当院医局の勉強会で提示したトピックです。当院にもカルテに「ペニシリンアレルギー」とカルテに記載された患者さんがいます。そいういう方は抗菌薬の選択肢が狭くなるので、時々困ったことが起こります。そんな場合にすべき事など、最近のレビュー記事7)8)や教科書を中心にまとめてみました。
ペニシリンとペニシリンアレルギー
1928年、アレクサンダー・フレミングは青カビのペニシリウムがシャーレの中で細菌を殺す作用を持つ物質を分泌していることを発見し、ペニシリンと命名しました。
しかし実用に役立てるほどの十分なペニシリンを量産することが出来ず、ペニシリンの研究は一旦お蔵入りとなってしまいました。1941年、アメリカの製薬会社が研究者からの提案に基づいて、ペニシリンの量産方法の確立に着手しました。その製薬会社は数年でペニシリンの量産に成功し、第二次世界大戦の戦場で多くの連合軍兵士の命を救ったと言われています。
ペニシリンの作用機序は、細菌にはあるけれど人間にはない細胞壁の合成を阻害するというものです。そのため有害作用は少ないのですが、それでも人体にとっては異物であり、投与すれば望ましくない作用が出現することがあります。ペニシリンアレルギーはそのうちの1つです。ペニシリンによるアナフィラキシーが最初に報告されたのは1945年で、1968年のWHOの報告書では、アナフィラキシーによる死亡率は0.002%とされています1)。
実はペニシリン自体は抗原とはなり難いです(抗原になるには分子量が小さいため)。ペニシリンはその代謝産物がアレルゲンとなります。ペニシリンの95%は代謝されてPenicilloylとなり、これが体内の蛋白と結合し、主なアレルゲンとなるためmajor determinantとも呼ばれます。残りの5%はいくつかの代謝産物となり、そのうちのPenicilloateやPenilloateと、Penicillin Gはminor determinantと呼ばれています。major determinantとminor determinantを合わせて皮膚テストを行うと、即時型アレルギーの陽性適中率は50-75%、陰性適中率は93%以上と言われています2)3)。ただしこの皮膚テストの試薬は現在の日本では販売されていません。
ペニシリンアレルギーの皮内テスト試薬
皮内テスト試薬はmajor determinantとminor determinantで作られています。海外の文献を見ると必ず出てくるペニシリンアレルギーの皮内テスト試薬ですが、残念ながら日本では発売中止になっています。
以前はペニシリンを投与する患者には皮内テストを行っていたのですが、先に述べたように皮内試験は「陽性適中率が低く(50-75%)、陰性適中率が高い(93%以上)」という特性を持っています。言い換えれば感度が高く,特異度が低いということです。陰性結果でペニシリンアレルギーを除外するのには大変優れているのですが,陽性結果の信頼性が低すぎるのです。 ペニシリンによるアナフィラキシー反応の有病率は先に述べたように0.002%と言われており、ここまで有病率が低い場合,偽陽性の頻度が高いことは全例スクリーニングに致命的です。検査陽性の信頼度が低いため、現場からすれば皮内テストは狼少年にしか見えなかったわけです。
まあペニシリンの投与前に全例皮内テストを行っていたのは日本だけで、アメリカ、ドイツ、フランス、カナダ、イギリス、オーストラリア、南アフリカの医師はそのようなことは行っていないとのことで4)、皮内テストをルーチーンで行わない状態が世界標準です。
そんな理由で21世紀の初頭から日本でも皮内テストは行われなくなったのですが、皮内テストが全く役に立たない検査かというと、そういうわけではありません。陰性適中率は十分高いので、皮内試験が陰性であれば事実上ほぼ全例(97-99%)にペニシリンを安全に投与できます5)。1/10量点滴やアモキシシリン内服のチャレンジテストでも代用出来るのでしょうが、後述する「(偽)ペニシリンアレルギー」のカルテ記載を安心して削除するために、皮内テスト試薬の再販をお願いしたいです。そういう用途では商業的に厳しいのかも知れませんが・・・。
アレルギーの種類
