苫米地英人さんの著書との出会いは、2006年ごろ、私が心身ともに疲弊していた時に偶然見かけた「脳と心の洗い方」がきっかけでした「なりたい自分」になれるプライミングの技術、というサブタイトルと相まって、惹きつけられる何かがあり、夢中になって読んだ記憶がありました。いきなり「誓約書」を書かされるページがあり、「プライミング」、「アンカー」、「トリガー」など、聞いたことのない定義の言葉がたくさん飛び出したことに面くらった記憶があります。また、映画やドラマにおける俳優の役割、三船敏郎さん、木村拓哉さんの役目についての解説も面白かったです。記憶の書き換え技術については、私の心身を癒すことに、後々に役に立ったと思います。

 

その後、苫米地英人さんの著書が大量に刊行されました。私が次に接した著書は、私なりに感じる苫米地英人さんの最高傑作である「洗脳言論」。氏がオウム真理教信者の洗脳を解いた経験をもとに、洗脳技術を開示することにより、読者が洗脳にかかることを予防する目的で書いた旨の説明がありました。本書をきっかけに「洗脳護身術」にて、具体的な洗脳テクニックが、機密解除されるように開示され、その後次々と「洗脳」と名のついた著作が刊行され、私は新刊が出るごとに著書を購入して、読み漁っていました。

 

皆さんもそうだと思いますが、好きな著者やアーティストによる作品は、新作が出るごとに購入して、堪能する期間があると思います。2006年以降は、苫米地英人さんの著作に浸り込む日々だったと思います。しかしながら、たくさんの著書を読むうちに、苫米地さんの洗脳テクニックが透けて見えました。苫米地さんの著作は、多作であっても体系的にまとめられてあるのですが、5%程度の重要テクニックを、希釈して1冊の本にまとめ上げているであろうことがわかりました。苫米地さんにとっては、程度の低い読者に平易に説いてあげる親切さから、複数の本でノウハウを教示しているという考えかもしれませんが、そのうちにマンネリ化を感じてしまいました。

 

それゆえに、数多ある苫米地英人さんの著作における傑作は、先述した「洗脳言論」「脳と心の洗い方」「洗脳護身術」だと思っています。私は読んだ本は惜しげもなく捨てられるタイプだったので、これらの本は複数回購入した記憶があります。今では電子書籍、あるいはPDFファイルに電子化した書籍を読んでいます。

 

苫米地英人さんの説く「ゴール設定」に関し、苫米地英人さんの「ゴール」は、「戦争と差別をなくすこと」とおっしゃっています。なお「ゴール」は無くなると死んでしまうということを、アメリカの起業家や投資家の例をとって説明しています。アメリカの成功者は、リタイア(日本の定年とは異なり年齢によらず仕事から退く)後の平均寿命は18ヶ月という統計があるとのこと(この動画)。日本でも、定年退職された方(特に男性)は、その後に社会貢献などの仕事や、趣味を作らないと早死にすると言われます。

 

私も、漠然としたゴール設定をしています。確かに、ゴール設定に伴った、自分の行動の変化や、潜在意識に仕組まれた何かを感じることがあります。このフォートゾーンに関しては、いつも「居心地の悪さ」を感じますが、これは私の甲斐性なのでしょうか。

 

苫米地英人さんは2010年以降くらいから、高額セミナーや高額な教材販売など、少し怪しげな方向に向かった印象があります。そこから私も距離を置きましたが、苫米地英人さんのエッセンスを汲み取りながら毎日過ごしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランスの小説家が書いたと記憶しているのですが、「待つ間の2時間は、悩みの2世紀であった」というような表現があったかと思います。アラフィフオヤジの私として、近頃実感することは、2週間が2日間くらいに日常が折り畳まれていることです。また、子どもに関しては、2年間が2日程度に折り畳まれている感覚を持ちます。時間の経過の速さを感じるとともに、流れた時間が折り畳まれていることを感じます。このため、連休明けのブルーな感情は、土日を過ごした後くらいに感じています。

