1ヶ月くらい前にお絵かきボードを買った。
旦那に「買った記念に絵を描いてみて!」と言ったら、こんな絵を描いてくれた![]()
(@ ̄Д ̄@;) 幼稚園児レベル!?いや、もっと上手な幼稚園児だっているだろう。
でも、どうしてママの方が顔がデカイの??
アンパンマンです…。
1ヶ月くらい前にお絵かきボードを買った。
旦那に「買った記念に絵を描いてみて!」と言ったら、こんな絵を描いてくれた![]()
(@ ̄Д ̄@;) 幼稚園児レベル!?いや、もっと上手な幼稚園児だっているだろう。
でも、どうしてママの方が顔がデカイの??
アンパンマンです…。
クリスマスまですでに10日を切ってしまった。本当に早いもんで、もう12月の下旬に差し掛かろうとしている。
一昨日、バスの中で『いつからこんなに時の流れを早く感じるようになったんだろう?』と考えていた。恐らく、高校時代だったと思う。
さて、我が家でも先週、ユーレプントを家中に施してみた。ちなみにユーレプントとは、デンマーク語でクリスマスデコレーションの意である。今年もユーレプントはエキスパートの旦那にお願いした。
<旦那曰く、これは”ニッセランド”らしい。デンマークで”ニッセ”とは、サンタクロースのお手伝いをする妖精のことを指す。>
<下に引いてあるクロスは、義母の手描きのもの。30数年前のものらしい。>
<ユーレメン(サンタクロース)とニッセたち>
<大きなツリーがないので、今年はここへ
>
まだあるのだが、これくらいで。これらのものは99%義理の親の形見である。パパとママ(義理の親をそう呼んでいた)の生前は、毎年のようにクリスマスをフェロー諸島で過ごしていた私たち。クリスマスシーズンの今、パパとママとフェロー諸島がとてもとても恋しい。
今回、私たち夫婦のことでたくさんのお友達が心配してくれた。
韓国に住むお友達、デンマークに住むお友達、日本に住むお友達、また日本に帰省中のお友達まで…。
とっても嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、今感謝の気持ちを伝えずにはいられなかった。
みんな、本当に本当にどうもありがとう。
今日の午前中、息子の予防接種に行ってきた。今回は、MMR(麻疹・風疹)の1回目である。
いつもの事ながら、自分の注射のことより、予防接種を受けに来た子達の反応を見るのに忙しい息子。周りをキョロキョロしながら、ワンワン泣き叫ぶ子達を見ていた。
で、息子の番。
今回も一瞬顔を歪めただけで泣かなかった。今までに何度も注射を打ってきたが、痛くてもギャッと声を上げるだけで、泣いたことのない息子。まだ赤ちゃんだから泣かないのかと思っていたが、周りの0歳児はみんな泣いていたので、そういうことではないらしい。特に女の赤ちゃんはギャンギャン泣いていたので、こういうところにも男の子と女の子の違いがでるんだなと思った。
最近、息子の言葉の成長が著しくて面白い。毎日、新しい言葉を発するというか、真似る。本人は意味を判って言っているのかどうか分からないが。(中には完全に理解している言葉もあるが。)
先日、おっぱいをあげていた時のこと。上目遣いで私のことを見たので、「おっぱい、おいしい?」と聞いてみると、「おいし~」と答えが返って来た。親バカながら、とっても可愛い~と思った。こんなこと言われたんじゃ、ママ、しばらくおっぱいやめられないよ。
更に、
● 「オンマ」「アッパ」「バア」「ママ」「パパ」「パン」「おっぱい」「アンパンマン」などに加え、
「たっち」を、「たっトゥン」、「おしまい」を「おんまい」、「せんたくき」を「せったっき」と言い、
「アチチチ」「イタタタ」「モンモン(韓国語でワンワンの意)」「ワンワン」「いいよ」「ブーブー」
などを話すようになった。
● 独り言のようにブツブツ何かを話している時があるが、それは意味不明。
● 食前(いただきます)と食後(ごちそうさま)にペコッとお辞儀をするようになったり、
訪問客に向かってお辞儀をしたり、バイバイをするようになった。
● 私がぶつけたり、怪我をした時に、「ママ、イタイイタイしちゃったから、S君フーフーして
くれる?」というと、口をつぼめてフーフーと息をかけてくれる![]()
● 『むすんでひらいて』の曲を聴きながら、一生懸命手をむすんだりひらいたり、手を叩いたり、
手をキラキラさせている
曲が終わると決まって拍手![]()
● 食事の時は、一丁前にスプーンで私に食べさせてくれる。まあ、ご飯はほとんどスプーンに
のらないのだが。ママはいいから、あなたが食べてちょうだいなって。
● 自分の興味のあるものを指差しては、見せて欲しいとせがむ。これに付き合うのが
また大変なのだが![]()
