神・大碓命の弟、日本武尊を祀る。出世開運、仕事運・勝負運向上)
塞神社(さいのかみしゃ : 天宇受売命(あめのうずめのみこと)を祀る。良縁、子宝、夫婦円満)
八柱社(やはしらしゃ : 疫病を防ぐ神・牛頭(ごず)天王の、8人の子を祀る。御利益は厄除け?)
大国社(おおくにしゃ : 大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀る。良縁、生業繁盛)
が並んでいます。

無精をして遠景のみ…パンチ!パンチ!パンチ!

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中門の左隣の廻廊には、
江戸末期に彫られたという「親子ざる」の彫刻が猿

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そして、そして、
猿投神社一番のパワースポットといわれる場所が
こちら!キラキラ

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厳島社(いつくしましゃ)と
御手洗乃滝(みたらいのたき)。

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厳島社の御利益は、
海の安全、陸の安全、財福招来、技芸上達
だそう。
広島の厳島神社と同じく
宗像三女神が祀られているのかな。

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お猿さんが出てきてもおかしくない雰囲気。
そしてマイナスイオンたっぷり〜〜キラキラ

滝の水は猿投山からの湧き水で
かなり冷たかったぁ〜。
でも気持ちよかったぁ〜照れ
紅葉の季節には、また別の趣があるでしょうね紅葉もみじ

あっ、猿投山(629m)は登山道が整備されていて、
初心者、家族連れでも楽しめるコースのようですよ音符


今回の内容は、こちらの記事↓を参照させていただきました。
ありがとうございますニコニコ

あいち おさんぽナビ【猿投神社】→


おしまいに、
お墓にあったケイオウザクラ(啓翁桜)の画像を桜

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読んでくださり、ありがとうございます飛び出すハート


猿投神社 →
(愛知県豊田市猿投町大城5)

【猿投神社参拝】


【猿投山登山】


・テーマ「神社」の記事一覧 →


イエローゴールド


愛知 豊田市美術館
『ねこのほそ道』(2023年)

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今回は、
6人の美術作家と1組の建築家による
自由、野生、ユーモア、ナンセンス溢れる、
どこか "ねこ" のような現代美術

を紹介しまーす三毛猫

ありがたいことに、作品の写真撮影OKカメラ
で、全部は無理だったけれど、それなりに撮ってきました。
(作品の解説もそのまま一緒に載せてます)


落合多武(1967年生まれ。ニューヨーク拠点)
《CAT Carving(猫彫刻)》
ポリウレタンプラスチック、キーボード
2007年
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展示の冒頭、キーボードのうえで優雅な無気力さを湛えて横たわるねこが奏でる音が、展覧会へと導きます。

一瞬、ねこが何かの干物に見えたタラーパンチ!


佐々木健(1976年生まれ。東京拠点)
《タオル(オレンジ)》
油彩、カンヴァス 2018年

佐々木健
《バスマット》
油彩、カンヴァス 2018年

佐々木健
《バスタオル(赤)》
油彩、カンヴァス 2019年

佐々木健
《タオル(青)》
油彩、カンヴァス 2018年

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佐々木健は、ぞうきんやタオル、ブルーシートなどの身の回りの物を、油絵具で丹念に描き出す画家です。
通常、絵画の主題にならなさそうな身の回りの物は、佐々木の身体を介して時間をかけて描かれることで、改めて目を向ける対象になります。



佐々木健
《ふきん》
油彩、カンヴァス 2020年
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佐々木健
《のれん》
油彩、カンヴァス 2016年
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佐々木健
《実家のテーブルクロス》
油彩、カンヴァス 2019年
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母が刺繍を施したふきんやテーブルクロスは、女性が担ってきた家事に寄り添うように、糸の盛り上がりや布の凹凸も丹念に描かれています。


佐々木健
《ねこ》
油彩、カンヴァス 2017年
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《ねこ》は、かつて作家がどうしても飼うことのできなかった子猫を、絵画に留めたものです。美術館のような人工空間にぽつんと座る子猫は、守るべき対象と個人や社会との関係を照らします。そのようにして、佐々木は身の回りの目を向けられることのない存在を、絵画によって見えるようにしていくのです。


佐々木健
《マスク》
鉛筆、紙 2020年
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佐々木健
《石》
油彩、カンヴァス 2017年
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佐々木健
《ねこ(しいたけ)》
油彩、カンヴァス 2023年
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佐々木健
《ブラックホール #サムホール》
油彩、カンヴァス 2019年
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中山英之(1972年生まれ。東京拠点)+
砂山太一(1980年生まれ。東京、京都拠点)
《きのいしの家の建築模型》
紙、EPS、アクリル棒、塩ビ板、小割材
2023年
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小石から巨石、果ては星まで、石には大小様々なスケールとそれに付随する意味や象徴性があります。建築家の中山英之+砂山太一は、小石を拡大して紙や布、木による石を作り、それを置く空間のスケールを伸縮して想像力を遊ばせます。
《きのいしの家の建築模型》は、建築基準法では実現できない天然石の柱に代わって、木製の石を支柱にした建築模型です。



大田黒衣美(1980年生まれ。愛知拠点)
《旅する猫笛小僧》
ウズラの卵、ワックスペーパー、布、包装紙
2013年
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大田黒衣美は、自在な素材を用いて、見立てに似た手法により飄々とした光景を生み出します。
自然環境のなかで擬態の役割を果たすウズラの卵模様を用いて風景画を作り、



大田黒衣美
《cold water》
油彩、グアッシュ、板 2022年
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板の木目を活かして独自の物語を秘めた絵画を描き、


大田黒衣美
《suncatcher》
グアッシュ、ポケットティッシュ 2022年
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そして身体に触れた後すぐに捨てられるポケットティッシュの表面に独自の物語や日々の一瞬の光景を留めます。

そういや《suncatcher》というタイトルの中にも
"cat" が隠れてますね!