教科書のおさらいなので、ご存じの方は読み飛ばして下さい。アレルギーはⅠ型~Ⅳ型に分類されます(Ⅴ型もありますが省略します)。このうちアナフィラキシーや蕁麻疹を起こすⅠ型アレルギーがよく知られていますが、ペニシリンでは他のⅡ、Ⅲ、Ⅳ型アレルギーも起こします。アレルギーの中でも特に致死的となるのは、アナフィラキシーと重症薬疹のStevens-Johnson症候群、TEN、そしてDIHS、DERSS、AGEPなどです。
先ほどの皮内テストで判明するのはⅠ型のみで、Ⅱ~Ⅳ型は皮内テストでは判別できません。
Ⅰ型アレルギー
Ⅰ型アレルギーはIgE抗体と肥満細胞によって起こります。IgE抗体は肥満細胞の表面に結合しており、抗原がIgE抗体に結合すると肥満細胞よりヒスタミンやロイコトリエンなどケミカルメディエーターが放出され、血管透過性の亢進が起こり、軽い場合は皮膚の紅斑や蕁麻疹、重篤な場合はアナフィラキシーなどのⅠ型アレルギー反応が起こります。IgEが肥満細胞の表面で待ち構えているため、I型アレルギーは反応が非常に早いのが特徴です。早ければ数分、遅くてもほとんどが数十分以内に起こります。
Ⅱ型アレルギー
細胞障害性抗体によるアレルギーです。βラクタム系抗菌薬の場合は、薬物が赤血球の表面に結合し(ハプテン)、それに対して抗体が生成され、赤血球を障害し、溶血性貧血を起こす反応が知られています。βラクタム系抗菌薬単体では抗原になるのには分子量が小さすぎるため、このような機序でアレルギーが起こるとされています。
Ⅲ型アレルギー
Ⅲ型アレルギーは免疫複合体と補体によるアレルギー反応です。SLEも同じ機序で起こります。したがって薬剤性ループスというSLE様の薬剤アレルギーもⅢ型アレルギーによって起こります。発熱、倦怠感、皮疹、関節痛、腎炎、などSLE様の症状が出現します。Ⅲ型アレルギーでは、他には薬剤熱が比較的高頻度に起こることが知られています。
Ⅳ型アレルギー
Ⅳ型アレルギーはT細胞が感作されて起こります。頻度は高くないですが、Stevens-Johnson症候群、TEN、AGEP、 DRESSなど重症の薬疹が多い、危険なアレルギーです。
実は大部分がペニシリンアレルギーではない偽ペニシリンアレルギー
ペニシリンアレルギーと診断されている患者のうち、かなりの部分の患者が実はペニシリンアレルギーではないことが知られています。アメリカでは人口の実に10%がペニシリンアレルギーと言われていますが、そのうち90%以上は皮膚テストを行っても陰性です6)。これはペニシリン投与後に一過性の嘔吐や下痢を生じたことでアレルギーと判定される等、一般的な有害作用をアレルギーだと間違った診断をされたためと言われています。
またペニシリンのアレルギーはペニシリンの暴露が長期間無ければ反応性が消失していく可能性が示唆されています。ある研究では、皮膚テストで確認されたペニシリンアレルギーの患者が、ペニシリンを避けて10年後に再検査を受けた場合、80%の患者が皮膚テストで陰性となっています7)。
このような理由で、臨床現場ではペニシリンアレルギーとされた患者の90%以上が、安全にペニシリンを投与することが出来ると言われています8)。
ペニシリンアレルギーの患者は、アレルギーのない患者に比べてバンコマイシン、ニューキノロン、クリンダマイシンの投与量が多くなります。このためペニシリンアレルギーの患者はMRSA、バンコマイシン耐性腸球菌、C. difficileの感染率が高くなります9)。
ペニシリンアレルギーとされている患者の負担の大きさと有害事象の多さから、ペニシリンアレルギーの患者から「アレルギー」の表示を剥がすことが求められています。
「ペニシリンアレルギー」に出会った場合
先に述べたように、ペニシリンアレルギーであるとカルテに記載されていても、9割以上の患者が問題なくペニシリンを投与できると言われています(誤診、時間とともに脱感作など)。ペニシリンを投与出来ない患者は感染症治療において大きな不利益を被る可能性があります。カルテに記載されている「ペニシリンアレルギー」を鵜呑みにせず、真偽を鑑別する必要があります。
ペニシリンアレルギーの患者に出会った場合、以下のような問診を行うことが必須です10)。ほとんどはあまりアレルギーらしくない病歴ですが、中にはアナフィラキシーや重症薬疹を疑わせる病歴があります。
・アレルギーの具体的な症状を聴取する。
・入院治療を要したか?(アナフィラキシーや重症薬疹の可能性)
・膨隆した、痒く赤い斑点で24時間以内に消失(蕁麻疹)?