 

折り畳まれる時間の感覚は、5年手帳や10年手帳を読んでいると、腹落ちします。これら手帳を複数年記録して、過去数年のイベントを読むと、1年が1日に感じることもあります。時間は折り畳まれて保存されているような感覚です。年間の定例行事を行っていると、時間の速さを感じます。子どもの誕生日を祝うLINEを家族と共有する際に、15年ほど前の写真を引っ張り出してきました。それこそ、15日前のような感覚で。

 

話は飛びますが、私が近所の散歩道をYouTubeに投稿して、はや5年となります。毎度同じような撮影方法で、同じように解説しても、使う機材が毎回変わり、撮影にかかるエピソードが思い出されます。その散歩道はほとんど姿は変わらず、私を受け入れてくれていますが、私自身は色々と変化しているようです。

 

2021年

 

2022年

 

2023年

 

 

2024年

 

2025年

 

同じテーマを何年も撮影して何が楽しいのかと、言われそうですが、これは落語と同じで、何度も同じ演目を演じる、芸能のように捉えています。残念ながら、撮影や編集のテクニックは向上していないのですが、水位や周辺の建物など、微妙な変化が楽しめるので、今後も記録しようかと考えています。

 

 

 

昭和残侠伝 唐獅子仁義[公式]を観ています。東映映画は「昭和100年」記念の映画大放出にて、我々日本人に対して、「大和魂」のスイッチをONにする映画を、多く発信しています。

 

高倉健さん(以降『健さん』)の任侠映画は、日本人の「我慢の美学」を体現していると思います。控えめで礼儀正しい健さんは、自分にかせたルールに縛られながら、「不条理」と対峙しています。叩かれても我慢して、不遇な扱いを受けても我慢する、「我慢の美学」。しかし我慢の限界が来ると、健さんは覚悟を決めて、ドスを抜きます。「剣客商売」に登場する侍であるならば、刀の鯉口を切るまでの我慢を決め込みますが、昭和のサムライは、心に鯉口をつけています。

 

なお、米国にも「我慢の美学」が存在します。レイモンド・チャンドラーの描く、探偵小説の世界です。フィリップ・マーロウは、米国に生きていた高倉健さんです。

蛇足ですが、レイモンド・チャンドラーの小説は、ノーベル文学賞を取り損ねている日本人小説家の訳ではなく、清水さんの訳の方をお勧めします。

 

健さんは、我慢の限界を超えると、ドスを抜いて凶暴なyakuzaとなります。yakuzaは、ツービートの「売れている方」が描く「Yakuza」ではなく、本物の方です。暴力には不条理なワケはなく、理由があって暴力を行使するのです。

 

東映シアターオンラインさんは、我々日本人に対して、日本人に刻まれるDNAの奥底にある「スイッチ」をONにしています。「サブリミナル」という言葉はご存知かもしれませんが、日本人のサブリミナル、潜在意識に潜む、日本人の「我慢の限界」を超えた時に発動される凶暴性。米国のトランプさんが恐れているのは、日本人の凶暴性です。

 

そして現在の日本人は、我慢の限界を超えて「大和魂」が目覚めようとしています。

東映さんは、我々日本人の「大和魂」を刺激して、日本人に刻まれるDNAの奥底にある「スイッチ」をONにしています。

 

日本人の皆さんは、東映映画をご覧になることをお勧めします。

また、こども家庭庁の三原じゅん子さんにこそ、東映映画を観ていただきたいと思います。ご自身が出演された、作品も含めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近頃、YouTubeで東映映画が無料で見られることが多くなりました。「昭和100年映画祭」が行われているようです。今から約36年前、昭和天皇が崩御された時は私はまだ学生でした。部活動終わりの山手線の車内で、天皇の崩御が掲載された新聞を見た記憶があります。

