抗凝固薬と出血
 

 アスピリンと違って、ワルファリンやDOACには消化管粘膜を直接障害する作用はありません(一部例外あり)しかし抗凝固療法を受けた患者は消化管出血が増加することが知られています。

 ワルファリンとDOACを比較した主要なRCT(RE-LYROCKETAFARISTOTLE、 ENGAGE AF-TIMI 48)によれば、DOAC投与患者の消化管大出血は0.763.15%/年、大出血全体では2.133.6%/年となっています4)5)6)7)本当は異なるRCT間での数値の直接比較はしてはいけない(母集団が異なるので数値の比較は無意味)のですが、似たような数値が出ているので一応の目安にはなるかと思います。

 

 

抗凝固療法を躊躇う患者
 

 抗凝固療法はハイリスクハイリターンですが、ベネフィットがリスクを上回っているため、塞栓症のリスクがある心房細動の患者には基本的に推奨されています。しかし大出血(主に頭蓋内出血と消化管出血)の危険があまりに大きい(と思われる)ため、医師が抗凝固療法を躊躇う患者もいます。

 実臨床で医師が抗凝固薬の投与を躊躇う患者は

超高齢者(だだしこの定義はあいまい)

腎不全・慢性腎臓病

出血歴がある

転倒歴、ポリファーマシー、フレイルなど出血の危険因子あり

などです8)他にも認知症、独居などのため、服薬コンプライアンスに不安がある場合も処方が躊躇らわれます(飲み忘れたため数日分まとめて服用などの可能性)

 しかしこれらの因子は80歳以上の高齢者では、ほとんどの患者がどれかに当てはまる可能性があります。そして心房細動とは、まさにこのような患者に起こる疾患なので、出血のリスクを過度に警戒するなら、選ばれた少数の患者にしか投与出来ないことになってしまいます。

 しかし出血のリスクのある患者に処方したくないというのは医師として当然であり・・・と考えが堂々巡りすることになります。これが抗凝固療法のジレンマと呼ばれています。

 

 

消化性潰瘍のリスク因子
 

 Lancetの消化性潰瘍のレビュー10)では、リスク因子として

60歳以上

・潰瘍の既往

・抗血小板薬の使用

・抗凝固薬の使用

・副腎皮質ステロイドの使用

SSRI使用

が挙げられています。これらのうち2つ以上の因子を持つ場合を高リスクとしています。他にも

NSAID

H.pyloriの感染

もリスクになると言われています11)12)

 

 

高齢者で消化管出血が起こった場合
 

 消化管出血は年齢が上がるにしたがって死亡率が増加します13)14)。抗凝固薬を投与されている心房細動患者の多くは高齢者であり、消化管出血が起こった場合は死亡率が1020%かそれ以上もあることは留意すべきです。

 

 

消化管出血に配慮したDOACの処方
 

 本症例の患者は消化管出血の既往があり、これに配慮する必要があります。

 DOACはワルファリンに比較して全体の大出血は少ない傾向がありますが、消化管出血に限ればワルファリンより多い傾向があります。ただしアピキサバン(エリキュース)はワルファリンに消化管出血で同等、エドキサバン(リクシアナ)30mgはワルファリンより消化管出血が有意に減少しています(DOACの大規模臨床試験一覧を参照)

 本症例の患者は高齢で出血のリスクがあるためアピキサバンを15mg→2.5mgに減量して服用していますが、この投与量でも年齢などアピキサバンの減量基準を守れば5mgと同様の効果が得られるとされています15)

 

 消化管出血の減少だけに限ればエドキサバン30mg/日がワルファリンより有意に減少し、優れていますが(DOACの大規模臨床試験アウトカム一覧を参照)、この投与量は虚血性脳卒中が約40%も有意に増加することに留意すべきです(しかし出血性脳卒中が減少するためか、脳卒中全体ではワルファリンと有意差はありません)

 

 

DOAC処方時はPPIは必要か 必要性と副作用の懸念
 

 DOAC処方患者のPPI投与については、こちらのページ16)に詳しく掲載されています。簡単にまとめると、

全例には必要ないが、消化管出血のリスクが高い場合には併用を

ということでした。

 

  またPPIの問題点として、以前アスピリン投与の件でも述べましたが、PPIの長期投与による副作用があります。

 PPIの有害作用としては、肺炎(JAMA. 2004;292(16):1955)(JAMA. 2009 May 27;301(20): 2120-8) (JAMA.2018;320(21):2221-2230) 、骨折(Arch Intern Med. 2010;170(9):765)Vit.B12欠乏 (JAMA. 2013;310(22):2435)、鉄欠乏性貧血(Intern Med. 2018 Mar 15;57(6):899-901)C.difficile腸炎(J Hosp infect. 2018 Jan;98(1):4-13)など様々です。他にも慢性腎臓病や骨粗鬆症、キノロン、ケトコナゾールの吸収低下が知られています。これは胃酸が減少するこによって①細菌が増殖する、②PHが上昇することによって様々な物質の吸収が障害されるため起こります。

 

 

 これらはエビデンスレベルはそれほど高くないのですが、「薬の副作用の懸念から薬を追加する」のは、ポリファーマシーの点からも避けたいところです。

 

 しかし2019年に発表された17000人が参加したPPIの安全性を調べたRCTでは、約3年間で肺炎、骨折、認知症、CDKC.difficile腸炎はPPIとプラセボ、有意差無しという結果でした17)。腸炎だけPPI群でやや増加しました。少なくとも3年間はPPIを服用しても安全であるかも知れません。

 ですが1020年と超長期にPPIを使用した場合どうなるのか、本当に安全なのか、疑問は残ります。

 

 

