ヨガを始めて約1年経った。途中、デンマークや日本に帰ったりして、3ヶ月ほどお休みしたので正確にいうとヨガ歴9ヶ月である。日本のヨガ教室は週に1、2回のところが殆どのようだが、ここ韓国では週3日コースと週5日コースのところが殆どであり、私は月曜日から金曜日まで週5日のコースに通っている。ヨガを1年やっているといっても、週1回と週5日では全然違ってくるだろう。


そもそも私がヨガを始めた切欠は、体の不調からであった。ヨガを始める1年前くらいから周りの人から「ヨガをやりなよ」という言葉をしょっちゅう聞いていたのだが、「ヨガやりたいんだよね」と答えるばかりで実際に行動には移せずにいた。


昨年の夏、私は流産した。それからだ、本気で自分の体と向き合おうと思ったのは。まず、お酒の量を減らし、体を冷やさないように気をつけはじめた。しかし、当時、映像翻訳の仕事をしていた私は、相変わらず酷い肩こり、腕、手の痛みに悩まされ続けていた。酷い時なんか、仕事を始めて1時間で手が痙攣をおこしてしてしまうのだ。私は、昨年のチュソク(秋夕)連休の時に、仕事のペアの方に「相変わらず、肩こりが酷くて…」と話した。すると、ペアの方はもう何度目かの言葉を発した、「ヨガをやりなよ」!


チュソク連休が明けた日に、私はうちから一番近いヨガ教室の門を叩いた。もう一ヶ所気になるヨガ教室があったのだが、私は先生と会ってすぐ、そこで始めようと決心していて、もう早速、その日の夜からヨガを始めることになった。


飽き性の私がこんなにもヨガを続けられるなんて思ってもいなかった。元々私は子供の頃から体が柔らかい方であった。小学生の頃は、中国雑技団に入れるんじゃないかと錯覚したこともあった。中学生の頃は、少林寺拳法とカンフーに目覚め、高校時代にも一時新体操部にも属していたことがあるくらい体操系のものは大好きだった。だから、ヨガも結構いけるんじゃないかという予感はしていたが、こんなにも夢中になるとは思ってもいなかったのである。ついに、4ヶ月間嫌がる旦那を説得して、旦那もヨガの世界に引きずり込んだ有様だ。そんな旦那もまんざらではなく、ヨガ教室の紅一点の逆バージョンとして、ヨガ教室では珍重な存在である。


ヨガのお陰で私の体も旦那の体も変わった。まず体型が変わった。あれほど肉好きだった夫婦が野菜好きの夫婦に変身した。大食いだった私たちはエンゲル係数が高くて高くて困っていたのだが、いつのまにか普通食いになっていた。気の巡りがよくなった。性格が穏やかになった。直感が鋭くなった。肩こりと冷え性が軽減された。旦那はお腹の、私はお尻と太ももの脂肪がぐっと落ちた。私はお尻が小さくなった。


実は妊娠に気付いたのも、自分のお尻を見てであった。今年の3月、私の体は大変化を起こしていた。周りの人から口々に「痩せた」「お尻が小さくなった」と言われていたのだ。ナント、ヨガの先生からは、「女性の体がこの世で一番美しいとか言うじゃない。私、今までその言葉にちっとも共感できなかったの。でも、今日あなたの体を後ろから見ていて、つくづく美しいなぁ~と思ったのよ。あなたの体はマーメードね。完璧よ!」とまで言われたのだった。


しかし、ある日を境にどんどん引き締まっていくお尻の動きはストップし、逆にお尻が大きくなってきた。これはおかしいと思った。そういえば、生理もまだこない。そこで私は妊娠検査薬を買い、妊娠を知ったのであった。現在、元気に妊婦生活を送っていられるのもヨガのお陰だと思っている。

土曜日、病院へ検診に行ってきた。現在、34週目。つまり、9ヶ月と3週目である。この数日で一気にお腹が大きくなった気がするが、周りの人からは小さいねぇ~と言われる。今までは別に気にしていなかったのだが、金曜日の夜に急に不安になってきた。


診察台に上がって、早速先生に「周りの人からお腹が小さいと言われるのですが…」と言ったら、「そんなの心配することじゃないよ。赤ちゃんはすべて正常だから安心して」と言われ、ホッとした。