 

東映映画は、アラフィフ世代の私にとっては、リアルタイムで楽しんだ映画はほぼ無いですが、平成および令和には、貴重な映画が多く、また、オンラインで手軽に見ることができるので、個人的な再評価が加速しています。

 

映画といえば昔は、2本同時上映が当たり前の時代があり、就職した時には、持て余した暇を映画館で過ごすことが多かったです。ごくたまに、オールナイト上映を見ながら朝までの時間を消費したこともありました。しかし観た映画のほとんどは、ハリウッド映画だったと思います。それも戦争ものや、闘いものが多かったと記憶しています。レンタルビデオ屋ができて、VHSのビデオをよく借りていました。「プラトーン」、「ハンバーガーヒル」、「フルメタルジャケット」、「地獄の黙示録」などのベトナム戦争系、「ダイハード」、「ランボー」、「コマンドー」などのアクション映画など。

 

東映映画は、比較的遅く、Amazonプライムで映画を見放題になった時に多く観るようになりました。高倉健さんの主演映画、「昭和残俠伝」などの任侠映画や、菅原文太さんの「トラック野郎」シリーズなど、比較的メジャーなシリーズを、よく観るようになり、そのうちに日本発の戦争映画にも多く接することとなりました。

 

「八甲田山」、「二百三高地」「日本海大海戦」など。いずれも古い映画でしたが、日露戦争時代の戦闘の方法などを知ることができました。「二百三高地」かどうか忘れましたが、戦闘シーンで驚いたのは、休戦途中には敵味方でタバコの交換をしていたことでした。戦争は政治の延長であり、ルールに基づいた実力行使の場であることを実感していました。一方で、敵陣を攻撃する手段としての人海戦術は、おぞましいまでの死傷者数を生む戦術だと思いました。しかしながら、軍人同士で戦う戦争のスタイルが、明治の時代には存在していました。

 

私が最初に接した戦争映画のほとんどは、ベトナム戦争ものでした。この時の戦いはゲリラ戦と、明治の時代と比較にならないほどの、大量の弾薬を投下してジャングルを焼き払う戦術でした。この頃からかはわかりませんが、軍服が自然に溶け込むデザインとなっていました。ハリウッド映画では、OD(オリーブドラブ)の濃い緑色から、ウッドランドカモフラージュ、タイガーなどジャングルに適したカモフラージュ。湾岸戦争時代には砂漠に適したもの。近年の市街地戦は、自然や市街地に溶け込むマルチカムが登場するなど、米国の戦闘服は、主戦場の変遷とともに変化してきたと思われます。その中で、日本の自衛隊は、日本の風土に合った特異的な迷彩柄が長く使われていると思います。災害派遣時によく見る迷彩です。

 

昭和の時代に行われた戦争について、それなりに観たとは思いますが、あまり記憶にありません。想起されるのは不思議と、ハリウッド映画です。クリント・イーストウッドが監督した「硫黄島(いおうとう)からの手紙」が最も印象的でした。昭和の戦争はむしろ、書籍で読むことが多かったです。ドロドロとした戦いは、文字で読むのが良いのかもしれません。

 

本題に入りますが、第二次世界大戦が終わった後、日本人が受けた様々な「再教育」は、確実に私たち日本人を変容させたと思います。詳細は割愛しますが、ちょうど現在、東映のYouTubeチャンネルで放映している「日本海大海戦」を観ていると、日本人の変容を実感します。この映画は、1983年に公開されたようですが、日露戦争での日本海大海戦を扱った映画で、今や政界で大活躍している三原じゅん子さんも名脇役で出演していました。

 