こうして日々少しずつ色んなことを学んで、少しずつ知恵を付けていっている息子を更に愛しく感じる今日この頃である。親バカぶり発揮の日記でした…(笑)
2005年2月、私は一人日本へ発った。旦那と別れるのは少々寂しかったが、むしろ『日本で心機一転頑張ろう』という気持ちでワクワクしていた。就職活動を開始して1ヶ月で念願の出版業界に就職し、憧れていた編集の仕事に就いた。私は仕事に集中し、充実した日々を送っていた。
当時は子供がいなかったから、ある意味とても自由だった。でも、今は違う。全ての状況が違う。
私も今回、「くそっ、日本に帰りたい!」と何度も思った。でも、簡単にそうはいかない。
というのは、まず私たちは韓国に住んでいる。6ヶ月間の別居を解消しようとした時に、私は言った。
「もう私はデンマークには帰らない。だから、あなたがデンマークに残るんだったら、私も日本に残る。でも、あなたが韓国に住めるように手配してくれるんだったら、私も韓国に行く」と。その時、旦那は大学4年の前期であり、4年の後期は国内なり海外でインターンシップを行わなければならないことになっていた。結局、旦那は私との同居、韓国でのインターンシップを行うことを選択し、私たちは受け入れ企業のあった釜山に移住した。旦那は韓国で卒論を書き上げ、デンマークの企業からヘッドハンティングされたのにも関わらず、卒業後も韓国に住むことを選んだ。韓国に住むことは彼の意志でもあったが、言いだしっぺは私である。
そもそもデンマークに行ったのは、旦那がデンマーク人であり、旦那がデンマークの大学に入学することになったからであり、つまり、目的は旦那との生活を営むためだけであった。だから、その目的である旦那と険悪になり、これ以上辛い生活を続けていくことの意味を見出せなくなった時、私はデンマークを発った。結局、デンマークは私にとって、最後まで異国の地でしかなった。
しかし、韓国は外国でもまた違う。自分が好きで韓国に来たからだろう。そして、旦那と出会った地であり、どちらの故郷でもなく、お互いが外国人でいられる国だから。現在、生活の基盤となっているのは韓国であり、日本の実家に帰っても、やはり自分の家は韓国の家だと思うのである。
細かいことを言うと、今月から息子と週に1回、文化センターに通い始めた。『アマデウス英才音楽教育』というクラスである。まあ、私の暇つぶしも兼ねて。それが3か月コースなので、ちょっと今帰るわけにはいかない、とケチ臭い理由から。
そして、もうひとつ。
当時、彼の家族はデンマークにいた。でも、今は違う。彼の両親はもうこの世にはいない。旦那の帰る実家はもうない。私には日本に両親がいるが、旦那にはいない。当事者にとって、その違いはやはり大きい。20代で一気に両親を失った旦那のことを思うと、私は気軽に日本に帰ることはできない。
そして何よりも大きいのは、私が日本に帰るということは息子も一緒に連れて帰ることになる。旦那は息子をとても愛している。それに、息子は旦那にとって、初めてできた唯一血の繋がった家族である。
だから、私は旦那と息子を引き離すことに心が痛む。
義理の両親の生前は、1ヶ月でも1ヶ月半でも平気で日本に帰省していた私だが、今は2週間が限度かなと思う。母親として、やはり父親である旦那にも毎日の息子の成長を見届けて欲しいと思うし、息子にも毎日父親と触れ合って欲しいと思うから。
上に別居しないふたつの理由をあげたが、結局のところ、旦那に対してまだ愛想が尽きていないからだと思う。私の性格上、愛情を抱かない人とはまず一緒に暮らせないし。
確かに、私のブログを読んだ限りだと家庭に寒ーい空気が流れている印象を受けるかもしれないが、お陰様でまだそこまで酷くはない(笑)昨日も会社から帰ってきて、食後の皿洗いをしてくれたり、息子と遊んだり、一緒にヨガのDVDを見たりした。
平日は仕事が終わると直帰し、ちゃんと家で夜ご飯を食べ、よほど疲れている時以外は家事も育児も手伝ってくれる。会社の飲み会に行くのも月一だし。週末もいつも私の行きたい所に連れて行ってくれるし、一緒に家事も育児もしてくれる。お給料も全部私に渡してくれるし、ガソリン以外は何も買わないし(笑)そう考えると、旦那に対して何ら不満はないのだ。でもねぇ~、色々と言いたくなっちゃうわけよ、細かいことをね。(服を脱ぎっぱなしにしない!とか、寝る前に歯磨きをしなさい!とか…)
とにかく、旦那は今かなり精神的にも肉体的にも疲れていてイライラしているのは確か。そんな時に私が小言を言うから、向こうも憎まれ口をたたきたくなるのだと思う。結局、私の小言が災いの元なのである。(分かってはいるんだけどねぇ~。)
今回この記事を書きながら、もっと心の広い奥さんにならんといかんなと、何十回目かの反省をしたのであった…。
前回の記事に対してたくさん(私にとっては)コメントを頂いた。皆さん、本当にありがとうございます!