人によって体型が違うのと同じく、お腹の出方にもタイプがある。どうやら私はやはりお腹が小さく見えるタイプのようだ。旦那は「胸とお尻が人よりもデカイからお腹が目立たないんだよ」と言う。私はお尻が大きいから、骨盤の方に赤ちゃんがすっぽりと納まっているのかもしれないなと思った。


はじめに、『一気にお腹が大きくなった気がする』と書いたが、体重も着々と増加している。現在、9キロ増である。まあ標準といったところだろう。日本では体重制限が厳しいというが(8キロ以下に抑えろという病院もあるらしい)、韓国ではそれほどでもないらしい。私は私の体格(妊娠前のBMI数値は21.3)からして、最初から1ヶ月に1キロ増の感じで行けばいいかなと思っていたので、自分の中では理想的かなと。でも、臨月にぐわっと一気に体重が増加するケースが多いらしいので気をつけなければとは思っている。ちなみに赤ちゃんは現在、約1.9キロ。旦那と私は、うちの子は小さい方なのかとちょっと心配していたが、医者に言わせると決して小さい方ではないらしい。


よく周りの妊婦さんが、「腰がいたい」「足の浮腫みがひどい」「お腹が重たい」「お腹が苦しい」とか言うのを耳にしていたのだが、今まで私自身、肩こりは相変わらずひどいもの、腰に負担を感じたり、体が重いと感じたことはなかった。が、しかし!!昨日のこと。私の骨盤が、ギシギシというかバリバリというか音を立てて、出産仕様に変化していくのを感じたのだ。その痛さと言ったら…。昨日も1日動きっぱなしだったのだが、歩いていると「ウッ」と思わず立ち止まってしまうほど腰と足の付け根が痛む。足の付け根の靱帯と子宮を支える靱帯がドンドン伸びているようだ。恥骨がぐんぐん開いているのも分かる。仙骨も徐々に動き、坐骨も腸骨も外へ外へと開いていっている。うぉぉぉー、自分の体が超合金ロボット・マジンガーZのような気がしてきたロボット


女性は毎月骨盤が開いたり、閉じたりしているようだが、今まで特に感じたことはなかった。鏡を見て、「ああ、骨盤が開いてるな」「骨盤が閉じたな」と思ったことは多々あるが、実際に骨盤の動きを感じたことはなかった。今日は痛みが軽くなったので、昨日一日が骨盤移動の山場だったようだ。


夕飯の支度をしている時なんか、胸の下というか、お腹がせり出し始めてる部分というか、とにかく、みぞおちの辺りの皮膚と内臓の膜!?がつれるように痛くて、立っていられなくなってしまった。多分、お腹の重みで皮膚や筋が引っ張られたのだろう。


小2時間くらい横になっていたら、皮膚のツレと痛みは治まったもの、寝方を帰るたびに骨盤全体が音を立てて動くのだ。仰向けになれば、仙骨と尾骨がグギグギと音を立てるし、横向きになれば腸骨が音を立てる。しかも、とても痛い。座ると坐骨が痛むし。骨盤がそんな調子だから、腰も、背中も、肩も、首も痛い。特に背中がヤバイ。骨盤が開くと疲れやすくなると言うが、本当に疲れやすくもなった。


でも、こんな痛みなんて、陣痛の痛みに比べたら屁でもないのだろう。痛くても骨盤が開いてくれなきゃ出産の際に大変なことになるので、考えてみればこれもありがたい痛みである。何はともあれ、如何に骨盤が重要な役割を担っているかを、身をもって体験した日であった。

現在、土曜の夜9時。旦那は1時間半前からPCルームにゲームしに行っている。私は超眠いのだが、眠い目を擦りながらブログを書いている。夕飯もまだなので、超お腹も空いている。夕飯の支度(チキンとほうれん草とトマトのパスタ)は出来ているのだが…。早く旦那よ、帰って来てくれメラメラ


昨日のヨガは夜の9時クラスに参加した。ヨガが終わってから、旦那も私も何となく憂鬱だった。突然冷え込んだせいかもねと話していた。昨晩10時過ぎの気温はナント。ちなみに今日の最低気温は、最高気温は11度であった。やっぱり寒いよ、韓国。そんな中、私はTシャツにウインドブレーカーだけで外を歩いていたのだ…。それも汗で塗れたTシャツを着て。