日露戦争時代の映画を見ると、日本人に眠る「大和魂」のDNAを感じます。「勝っていた」時の日本人の大和魂を。そして、戦争そのものについての評価は別として、東映がリリースする戦争映画の数々に、日本人の大和魂を喚起するスイッチが、埋め込まれていると思います。なので、第二次世界大戦の映画では無いのでしょうね。三原じゅん子さんもこの映画を観て、心を入れ替えていただきたいですね(?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は本が好きです。読書が好きというべきなのでしょうが、本を購入、あるいは借りて読むまでのプロセスや、読んでいる最中に脳裏に浮かぶ妄想というか、ビジュアルイメージを膨らませるための道具として、本が好きです。私は物事を記憶するのに、ビジュアルイメージを用いることが多いです。新しい知識を吸収する際には、資料や書籍を目で追った後、イメージを形成してから出ないと、知識を咀嚼できないことが多いです。知識や記憶を呼び起こすときは、ビジュアルが脳裏に浮かぶことが多いので、一度間違えて覚えたことは、消すのが難しいです。

 

紙の本は、本の大きさ、紙の手触り、紙やインクの匂い、紙の光沢やインクの乗り方、フォント、ページを繰った時の音など、すべての感覚に訴える情報を兼ね備えていると思います。なのでビジュアル以外にも、記憶を呼び起こすキーがたくさん埋まっています。飛行機の乗り継ぎ過程で寄った、本屋で購入したペーパーバックは、空港の清潔な空気に加え、あらゆる人種の人々から発する匂い、紙やインクの匂い、ざらざらした紙の触り心地など、一瞬にして旅の記憶が蘇ります。

 

紙の本は、自分で購入するに限ります。自分の本なら、ページを折ったり、ページの余白に書き込みをしたり、文字にラインや蛍光ペンで強調することができます。イタズラ好きな数学者が、ページの余白に、その後300年近くも数学者を悩ませる預言を書いていたのは有名な話でしょうが、自分で感じたことや考えたことなどを、余白に書くのは面白いです。

 

近年は、電子書籍や本を解体してスキャンした、PDFファイルを読むことが多くなりました。クラウドやタブレット端末に、800冊以上の電子本を保管するに至りましたが、何よりも便利なことは、本棚が要らなくなったことです。kindleは私にとっての電子書籍の入り口で、当時日本に上陸していなかったキーボード付きのkindleをUSのAmazonで購入して、英語の本のみでしたが、これほど簡単に書籍を購入し、読むことができるものだと感動しました。その後イーブックジャパンの漫画を大量に購入することとなり、ヤフーに買収(?)された後も、問題なく読めるので便利だと思います。一時期、Appleがアプリとして電子書籍を販売していたのですが、システムが変わってからは読めなくなったので読んでいません。紙の本は、自分で解体してスキャナーで読ませたものをMacBook で縦横の向きを編集して、300冊程度PDFファイルに変換しました。ファイルはSideBooksという電子書籍の閲覧ソフトを使って読んでいますが、それこそ本屋に平積みされた本を選ぶ感覚で、表紙を一覧できるのが好きなので、長く使っています。私はどっぷりと、電子書籍に浸っていました。

 

そんな中、ここ2年くらいで、また紙の本を読みたくなりました。通う習慣が途絶えた、本屋にもよく寄ることとなりました。本屋は、並べてある本を眺めるだけでも、好奇心を刺激し楽しいからです。最近のデジタルコンテンツ、YouTube、Amazonプライムビデオ、Netflixなどは、サムネイルを眺めると潜在意識に不安や恐怖、怒りを抱かせる構成になっていると感じます。書籍や漫画も、動画ほどではないものの、同様な印象です。一方で、本屋に並んでいる書籍を眺めると、比較的前向きで明るい印象です。最近の書籍には、しょうもないタイトルをつけて不安を抱かせるものも多いですが、デジタルコンテンツよりはマシだと思います。

 

紙の本を、風呂の中で読む習慣も復活しました。風呂の中で読むと表紙やページがふにゃふにゃになるのですが、新潮文庫などの文庫本に関しては、紙質がしっかりしているので、紙がへたりにくいです。

