『ハズブロWWFプロレスフィギュアを改造して、新日本プロレスの懐かし常連外人レスラーを作ってみよう』のコーナーです。
今回作るのはスティーブ・ウイリアムス選手です。
スティーブ・ウイリアムス選手と聞いて「おや?」と思われたかた
いつもご訪問頂き、ありがとうございます。(笑)
スティーブ・ウイリアムス選手は約8年前に一度、作っています。
詳しくは↑をご覧ください。(笑)
その時作ったのは、全日本プロレスに移籍した後のスティーブ・ウイリアムス選手でした。
今回、作るのは新日本プロレスの最強外人の一角をしめていた頃のスティーブ・ウイリアムス選手です。
素体はハズブロWWFプロレスフィギュアの〝ハクソー″ジム・ドゥガンとプロ格ヒーローズのスティーブ・ウイリアムス選手です。
以前にも書きましたが、この二人は同時期にミッドサウス版UWFを主戦場にしていたことが有ります。
完成
ドクター・デス(殺人医師)
スティーブ・ウイリアムス
勇者の叫びではなくBorn In The U.S.A. で入場していたころのスティーブ・ウイリアムス選手です。
違いは、ヘアースタイルだけなんですが(笑)
Born In The U.S.A. と言えば、ヒット当時 kill the yellow man(黄色人種を殺す)の歌詞が気になって頑張って和訳してみましたが
結構、悲惨な内容ですね。 リアルランボーですね。
スティーブ・ウイリアムス選手のことを初めて見たのは東京12チャンネルで放送していた『世界のプロレス』でミッドサウス版UWFの試合を放送した時です。
岩石のような体で白衣も来ていないのに、リングネームがドクター・デスだったので非常に違和感を感じました(笑)
試合でも、あまり活躍していなかったので二流感漂うレスラーのイメージでした。
しかし、そのイメージを払拭したのが・・・
1985年の年末に(たしかダラスだったと思いますが)日本から来たアントニオ猪木選手とシングルマッチを行った時です。
「こいつ、ヤバい選手だ・・・」そんな感想を抱かせる試合でした。
そして「猪木さんの大好きなタイプの選手だなぁ。」なんて思っていたら
案の定、翌年の夏に初来日。
8・5両国国技館でアントニオ猪木選手とのシングルマッチが実現して、スティーブ・ウイリアムス選手の魅力のデンジャラス・スピーディー・パワフルの三拍子そろった試合を展開しました。
この雰囲気、どこかで感じたことが有るなぁ・・・と思ったら
”ヨーロッパの帝王”ローラン・ボック選手が現れた時の流れと、同じでした。(笑)
その後、クラッシャー・バンバンビガロ選手やビッグバン・ベイダー選手等ヘビー級の選手が常連外人として来日し始め新日本プロレスの外人選手層が一気に厚くなりました。
このころの新日本プロレスのヘビー級外人の選手層、半端ないですね。
上記以外にもコンガ・ザ・バーバリアン選手やパニッシャー・ダイス・モーガン選手やソール・テイカー選手なんかもいたんですから
相手をする闘魂三銃士の武藤敬司選手の膝や蝶野正洋選手の首が悲鳴を上げてしまうのもうなずけます。
こんなモンスターが沢山いたから、闘魂三銃士の三人も光れたのだとも思いますが。
闘魂三銃士と言えば、同時期に活躍した現・県知事と現・人気ブロガーの二人をまだ作っていませんでした。(笑)
まだまだ作りたい選手は、沢山いますね。