・唇、目、口、尿道、膣などの粘膜に水疱や潰瘍、表皮の剥離(SJS、TEN、その他重篤なⅣ型アレルギー)
・血圧が下がったり、喘息のような呼吸困難は(アナフィラキシー)?
・関節痛、発熱、倦怠感は?(Ⅲ型アレルギー)
・皮疹だけでなく腎臓、肺、肝臓、心臓など臓器に反応が及んだか?(DRESS、DIHS)
・ペニシリン投与後、どのぐらいでアレルギーが出現したか?(数分~30分以内なら即時反応のⅠ型、数日以上ならⅣ型など遅延反応)
・そのアレルギーはどのくらい前に起こったか?(この質問はⅠ型アレルギーの場合、非常に重要である。ペニシリン暴露が10年無ければ皮膚テストがまだ陽性である患者は約20%にすぎず、80%ではアレルギーが消失しているという研究あり)
・アレルギーはどのように治療されたのか?(ボスミンが投与されたならアナフィラキシーを示唆する。入院治療を要したかどうか)
・ペニシリンアレルギー以降、別系統の抗菌薬(セファロスポリンなど)の投与を受けたことがあるか? 安全に投与できた抗菌薬はあるか?
以上のような問診を行い、ペニシリンアレルギーのリスク分類します。
ペニシリンアレルギーのリスクを分類後の処置
①アレルギーらしくない~低リスク
患者の中にはペニシリンの副作用(一過性の下痢、嘔吐など)をアレルギーだと申告する人がいます。また家族にペニシリンアレルギーの人がいるというだけの患者もいます。このような患者はアレルギーに該当しません。また10年以上前、子供の頃にアレルギーというあいまいな病歴の患者もリスクは低いと思われます。
このような患者は点滴で1/100量~1/10量のチャレンジテストが可能です。
不安があるならアモキシシリン250mgカプセルの中身を5ml懸濁液として、0.5mlを経口投与し、1時間観察を行うなどの方法があります(アモキシシリンチャレンジ)。経口のペニシリンでのアナフィラキシーの可能性はほぼ無い(世界で1例のみ)ため、安全に施行出来ます。
本当は皮内テストから入りたいところですが、先に述べたように日本では皮内テスト試薬が手に入らないため、アレルギーの真偽判定にはチャレンジテストを行う必要があります。
②軽度の発赤など軽い症状(中リスク)
アレルギー患者の大部分は軽度の皮膚発赤、くしゃみ、目や鼻の掻痒感などの軽い症状を呈します。重篤なⅠ型アレルギー(血圧低下、全身の蕁麻疹、気道浮腫、喘息発作)の症状はあまり見られません。
ペニシリン投与の必要があるなら、①のように少量からのチャレンジテストが可能であると思われます。起こったのが何年も前なら、脱感作されている可能性もあります。
③重篤なⅠ型アレルギーの既往(リスク大)
蕁麻疹、血管浮腫、気道浮腫、喘息発作、血圧低下などアナフィラキシーを疑わせる症状のあった患者は(特に最近この病歴のあった患者は)再びアレルギー反応が起こる可能性が高くなります。セファロスポリン系やカルバペネム系はあまり交差反応を起こさないと言われていますが、可能なら一度アレルギー専門医にコンサルトすることが望ましいでしょう。
④投与後数日で粘膜に水疱や潰瘍、表皮剥離が出現した(リスク大)
この病歴のある患者は重篤なⅣ型アレルギー、Stevens-Johnson症候群の可能性があります。この病歴のある患者は今後すべてのペニシリン系薬剤の使用を避ける必要があります。Ⅳ型アレルギーはⅠ型と違って、ペニシリンに暴露されなくても消失しません。再びペニシリンに暴露されると、多くの場合再発することになります。
⑤その他遅延反応、投与後数日で薬疹、発熱、倦怠感、臓器障害が出現(リスク大)
この病歴の患者もDRESSやDIHS、AGEPの可能性があり、ペニシリン系薬剤は生涯避ける必要があります。
アナフィラキシーや重症薬疹の病歴がある方は皮内テストやアモキシシリン1/10量チャレンジテストも避ける必要があります。
Test Dose法
病歴がアレルギーの症状ではない、または軽度の発赤程度のリスクの小さい患者にはペニシリンアレルギーを除外するためにテスト投与(グレーデッド・チャレンジ)を試みることが出来ます11)。重篤なⅠ型アレルギーの既往のある患者、粘膜病変や重症薬疹を疑わせる既往のある患者には危険なので行ってはなりません。
アナフィラキシーに備えるため点滴、アドレナリン筋注の準備をして行います。チャレンジは通常、全投与量の1/10ですが、1/100や1/1000で開始してもかまいません12)。低リスクの患者に対しては1/10の安全性は1/100や1/1000と同等であると言われています13)。
やり方は、まず1/10を投与し、反応を観察します。アレルギー反応が無ければ30~60分後に残りの全量を投与します。1/100や1/1000で開始した場合も、同様に30~60分の観察時間を設けます。