11時、遅い夕飯を済ませても私の気分は晴れない。私は旦那にスイーツパーティーを開こう!と提案してみた。階下にあるコンビニに行き、とりあえず”甘いもの”を買い込んだ。


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<買い込んだ甘いものたち>


夜中の12時。疲れたらすぐ眠れるよう、シャワーを浴びてからパーティーは開始された。私はこの夜中に、大好きなコーヒーを入れ、まずはカスタードパイをほおばった。(妊婦なのにヤバイ生活…。でも、たまにはいいっかと楽観的な私なのであった。)


憂鬱な気分を吹き飛ばそうと開かれたこのスイーツパーティー。しかし、なぜかブリトニー・スピアーズのマスコミ問題について大激論となり、パーティーは気まずいうちに幕を閉じたのであった。

最近、寝るのが遅い。よって、朝、旦那のお弁当を作って、旦那を送り出してから、また布団に潜り込んでしまう生活が続いている。今朝なんか、お腹の赤ちゃんがお腹が空いたのか、かなり長い時間、暴れまくり私のお腹を乱打していたが、私はどうしても起き上がれなかった。息子よ、こんな母親でスマナイ…。


どうして寝るのが遅いのかというと、旦那が会社の仕事を家に持ち帰ってくるからである。旦那の仕事は海外営業。主に北欧やイギリス、ドイツの企業とビジネスをしている。時差のため、それらの会社のビジネスタイムは韓国では夜に当たる。というわけで、家に帰ってきてからメールを書いたり、電話をしたりしているのである。


旦那が仕事をしている間、私はミルクティーを飲みながら、本を読んだり、編み物をしている。そして、気付くと夜中の1時半や2時。編み物で肩がガチンガチンになってしまった私は、仕事で疲れている旦那に肩を揉んでもらう。そんなことをしていると寝る時間は更に遅くなる。私は昼間いつでも寝れるからいいもの、旦那はやはり辛そうである。


旦那の仕事振りを見ていて、心底羨ましいのは旦那が語学に達者なことと、海外に電話を掛けるのに物怖じしないことである。電話が苦手な私は、唯一韓国語は旦那よりも上手だとは思うけれど、韓国内の電話も出来るだけ旦那にかけさせている。(出前の注文とか、問い合わせとか)


旦那はデンマーク領土で育ったため、デンマーク語はもちろん、ご近所のノルウェー語、スウェーデン語は出来るにしても、フェロー人なので母国語はフェロー語である。一般に、フェロー人はデンマーク語が出来るが、デンマーク人はフェロー語が出来ない。そこでまず4カ国語クリア。更に旦那はアイスランド語も分かるらしい。英語は小学生の頃、BBCニュースを見ていたら喋れるようになったというし、ドイツ語は高校で第二外国語として選択したら、ある程度のドイツ語は使えるようになったそうだ。もちろん、その後も旦那は、中学・高校で英語を勉強したり、大学で更にドイツ語を習ったりしていたが、日本人の私としては、BBCニュースを見ているだけで英語が喋れるようになるのは不可能だと思うし、ましてや高校時代第二外国語として選択しただけで、ある程度外国語が使えるようになるとは思えない。


更に20歳から習った韓国語を合わせれば、完璧ではないにしても8ヶ国語を割と自由に操れることになる。更に恐ろしいことに旦那は、日本語は話せないが、私が親や友人と日本語で何を喋っているのか殆ど分かっている。


旦那が仕事をしている姿を後ろから見ていると、さっきデンマーク語でメールをしていたかと思うと、今度はドイツ語でメールを書いている。ノルウェー語でノルウェーに電話していたかと思うと、今度は英語でイギリスに電話している。超羨ましいんですけど(@ ̄Д ̄@;)


一方私といえば、習った英語もデンマーク語も脳から消え去りかかっているし、フェロー語だって何を話しているのか何となく分かるくらい。母国語である日本語だって、読めるのに書けなくなってしまった漢字が多いし、韓国語だって自分では満足しているが、まだまだ完璧とはいえない。ビジネスで通用するレベルとして考えたら日本語と韓国語しかない。英語もデンマーク語も中途半端という感じだ。語学にはとっても興味があるし好きなのだが、やっていくうちに嫌になってくるのもまた語学である。