 

寝る前に本を読む習慣もあり、これも少しだけ復活したのですが、まだデジタルコンテンツの誘惑の方が強いので、なかなか読書が進みません。早朝に頑張って起きて、読書の習慣を復活させても良いと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は昔から、早起きは得意でした。そして朝に何かを持続的に行うことは、私の人生で知力や体力を形作った習慣だと思いました。最近は、早起きして何かを行う習慣が無く、朝5時にアラームをかけた後、5時40分までは布団(私の場合は寝袋)の中でスマートフォンを眺めたり、YouTubeの動画を聴いていたりと、あまり良くない習慣を続けていたのですが、連休を過ごす現在、3:00前後に再現性高く起きてしまうことを踏まえ、4:00ごろに起床する習慣を確立できないかと模索しています。

 

早起きは人生を激変させるということは、色々な方がおっしゃっていると思います。高城剛さんも、早起きを奨励していました。早起きは、忙しい日常の中で唯一、自分だけの時間を獲得することができる、ゴールデンタイムだと思います。しかしながら残業による遅い帰宅、過度な飲酒、ネットに夢中になってしまうなどで就寝時間が遅くなると、早起きは達成できなくなります。そのため、早起きするためには早く寝るという、子どもの頃に聞いた「早寝早起き」という基礎を、しっかり実践する必要があります。

 

私の早起き習慣と、早起きして実施したことは、小学生の頃のラジオ体操から始まったと思います。出席カードを首に下げて毎朝同じ場所に集まり、ラジオから流れる音楽に合わせ、身体を動かす。夏休みの日本ではよく見られる光景だと思いますが、この習慣は後の人生に良い影響を及ぼしたと思います。中学になり部活動を始めてからは、近くの公園まで朝走り込みを行っていました。朝に勉強する習慣も、このときに形成されたと思われます。就職後も、英語の勉強や、資格類の勉強は朝行ってそれなりの成果を上げたので、義務教育中に作られた習慣は重要だと思います。その後海外赴任で身も心もボロボロになりながら、一つのレポートを完成させるために、早起きして書き溜めたことを思い出しました。

 

結婚して子どもが産まれた後は、独身時代と比べ自由な時間が98%くらいは減ったと自覚します。こんな時、自分の時間を作る最良の手段は、朝の時間を活用することだと思いました。家族が寝静まった後の夜の時間よりも、朝の方が確実に時間を取ることができます。現在アラフィフの人生ステージまで来ているのですが、就寝時間が恐ろしく早い時もあり、例えば夕食後に19時くらいになると眠気が遅い、20時ごろに寝ることも多くなりました。残業を行わない前提で生活や仕事の時間割をしているので、このようなことが可能になるのですが、この割り切りができるようになるまでが大変でした。

 

私は自分の寿命を70歳に設定しています。父が70歳で他界したこともあり、また、身体に悪い事ばかりしてきたので、それほど長く生きられないであろうと考えているからです。ここから逆算すると、私には10数年の時間しか残されていないことになります。健康寿命を考えると、いつ身体が動かなくなるかも予想できず、今できることは今行いたいと、ここ数年来で考えるようになりました。余命を意識して人生を過ごすと、時間の使い方やお金の使い方に対する優先順位が変わります。良い意味でも、悪い意味でも、自分にわがままな生き方を行った方が良い気がします。こんな中、他人に振り回されない時間を得るのに、朝の早起き時間は、重要であることを再認識しました。

 

早起きした時間を何に使うか。とにかくSNSをだらだら見るのはやめて、勉強などのインプット時間にも充てず、ブログなどのアウトプットに使いたいと考えた次第です。人に説教をするわけではないですが、私の得てきた体験談、お金を散々使ってきた、モノに関する知見や、読書、映画、酒、旅行などについて、過去を振り返りながら、未来を眺めながら、ブログに残していきたいと思いました。