DOAC投与を諦める前に
 

 実臨床では患者の状態が悪く、DOACの投与を諦める場合もあるかと思います。本症例のように①高齢者、②腎機能障害、③消化管出血の既往、④ステロイド服用による消化管出血の危険、⑤比較的安全なエリキュースでも出血を起こしていると、リスク因子が多数重なっている場合はなおさらです。

 エリキュース2.5mg×2/日やエドキサバン30mg/日でも不安がある場合、医師はしばしば抗凝固薬の投与を断念することがあります。

 しかし専門家は高齢だからという理由だけで抗凝固薬を控えるべきではない、むしろ「高齢だから塞栓予防に抗凝固薬が必要」と言っています1)18)

 

 確かに統計学的データによれば、患者群全体としては抗凝固薬を投与した方がベネフィットがあるのでしょうが、主治医としては、患者の害になることはしたくない、という心情はもっともな事です。また患者や家族サイドとしても「以前に出血しているので怖い」という気持ちも分かります。それでなくても抗凝固薬は「何も起こらないことが最高の効果」なので、効き目を実感しにくいのです。そこが効果が劇的に分かる抗菌薬やステロイドと違う所です。

 

 出血のリスクを理由に抗凝固薬を中止して年間数%の塞栓症のリスクを受け入れるのも一つの見識ですが、折衷案として、エドキサバン15mg/日という投与方法があります8)

 

 

 この研究はコントロール群がプラセボなので、先のDOACRCTとは比較出来ませんが、エドキサバン15mg/日の投与によって、脳卒中または全身性塞栓症の年間発生率はプラセボ群 6.7%、エドキサバン群 2.3%と有意に減少し(HR 0.3495%CI 0.190.61P0.001)、 大出血の年間発生率はプラセボ群 1.8%、エドキサバン群 3.3%と数値は増加していますが、統計学的有意差は無いとのことです(HR 1.8795%CI 0.903.89P0.09)。ただし消化管出血の発生数はエドキサバン群2.3%の方がプラセボ群0.8%より有意に多くなりますHR 2.8595%CI 1.037.88P=0.09)。

 

 この研究には心房細動患者のプラセボ群が含まれており、高齢者のリスクのある患者の塞栓症発症率は何も投与しないと6.7%と高い数値を示していました。それを約1/32.3%に低下させられるので、エドキサバン15mg/日でも効果は十分と言えるのではないでしょうか。

 しかも日本人の高齢者で行われた研究なので、日本の実臨床で行うにしても信頼性があります。

 消化管出血は増加しますが、比較対象がプラセボ群なので、無理もない話でしょう。全体的な大出血は「統計学的有意差はない」ため、投与をためらう症例でも比較的安心して行えそうです。

 これだけ聞くと、リスクのある患者はすぐエドキサバン15mg/日に減量したくなりますが、この研究はあくまで8290歳の抗凝固薬を投与するにはリスクが大きい超高齢者を対象に行われたものなので、それ以外の患者に行うと投与量が過少になる危険があると思われます。エドキサバン30mg/(患者平均年齢72)でも消化管出血が少ない代わりに虚血性脳卒中が増加するという代償を払うことになりますので5)15mg/日は抗凝固薬の投与を断念するかどうかという高齢患者のみに限定しておいた方が無難だと思われます。

 

 

抗凝固薬の投与を断念する場合
 

 先のエドキサバン15mg/日投与の研究16)によれば、抗凝固薬を服用しなければ8290歳の心房細動患者の塞栓症年間発症率は6.7%となっています。これは出血リスクのある超高齢者の数値なので、1990年代に行われた心房細動の塞栓症年間発症率の平均4.5%よりは高めの数値になっています。この数値を高いと感じるか低いと感じるかは人それぞれかと思います。抗凝固薬を服用しなくても、1年間塞栓症を起こさない確率は100-6.7=93.3%もあります。2年間だと0.933×0.933=87%と十分な数値かと考えます。QOLが低下し、余命が数年の超高齢者の場合はこの数値でも悪くないでしょう。このあたりの価値観は本当に「人それぞれ」なので、医師は自分の治療を押しつけたりはせず、患者と家族との話し合いが必要です1)。まあ「先生にお任せします」という方が多いのですが・・・。

 

 

まとめ
 

・非弁膜性の「普通の」心房細動ではDOACがファーストチョイスになりつつあります。

DOACはワルファリンに比べて安全性が高い薬剤ですが、それでも大出血のリスクがある薬です。

・「超高齢」「腎不全」「出血の既往」「転倒のおそれ」「ドラッグコンプライアンスが悪い」などがあるとDOACを処方するのはリスクが高くなります。

・高齢者が消化管出血を起こすと若年者に比べて死亡率が高くなります。

・消化管出血の予防にはPPIがよく処方されています。PPIには副作用の懸念がありますが、短期間なら問題なさそうです。しかし超長期となると不明です。

DOACの中で消化管出血がワルファリンより少ないのはアピキサバンとエドキサバン30mgです。

・それでも投与を躊躇うような高齢者にはエドキサバン15mg投与を。しかし、いっそ投与しないという選択肢もあります。この場合は年率6.7%の確率8)で塞栓症が発生します。

・どの選択肢を選ぶのかは患者や患者家族との話し合いが必要になると思います。患者の状況によってもベストな選択肢は異なると思います。

 

 

本症例の場合
 

①高齢者、②腎機能障害、③消化管出血の既往、④ステロイド服用による消化管出血の危険、⑤比較的安全なアピキサバン(エリキュース)でも出血を起こしている、などリスク因子が重なっているため、DOACの中止を考えましたが、出血リスクが低いと思われるエドキサバン(リクシアナ)15mg/日に変更してみることにしました。

・リクシアナ15mg/日の薬価は224.7/日となっており、エリキュース2.5mg×2125.6×2251.2円に比べて少し安価になっています。