岸本清子(1939年生まれ。東京、愛知拠点。1988年没)
《 I am 空飛ぶ赤猫だあ!》
アクリル、パステル、カンヴァス 1981年
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岸本清子にとって、完全に飼い慣らされることのないねこは、愛と自由の象徴であり、人間の管理欲望を乱す自らの化身でした。岸本によれば、絵画空間は過去と未来がせめぎ合う現在であり、その情熱的で幻想的な絵は、現代文明を批判し、来たるべき理想世界を称揚しようとするものでした。
《 I am 空飛ぶ赤猫だあ!》は、赤・ピンク・白のねこがそれぞれ未来の芸術・科学・宗教を、緑・青・黒のねこがそれぞれ過去の芸術・科学・宗教を表しており、未来のねこたちが旧態然とした過去のねこたちと戦っています。



岸本清子
《空飛ぶ猫1(未来の芸術)》
アクリル、パステル、カンヴァス 1981年
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岸本清子
《空飛ぶ猫2(未来の科学)》
アクリル、パステル、カンヴァス 1981年
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岸本清子
《空飛ぶ猫3(未来の宗教)》
アクリル、パステル、カンヴァス 1981年
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岸本清子
《空飛ぶ猫4(過去の芸術)》
アクリル、パステル、カンヴァス 1981年
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岸本清子
《空飛ぶ猫5(過去の科学)》
アクリル、パステル、カンヴァス 1981年
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岸本清子
《空飛ぶ猫6(過去の宗教)》
アクリル、パステル、カンヴァス 1981年
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目から破壊光線(?)が出ているとこが好きニコニコ


泉太郎(1976年生まれ。東京拠点)
《霧》
2022年
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球に入ったねこが勢いよく回転しながら月曜日の美術館に出かけていく様子が、湾曲したスクリーンに映し出されています。
しかし月曜日は多くの美術館が休みなので、ねこはエントランスに向かってボーリングのようにアプローチするものの、ガターを繰り返します。
モデルとなったねこのキャラクターには月曜日を忌避しているという設定があり、机の下ではそのキャラクターの目が象形文字のようにデザインされた映像が投影されています…



泉太郎
《クイーン・メイブのシステムキッチン(チャクモールにオムファロスを捧げる)》
2023年
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昔から狂気と結び付けられる月の満ち欠け、もしくは『不思議の国のアリス』に登場するチェシャねこの笑いが頭上に浮かぶ展示室は、あらゆるものがあべこべになる世界。そこは、人間がねこの奴隷となる国の創造主クイーン・メイブが、展覧会全体の気配を再料理したキッチンなのでしょうか。壁の中には参加作家から借りた衣服などが埋められており、壁に取り付けられた蛇口から放出される気配の要素らしきものが天井に登る過程で精製されて真なる気配を導き出そうとしています。
展示室中央には、掃除用具室に眠っていた古いポリッシャーが掲げられた塔が建っており、普段美術館で目に触れることのない清掃用具が、清掃員以外立ち入り禁止の祭壇のような空間に並べられています…


ねこあたまのワタシにゃ理解不能ですが、
見ていて愉しい世界音符


落合多武(1967年生まれ。ニューヨーク拠点)
《大きいテーブル(丘)》
2023年
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展示室の奥には大きなテーブルがあり、そのうえにはドローイング、彫刻、オブジェ、日用品などが並び、それぞれがそれぞれでありながら全体として有機的に繋がる、丘のような場ができています。テーブルのうえの白と黄色のまだら模様、しっぽ、色が塗られたブラシなどは、気まぐれな脱領域的存在そのもののねこが往来したような自由な連想遊びを誘い、言葉や意味からすり抜ける軽妙な空気感を生み出します。

作品が大きくて全景をおさめられない…タラー


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そしてテーブルの下にもいろんなオブジェがピンクハート


五月女哲平(1980年生まれ。東京、栃木拠点)
《black, white and others》
2023年
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柔らかい黒と白の短冊状のパネルが、広い壁面に一定のリズムを持って並んでいます。その絵画を時間のなかで眺めると、画面の下に何層も塗り重ねられた色彩が浮かんできて、画面に微かな揺れが生じます。一見シンプルなその絵画は、画面に空いた穴が落とす微かな影を含めて、絵画面のみでなくその狭間や空間に微かに作用します。


五月女哲平
《horizon》
アクリル、木 2023年
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《horizon》は、誰しもが眺めたことのある地平線や水平線などの、空と大地/海を二分する線が円で描かれており、普遍的かつ抽象的なもの同士が融合しています。そして時間が進むにつれ闇が深くなるように、地の青が濃くなって画面を覆っていきます。


大田黒衣美(1980年生まれ。愛知拠点)
《sun bath》
2023年
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大田黒衣美は、自在な素材を用いて、見立てに似た手法により飄々とした光景を生み出します。
巨大な写真作品《sun bath》は、アトリエに遊びに来て無防備に眠る野良ねこのうえに、ガムで象った人を置いて撮影したものです。リラックスするときに噛むガムで作られた、ねこの毛皮の草原で休む人のいる光景には、いくつもの寛ぎが重ねられています。



大田黒衣美
《sun bath》
2023年
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自然光の降り注ぐ通路の壁には、公園で憩うガムでできた人々が点在しており、吹き抜けに、ゆるやかな空気感を与えています。


中山英之(1972年生まれ。東京拠点)+
砂山太一(1980年生まれ。東京、京都拠点)
《きのいしの家具》(奥の床)
木 2023年

中山英之+砂山太一
《ぬののいし》(手前の床)
布 2023年

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小石から巨石、果ては星まで、石には大小様々なスケールとそれに付随する意味や象徴性があります。建築家の中山英之+砂山太一は、小石を拡大して紙や布、木による石を作り、それを置く空間のスケールを伸縮して想像力を遊ばせます。
《きのいし》は木、《かみのいし》は紙、《ぬののいし》は布でできた、小石をモデルに作られた家具です。



中山英之+砂山太一
《きのいし かみのいし》
木、紙 2019/2017年
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《きのいし かみのいし》の1枚目を撮った直後に、

石積み(《かみのいし》)が崩落!
(2枚目と3枚目)

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「目に見えないねこ」が作品に飛び乗ったのかも…目


言葉で言い表すのが難しいけれど、
豊田市美術館の独特な空間と展示内容がうまくマッチした、
見ていてなめらかーな感じの展覧会でした拍手


『ねこのほそ道』
◆2023年2月25日(土)-5月21日(日)
 豊田市美術館(愛知)
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(豊田のみでの開催です)


豊田市美術館 →
(愛知県豊田市小坂本町8-5-1)

【ねこのほそ道展】


ねこ目線で見た紹介動画ですよニコニコ

・テーマ「現代アート(日本)」の記事一覧 →


サニーオレンジ


『小さきもの―宇宙/猫』。

『ねこのほそ道』の開催に合わせて開かれている、
豊田市美術館のコレクション展です。

展示の趣旨を要約しますと、

小さきものは、その小ささゆえに、私たちを限りなく近くに引き寄せる力を持つ。
そして私たちと小さきものとの間に親密な空間が生まれる。
小さきものには、様々な世界の可能性が秘められていて、
言い換えると、小さきものが一転して、とてつもなく大きな存在であることを示している。
小さき原子の粒は、宇宙を構成する可能性の粒。
それは、この人工世界に染まることなく、私たちを翻弄する小さき猫たちの存在にも通じる。