 

正直なところ、独りよがりのブログとなり、ろくにエビデンスを確認せずに、自動書記のような性質の投稿になりますが、ほぼ毎日、アイデアが湧き出ているので、このアイデアが枯渇するまでは、精力的に投稿を行う所存です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表題と書き出しでノウハウのほとんどを明かすこととなりますが、トラベラーズノートに情報を高密度で詰め込むノウハウは、EF(極細)万年筆にあります。そこには深い理由があるので、下の動画あるいは以降の記事をお読みください。

 

 

私は、トラベラーズノートをメモや備忘録の媒体として利用しています。メモは、「タイムスタディー」という時系列のイベント記録を行うことや、思いついたことを記録する目的で行っています。メモを取るときは、早く書き留めることが必要なので、文字の大きさにはこだわりません。筆記には鉛筆や、Bicの4色ボールペンを使用しています。備忘録は、電話番号やアカウント情報を記録しているのですが、小さな紙面に多くの情報を詰め込むために、EF(Extra Fine,極細)の万年筆を使用して記入しています。この際、「トラベラーズノート」と「EFの万年筆」の組み合わせが、ノウハウにおける重要ポイントとなります。

 

細かい字とは、3.5mmないしは5mmのマス目に文字が1つ入る程度の、字の大きさです。3.5mmはBindex(日本能率協会)、5mmは一般的な方眼罫の大きさです。このサイズのマス目に文字を記録するのは、意外と難しいです。細かい字を書く検討の経緯としては、普通のノートに記録する際に、シャープペンシルや極細のボールペンで書くことを試していました。シャープペンシルを使うと、私にとっては、字が薄くなるので印象が薄く、好ましくありませんでした。極細のボールペン、例えば0.3mmやそれ以下の太さを試すと、時が連続的に書けないことが多々ありました。ボールペンのインク種を、水性、油性、ゲルなどなど、いろいろなメーカーのものを試しましたが、なかなか満足いくものがありませんでした。そこでEFの万年筆に行き着き、かなり細かい字がかけることがわかりましたが、今度は字がにじんで、潰れてしまいました。これら「かすれ」、「にじみ」問題は結構難題でありまして、いわゆる「文房具の沼」にはまるきっかけにもなりましたが、結論としては、トラベラーズノートのリフィルにて解決しました。Bindexの紙も素晴らしいのですが、トラベラーズノートの紙の方が、書き心地が良いのです。

 

記入は、無地のリフィルに行うことが多いです。厳密に時系列を合わせる場合には、5mm方眼を使用しますが、ほぼ無地です。大雑把なガイドは下敷きで把握することもありますが、結構適当に記入しています。たくさん文字を詰め込むと、後で読みづらくなりますが、重要な情報ほど、一見して解らないような文字で記録するのがよいと思います。

 

万年筆は、以前はモンブランのみ使っていましたが、今はパイロットが好みです。安くて高品質の製品が多いので、お気に入りの万年筆は2本持ちしています。インクは昔からブルーブラックを使用しています。昔はボトルを使って、スポイト式でインクを組み上げていましたが、現在は補充が簡単なカートリッジ式を使用しています。パイロットのインクカートリッジは供給が潤沢です。

 

EFの万年筆による記入は、必然的にゆっくりになります。メモ書きには向きません。自分の考えをまとめながら、じっくりと筆を進めるのに向いています。細かい字を書くことにより、丁寧な字を書く習慣が生まれます。ペン習字ではありませんが、後で読みやすい字を丁寧に書くことで、少しだけ字が綺麗になったと自画自賛しています。

 

なお、トラベラーズノートのリフィルで使用される紙は「MDペーパー」と呼ばれる、ミドリ製です。この紙の存在は以前から認識しており、私が学校のPTA役員を行っていたとき、このノートに情報を一元管理していました。色々な思いがありましたが、この時期に書いたノートは、今でも捨てることができません。