さて、今から悩む問題ではないかとも思うのだが、やはり今一番の悩みは子供の母国語についてである。今のところ、子供には旦那はデンマーク語で、私は日本語で話しかけることにしようと決めている。しかし、私の母国語は日本語、旦那の母国語はフェロー語であり、夫婦の会話は殆ど韓国語、たまーにデンマーク語である。今朝も、子供に日本語で話しかけなければと思っているのに、口から出てくる言葉は全て韓国語になってしまうという夢を見た。一体、子供の母国語は何語になるのだろうか?悩んでも仕方ないけど、悩んでしまう問題である。

サッポロ一番のおむすび登場 エビ、焼豚、玉子入り
 16日からファミリーマートで「サッポロ一番」のおにぎり3種が発売された。味は定番の「しょうゆ」「みそ」「塩」の3種だ。.......... ≪続きを読む≫

上の記事にインスピレーションを受けまして。


妊娠してからというもの、大好物のインスタントラーメンを断っている。私にとって、これは大好きなお酒を断つより辛いことかもしれない。えっ、信じられないって!?ちなみに、お酒はたま~に旦那のをちょっと頂戴しているが、旦那も私が飲めないためかほとんど飲まない。たまに私が「今日は少し飲もうよ!」というと、必ずダメだしをされる。


韓国のインスタントラーメンの味を知ってしまってから、日本のインスタントラーメンからは遠ざかっている私だが、見ると思わず手が伸びそうな日本の商品は、『サッポロ一番 カップスター』と、お菓子だが『ベビースター』である。ベビースターなんか、うちの近所のデパートで売っているので、見るたびに禁断症状が…。ベビースター、ああ、ベビースター、愛しのベビースター:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


でもこのベビースター、私の場合、食べ過ぎると必ず胸焼けを起こす。それを分かっていながらも、一度食べ始めたら止められないのである。恐るべし、ベビースター。恐るべし、化学調味料の力…。


一方、韓国のインスタントラーメンの中で、何と言っても私の一押しは『三養ラーメン』ヾ(@^(∞)^@)ノ


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昔は農心の『辛ラーメン』が好きだったけれど、この三養ラーメンを食べたら、もう辛ラーメンには戻れなくなってしまった。韓国人の友人に聞いたら、友人もこの三養ラーメンが一番好きだと言っていた。何と言っても、元祖(韓国での)なのだ。


今日の夕飯は豚キムチ鍋なのだが、この記事を書いていたら無性に三養ラーメンが食べたくなってきた。ああ、食べたい食べたいインスタントラーメン!!お腹の赤ちゃんも食べたくて(!?)暴れておるぞ。

念のため、旦那に『私たちが持っている洋服を100%としたら、あなたの服は何%?』と質問したら、『35%』という答えが返ってきた。旦那の服は35%だそうだ。


☆ ☆ ☆


ここ数ヶ月、テレビをほとんど見ない生活を送っている。意識的に行っているわけではなく、ただ何となくテレビをつけないのである。

こんな私は、1994年頃から韓国ドラマの大ファンであり、それこそ日本にいた頃は(2000年2月以前)しょっちゅう新大久保や上野に通い、韓国のドラマのビデオを買っては貪るようにして見ていた。(ちなみに、当時はまだ韓流ブーム前であったので、新大久保や上野のお店で日本人の姿を見かけることはほとんどなかった。)また、デンマークに住んでいた頃は無償に異常に韓国ドラマが恋しく、ネットでブツ切れのドラマを食い入るようにして見ていたものである。

だから、『韓国に住んだらドラマを観まくるぞ!!』と意気込んでいたものも、実際韓国に住んでみると、その意気込みはいつの間にかに衰退してしまっていた。多分、いつでも観られる環境にいるからかも知れない。ドラマを後で観ようと録画したりダウンロードしておいても、まだ観ていないドラマが何本もたまっている始末である。


厳しい母親の元で育ったためか、もともと私はテレビっ子ではないようだ(旦那と比べて)。我が家では中学に上がるまで、母によって『テレビは1日1時間』と義務付けられていた。(私が中学に上がった時にその法則は崩れたため、弟は小学3年生からテレビを自由に楽しんでいたが。)そのせいか、私はテレビは絶対必要とか、テレビなしの生活はつまらないとか思ったことはない。最近では、インターネットがあるから、余計に必要性を感じないのかも知れないが。