その中でつるかそふぃーさんのコメントを読み思うことがあったのでここで書いてみたいと思う。
◆ つるかそふぃーさんのコメント(一部抜粋させていただきます) ◆
『私なら… 本気で、子供を連れて、明日にでも旅立つかな・・
私の場合、しんどい状況をずっとずっと続けていく必要性を感じない性格やからね。
(それが例え、仕事であったり、家庭であったり、金銭であったり、恋人あったり、を失うことになっても)
ある日、なんかのきっかけで、私はぶち切れ、
「誰も、オマエを止めた覚えはない。文句あったら、とっとと私と別れて、自由に生きやがれ!その勇気がなくて、今の現状でいるなら、もっと明るく生きる努力しろ、ボケ! ま、とりあえず私は出て行きますわ、しばらく・・」
みたいな感じで、別居したなぁ~。』
まず、つるかそふぃーさんの紹介を少々。つるかそふぃーさんとは結構長い付き合いになる。彼女は私がデンマークで一番最初に知り合った日本人であり、同じAB型ということもあってか(そふぃーさんの誕生日は秋分の日で私の誕生日は春分の日だし、って関係ないか!?)似た者同士だと私は勝手に思っている。彼女には、デンマーク時代も韓国に引っ越してきた今も精神的にとても助けられている。
私も過去、旦那と別居したことがある。6ヶ月間ほど、デンマーク時代である。
今思い出しても、あの2004年は最悪だった。今なんて可愛いほうである。2004年の秋頃から、ただでさえ天気の悪いデンマークで憂鬱憂鬱で仕方ないのに、毎晩のように旦那と喧嘩。寒くなるにつれて喧嘩はエスカレートしていった。
その当時の喧嘩の原因は大小多々あったもの、私が一番怒りを抱いていたのは旦那のインターネットゲームに対してであった。ゲームをやるのを非難していたのではなく、旦那が生活に支障がでるほどネットゲームにどっぷり浸かっていたためである。当時の旦那の言い分としては、『何で俺の時間をお前に操作されなきゃいけないんだ?俺はお前のペットではない!」ということだった。
私は口煩い妻である。小言が多い。それは重々分かっている。旦那に、ヒットラーだの、レーニンだの、カストロだの言われるくらいなのだから。私が旦那を自分の思い通りに動かそうとするから、旦那としては家庭は息の詰まる場所でしかなかった。(←旦那の言い分)
ゲームの件に限って言えば、
旦那がゲームする→私が注意する→旦那は更にゲームを続ける→私が注意する→旦那は更にゲームを続ける→私がPCを消す→旦那は怒って、更にゲームを続ける→私がPCを消そうとする→旦那が力ずくで私を押さえつける…
というように、悪循環極まりない状況であった。
そもそも旦那がゲームに嵌ったのも現実逃避であり、私との生活から逃げ出したくてゲームに走ったといえる。つまり、私と口もききたくないし、関わりたくもなかったわけだ。
一方、私も仕事帰りや学校帰りに旦那のいる家に帰ることを思うと、胃がキューッと痛くなるほど精神的にまいっていた。
2004年12月か2005年の1月のある日、大きな喧嘩をした。そして、旦那が言った、「日本に帰れ!」と。その前から喧嘩の度に同じことを言われていたが、『まだもうちょっとここで頑張ろう』と思っていた。だが、その日は違った。『もういいや、日本に帰ろう』と思った。
そして、2005年2月に無期限で日本に帰国した。
<つづく>
週末のこと。
私が息子にご飯を食べさせながら、コンピューターに向かっていた旦那に
「パパも早く一緒にご飯食べようよ~!」と声を掛けた。
そしたら旦那が、
「他に男を探せ」とボソッと言った。
???