 

 

 

ノートは、記録が終わっても、後で何度も読み返すのが理想の使い方だと思います。この際には、紙質の良いノートが、何十年後に読み返す際にも、ボロボロになっていないことが多いため、良いノートを使うことをお勧めします。そういう意味では、日本の名だたる文具メーカーが作るノートは、素晴らしい品質であると思います。

 

ということで、トラベラーズノートのコスパが悪いと感じておられる方は、ノートの価値を改めて考え、他社製品と比較することをお勧めします。

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も齢、アラフィフになって、高齢化についての理解度が高まりました。


身体的な衰えと、認知機能の衰えを自覚し、しょうもない突起や段差に躓いたり、記憶にポッカリと穴が空いたり、思い込みの激しい誤りを繰り返したり、私も「高齢者」に片足を突っ込んでいる事を自覚します。


私は製造業の技術スタッフとして30年長の勤務を行っていますが、表題のように、工場内の安全思想と、高齢化社会に必要な、ハードや、ソフトについて考えさせられます。工場内で禁じられる事や、繰り返し習得させられる「指差し呼称」や「危険予知トレーニング(KYT)」は、高齢者が怪我するリスクを減らせる習慣と思います。


「指差し呼称」とは、「指差し唱和」とも言い、注意を持つべき対象物を人差し指で指しながら、「ヨシ!」と発声し確認する行為です。皆さんにお馴染みなのは、電車が発車する前などに、車掌さんが行っている行為です。指差し呼称により、注意を向けて、忘れ物の防止や、確実な確認作業を行う事ができます。


私は良く、家を出る前に、戸締まりや火の元の確認を行う際、声は出しませんが、指差し呼称を実施しています。今でもご活躍の郷ひろみさんが、著書である「ダディ」にて披露したエピソードの中に、同様な指差し呼称を行い悦に入るシーンがあって、共感と笑いを誘いました。元アイドルは、幾つになってもエフィカシーが高いと。


工場内の安全思想において、災害事例の分析と、類似災害の予防は重要なタスクです。特に災害発生後の分析は、二度と同じ災害を繰り返さない為の、重要なイベントです。しかしながら、近年の中途半端に優秀な管理者の方々は、取り敢えずやっている感を出すのが上手なので、本質的な対策が取られない事も多々有ります。皆の安全管理を、我が子のそれのように、感じられなくなっている事も要因でしょうし、小泉、竹中以降の、労働力のパーツ化、ジョブ型組織化が加速し、経団連企業の決算が3カ月ごとに評価させるようになって以降、安全管理が変わった印象を得ます。あくまでも、個人の感想ですが。


工場内の安全管理や思想は、老後の生活にも役立つし、高齢者社会に必要なインフラ、ハードやソフトの有るべき姿が見えてくると思います。駅のホームにスロープやエスカレーター、エレベーターが増えたのも、バリアフリーと相まって広がった事象ですし、ホームドアの普及が進んできているのも、良い傾向だと思います。


自分自身、横断歩道を渡る前には、必ず左右を、頭を動かして確認します。昔は、間違って指差し呼称を行うことも多かったです。狭い道の歩道を歩く際は、自動車がこちらに飛び込んで来た時のかわし方を想定します。良い解が得られない時には、まわり道も行います。安全確保を行うことによる時間のロスは、許容されるのです。


関西万博の工事現場に関する、私の勝手な想像ですが、工期を無理して遵守するために、様々な危険な工程管理や労務管理をやったのでは無いかと想像します。ゴミの埋め立て地に建てた建築物は、万博期間後は撤去させるので何とか許容されるのでしょうが、放っておくと建物は沈み込むような、軟弱な地盤だと邪推してます。その他「工場内の安全思想」の観点からも、明らかにおかしい建築が多々あるので、私は万博会場には怖くて行けません。


