石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -51ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 忘れんぼである。太古の大昔からである。

 

 細かいことを言ったらきりがないが、たとえば大学のとき。

 同じゼミを取った後輩にノートを貸した。すると真面目な後輩は、疑問点や言葉足らずな箇所を質問してくる。

 

 しかし私はその内容をきれいサッパリ忘れている。で、「覚えてないな~」と言う。何回かそれを繰り返すと、しまいには「先輩って意地悪なんだもん。めんどくさがって何も教えてくれない」と後輩が怒り出す。

 

 いや、意地悪とかめんどうとか、そういうレベルではなく、本当に覚えてないんだってば。……と言っても信じてもらえなかった。

 

 社会人になりたての頃。

 たくさんの指示をもらい、やり方を教わり。自分の頭のメモリがちっちゃいのはわかりすぎるほとわかっていたので、外付けディスクの活用=メモを取る癖はしっかりついていた。

 

 なのにである。

「これ、この前教えたよね?」と聞かれて、私は堂々と「いいえ、初めてです!」と100%の自信を持って言い切った。

 

 が、後でメモのノートを見直すと、ほんの数ページ前に書いてある。しかも赤で花丸してあったりして。 先輩に見られたらどうしようと冷や汗もので隠したっけ。

 

 あるいはデートにおいて。

 まあいろんなステキな場所に行ったり、楽しい思い出が出来たりするわけである。

 

 なのに後日、「○○(店の名前)の料理は美味しかったよね」と言われても思い出せない。で、相手が怒り出す。大事な思い出じゃないから覚えていないと判断する訳だ。

 

 いや、そうじゃなくて。

 例えば、前菜に華やかな模様のソースのかかったテリーヌがあって、それを出してくれた給仕の方がちょっと粋に「今日のお召し物と色が合ってますね」と言ってくれて、凝った内装の話で盛り上がったことなんかに触れてくれれば、「ああ、あのお店はこだわりがあったよね。また行きたい」と、イメージを蘇らせて適切な会話が出来るわけである。

 

 思うに私の脳は記憶できないのではなく、単独の単語とか事柄だけで検索するのに難があるだけなのだ。他の関連事項との合わせ技で辿ればちゃんと残っている。

 うん、忘れているだけで抹消されたわけではない。

 

 で、子供の頃からこんな状態なので、歳を食っても大して変わらないだろうと安心していた。ところがちゃんと進化(退化?)する。

 人や物の名前、時間の感覚、捜し物のありか。昔はこれほどひどくはなかった(はず)。

 

 朝、何を食べたかを忘れるレベルならまだ大丈夫。が、ごはんを食べたこと自体忘れるとまずいという。

 

 そのとき妹が一言言った。

「自分で作れば忘れないでしょ」

 

 はい。今のところ一応、そう心がけております。(了)

 

 

 

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 営業が苦手である。

 

 最近、ハンドメイド作家の方から聞いたのだが、私と同じような悩みを抱えていた。作るのは好きだけど、作品をアピールする営業活動が難しいと。

 

 たとえば有名人に「私の作品(アクセサリーなど)を付けて写真を撮らせて下さい」と片っ端からメール営業する人がいるそうだ。確率はそうよくないらしいけど、なるほど現代ツールを上手く使った効率的なやり方かと思う。

 が、そういうことに二の足を踏む作家さんも多いらしい。とてもわかる。

 

 私の場合、幸運にも単発のマンガ原作を何作か作らせていただいたことがある。けれどそれは、向こうからやってきたものではなかった。

 

 同じ立場の仲間が、雑誌に「持ち込み」をしに行ったというので真似をして、それでどうにかこうにか実現した。「持ち込み」という言葉すら知らなかったというお粗末な物書き志望だった。

 

 大御所さんや人気作家なら依頼の嵐であろうが、私は自分の「売り」すら何なのかわからないド素人。従って「こういうものをやりたい!」と熱く語るべきものもなく、そうなると「持ち込み」を続けてもなかなか掲載というところにまで話が進まない。

 やはりというか、結局、掲載側の求める方向性がつかめなくて、連載を取れるところまでいけなかった。

 

 最近は、営業の代行という仕組みもあると聞く。いわゆる職人肌さんは、売り込みがうまくない方が多いという。それをフォローしてくれるんだとしたら、利用価値のあることだと思う。

 

 ただし私の場合、その営業代行の方にさえ、思うところが伝えられるだろうか、との不安がある。

 そこからして自信がないのだ。自分で自分を整理できてない奴の言うことなんか、他人がわかるわけがない。たとえ親兄弟にだって真意は伝わらないだろう。

 

 それでもありがたいことに、欠点や修正点のアドバイスを下さる方もいる。しかし私にはその意図を汲み取りきれず、読み違えて別方向へ走ったりするおバカなのだ。

 

  つまり、たとえば主人公AがライバルBを助けるために走りまくるメロスと化する話を作ったとする。「Bが走ってくれたからAも走り返す」ところが欠点だと指摘され、「迷子になったBをAが見つけ出す」展開に変えた。

 けれどアドバイスの真意は「AがBを助ける」展開自体が不要という……本当に自分の理解力のなさを痛感した経験で。

 

 そういうのを含めて営業力というのかもしれないと思う。

 自分の「売り」を把握する能力、それを相手に伝えられる能力、アドバイスを生かせる能力。ステップアップしていく方はきっとそれらをお持ちなのだ。

 

もちろん筆力を養うのが一番大切だけど、そういったコミュニケーション力を鍛える努力も必要不可欠。

頑張りたいと思います。(了)