はぁぁぁ~~~~![]()
ええの、ホンマに?
1年以上前に入手したまま観ていなかった『ニライカナイからの手紙』を週末に観た。
『ニライカナイからの手紙』のストーリーは、
幼児期に母(南果歩)と別れた風希(蒼井優)は、沖縄・竹富島で祖父と二人暮し。毎年誕生日に届く母からの手紙を心の拠り所とし、島の人々に助けられながらもすくすくと成長する。高校を卒業した風希はプロの写真家を目指すため母のいる東京に上京する。写真家のもとでアシスタントとして働く風希は二十歳の誕生日に母の真実を知る。
この映画は、『前=映像がきれいだな』+『中=昔の自分を思い出すな』+『後=号泣』だった。全体的に女性向きの映画だと思う。竹富島を舞台とした映像が特に美しかった。
高校を卒業して東京に上京した風希はカメラマンアシスタントとしてこき使われる。何の面白みもない生活。淡々と言われたことをこなして終わってしまう一日…。いつしか自分の夢を見失いかけていた。
私も専門学校を卒業する頃の夢のひとつが写真家であった。プロの写真家を目指そうとスタジオを見学しに行ったこともあった。でも、色々と悩んで、そっちの道には進まなかったのだが。そのシーンを見ながら久々に、私にも同じような夢を見ていた時期があったなぁと懐かしんだ。
そして、後半。後半に入ったところから、息子が寝てくれて本当によかった。ありがとさん。
もう号泣、号泣。こんなに泣いたのは韓国映画『幸福』以来のことだった。
もともと親子の愛を題材にした映画に弱かった私。子供を持つまでは子供の立場で観ていたのに、子供を持ってからは自然と親の立場で映画を観ている自分に気づいた。立場が変わり、映画の見方も変わったわけだ。そして、親になった今は、より一層その手の映画に弱くなっている私がいる。
前半はたるんだ感もしなくもないが、後半の展開はよかった。女性にオススメの映画である。
最近、旦那の風当たりがめちゃくちゃ強い。
彼は最近忙しく、帰宅が深夜を回ることもしばしばで、土曜出勤もたまにある。
夫婦の不仲に加え、日ごろの疲れもあってか、私に対するすべての言葉に棘がある。
今朝、朝ごはんを作っていた時に包丁で指を切ってしまった。
旦那に「指切っちゃった」と言ったら、
彼はふっと笑って、「もっとザックリ切ればよかったのに」と言った…![]()
旦那の本心が見え隠れしていて、正直笑えなかった。
私はほとんど邦画を観ない。理由は何なのだろうと長年考え抜いた末に、『観ているこっちが気恥ずかしくなるから』という答えに至った。でも、なぜだろう?
そんな私が唯一観る邦画は、蒼井優ちゃんが出ている作品である。蒼井優ちゃんが出演しているから邦画を観るようになったと言っても過言ではない。あっ、でもジブリ映画は前から好きで観ていたが。
彼女の出演している作品を全部見たわけではないが(特に最近のはまだ観てない)、作品全体として好きなのは『ハチクロ』こと『ハチミツとクローバー』であり、映画の中の優ちゃんが素敵!と思ったのは『花とアリス』と『フラガール』である。
『ハチクロ』にいたっては、邦画中一番繰り返し観ている映画である。前回観たのは今年の夏だったが、その頃はまだ嵐のファンになる前。櫻井翔君ファンの私は、『そうだ、翔君がハチクロに出ていたな』とふと今朝思い出し、久々に観ることにした。それも、朝ご飯の時に。普段はご飯を食べながらテレビをつけないようにしているのだが、今日は特別に。天気も悪いし、息子の機嫌も超悪かったのでね。
その『ハチクロ』だが、最初の方に一人でご飯を食べられないはぐちゃん(優ちゃん)のために、花本先生が竹本君(翔君)を食堂に呼び出すシーンがある。そこで、まともにはぐちゃんと竹本君が知り合うことになるのだが、まず竹本君がテーブルに座っているはぐちゃんに軽く挨拶をする。
それを見た息子が、竹本君こと翔君に軽く会釈をしていたのであった。(あー、長い前置きでした
)