とのこと。

ではでは、
珠玉の小品の、ほんの一部を紹介させていただきますピンクハート


秋吉風人
《naked relations》
油彩、アクリル板 2021年 55×42
豊田市美術館
1


寺内曜子
《ひとつづきの面》
紙、顔料 2002年 25×20×25
豊田市美術館
2


岡﨑乾二郎
《あかさかみつけ #30》
アクリル、顔料、ポリプロピレン、ポリエチレン
1981/2012年 27.5×25×17.5
豊田市美術館(寄託作品)
3


岡﨑乾二郎
《あかさかみつけ #31》
アクリル、顔料、ポリプロピレン、ポリエチレン
1981/2012年 27.5×25×17.5
豊田市美術館(寄託作品)
4


5


岡﨑乾二郎
《711 6692 Takaban》
アクリル、顔料、ポリプロピレン
1982/2014年 28.5×19×21
豊田市美術館(寄託作品)
6


イケムラレイコ
《グリアーノの丘の上から》
油彩、カンヴァス 1999年 130.7×90.2
豊田市美術館
7


イケムラレイコ
《ドローレス》
ブロンズ 1998-99年 115×35×25
豊田市美術館
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ジャン・アルプ
《7アルパーデン》
リトグラフ、紙 1923年 46×36
豊田市美術館
12


アルベルト・ジャコメッティ
《ディエゴの頭部》
インク、紙 1953-54年頃 22×14
豊田市美術館
13


コンスタンティン・ブランクーシ
《眠る幼児》
ブロンズ 1907年(1960/62年鋳造) 10.6×16.3×14.2
豊田市美術館
14


野村仁
《宇宙はきのこのように発生したか》
ガラス 1987年 26×22×22
豊田市美術館
16


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コンスタンティン・ブランクーシ
《雄鶏》
ブロンズ 1924年(1972年鋳造) 92.4×10.5×45
豊田市美術館
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作品はほかにもたくさんあったのに、
意外と撮ってなかったわタラー


豊田市美術館、ここの吹き抜けが好きですニコニコ

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美術館の西の離れには童子苑という茶室がありまして、
火曜日と金曜日には、お抹茶と
ねこのおまんじゅうがいただけますよ〜おねがいウルウル
(限定20個)

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豊田市美術館のTwitterより)

ほかにもいろんなねこちゃんがいるそう。
次回はこちらを狙って出かけようと思います!グーハッ


『小さきもの―宇宙/猫』
◆2023年2月25日(土)-5月21日(日)
 豊田市美術館(愛知)
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(豊田のみでの開催です)


豊田市美術館 →
(愛知県豊田市小坂本町8-5-1)

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スプリンググリーン


縁側昼寝犬さんからお便りが届きました〜音符
今回は、"夭折の天才" なんて
陳腐な言葉で片付けたくない、このひと!キラキラ


東京都美術館
『レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才』(2023年)
エゴン・シーレ
《縞模様のドレスを着て座るエーディト・シーレ》
鉛筆、グワッシュ/紙 1915年
レオポルド美術館
1


お久しぶりです。(花粉よ去れ!)
「エゴン・シーレ展」を見てきました。
シーレと言うと、「色が」とか「題材が」とか「デッサンが」とかド迫力というか、何というか、の人ですが、
でも新妻エーディト(この絵ハガキの人です)は何と可愛らしいのでしょうか!
ということで即買いしてきました。
約100年前、第一次世界大戦から戻り、さあこれから、という時にスペイン風邪で亡くなったシーレ。28才でした。
歳をとっていたら、どんな画風になっていたか、残念でなりません。


2

『レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才』
◆2023年1月26日(木)-4月9日(日)
 東京都美術館
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・YouTube →
(東京のみでの開催です)

・縁側昼寝犬さんTwitter →
・日常ちゃめしごと別館 →
(縁側昼寝犬さんのブログ)


東京都美術館 →
(東京都台東区上野公園8-36)

レオポルド美術館 →


縁側昼寝犬さん、どうもありがとうございますピンクハート飛び出すハート
展覧会公式サイトの「みどころ」ページに
「30年ぶり、エゴン・シーレの作品50点が集結」
とありますが、
30年前の展覧会、名古屋で見ました!
見て、いろんな意味でぶっ飛びました!爆  笑ウキャー!
(語彙力がなくてどう言い表せばよいやら…)
もっともっと作品を拝見したかった画家のひとりです。

今展はシーレだけでなく、
グスタフ・クリムト、オスカー・ココシュカ、コロマン・モーザー、リヒャルト・ゲルストルなどなど、
ウィーン世紀末の芸術家たちの作品も来ているようです。
贅沢な内容ですねキラキラ


【エゴン・シーレ展@東京都美術館】


・テーマ「表現主義」の記事一覧 →
愛知県美術館
『展覧会 岡本太郎』(2023年)

1


『岡本太郎展』に行ったのだが、あまりの人混みに辟易して、ざっと観て通り過ぎようとした。

その時、いきなり胸ぐらを掴まれて
「こら! 無視すんじゃねーぞ!」
と凄まれたのが、この作品だ。


岡本太郎
《装える戦士》
油彩、カンヴァス 1962年
川崎市岡本太郎美術館
24


しばらく呆けたように見ていたと思う。

やがて沢山のメロディーと和声が私の中にダウンロードされた… そんな感覚があった。

私の得意分野は音楽なので、絵画についてはどう表現したらいいのか考えてしまうけれど、こんなに沢山の情報をくれる絵画はあまり無い。

《装える戦士》とは?