家で過ごす時間が多いというか、ほとんどの私は、テレビを見なくても構わないが、やはり音楽は聴きたい。(赤ちゃんのためにも。)でも、我が家にはCDプレーヤーがないので、DVDプレーヤーとテレビの両方をつけてCDを聴くか、PCで音楽を聴く方法しかなかった。ポータブルMP3があるが、家でヘッドホンしているのも何かね…。私はなぜかPCを使う時に音があるとダメな人なので、PCを使いながら音楽を聴くことはまずない。CDを聴くのに、テレビとDVDプレーヤーをつけるのも何か勿体無いし、CDを聴くためだけにわざわざPCを立ち上げるのも面倒くさい。


というわけで、先日CDデッキをネットで買った。それもCDラジカセというやつ。ラジオAM/FM、カセット、MP3機能も付いてナントお値段5千円!!安いo(〃^▽^〃)oもうカセットの時代ではないのに、敢えてカセット付きを買ったのは、数年前に買った韓国語能力試験のリスリング問題がCDではなくてカセットだったためである。今までカセットデッキがなかったため、試験受けるぞ!と意気込んで買ったもの、一度も聞いたことがなかった。よって、試験も受けていない。(これってタダの言い訳!?)

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昔は音質にこだわっていた私だが、今はとにかく音楽が聴ければ結構。まだ買って数日だが、かなり重宝している音譜


しかし、今日ラジオのアンテナを根元からボキッと折ってしまった…∑(゚Д゚)

6日土曜日、母を金浦空港で見送ってから、旦那と二人で韓国映画『幸福』を観た。


旦那は最初、この映画を観ることをとても嫌がっていたが…。


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簡単なストーリーラインは、こうである。


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◇ ソウルでクラブ経営をする男ヨンス。ヨンスは酒、女、タバコに溺れ、自由奔放な生活を楽しんできたが、ある日経営していたクラブは潰れ、恋人のスヨンには振られ、自分は重度の肝硬変にかかっていることを知る。周囲には留学に行くと嘘をつき、ひとり田舎にある療養所に向かった。


療養所でヨンスが出会ったのは、8年間も療養所に住んでいる孤児のウニ。重度の肺病患者でもありながら、スタッフとして明るく働いている。


いつしか二人は惹かれあうようになる。結婚を前提とせずに、療養所を出て一緒に暮らし始める二人。平穏で健全で幸せな生活が永遠に続くかのように思われたが…。◇


(ちょっと私↑上手くない!?えーっと、スイマセン、自己満足です…(●´ω`●)ゞ)


主人公のヨンス役を映画『ユア・マイ・サンシャイン』や『私の生涯で最も美しい一週間』で主演を演じたあの演技派俳優ファン・ジョンミンが演じており、また主人公のウニ役をドラマ『ごめん、愛してる』、映画『…ing』、『角砂糖』で主演を演じたイム・スジョンが演じている。そして、映画を観るまで知らなかったのだが、私の大好きなコン・ヒョジンがヨンスの元彼女役を演じている。(きゃぁ~!!)


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<ヨンス役 ファン・ジョンミン>


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<ウニ役 イム・スジョン>


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<スヨン役 コン・ヒョジン>


ヨンス役にしても、ウニ役にしてもこの二人のキャスティングでなければならなかったと思わせるほど、二人の演技力には圧倒された。ファン・ジョンミンの演技力の素晴らしさは前々から知っていたが、今回イム・スジョンの演技力の成長には目を見張るものがあった。また、今回の改めてファン・ジョンミンの演技力の高さを再確認した気がする。(少々ネタばれですが、落ちぶれたヨンス→幸せなヨンス→再び落ちぶれていくヨンスという風に一人の人間の変わり様を見事に演じきっている。)


劇場ではもちろん、過去最高泣けた。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。映画であった。自分でも恥ずかしいほど、嗚咽をあげて泣いてしまった。過去一度も劇場で泣いたことのない旦那も私につられて泣いてしまったほどである。多分、旦那は映画を観て泣いたことは過去に2回くらいしかない。


映画を観終わってから、旦那に「『ユア・マイ・サンシャイン』と『幸福』どっちが良かった?」と聞かれた。私は、即座に「『幸福』だね」と答えた。


というのは、『ユア・マイ・サンシャイン』は主人公の変わらない愛、純愛に感動して泣かされたのだが、この映画『幸福』は感動ではなく、悲しい涙であったのだ。それも、『ああ、分かる、分かる、その気持ち。でもあの時は分からなかったんだよね。私があなたでもそうしちゃってたかもしれない』的な哀れみというか、同情の悲しさ。


私には、この愚かなヨンスの気持ちが手に取るように分かったのだ。人って、そういうものなのではないか。今のこのささやかな平凡な毎日が本当の幸せとは気付かずに、一見楽しそうに見える快楽の世界に翻弄される。そして、快楽の世界に引きずり込まれてから、やっと気付くのだ。「ああ、あの時私は、幸せだったんだ…」と。


映画『幸福』の予告編はこちらから!


