80歳、女性

2週間前から徐々に食欲低下、元気がないという症状が進行していました。

本日、徐脈傾向のため心電図検査を行いました(下図)

意識清明、開眼、呼びかけに返答あり、血圧79/59mmHg、 脈拍42 整、呼吸数19/分、体温37.1℃SpO2 98(室内気)

 

今回は心電図クイズ形式で書いてみました。

次の行動は?   

PEA(pulseless electrical activity)であるため、直ちに心肺蘇生処置を行う。

心室頻拍(ventricular tachycardia)であるが、血行動態が安定しているのでリドカイン静注を行う。

促進性心室固有調律 accelerated idioventricular rhythm: AIVR)であり、 心筋虚血の有無を調べる。

P波が見られず、補充収縮となっている。洞停止が疑われるため循環器科にペースメーカー挿入を依頼する。

直ちに血液中の電解質の検査を行う。治療中の疾患、服薬内容、最近の尿量、可能なら以前の心電図と比較する。

 

 

解答

 

PEA(pulseless electrical activity)心停止の一種で、心電図上は波形を認めますが,有効な心拍動がなく脈拍を触知できない状態です厳密には心室筋の収縮が消失していなくても,頸動脈など主要動脈で脈拍が触知できない場合は心停止であり,分類はPEAとなります。原因として,心室の収縮を妨げる病態,例えば循環血液量減少,低酸素血症,心タンポナーデなどの存在が考えられ,一般的な心肺蘇生と同時に原因疾患の検索とその治療を要することが多いです1)

 死戦期には、ECGモニター上で問題にあるようなwideQRS波のPEAを見ることが多いですが、この患者さんは意識があり、脈拍を触知するので、そもそもPEAではありません。


 

心室頻拍(ventricular tachycardia)は、連続で3拍以上心室由来のwideQRS波が見られる状態です。心拍数のカットオフ値は100120以上です。

 今回は徐脈であり、心室「頻拍」ではありません。この疾患にリドカインを使用すると心停止を起こし、蘇生出来なくなるため、行ってはなりません10)


 

促進性心室固有調律 (accelerated idioventricular rhythm: AIVR)は、心室の自動能が亢進して生理的洞調律を追い越した場合に起こります。通常、心室自動能は心拍数で2040/分程度で、洞結節の生理的なリズム50100/程度)を追い越すことはありません。 しかし、心筋虚血や薬剤の影響で心室の自動能が亢進すると、P波よりも速い心室由来のwideQRS波が出現することがあります。促進性心室固有調律の心拍数は100以下であることが多く、以前はSlow VTと呼ばれていましたが、VT(ventricular tachycardia)とは機序が異なり、これ自体は良性であるため、この用語は使われなくなりつつあるようです。

 今回は、促進性心室固有調律 にしては心拍数が遅く、P波も観察されないことから除外しました。


 

確かにP波が見られないため洞停止のような所見で、これを循環器科に紹介するとペースメーカーを挿入される可能性があります。しかし、その前にすることがあります。


 

このような「奇妙な」心電図を、bizarreECG(普通ではない心電図)と呼びます。徐脈性不整脈を見た場合は、いきなり心電図診断に走らずに、とりあえず電解質のチェックを行うべきとされています。

その後の血液ガス検査で、血液中のカリウム値は9.9mEq/L(!)を示していました。

 原因については断定できませんが、2週間前より屯用で処方されていたロキソプロフェンによる腎不全が疑わしいと思われました。


 

高カリウム血症

 

 高カリウム血症の主な原因

 細胞からのカリウム放出が増加
  偽高カリウム血症(Pseudohyperkalemia):採血手技の不備
  代謝性アシドーシス
  インスリン欠乏症、高血糖症、高浸透圧症
  組織異化作用の亢進
  βブロッカー
  運動
  高カリウム性周期性麻痺
  その他
   ジギタリスまたは関連ジギタリス配糖体の過量投与
   赤血球輸血
   サクシニルコリン
   アルギニン塩酸塩
   ATP依存性カリウムチャネルの活性化剤(例:カルシニューリン阻害剤、ジアゾキシド、

   ミノキシジル、一部の揮発性麻酔薬)。

 尿中カリウム排泄量の減少
  アルドステロン分泌の低下
  アルドステロンに対する反応の低下
  遠位のナトリウムと水の供給が減少
  脱水などで腎動脈血量減少
  急性・慢性腎臓病
  その他
   カリウム分泌の選択的障害
   ゴードン症候群
   尿管結節術

 UpToDate:Causes and evaluation of hyperkalemia in adults から引用


 

高カリウム血症の症状

 高カリウム血症の最も深刻な症状は心伝導障害、心不全、筋力低下・麻痺です。これらは通常、慢性高カリウム血症で血液中のカリウム値が7.0mEq/L以上、急性の場合はそれ以下の値で起こります2)

 高カリウム血症で治療された救急患者の症状は、呼吸困難(20%)、脱力感(19%)、精神状態の変化(8%)、失神(5.4%)、無反応(4.2%)となっています5)


 

高カリウム血症の心電図上の変化

 高カリウム血症では、初期にテント状T波、QT時間短縮が見られ、高度になるとP波の消失、PR間隔延長、QRS時間延長が出現し、最後にはR波とT波が正弦曲線様に変化し、心室細動や心停止を引き起こすとされています3)

