こんにちは! こうの史代です。
<前回までのあらすじ>
先週の月曜は呉市川尻町にお墓参りに行きました。
その日と翌日は呉に泊まったよ。
5日の水曜は、美術館に挨拶に行ってから、福知山に帰る予定です。
ゆっくり出発なので、朝食前にちょっと散歩しました。
ここに泊まる時は必ず、近くの和庄わしょう公園を訪ねることにしています。
この公園の隣の崖には、以前は巨大な防空壕がありました。
市街地空襲があまりに激しかったため、熱と酸欠で、その中で数百人が亡くなってしまいました。
その慰霊のため、今はお地蔵さんが祀られています。
お地蔵さんにご挨拶して、崖の横の階段を上がって、歩き回ってみました。
呉の街は、坂道や階段ばかりで、絵になりますな。
こんなお堂もありますよ。
まじまじ眺めようとすると、うっかり崖から落ちそうです。
しばらくうろついて、亀山かめやま神社に着きました。
この週末にお祭りを控えて、立派な幟が立っています。
お賽銭を入れてお参りしたところで、拝殿に置いてあった小さなチラシが目に留まりました。
「『昭和のやぶ』展」
……。
これは行かねばならんでしょう!!
というわけで、宿に帰って朝食をいただいてチェックアウトして、10時の開館を待って、やって来ました!
「街かど市民ギャラリー90」です。
「ヤブ」とは、呉の秋のお祭りに出現する鬼のようなものです。
呉の限られた地域にしか存在しない不思議な風習で、ヤブという呼称の起源も不明だそうです。
鬼の面を着けていますが、服装は必ず着物で、手拭いを頭に巻いています。
きまって竹の棒を持っていて、子どもたちを追いかけては叩いたり、お神輿の先導をしたり、かと思ったらお神輿が境内に入ろうとするのを邪魔したりするそうです。
どこまでも追いかけて来られて、ほんまに怖かったよー、と母はよく言っていました。
わたしは呉は大好きですが広島市育ちなので、ヤブは2度ほどしか見た事がありません。
しかも、本当に怖くて怖くて……、チラ見しただけなのです。
あ、たぶん今は酒瓶は持っていないと思います!
お面の実物もいくつかありました。
わたしがチラ見していたヤブさんは、龍王りゅうおう神社のこちらの方々でした。
少女だった母や、もしかしたら少女だった祖母や少年だった祖母の従弟(この世界の片隅にの周作のモデルの人)を追いかけまわしていたのも、こちらのヤブさんだったのでしょう。
この展示のヤブは写真なので、安心してじっくり眺めることが出来ました。
服装やお面には地域差があって、その違いも興味深いものでした。
さらに、オス・メスの区別があり、1匹・2匹と数えることも知りました。
写真がたっぷりあって、見ごたえのある展示でした。
これ、お面の一覧があったら楽しいだろうなあ。
三十三間堂の図録みたいな感じの…。
帰りの新幹線で、いただいたヤブの研究論文を読みました(頼めばコピーがもらえます)。
素人くさい医者を「ヤブ医者」などと呼ぶように、素人が鬼の厳しさを見習ったけど鬼にはなりきれないという謙虚さ(?)を込めて「ヤブ鬼」、略して「ヤブ」と呼んだのではないかな、などと思いました。
この展示、れんがどおりの「街かど市民ギャラリー90」で、10月24日まで開催中です。
入館無料です。
ちなみに。
ここには、以前「大和ミュージアム」の企画展用に描き下ろしたわたしの絵(複製)も片隅に展示されています。
原画のほうは現在、東京の昭和館にあります。
昭和館の事情で4枚組とされていますが、本当は5枚組で、ここではすべて並べられています。
ではまたね!