じっくり考えてみたい。


1

『展覧会 岡本太郎』
◆2023年1月14日(土)-3月14日(火)
 愛知県美術館
(愛知が最終会場です)
・展覧会公式サイト →

「クロスオーバーセブン」→
(音楽と独り語り。
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「ワタシのイチ押し」 関連記事
・『展覧会 岡本太郎』①(2023年)
・『展覧会 岡本太郎』②(2023年)
・『展覧会 岡本太郎』③(2023年)
愛知県美術館
『展覧会 岡本太郎』(2023年)

1


ゴッホは美しい。
しかしきれいではない。
ピカソは美しい。
しかし、けっして、きれいではない。


愛知県美術館開館30周年記念『展覧会 岡本太郎』拍手乙女のトキメキ乙女のトキメキ

岡本太郎って、昭和の人しか知らんだろうし〜、(失礼)
場所は県美だし〜、(失礼)
日曜日でもすいてるよねーと、甘く見ておりました。

実際は、
ほぼ開館と同時に着いたにもかかわらず、
当日券売り場には長蛇の列。
前売り券持参の人も長蛇の列で、
会場の入口付近は大渋滞 滝汗
しかも、シニア世代からベビー世代まで、
幅広ーい年齢層が来てるのです。

今展は映像資料を除き、作品の写真撮影OKピンクハートピンクハートピンクハート
なんという太っ腹。ありがたや〜〜アップ
そこで、
展示されているすべての絵画、立体作品と
解説を載せてみようと思いますグーハッ


岡本太郎(1911-1996)。
父は漫画家の岡本一平、
母は小説家で歌人の岡本かの子。

序章(?)は、愛知ゆかりの作品です。
まず、
名古屋市北区の天長山 久国寺にある梵鐘の、試作品。


岡本太郎
《梵鐘・歓喜》
ブロンズ 1965年
岡本太郎記念館
1

名古屋の久国寺から、寺の梵鐘を作ってほしいという依頼を受けた岡本は、戸惑いながらも、鳴ることに縛られず、「猛烈なシロウト」として造形的な冒険を優先しようと考える。
鐘自体が曼荼羅であり、「打ち鳴らすと、仏・菩薩・妖怪・人間・宇宙全体が叫ぶ」というイメージ通り、合一に向かって舞い踊る人間たちが森羅万象と合体した、ユニークな造形が生み出された。


で、実物の鐘の音がこちら音符

【歓喜の鐘@久国寺】



岡本太郎
《顔》
陶 1952年
川崎市岡本太郎美術館
2

草月流の華道家・勅使河原蒼風との対談をきっかけに、花器という概念を覆すオブジェとして制作された作品。モザイク・タイルの制作で滞在中の常滑で手がけた、岡本にとっては最初にして最大の陶芸作品である。
彫刻に先行して陶芸を始めたのは、前年の縄文土器との衝撃的な出会いも影響していると考えられる。同年の草月展では、枯れ木やストッキングをひっかけるように活けて展示した。制作された3点のうち、ひとつはのちに父・岡本一平の墓碑となった。



岡本太郎
《太陽の神話》
モザイク・タイル 1952年
株式会社大和証券グループ本社
3

耐久性と鮮やかな色彩を持ち、工業生産化が始まったモザイク・タイルを、油絵具に代わる素材として注目していた岡本が、初めて用いた作品である。これを見た建築家の坂倉準三が、日本橋髙島屋地下通路の壁画《創生》(現存せず)を依頼し、その後公共空間に多数の岡本の作品が設置されるきっかけとなった。
この作品において、太陽というモチーフが初めて顔とひとつの人格を持って立ち上がり、のちの《太陽の塔》(第5章)に通じるイメージを形成している。



岡本太郎
《日の壁》(旧東京都庁舎壁画原画)
油彩、カンヴァス 1956年
岡本太郎記念館
4

1957年竣工の旧東京都庁舎のために岡本が制作した7点(11面)の壁画のひとつで、正面玄関の吹き抜けロビーに設置された。高さ6メートル、幅4.5メートルの大壁画は、対となる《月の壁》とともに、1991年に建物と一緒に取り壊されるまで長らく親しまれた。
建築家・丹下健三の助言を受け、モザイク・タイルよりも耐久性のある陶板を用いたこの壁画の制作に、岡本は工場で陶土を彫るなど、自らの手を使って取り組んだ。本展ではその原画を展示する。



岡本太郎
《月の壁》(旧東京都庁舎壁画原画)
油彩、カンヴァス 1956年
板橋区立美術館
5


岡本太郎
《夢の鳥》
陶磁 1977年
岡本太郎記念館
6

この隣には、
1977年頃、尾張旭市の三郷陶器にて《夢の鳥》を制作する
岡本太郎の写真があります。


岡本太郎
《星・花・人》 
木、プラスチック、LED 1971年
川崎市岡本太郎美術館
7

1971年、岡本は、名古屋・栄のオリエンタル中村百貨店の4階から7階の外壁に、巨大なレリーフをデザインした。百貨店のキャッチフレーズ「天に星、地に花、人に愛」をテーマに、夜になると間接照明によって絵柄が浮き出す仕掛けを持ったこの壁画は、長らくシンボルとして、名古屋の繁華街を照らしてきた。
この作品は同店が閉店し建物が名古屋栄三越としてリニューアルされる際に撤去されたが、本展ではそのマケット(雛形)を展示する。


★ オリエンタル中村百貨店の壁画(夜景)はこちら →
(画像をググってみました)


岡本太郎
《若い太陽の塔》
FRP 1969年
川崎市岡本太郎美術館
8

実物は、犬山市の日本モンキーセンターにあります猿

……といったところで、
第1章からどんどん紹介してまいりましょう!
(記憶が曖昧で、実際の展示順とは異なる箇所があるかも。
どうかお許しをタラー


◆ 第1章 岡本太郎誕生  パリ時代

岡本太郎は1930年(19歳)からの約10年間を
パリで過ごしています。


岡本太郎
《敗惨の歎き》
水彩、紙 1925年
川崎市岡本太郎美術館
9

慶應義塾普通部1年の頃、ボートレースの対抗試合に敗れたことを題材に描いた作品。同題の文とともに同人誌に掲載されたもので、同級生で小説家の野口冨士男が長らく手元に置いていたという。
後年、再びこの作品を見た岡本は、種目名の「カッター」の文字や学帽、徽章などのイメージが抽象的な構成の中に配されたその表現に、その後の自身の作品とのつながりを見て、「スタイル、そして精神においての筋が、人生の初めから貫かれていたということに驚く」と述べている。



岡本太郎
《空間》
油彩、カンヴァス 1934/54年
川崎市岡本太郎美術館
10

暗闇の中に赤い裏地を見せてはためく布、その向かいに配された真っ直ぐな棒。布のしなやかさと棒の硬質な質感の対比が画面に緊張感をもたらしている。異なる質感の対比は、岡本が戦後提唱する「対極主義」を想起させる。
「『形』でない形、『色』でない色を打ち出すべきだ」という自身の言葉とともに1934年のアプストラクシオン・クレアシオン(抽象・創造)協会の年鑑にモンドリアンの作品の対向ページに掲載された。