 教科書的にはこのように記載されていますが、実臨床では、K値と心電図変化は必ずしも綺麗に相関しないという事実があります。様々な様相で来院して診断に難渋する梅毒にちなんで、高カリウム血症の心電図は「心電図の梅毒」と呼ばれることもあります。高カリウム血症の心電図変化はかなりの個体差があるためです。

 今回の症例ではカリウム値の上昇が高度であったため、P波の消失、QRS波のwide化が見られました。このため一見すると心室調律のように見えますが、教科書的にはこの所見を洞室調律と呼びます。これは、高カリウム血症によって心房筋の興奮が失われた時期でも、洞結節と房室結節を結ぶ結節間伝導路の機能が残っていて、洞結節の興奮を直接心筋に伝えることがあるためです11)

 

  実臨床におけるデータを挙げると、Freemanらによる救急外来を受診した168例の高カリウム血症(K>6.0Eq/L)患者の心電図を調べた論文によると、何らかの心電図異常は83%に見られましたが、テント状T34.5%(58)しか存在せず、24%は非特異的なST異常しか示していませんでした5)

 心電図所見とカリウム値の相関が乏しいからこそ、ちょっとした症状や不整脈のある患者は、積極的にカリウム値をチェックすることが推奨されます。びっくりするような不整脈でも、ちょっとした徐脈でも、高カリウム血症が原因かどうかは調べないと分からないのです4)

心筋細胞の活動電位から見た心電図変化

 Surawiczらのウサギを用いた実験によると、血漿カリウムイオンが上昇すると、細胞内外のカリウムイオン濃度差が小さくなり、心房、心室の静止電位は上昇します。また脱分極0相の立ち上がり速度が低下し、脱分極電位も低下します。この変化は心房筋の方が、心室筋よりも強く出ます。心室活動電位の3相の下降が強くなり、これがテント状T波の原因になります6)

 さらに細胞外カリウム濃度が上昇すると脱分極が起こらなくなり、心筋の活動が停止します。

 

 

高カリウム血症の治療

 

・グルコン酸Ca(カルチコール)

 血液中のカリウム濃度を下げる作用はありません。高カリウムの膜作用にカルシウムが直接拮抗することで効果を発揮します7)。カルシウムの静注効果は数分以内と、GI療法よりも早く始まります。ですが、効果は3060分と比較的短命です8)。このため、カルシウム投与はGI療法や透析などでは手遅れになりそうな、急を要する局面での時間稼ぎに使用します。カルシウムの投与後は、血液中のカリウム濃度を下げる療法が必須です。

 

β2刺激薬

 インスリンと同じく、β2刺激薬は骨格筋のNa-K-ATPaseのポンプ活性を高めて、カリウムを細胞内に送り込みます。サルブタモール(米:アルブテロール)1020mg(気管支喘息で使用する量の48)4mlの生理食塩水でネフライザー吸引させることによって、血液中のカリウム濃度を0.51.5mEq/L低下させるとされています。この効果は投与後約90分で最大となり、GI療法と相加効果があります8)

 

・グルコース-インスリン療法

 インスリンは骨格筋のNa-K-ATPaseのポンプ活性を高めて、カリウムを細胞内に送り込みます。低血糖を避けるために通常はインスリンと共にグルコースを投与するため、グルコース-インスリン療法(GI療法)と呼ばれます。即効型インスリン10単位と50%ブドウ糖50mlを静脈内注射すると、効果は1020分で始まり、3060分でピークに達し、46時間持続します。ほぼ全ての患者で血液中のカリウム濃度は0.51.2mEq/L低下します8)

 

・体内からカリウムを除去

 カリウムの除去には、利尿剤、消化管陽イオン交換樹脂、透析の3つの方法があります。腎機能、血圧が保たれている場合は主にループ利尿薬が使用されます。しかし、血圧が低い場合や腎機能障害が高度な場合は効果が限られます。

 経口および注腸での陽イオン交換樹脂は、重度の腎機能障害の有無にかかわらず使用できますが、効果発現までやや時間を要します。

 血液透析はカリウムの除去に最も効果的ですが、セッティングに時間を要し、施行できる施設がやや限らるという欠点があります。

 

徐脈・低血圧を呈する疾患9)

 通常、低血圧のショック状態では頻脈を呈しますが、以下の疾患では徐脈となる場合があります。徐脈+低血圧に遭遇した場合は想起する必要があります。

特に今回のような高カリウム血症や下壁ACS、大動脈解離+心嚢血腫は急を要するため優先的にチェックする必要があります10)

 

 

参考文献

1)日本救急医学会医学用語解説集 https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/1017.html

2)UpToDate:Clinical manifestations of hyperkalemia in adults

3)渡辺重行・山口巖 編 心電図の読み方パーフェクトマニュアル 羊土社

4)増井伸高著 心電図ハンター②失神・動悸/不整脈編 中外医学社

5)Kalev Freeman ,James A. Feldman ,Patricia Mitchell , et al. Effects of Presentation and Electrocardiogram on Time to Treatment of Hyperkalemia. Acad Emerg Med 15:239-249,2008

6)田中義文著 成り立ちから理解する心電図波形 秀潤社

7)Winkler AW, Hoff HE, Smith PK. Factors affecting the toxicity of potassium. Am J Physiol 1939; 127:430.

8)UpToDate:Treatment and prevention of hyperkalemia in adults

9)寺沢秀一 林寛之 研修医当直御法度 第7版 三輪書店

10)Dr.林の笑劇的救急問答 [Season10] 電解質異常編第1回 高カリウム血症

11)小沢友紀雄 著 心電図の読みかた・考えかた 日本医事新報社