このチャレンジは経口でも行うことが出来ます。経口での投与は通常、通常投与量の1/10~1/4です。先に述べたようにアモキシシリンなら、250mgカプセルの中身を5ml懸濁液として、0.5mlを経口投与し、1時間観察を行うなどの方法です。経口ペニシリンは静脈投与に比べるとアナフィラキシー発生率が低いことが知られています。イギリスでは35年間1億回の経口アモキシシリン投与でアナフィラキシーが起こったのは1回のみでした14)。
チャレンジが問題なければペニシリンアレルギーの表記をカルテから削除することが出来ます。ただしこの方法で除外出来るのは即時型のⅠ型アレルギーのみで、他のⅡ、Ⅲ、Ⅳ型アレルギーは除外出来ません。
長くなりましたので、セファロスポリンやカルバペネムとの交差反応の話は次回にさせて頂きます。
参考文献
1)Idsöe O, Guthe T, Willcox RR, de Weck AL. Nature and extent of penicillin side-reactions, with particular reference to fatalities from anaphylactic shock. Bull World Health Organ 1968;38:159-188.
2)Solensky R, Jacobs J, Lester M, et al. Penicillin allergy evaluation: a prospective, multicenter, open label evaluation of a comprehensive penicillin skin test kit. J Allergy Clin Immunol Pract 2019;7(6):1876-1885.e3.
3)Adkinson NF Jr, Thompson WL, Maddrey WC, Lichtenstein LM. Routine use of penicillin skin testing on an inpatient service. N Engl J Med 1971;285:22-24.
4)https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/old/old_article/n2004dir/n2608dir/n2608_05.htm
5)Park MA, Li JT. Diagnosis and management of penicillin allergy. Mayo Clin Proc. 2005; 80(3):405-10.
6)UpToDate:Allergy evaluation for immediate penicillin allergy: Skin test-based diagnostic strategies and cross-reactivity with other beta-lactam antibiotics
7)Evaluation and Management of Penicillin Allergy: A Review.JAMA 2019 ;321 (2): 188-199
8)Mariana Castells et al. Penicillin Allergy. N Engl J Med 2019; 381:2338-2351
9)Macy E, Contreras R. Health care use and serious infection prevalence associated with penicillin “allergy” in hospitalized patients: a cohort study. J Allergy Clin Immunol 2014;133:790-796.
10)抗菌薬ドリル 羽田野義郎 編 羊土社
11)UpToDate:Choice of antibiotics in penicillin-allergic hospitalized patients
12)岡田正人のアレルギーLIVE 第5回 薬物アレルギー CareNeTV
13)Iammatteo M, Blumenthal KG, Saff R, et al. Safety and outcomes of test doses for the evaluation of adverse drug reactions: a 5-year retrospective review. J Allergy Clin Immunol Pract 2014; 2:768.
14)Lee P, Shanson D. Results of a UK survey of fatal anaphylaxis after oral amoxicillin. J Antimicrob Chemother 2007;60:1172-1173.