岡本太郎
《コントルポアン》
油彩、カンヴァス 1935/54年
東京国立近代美術館
11

1937年に初めての画集『OKAMOTO』が刊行されるにあたり、それまで無題となっていた作品に評論家ピエール・クルチオンにより題名がつけられた。
本作《コントルポアン》もそのひとつで、音楽の対位法(複数の旋律を調和させながら構成していく作曲法)を意味している。中央の緩やかな曲線の左右に描かれた黄色の幾何学的な形と赤と白で表された有機的な形の対比が、異なる旋律が呼応する音楽を連想させたのかもしれない。



岡本太郎
《傷ましき腕》
油彩、カンヴァス 1936/49年
川崎市岡本太郎美術館
15

大きく結ばれた真紅のリボンから突き出した右腕。
切り裂かれた傷口をあらわにしながらもその拳は力強く握られている。戦後岡本は、「《傷ましき腕》などの一連の作品が、純粋なリリシズムと同時に反抗と告発をぶっつけているのは、当時のわたしの姿そのものである」と記している。
パリにおける異邦人としての気楽さと寄る辺なさ、芸術表現への自信と不安といった青春の苦悩が、拳を握る傷ついた腕として表されている。



岡本太郎
《露店》
油彩、カンヴァス 1937/49年
ソロモン・R・グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)
16

色とりどりのリボンや腕輪、かざぐるま、ラッパなどが並ぶ露店。明るい店先とは対照的に、店の奥は薄暗く、そこに立つ売り子は《傷ましき腕》と同じような真紅のリボンを頭に結び、客の方には目もくれずうつむいたまま笛を吹いている。その内省的な姿は青春の苦悩を表しているかのようである。
《傷ましき腕》とともに1949年に再制作された本作は、1983年に岡本本人によりグッゲンハイム美術館(ニューヨーク)へ寄贈された。日本国内での展示は今回が約40年ぶりとなる。



岡本太郎(推定)
《作品A》
油彩、羽根、カンヴァス 1931-33年頃
ユベール・ル ガールコレクション(パリ)
12


岡本太郎(推定)
《作品B》
油彩、カンヴァス 1931-33年頃
ユベール・ル ガールコレクション(パリ)
13


岡本太郎(推定)
《作品C》
油彩、カンヴァス 1931-33年頃
ユベール・ル ガールコレクション(パリ)
14


1


岡本太郎
《午後の日》
陶 1967年
川崎市岡本太郎美術館
17a


17b

頬杖をついて笑う子どもという、岡本作品には珍しく、穏やかな休息のイメージを持つ作品だが、同時にこの子どもは、中心で自分を二つに引きちぎっているようにも見える。笑いと空虚さが同居した仮面を掲げ、背後にある本当の顔を隠しているようにも見える。
複合的なイメージを宿したこの岡本の自画像のような作品は、大きさを変えていくつか制作され、多磨霊園に眠る彼の墓碑ともなっている。



3


◆ 第2章 創造の孤独  日本の文化を挑発する

岡本太郎
《師団長の肖像》
油彩、カンヴァス 1942年
岡本太郎記念館
18

30歳を超えて徴兵された岡本は、10歳以上も年の離れた同胞たちに交じり「自由主義者」のレッテルを貼られ最前線での危険な任務を課せられるなかで、一番過酷な状況を求め、自身の運命に挑むようになったと回想している。
本作品は、中国・湖北省の応城での初年兵時代に、漢口の司令部に呼び出され命令として描いたもの。戦争末期に描いた《眠る兵士》とあわせて、岡本の軍役時代を伝える貴重な作例である。



岡本太郎
《眠る兵士》
インク、紙 1945年
岡本太郎記念館
19


岡本太郎
《憂愁》
油彩、カンヴァス 1947年
一般財団法人草月会(東京都現代美術館寄託)
20

復員の翌年、この作品を描いたのと同じ頃に、岡本は同名の詩を発表している。そこでうたわれているのは、「心空しい時、ハタハタと鳴る、わが悲しみのあかし旗」が、自分の左右のこめかみのあいだにあらわれるという情景であった。
岡本の自画像ともいえるこの顔のない褐色の肉塊は、戦争によって深く傷つき、すべてを失った作家の心象を伝えるものである。強烈な目玉のイメージと鮮やかな色彩を特徴とするこのあとの展開を控えた、戦後の岡本の出発点といえる作品である。



岡本太郎
《作家》
油彩、カンヴァス 1948年
川崎市岡本太郎美術館
21

この作品のモチーフは、父・岡本一平であるとされる。これを描いた半年後に一平は亡くなることになるが、岡本はその直後に刊行した『岡本太郎第1画文集 アヴァンギャルド』を亡き父母に献じ、表紙にこの作品を用いている。
岡本の絵画を特徴づける、力強い線と鮮やかな色面を組み合わせた様式があらわれる最初期の作品であり、この線に、父の漫画からの影響を見る指摘もある。



岡本太郎
《電撃》
油彩、カンヴァス 1947年
岡本太郎記念館
22


岡本太郎
《夜》
油彩、カンヴァス 1947年
川崎市岡本太郎美術館
23

花田清輝らとともに前衛芸術を研究する「夜の会」を立ち上げたときに、アトリエにかけられていたことから、会の名の由来となった作品。
短刀を背中に隠した少女が、雷に割かれ燃える樹に対峙している。髑髏が覗く木の枝の全体が、目を血走らせ歯をむいた邪悪な存在のダブルイメージとなっている。パリ時代に参加した、秘密結社「アセファル」によるサンジェルマンの森での儀式をほのめかしているという指摘もある。髑髏に立ち向かう少女のモチーフは、この作品に先立って描いた、母かの子の遺作『生々流転』(1940年)の表紙にもあらわれる。



岡本太郎
《重工業》
油彩、カンヴァス 1949年
川崎市岡本太郎美術館
24

記号化された巨大な機械が生み出すエネルギーに巻き込まれていく人間たち。岡本はこの光景を、日産重工業(この年の8月に日産自動車に改称)の工場に通って描いたという。1949年の二科展でこの作品を見た人の多くは、左翼思想が弾圧され、下山事件をはじめ不穏な事件が次々と起こったこの年の世相との関連を読み取ったという。
一方で岡本自身は、社会風刺だけがこの作品の目的ではないという。ここには、緑のネギ(有機物・農業)と赤の機械(無機物・工業)をはじめとする対立的要素をぶつけた、対極主義の造形的な表現が託されている。



