パソコン講師のバイトに応募したときの思い出を書いてます。今回で最後です。(→前回、前々回、前前々回のお話 パソコン講師の思い出、パソコン講師の思い出2、パソコン講師の思い出3)
このバイト、いろいろあった中で、2番目に閉口したのは、家に追いかけてくるメールだった。今のリモートワーク全盛のご時世で実感している方も多いと思うけど、メールというのは朝昼夜問わず。
単に何かの問い合わせとかならいい。けれど、この閉口したというのは、生徒さんたちの進捗度のすり合わせや次回のための準備要請。
講師がシフトを組んで対応するということは、生徒さんは毎度同じ講師というわけにいかない。となると講師側は、どの方がどこまで進んでいてどんなところで躓いたか、などを共通認識として持たなくてはならない。それはもっともだと思う。
でも。
そのカルテを確認する作業は、どう考えても仕事の一環。しかも1時間2時間ではすまない量のこともあった。時給で働いているのに、この作業は自宅でするため、その対象外。ただでさえ低い時給が、そういった分を加味すると、安すぎて笑える金額になる。例えばすべての講義が終わってから教室に残ってこなし、終わってからタイムカードを押すとかないの、と思った。が、言えなかった。
いわゆるサービス残業ではないか。それが嫌で会社員を辞めたのに。ただ、そんな正社員だった頃も結局こんなもんか、とあきらめ馴染んでしまった自分。このバイトもそのうちそんな風に思うようになってきた。
そんな頃、営業活動のおふれがきた。……これこそが、辞める決意に至った一番の理由だった。
パソコン教室の幟を立てていると、覗いてくるお客様が結構おられる。あるいは新聞の折り込み広告にも載ったから電話もよくかかってきた。これをどれだけ受講者として取り込めるかがパソコン教室運営の基本であることはわかる。
でも、大抵興味を持って来られるのは、年配の方々。多いのは年賀状を作りたい、あるいは組合とかサークルなどのチラシを作りたい、または子や孫とメールをしたい、インターネットで調べものをしたい。そんな感じ。
自分個人としては、パソコンというものは「難しそうだな」という意識、立ち上げ方など、入り口の壁さえ越えてしまえばいい。そのコツさえつかめば、あとはフリーズしたり上手くいかなかったときに聞ける誰かを見つけておけばいい。というスタンス。
だから、こういう方々に、ワードの仕組みから始まってタッチタイピングの練習、段落の作成からインデントがどう、みたいなことをまんべんなく学べる総合コースを勧めて契約させる、という方針がとても嫌だった。いや、営業的にはそれが正しいのだろうけれど、年賀状作りたいだけのお年寄りに必要だとはとても思えず。
でもここでも流されやすい私、鵜呑みにしやすい私。仕方ないか……と馴染んでしまいそうになった。
そんなとき、悶々の数々をぽろっとこぼした知り合いに一言言われた。「自分だったらその時給でその仕事、絶対にやらない」と。
これが決定打だった。馴染まずともよいのだ、と、翌日、表向きの理由をあれこれくっつけ、辞意を伝えた。
私のように、教えるほどのスキルもなく、長年仕事らしい仕事から離れていたポンコツが採用されたのは、つまりそういうことだった。人員が次々と辞めていく。だからちょっとくらいスキルが足りなくても数合わせとして必要だったのだ。
辞めてしばらくは、順応できなかった自分の不甲斐なさに呆けていた。が、その後別のバイトに就いた。昼休憩は普通にあり、シフト時間外のメールも強引な営業の仕事も全くない。理不尽と思いながら何も言えない自分にイラつくこともなく……ホッとした。
あの息苦しさは今でも変わっていないだろうか。パソコンがますます必要となった今のご時世、講師希望者も受講希望者もますます増えているんだろうか。
と、よく思い出す今日この頃。
(了)
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