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このブログを読む前にぜひひとつ前の記事
「東方神起 6年間の活動 1」を読んでいただければと思います。
このように、無理なスケジュールの中でも、このように疲れた状態でも、
このように負傷と事故に遭った中でも、彼らは全てのステージを無事にこなし、大きな成果をなした。
いつもそうだった。東方神起のメンバーの事情や健康状態のために何かか取り消されたり、
延期になることはほとんどなかった。
この程度であれば、所属社はよく頑張ったと感謝し、休息を贈るべきだった。
いくら鋼鉄も噛み砕くほどの若さだとはいえ、韓国、日本、アジア各国を駆け回り、2ヶ国語で会話し
歌い、数多くのアルバムを発表し、ステージに立ち、ファンミィーティングとサイン会、
握手会など体でこなす数多くのプロモーションをこなした彼らには – 他の全ての歌手がとる休息期と
充電期を与えなければならなかった。いくら韓国の芸能業界が肥えていないといっても、
普通はこうした活動をこなした歌手に、ある程度の休息期を与えるのが普通だ。
では、彼らに与えられた休暇は?
2006年には5日だった。2007年には1週間。そして2008年と2009年には特別に10日だった。
東方神起の休暇に隠された秘密 – 一年中で休める日は休暇だけ?
東方神起の休暇が1週間だと言っても、人々はそれほどショックを受けない。
私たちも最初はそうだったから。
なぜなら、歌手という職業は「遊んで稼ぐ」部分が多い自由職業だと、漠然と考えるためだ。
活動が終わると、みんな休む。ツアーが終わっても休む。スランプに陥って休むこともある。
遠く海外に旅行したりもする。自分がやりたい事をしながら「再充電期」という名目で、
自由な時間を過ごす。感性で仕事する職業だから。実際、こうした時間は必需的だ。
韓国の若い歌手たちが、とんでもない強行軍をしているのは事実だ。
それでも、ある程度のレベルになると、また活動期間が終わると、どんな方法であれ
活動を休む期間が与えられた。少なくても数ヶ月の「スケジュールのない」期間がある。
だから、私たちは韓国最高の人気グループであり、アジア最高の人気グループでもある東方神起は、
当然「会社から与えられる正式な休暇」以外にも、休息期または充電期があるのだろうと思っていた。
ところが、スケジュールを詳しく見ると、そんな余裕は見えない。東方神起はデビュー以来、
今まで「休息期」または「充電期」をとったことは一度もなかった。
毎年、年にただ1度の一週間程度の休暇が、彼らの6年間の休息の全部のように見えた。
こうした強行軍が続きながら、彼らは絶え間なく病気になった。
記事や放送を通して、扁桃腺や喘息、アレルギーなどの病名が彼らの名前と共に報道された。
しかし、負傷しても強行されるスケジュールが、たかが(?)病気でキャンセルされるはずはない。
彼らはよく病気になった。合宿生活のせいでメンバーの一人がかかると、
みんなが一斉にかかるという風邪は日常のようなものだった。
ある年の休暇の際に、メンバー全員が体調を崩して寝込み、お互いに連絡がとれなかったと
彼らが番組で語ったことがあった。こうした事実は、あまりにも繰り返し起きるため、
大ファンでなくても、2~3年間彼らを見守れば誰もが知ることができるほどだ。
ファンたちは毎回、彼らがステージに立つ度に、負傷と病気の条件の下で歌って踊る彼らを心配した。
そうして一般の人々にひんしゅくをかいもした。どうして東方神起のステージ映像のレスは、
「コンディション不調で普段よりも落ちる」という内容ばかりなのかと。
ファンたちは悔しくても何も言えなかっただろう。それは事実だったから。
負傷と病気だからといって、彼らに特別な「回復期」さえも与えられたことはない。
これを私が覚えているのは、2006年の秋頃から「彼らの100% 充電した状態のステージが見たい」と
待ち続けてきたためだ。しかし、そのような機会は来なかった。
具合が悪ければ悪いまま、負傷すれば負傷したまま、その状態のままで彼らは仕事を続けた。
そうして時間の力を借りて負傷から回復し、コンディションの不調を克服した。
そのように過ごして6年目だ。
こうした事実が水面上に現れなかった、もう一つの理由
それは彼らが韓国での活動と日本での活動を共に行っていたからだった。
韓国での活動と日本での活動を交代して行っていたため、両国の音楽ファンたちは、
このチームは活動期と非活動期があるものだと思い込んでいた。
両国での活動を並行している事実を知っている人でさえも、このように考えていた。
韓国での活動と日本での活動の間に中間期間があるはずだと。ところが、そうではなかった。
彼らは、今日韓国での活動が終わると、明日の飛行機に乗った。
日本で活動中でもスケジュールが空くと、韓国でのスケジュールが決まった。
一旦韓国に来ると、「せっかく来たついでに」何日か休んでいくのではなく、
また次の日の飛行機で日本に行って、番組に出演することは稀ではなかった。
例えば、東方神起の日本でのスケジュールが木曜日と土曜日にあるとしても、
所属社では何の迷いもなく金曜日に韓国でのスケジュールを決めたりした。
時には日帰りでスケジュールをこなして出国したりもした。これは彼らにとって日常になった。
これは秘密でもない。
ファンでなくても、K-PopとJ-Pop共に関心のある人々にはよく知られていた事実だ。
こうした中でも、まるで妙技のようなスケジュールが生じたりもした。
2006年、彼らは一週間のうちに韓国からタイ、タイからドイツ、ドイツから韓国、韓国から日本、
日本からまたサイパンへと移動するスケジュールをこなした。たった一週間でだ。
チャンミンは当時、とても体の具合が悪かったと、日本の番組で「楽しくなかった記憶」として
回想したりもした。
2008年、韓日両国で大きな成果をあげた年末には、それこそ西に東に神出鬼没のスケジュールをこなす。
韓日両国の年末放送では、徹夜番組と年明け番組まで、連続で出演したのだ。
その出演スケジュール表を一度、ファンに確認してみてほしい。あきれることだろう。
改善することなく、更に残酷になるスケジュール - 2009年まで続く
このような「スケジュールを組んで無理やり押し込む」式の活動は2009年にも続く。
その最も代表的な例が、2009年の日本東京ドームでの公演を前後に繰り広げられた、
スケジュールの饗宴(?)だ。
東方神起は2008年に50万枚という - 最近の韓国市場ではとても達成不可能な – CDの売上を記録した。
2009年は日本で大々的な人気を集めた。その結果、19回のアリーナツアーのチケットは売り切れとなり、
入手困難となった。そして遂に、東京ドームでの2日間の公演という史上初の偉業を達成する。
このレベルのグループであれば、どの所属社でもある程度待遇するのではないか。
もう無理なスケジュールは徐々に減っていくだろうと思ったし、
彼らにも1~2ヶ月の休息期が与えられるのではないかと思った。
ところが、とんでもない。そんなことは起きもしなかった。
それどころか、更に恐ろしいことが起こる。
※ 続く