岡本太郎
《森の掟》
油彩、カンヴァス 1950年
川崎市岡本太郎美術館
25

「森の掟」というタイトルが示すように、弱肉強食の世界の中央にいる巨大な猛獣は、発表当時、多くの人にファシズムの暴力のアレゴリー(寓意)と受け取られたという。
岡本はそうした見方について、否定も肯定もしないとしながらも、この作品が目指したのは、「全然意味の認められない無邪気な仕事」であるという。背中のチャックが開けば、悲劇は喜劇に転じる。その逆もしかりで、この対極に引き裂かれた姿に、岡本は「今日のなまなましい問題」を提起しようとする。



岡本太郎
《まひるの顔》
油彩、カンヴァス 1948年
川崎市岡本太郎美術館
26


岡本太郎
《二人》
油彩、カンヴァス 1948年
川崎市岡本太郎美術館
27


岡本太郎
《赤い兎》
油彩、カンヴァス 1949年
富山県美術館
28

跳ねる赤い兎というモチーフは、岡本太郎によれば、自身の胸から飛び出てきた「私の叫びであり、生命の象徴であり、生命の幻影の造形」であり、また、心臓を表しているともいわれる。
前年に発表した画文集には、似た構図のスケッチとともに、「赤い兎/を/上げ/ましょう」という詩が掲載されている。父の死、対極主義の発表と目まぐるしい動きのなかで描かれたこの作品は、芸術に生命を賭ける岡本の決意表明ともいえ、読売新聞社主催の第1回日本アンデパンダン展で安部公房に高く評価された。



岡本太郎
《自画像》
鉛筆、紙 1950年頃
岡本太郎記念館
29

2010年、東京・青山の岡本太郎記念館で、おそらくは人に見せるつもりもなく描かれた一枚のデッサンが発見される。
1940年代後半、上野毛(世田谷区)に住んでいた頃のものと思われる本作品は、岡本のおそらく唯一の自画像である。この頃「夜の会」で出会い、そののち公私にわたるパートナーとなった編集者、平野(岡本)敏子を描いた写実的なスケッチも同時に見つかった。
岡本太郎の知られざる顔を伝える作品である。



岡本太郎
《犬の植木鉢》
陶 1955年
川崎市岡本太郎美術館
30


岡本太郎
《愛》
FRP 1961年
岡本太郎記念館
31


4


岡本太郎
《黒い太陽》
油彩、カンヴァス 1949年
川崎市岡本太郎美術館
32

左奥にある翳りある太陽と対峙するように、右手前に苦悶の表情を浮かべる人が描かれている。この作品の関連として描かれた詩には、太陽に届かぬ手を伸ばす人間の苦悩が描かれている。
岡本によれば、「黒い太陽」とは、根源的な生命と切り離された人間の苦悩、つまり近代的なニヒリズムのしるしである。「黒い太陽に、矢をはなとう」と述べつつ、彼は、ニヒリズムを乗り越え、失われた神秘を奪還することに芸術の課題があるのだと説く。



岡本太郎
《クリマ》
油彩、カンヴァス 1951年
川崎市岡本太郎美術館
33


岡本太郎
《青空》
油彩、カンヴァス 1954年
川崎市岡本太郎美術館
36

1952年5月、GHQからの占領解除3日後に、デモ隊と警視庁予備隊が激しく衝突し、多数の犠牲者を出した「血のメーデー」に取材したとされる。
地に倒れた市民の見上げた先にある三角形の青い空に焦点を当てたこの作品は、事件より2年の月日を経て描かれた。「血のメーデー」のあと、破壊活動防止法の制定や公安調査庁の設置など、市民活動を抑圧する政治的な動きが活発になるなかで、その世相を振り返りつつ描いたものと思われる。



岡本太郎
《ドラマ》
油彩、カンヴァス 1958年
川崎市岡本太郎美術館
37


岡本太郎
《駄々っ子》
油彩、カンヴァス 1951年
川崎市岡本太郎美術館
38

赤いリボンをつけた「駄々っ子」と、桃色の犬が向き合っている。岡本はこの「駄々っ子」を自分であるという一方で、桃色の犬が私、「駄々っ子」が犬であるかもしれないともいう。
幼い子どもにとって、犬や猫は、最も親しい仲間であると同時に生々しい怪物でもあり、自分の別の人格、分身である。そうした根源的な感覚である「自他が混沌未分化の状態」、ナンセンスな無邪気さに、岡本は、芸術の本質的な要素があると述べている。


今回のイチ押しは、こちらの油彩画!キラキラ
もうね、埼玉を翔びこえてイスタンブールまですっ飛んで、
ドツボにハマっちゃいました笑
(特に犬の表情が…)
なので早速、使わせてもらいます。

本職?
人間だ。
(岡本太郎)

本職?
駄々っ子だもん。
(ねこ)

書類等の職業欄に「駄々っ子」って書いてみようかな。


岡本太郎
《訣別》
油彩、カンヴァス 1973年
川崎市岡本太郎美術館
39

太陽のような目玉を持つ人物が大きく口を開けて、その中から黄色い顔が外に出ようとしている。題名の《訣別》とは、魂が身体から離れていくことを指しているのだろうか。右側に描かれた黒い動物は、《駄々っ子》に描かれた動物とよく似ている。
こうした独特のキャラクターを絵画作品に登場させるような、大胆な作画スタイルも岡本の絵画の大きな特徴である。



岡本太郎
《樹霊 II》
FRP 1971年
川崎市岡本太郎美術館
40


岡本太郎
《樹人》
油彩、カンヴァス 1951年
川崎市岡本太郎美術館
34


岡本太郎
《コンポジション》
油彩、カンヴァス 1951年
府中市美術館
41


岡本太郎
《足場》
油彩、カンヴァス 1952年
一般財団法人草月会(東京都現代美術館寄託)
42


岡本太郎
《変身》
油彩、カンヴァス 1953年
川崎市岡本太郎美術館
35


岡本太郎
《こどもの樹》
FRP 1985年
川崎市岡本太郎美術館
43a

情操の育成に関わるボランティア団体「サークル・クラブ・サロン」を発足するなど、子どもたちの未来に心を砕いてきた岡本が、東京・青山に建設される総合施設「こどもの城」(2015年に閉館)のために、企画委員として関わりつつ制作した作品。
国籍を超えた世界中の様々な顔を持つ子どもたちが巨大な樹木となって空に伸びていく。抽象的な形と顔が組み合わされた、親しみやすい岡本のモニュメントの特徴をそなえた作品である。