映画の主題歌のM/V<ぺク・チヨン-『朝寝坊』>


韓国語ですが、どちらもオススメです。

ハァ、ハァ汗汗汗ダクダクである。

今日の午後は部屋の模様替えと衣替えをした。部屋の模様替えは今年に入ってナント3度目である。

最初は、寝床の引越しだった。今年の春までは7畳くらいあるのロフトに寝ていたのだが、ロフトは冬はいいが夏はとっても暑い。エアコンをつけても下の居間ばかり冷えて、上のロフトは全然冷えてくれない。これはエネルギーの無駄遣いだし、やたら暑がりになる妊婦にとっても良くない。(心臓が二つだからか妊婦になってから超暑がりになってしまった。)しかも、妊娠してから夜トイレに起きる回数が増えたので、イチイチ階段を下りるのも面倒くさい。段々とお腹も大きくなってくるので、夜中の上り下りは危険だろう。だったら、一層のことベッド(ベッド用マットレスを使用)を下に降ろしてしまおう!ということで、マットレスを居間に移し、居間に置いてあったソファーをロフトに上げた。

これがまた大変であった。このマットレスも厚さが20cmほどあるダブルサイズなので、とっても重い。ここに引越ししてきた時はやっとこさ二人で持ち上げたのだが、今回は私が妊娠中なので旦那一人で降ろすといって聞かない。でも、マットレスは布とスプリングで出来ているので、床や壁にぶつけても傷はつかない。それに降ろすだけだからまだマシである。

問題はソファーだった。このソファーがマットレス以上に重かったようだ。重くても小さいものだったら、問題ではなかったのだが、190cm×90cm×60cmほどの大きなものである。力持ちの旦那でさえ、一人で持ち上げるのに苦労していた。一回手が滑って床に落としてしまい、少々床を傷つけてしまったが、どうにか無事に持ち上げることができた。

2度目は、1ヶ月半前のことである。それまで居間の隣にある3畳くらいの部屋を旦那の書斎としていたのだが、そこを赤ちゃんの部屋にしようと模様替えした。書斎に置いていたPCと本棚を居間に移動させ、PCデスクをロフトに上げ、ロフトでミシン掛けやアイロン掛けやノートブックが使用できるようにした。新たにロフトに置く本棚も2つ購入した。また、台所に大きな棚を一つ購入し、台所の整理整頓をした。

そして、3度目の今日。暑くて、換気の悪い3畳部屋で赤ちゃんを寝かせるのはやはり良くないだろうという二人の意見で、3畳部屋をワードローブにすることに決めた。ロフトに置いてあったタンスと洋服掛けを3畳部屋に移し、ついでに衣替えもした。


衣替えする度に思うことなのだが、服が多すぎる…。それも私のが。7割は私の洋服である。(旦那よ、スマナイ(_ _。))タンスや洋服掛け、家についている3ヶ所の洋服収納スペースを全て使っても全然足りなくて、大きなスーツケース3つにも私の洋服が収納されている始末である。これでも今年の春に沢山捨てたのだが…。


半日掛かって模様替えと衣替えは終わった。赤ちゃんの服の収納スペースも用意できたし、後は出産までに、赤ちゃんの服やタオル、布団やおくるみを洗濯すれば準備オッケーである。これから出産までの日々をゆっくり読書したり、編み物をしたり、縫い物をしたりして過ごそうと思う。

うちでは予定のない週末は旦那が大体朝ご飯を作ってくれることが多い。朝ご飯といってもうちの場合、ブランチになることがほとんど。


家にパンがある場合は、ベーコンとトマトと卵をフライパンで焼いて、パンと一緒に食べる。パンがない場合は、旦那特製のパンネケーアを作ってくれる。日本語ではパンケーキ、ホットケーキということになるのだろうが、デンマークのパンケーキは日本のホットケーキと違い、薄い。日本ではクレープと呼ばれているものになる。私はこの旦那しか作れない(=旦那しか作れないようにしている)パンネケーアが大好きである。


