『道原忍は鏡を見ない』は、3m45cmの長身を持つ男性の物語だ。


その男性の頭脳はICチップにより制御されていた。これは政府による策だった。

彼の肉体による破壊行為を恐れたのだ。肉体だけではない。彼は、精神に異常を抱えていた。

これらの異常を彼の幼児期に発見した政府は、脳(思考回路)の制御という苦肉の策を講じるしかなかったのだ。


ここで政府の技術者たちは大きなミスを犯した。

ICチップ埋め込み手術は成功したものの、一度取り外した頭蓋骨と頭皮、頭髪を勢いで〝捨ててしまった〟のだ。
頭蓋骨の代わりに彼の頭に取り付けられたのは、、


近くの棚にあった透明なカプセルだった。




 猿渡屋さんは、動き出した。この人生を全うするためには【自己防衛】だ、【自己】しか守るべきものはない。そして、【自己防衛】の必要性を日本人に知らしめなければならない。やはり、猿渡屋さんは狂っていた。

 猿渡屋さんは、松屋事件以来、その隠していた爪をみせだした。

 手始めに、猿渡屋さんは、漫画を描き始めた。趣味の絵画だけでは【自己防衛】は伝わらない。絵画に日本語を足そう。そうすれば、少しずつ伝わるはずだ。

 全てを切り捨て荷物を下ろした猿渡屋さんは、一心不乱に漫画を描き続けた。私は、猿渡屋さんの爪の脅威にたじろぐばかりだった。彼の投稿した短編第一作『道原忍は鏡を見ない』は、某月刊雑誌の審査員特別賞に選ばれた。

 最優秀賞ではないとこが非常に彼らしい。

 そんなことは、さておいて、猿渡屋さんは松屋で豚丼を食べるのが好きだった。松屋にある『黒酢ドレッシング』をかけたり、『焼肉ソース』をかけ、味の違いを感じながら豚丼を喰らうのが好きだった。

 いつものように新橋駅近くの松屋で豚丼を喰らう猿渡屋さんは、我が目を疑った。豚丼に覆い被さる肉が【豚の死骸】にしか見えなくなったのだ。

 そうなると、もう止まらなかった。手羽先は惨殺死体に、寿司や唐揚げは肉片に、海老や焼き魚などもってのほかだった。殺害される時の叫び声が聞こえてくるようだった。

 猿渡屋さんは、残酷な妄想とは裏腹に生命の尊さを実感した。自分もいずれ死ぬ。人生は一度きり。そんな当たり前のはずなのにイメージできなかった言葉の意味に戸惑いを覚えた。