岡本太郎
《装飾》
油彩、カンヴァス 1954年
個人蔵(東京国立近代美術館寄託)
1


岡本太郎
《若い闘争》
油彩、カンヴァス 1962年
川崎市岡本太郎美術館
2


岡本太郎
《暴走》
油彩、カンヴァス 1963年
川崎市岡本太郎美術館
3


岡本太郎
《燃える人》(ドローイング)
鉛筆、インク、紙 1955年
岡本太郎記念館
4


岡本太郎
《燃える人》
油彩、カンヴァス 1955年
東京国立近代美術館
5

1954年の第五福竜丸事件に取材した作品のひとつ。
画面右下の爆心地から目玉のついた原子雲が立ち上り、そこから逃げるように蛇のような細い体をうねらせながら燃える人が描かれている。左下には、のちに《明日の神話》(第5章)にも登場する擬人化された第五福竜丸の姿も見える。
この作品についてのエッセイで、岡本は、「原爆の予感」が一見平穏な日常を送る人々の内部にもどろどろした化け物として存在しており、芸術の意味とはその「奇々怪々な閉ざされた世界」に言及することなのだと述べている。



岡本太郎
《燃える人》
油彩、カンヴァス 1955年頃
姫路市立美術館
6


岡本太郎
《死の灰》
油彩、カンヴァス 1955年(その後加筆)
岡本太郎記念館
7

《燃える人》と同様に1954年の第五福竜丸事件に取材した作品。ただし、「死の灰」そのものがわかりやすく描かれているわけではない。むしろ、不穏な色彩とおどろおどろしい形態の中に、科学の進歩によってこの人類が初めて経験する事態が導かれたという矛盾と、その悲劇に直面した人類の動揺を描き出しているかのようだ。
1956年の第2回現代日本美術展に出品されたのち、岡本自身の手によって加筆されたことがわかっている。



岡本太郎
《娘と犬》
油彩、カンヴァス 1953年
株式会社 大林組
8


岡本太郎
《娘と犬》
油彩、カンヴァス 1953年(その後加筆)
岡本太郎記念館
9a


9b


それでは次回は、
第3章と第4章の作品を紹介しまーすウインク


『展覧会 岡本太郎』
◆2023年1月14日(土)-3月14日(火)
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「ワタシのイチ押し」 関連記事
・『展覧会 岡本太郎』②(2023年)
・『展覧会 岡本太郎』③(2023年)
・『展覧会 岡本太郎』④(2023年)


【展覧会 岡本太郎@東京都美術館】


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愛知県美術館
『展覧会 岡本太郎』(2023年)

2
大阪中之島美術館のポスター)

愛知県美術館開館30周年記念
『展覧会 岡本太郎』グッ乙女のトキメキ乙女のトキメキ


展示されているすべての絵画と立体作品、
続きをご紹介しますね。


◆ 第3章 人間の根源  呪力の魅惑

岡本太郎
《手・青》
FRP 1981年
川崎市岡本太郎美術館
13


岡本太郎
《赤》
油彩、カンヴァス 1961年
川崎市岡本太郎美術館
11

真っ赤なテントを切り裂くと、その上に虚空の闇が広がっていたかのような作品。具体的なモチーフが何も描かれていない画面は、岡本の作品の中でもかなり抽象度が高く、布を思わせるようなシンプルな形態は初期の《空間》(第1章)に近いものがある。
赤と黒はどちらも岡本が最も愛着を持っていた色彩だが、この2色だけの大胆な構成は、旧東京都庁舎に設置された壁画のうち、《赤》(第4章)と共通している。



岡本太郎
《マスク》
油彩、カンヴァス 1959年
川崎市岡本太郎美術館
14

題名からすると仮面が描かれていると思われるが、しいて言えば左向きの相貌が浮かび上がってはくるものの、決してわかりやすい作品ではない。この作品を発表した前年、岡本は「現代と真に効果的に対決すれば、抽象的な造形性を手段としながらも、具体的なマスクが出て来ない筈はない」と記している。
この時期の呪術的なものへの関心がこうした作品に結びついたのだろう。岡本の絵としては珍しく全体的に暗い色彩で覆われている。



岡本太郎
《女神像》
FRP 1979年
川崎市岡本太郎美術館
12


岡本太郎
《光る彫刻》
FRP、ライト 1967年
川崎市岡本太郎美術館
10


5


岡本太郎
《手・赤》
FRP 1981年
川崎市岡本太郎美術館
15


岡本太郎
《黒い生きもの》
油彩、カンヴァス 1961年
川崎市岡本太郎美術館
16


岡本太郎
《予感》
油彩、カンヴァス 1963年
川崎市岡本太郎美術館
17

靄(もや)のような筆致と様々な色で描かれた巨大な空間を横切り、のたうち回るような太い線。これらの線はまだ明確な形を持ってはいないものの、これから何かの生命体などに生まれ変わりそうな躍動感に満ちている。画面の右側に描かれているのは、赤い実のなる樹木と、その上空を飛ぶ鳥のようにも見える。
こうした呪術への関心を取り込んだ絵が描かれるようになった理由として、岡本が愛読していたミルチャ・エリアーデ(宗教学者)の著書からの影響も指摘されている。



岡本太郎
《跳ぶ》
油彩、カンヴァス 1963年
川崎市岡本太郎美術館
18

1964年に開かれた東京オリンピックは日本中を沸かせた。その前年に描かれた、オリンピックをテーマにした作品。特定のスポーツを描くのではなく、運動のエッセンスが凝縮されたものとしての跳躍が主題となっている。
中心をなす黒い軸線とそれ以外の色彩との関係は、この作品が《予感》や《愛撫》など呪術的なテーマを持った作品と密接な関係にあることを示している。岡本はオリンピックという祝祭にもまた、何らかの呪術的なものを感じ取っていたのかもしれない。



岡本太郎
《愛撫》
油彩、カンヴァス 1964年
川崎市岡本太郎美術館
19

前年に描かれた《予感》ではまだ形としか呼べなかった線たちが、ここではより具体的な生き物やキャラクターなどに進化して、画面には密度と奥行きがもたらされている。こうした連続性のある創作の仕方は、徐々に変化していく岡本の造形言語を読み解いていくような面白さに満ちている。
中央部分に描かれた角のある生き物は、岩手の民俗舞踊である「鹿(しし)踊り」に着想を得たものだといわれている。