 

 

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 スマホに変えた。

 けれど、ゲームアプリは見ない。触らない。手を出さない。これに限る。

 

 もう20年近くの前のことだが、友人宅で初めてファミコンに触った。確かスーパーマリオシリーズのどれかだ。敵と戦いながらアイテムを手に入れ障害物を避けつつマリオを前進させる。

 

 このとき知った。私はゲームドハマリ体質なのだと。

 

 その友人宅に伺うたび、話もそこそこにずーーーっとゲームをやっていた。あまりに延々とやっているので、その友人はゲーム本体を持っていない私にハードごと貸してくれた。

 

 その頃仕事も辞めて家にいた私は、朝も早くからマリオを始め、ごはんを食べる間も惜しんで操作ボタンを押し続けた。腰が痛くなって周りを見ると日が暮れかけていて愕然とする、という日が続いた。

 

友人にハードを返してからはすぐに購入し、再びのめり込んだ。

そして別のソフトにも手を出した。コズモザギャングというパズルゲームだ。これは、テトリスの原理で、落ちてくるブロックにコズモというキャラクターとボールが含まれていて、上手く並べるとボールがコズモを弾き飛ばすという単純なものである。

 

それに相方と共にハマッた。トイレやドアホンでは休止ボタン、お風呂のときは交替で継続し夜更かし。休日は朝から晩までぶっ通し。

 

これはまずい。

 

ビデオは溜まるし家の中も片付かない。肩腰目にくるし外にも出ないし、何より我に返ると「他にあれもこれもできたのに」という深い後悔と虚無感に襲われる。

結局引越の際に全て捨てた。

 

しかしパソコンという物がある。お節介なことに、わざわざ取り込まなくても買った当初からいくつかゲームが入っているのである。

私はその中のMahjong Titansという、山になった麻雀パイを崩すゲームにハマリ、延々とやり続けた。

 

他のTODOがどんどん溜まっていく。私は泣く泣く麻雀ゲームをパソコンから消した。

するとフリーセルだのハーツだのに手を出す。これらはすぐに終わるトランプゲームだが、一回負ければ何くそ、勝てば良い気分でもう一回、と繰り返してしまう。

ついにこれも消去である。

 

出かける用事があれば忘れてるし、手が震えることも頭から離れない訳でもないから、中毒というほどではない。

 

思うに、家事とか課題とか書類整理とか、やりたくないことがあるときの逃避先なのだ。

昔、試験前になるとやたらに部屋の整理をしたくなったものだった。机の回り、引き出しの中、普段開けもしない押し入れの段ボールまで。

部屋はそう広くない。いずれ整理は終わる。

 

けれどゲームはエンドレスである。だから、私はもう新しいゲームに手は出さない。ゲームは嫌いなのである。(了)

 

 

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昨日、ずっと憧れ続けていた人と初めて会えた。その人を知ったときから、25年が経っていた。

 

いわゆるOLだった。当時私はコンピュータを扱う仕事をしていたが、無償残業や男性社員との給料差など、今なら大問題なことがまかり通る女性特有の職種にいた。転勤必須という男性と同じ職種へ転換を薦められるも腑に落ちない。そしてそれを受けた途端、同じ待遇で転勤のない職種ができ、右往左往した。

 

男にはないそんなゴタゴタに疲れ切っていたとき、「切ないOLに捧ぐ」というエッセイ集に出会った。以来この本は私のバイブルであり続ける。

 

時代や環境こそ違え、共感する強い思い。著者の内館牧子さんに一方的に想いを寄せた。そして私は内館さんの通ったシナリオ学校に入学したのだった。

内館さんと同じように映画を毎日観て宿題を欠かさずこなし――はさすがに無理で、この方はすごいと尊敬を新たにした。

 

それでも及ばずながら8割を目標に真似をした。内館さんのドラマも書かれた本も殆ど全てを観たし読んだし、私物の展示会にまで足を運んだ。

こうなると想い人というよりアイドルの追っかけである。

 

やがて私は、マンガ原作の仕事に携わる機会を得た。なかなかページをもらえなかったが、「輝く女性」を取り上げる企画があったとき、私は思い切って声を上げた。内館さんを取材したいと。

 

残念ながら実現しなかったが、おかげで別の方の素敵な半生の物語を描く機会を得、とても貴重な体験ができた。私にはやっぱり内館さんしかないと想い人であり続けた。

もう殆ど神様扱いである。

 

けれど原作の仕事はそうそうもらえなかった。諦めようかと別の勉強に浮気したりもしたが、書くことはやめられなかった。季節の風物詩的にコンクールに応募しては落ち続けた。

そして、意を決してもう一度基礎から勉強し直そうと思い立ったのだ。

 

その大学で、内館さんの特別講義があったのが昨日。私は前の日から眠れず落ち着かず心ここにあらず。勝手に人物像をでっち上げていたが、……思った通りの方だった。

気っ風が良く思いやりや気遣いに溢れ温かい。「必ず必ず陽は昇る」とのサインをいただき、私は思わず泣けてしまった。やっぱり想い続けてよかった。

 

私は諦めないと決めた。いつか内館さんの百分の一でも軽やかに前に向かっていく物書きになる夢を。

 

講義で内館さんは仰った。文字制限をつけたエッセイを週に一本書き続けると構成力がつく、と。だから私はこれを書いている。

25年間想い続けた人のアドバイスである。守らないという選択肢はない。(了)

 

 

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