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<パンネケーアを焼く旦那>


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<こんな風に一枚一枚小さなフライパンで焼いていきます。>

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<ジャムやハチミツなどを塗り、くるっと丸めていただきますナイフとフォーク

D氏とDさんの挙式の後、私たちは久々にチョンダムドンとアックジョンドンをぶらついた。私はなぜかチョンダムドンやアックジョンドンに行くと必ず芸能人に会える。だから、この日も絶対に芸能人に会えると信じて出発したのだが、旦那は「そんなに簡単に会えるもんではないでしょう」と言っていた。でも、私は絶対に会えると信じているせいか、本当に会えたのであったチョキ疑いを持たず信じ、強く願って、行動すれば、望みって叶うものである。


今回、会った芸能人は日本では余り知られていないと思うが、韓国では超有名なコメディアン、イ・ヒョクジェ氏である。テレビで見るよりも普通体型(テレビでは太って見える)で、実際の方がずっといい男であった。


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<イ・ヒョクジェ氏>


ちなみに、前回アックジョンドンで会えた芸能人は、モデル出身の俳優イ・ミンギ氏であった。彼は、ドラマ『本当に本当に好き!』や『タルジャの春』に出演し、一躍スターとなった。私も『本当に本当に好き!』のファンで毎週欠かさずみていたので、思いがけず彼に会えた時、とても嬉しかった!!彼はテレビと変わらず、長身でカッコよかった:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

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<イ・ミンギ氏>


kaffeの写真日記


でも、偶々このヨーロッパチックの空間を見つけて写真撮影をしていなかったら、つまり、そのままこの通りを通り過ぎていたら、イ・ヒョクジェ氏に会っていなかったかも知れない、と思うと本当に不思議なものである。


上の撮影後に見つけたお洒落なカフェ左下矢印


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cafe papergarden-入らなかったが、とても雰囲気のいいお店だったので思わずパチリカメラ次回、アックジョンドンに訪れた際には、是非お茶してみたい。


それから、私たちは今や韓国の流行の発信地!?とも言えるシンサドンのカロス通りへお茶をしに行った。ひとつお気に入りのカフェがあるのだが、そこはいつも満員。その日も案の定満員だったので、私たちは通りを横に入ったところにあったお洒落なカフェに入った。そのカフェはフランスのアンティーク家具がお好きなご夫婦が経営されているようだった。その証拠に、店内のインテリアは全てフランスで買い付けてきたと思われるアンティーク家具であった。


シンサドンを後にして、高速バスターミナルへ向かった。そこにある大型本屋さんの日本書籍が目的であったが、買いたい本がないのと、極度の疲労から本屋を後にした。疲れがピークに達していたので、バスターミナルと直結している新世界デパートのレストラン街に行き、早目の夕食をとることに。


お昼が残念だったので、夜は洋食で美味しいものを食べようと決めた。韓国ではことごとくイタリアンレストラン(パスタ)に裏切られている私たちだが、カンナム(ソウルの高級エリア)ならばそこそこ美味しいだろうとあるパスタ屋に入ることにした。早速、トマトソースの野菜とベーコンのパスタとカルツォーネとパイ生地で包んだクラムチャウダーとグラスワインの赤を一杯注文した。私が妊娠していなかったら、絶対ワイン1本注文していただろうに。ワインは3口だけ楽しんだ。今回のレストランは当りであった!どれも満足できるお味グッド! ただ、旦那はクラムチャウダーに貝が3つしか入ってなかったことを少々残念がっていた。(私は貝が苦手なので入ってなくても構わぬ。)


美味しくお食事を頂いて、お腹もいっぱいになった私たちは、お腹がいっぱいになのにも関わらず別のカフェに行き、お茶とデザートを注文。結局、旦那は食べきれず…。私たちには今後の私たちと家族との関係について話し合わねばならないことがあったので、カフェではそのことについてじっくりと話し合った。二人とも同じ意見で話し合いは無事終わった。


帰りにデパ地下にあるダロワイヨ(DALLOYAU)でパンを買い、帰途についた。幸福と富の気をもらいアップ、またカンナムを満喫できた1日であった。