岡本太郎
《反世界》
油彩、カンヴァス 1964年
東京国立近代美術館
21

反世界とは物理学の用語で、我々の世界を構成する物質とは異なる反物質によって構成される仮想世界を意味する。ただしそういう世界も、岡本太郎の手にかかるとこうなる。
無数のおぞましい手は、私たちを捕まえてあちら側へ引きずり込んでしまいそうな迫力に満ちている。この世界と引っ張り合う関係にあるもうひとつの世界に対する、岡本流の解釈といえるだろう。



7


岡本太郎
《縄文人》
FRP 1982年
川崎市岡本太郎美術館
20


岡本太郎
《河童像》
FRP 1981年
川崎市岡本太郎美術館
22


岡本太郎
《千手》
油彩、カンヴァス 1965年
川崎市岡本太郎美術館
23


岡本太郎
《装える戦士》
油彩、カンヴァス 1962年
川崎市岡本太郎美術館
24

黒の線で力強く描かれた形は、ほほ左右対称の構成もあいまって梵字(サンスクリット語の文字)を連想させる。この年に岡本は取材のために高野山を訪れており、密教への関心を深めていったのだと思われる。
また、この作品に限らず岡本の作品に見られる線描的、書道的な資質は、書家であった祖父の岡本可亭(一平の父)から受け継いだのではないだろうか。



岡本太郎
《生成》
油彩、カンヴァス 1961年
高松市美術館
25


岡本太郎
《石と樹》
油彩、カンヴァス 1977年
岡本太郎記念館
26


8


◆ 第4章 大衆の中の芸術

岡本太郎
《群像》
油彩、カンヴァス 1949年
岡本太郎記念館
27

伊奈製陶(のちのINAX、現LIXIL)が1947年に発売した「アートモザイック」は、1cm角で77色を展開し、絵画のように自在な表現ができる画期的な商品であった。
東郷青児らがいち早く壁画を手がけるなか、岡本もこれに注目し、1951年、上野毛の自宅兼アトリエの浴室の工事に際し、同年、大阪の画廊で発表していた本作品のモザイク・タイル化を同社に発注する。この出来栄えと可能性に満足した岡本は、この半年後《太陽の神話》を自ら手がけることになる。



岡本太郎
《青》(旧東京都庁舎壁画原画)
油彩、カンヴァス 1956年
岡本太郎記念館
28


岡本太郎
《緑》(旧東京都庁舎壁画原画)
油彩、カンヴァス 1956年
岡本太郎記念館
29


岡本太郎
《赤》(旧東京都庁舎壁画原画)
油彩、カンヴァス 1956年
岡本太郎記念館
30


岡本太郎
《建設》
油彩、カンヴァス 1956年
川崎市岡本太郎美術館
31

旧東京都庁舎のための壁画の1点の原画をもとに、独立した絵画として制作され、1956年の二科展に出品された作品。壁画に取りかかる前に訪れた視察での、都庁庁舎の建設中の光景を描いたものと推察できる。
スパナやつるはし、ハンマーを持った人物や、躍動する大衆の姿などがダイナミックな動きを形成している。画面中央に縦に走る構造体の右側には、その生成のエネルギーを擬人化したような、大きな横顔も認められる。



岡本太郎
《TARO鯉》
混紡素材 1981年
岡本太郎記念館
32


岡本太郎
飛行船《レインボー号》(画面中央)
FRP 1973年
川崎市岡本太郎美術館
33


9


岡本太郎
《スツール》(右下)
アルミニウム、布 1967年
川崎市岡本太郎美術館
34


岡本太郎
《ほおずえ》
木、布、金属 1968年
川崎市岡本太郎美術館
35


岡本太郎
《ひもの椅子》
木、紐 1967年
川崎市岡本太郎美術館
36


岡本太郎
《手の椅子》
FRP 1967年
川崎市岡本太郎美術館
37


岡本太郎
《駄々っ子》
FRP 1969年
川崎市岡本太郎美術館
38

「駄々っ子」ふたたび!笑
このイスのかたち……
「駄々っ子」(岡本太郎自身)は犬だったのね?

岡本太郎
《駄々っ子》(第2章より)
1951年
38


岡本太郎
《ノン》
FRP 1970年
川崎市岡本太郎美術館
39

両掌をこちら側に向けた拒否のポーズが示しているように、「ノン」はフランス語の「ノー」、つまり否定の言葉。「人類の進歩と調和」という大阪万博のコンセプトに対して、岡本は《太陽の塔》によって「ノン」を突きつけたといわれている。
この作品は《太陽の塔》の地下展示〈いのり〉で、世界各地から集められた仮面などとともに展示された。自分の作品を前近代の造形と並べることで、万博の背後にある近代的な思考法をはねつけようとしたのだろう。



岡本太郎
《原色卓》
木、金属 1967年
川崎市岡本太郎美術館
42a


42b


42c


こちらは《岡本太郎マネキン》爆  笑ウキャー!

43


岡本太郎
ネクタイ
絹 1960年
岡本太郎記念館
44


岡本太郎
《灰皿(火の接吻)》
セラミック、プラスチック 1970年
岡本太郎記念館
10


岡本太郎
《時計(未来を拓く)》
ブロンズ、プラスチック 1967年
岡本太郎記念館
11


岡本太郎
チョコレート缶(プラネットチョコレート)
スチール 1959年
岡本太郎記念館
46


岡本太郎
《顔のグラス》
ガラス 1976年
岡本太郎記念館

岡本太郎
《水差し男爵》
ガラス 1977年
岡本太郎記念館
47


岡本太郎
スカーフ(コンポジション)
絹 不明
岡本太郎記念館

岡本太郎
スカーフ(青空)
絹 1974-76年
岡本太郎記念館

岡本太郎
スカーフ(リズム)
絹 1976年
岡本太郎記念館
48

順番、これで合ってるのか自信がないタラー


岡本太郎
アロハシャツ
綿 不明
岡本太郎記念館
49


岡本太郎
《顔の時計》
FRP 1967年
川崎市岡本太郎美術館
50


岡本太郎
《ダンス》(ドローイング)
油彩、カンヴァス 1952年
岡本太郎記念館
40


岡本太郎
《みつめあう愛》
FRP 1990年
川崎市岡本太郎美術館
41a


41b


それでは、次回ラストは、
第5章と第6章の作品を紹介しまーすニコニコ


『展覧会 岡本太郎』
◆2023年1月14日(土)-3月14日(火)
 愛知県美術館
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