さて、高齢化社会に向けたインフラは、バリアフリーの名の下で、もっと加速化する必要が有ると思います。特に、コミューターと呼ばれる移動手段に関し。高齢者が多い地域の公共交通機関は、東京都と言えども充実していない印象があります。先ずは自動運転バスを大量に走らせたいです。これは工場における自動搬送車のようなイメージで、大量に。


宅配便の「ラストワンマイル」、すなわち最後の集配所から各家庭の玄関までの配送を自動化したいですね。これらは全て同じコミューターの自動搬送車に統一出来れば良いですね。


社会実験は、静岡県裾野市の「ウーブン・シティ」でトヨタさんが行われると思いますので、その成果に期待したいです。この際、コミューターは空を飛ぶ必要は無いと思います。当面の間は。





実家に帰りました。母のケアマネさんと、たまたまお会いして挨拶しました。そして私は亡き父に、お土産を置きました。


父は10年程前に、ガンで他界しましたが、10年近くガンとの闘病を行っていました。食道ガンで背中に大きな切開跡を残し、舌癌、咽頭がんで、化学療法、放射線治療と、ガン治療のフルコースを受けた後に、最期は骨と皮の姿となり、たまたま私が新幹線を使い病院を訪問した夜に、私が付き添い中の早朝4時頃に、父は永眠しました。


今でも考えることは、父はストレスを内にため込み、アルコールとタバコで発散していましたが、ガンと共存して、治療しなくてもよかったのでは無いかと言うことです。早期発見は逆効果では無かったかと。こう言うと、不謹慎だと怒る方もおられるでしょうが、両親のガン治療を眺めると、ひとはガン治療そのもので身体を痛めているのだと思いました。


私がガンを宣告されたらどうするか、恐らく、ジェットコースターのようにスピーディーに判断を求められるガン治療の世界では、私も考える暇なく、ガン治療を受けている可能性ご有ります。或いは映画のモチーフにでてくるように、全てを捨てて、自分の好きなこと、特に日本や世界を旅する事を死ぬまで行うかもしれません。


本題に戻ると、亡き父の記憶は、香りと共に蘇る事が多い気がしました。仕事帰りの工場の匂い。今では公害扱いになってもおかしく無いほどに、工場で生産している製品の匂いがしました。あと、髭剃り後のMG5というアフターシェーブローション。草野球を行っていたグランドの草の匂いと、野球後に飲み会を行っていた時の、キリンラガービールの苦い匂い。断片的ながらも強烈に、記憶にマッピングされています。


後楽園球場に連れて行ってもらったあと、夏休みの工作で野球場を段ボールで作っている時、東京タワーを爪楊枝で作っている時、ボンドや絵の具の匂いが思い出されます。しかし何故だか、あれだけ好きだったタバコの匂いは記憶から出てきません。


香りの記憶は、一瞬にして当時の記憶を蘇らせてくれます。また、古いモノから漂う香りが、観たことのない過去を想起させてくれることも有ります。古いバスや電車の中の匂い、米軍の放出品を扱う店に、中学生頃に父と入った時の独特な匂い等。


昨日、靖国神社を参拝した後、遊就館の玄関ホールを見学しました。零戦が見事なまで良好な状態で置かれて、大きなカノン砲が展示されており、貴重な経験をしましたが、匂いは感じられませんでした。もしかしたら、奥の展示室まで足を進めたら、何か感じられたかもしれません。


そのうち、匂いまでもが臨場感を持って、デジタルで再現できる時代が来るかもしれませんので、戦争の記録に匂いがつけられたアーカイブができるかもしれません。展示を見に来た方、或いはオンラインで見学した方は、一生忘れることの出来ないような、体験をする事が出来るのでしょうか。東京大空襲の記憶、特攻の記憶、玉音放送の記憶など。


子どもの部活動で試合が有るので、会場までの送り迎えを自家用車で行っています。東京都近郊なら、公共交通機関で好きに行ってもらえば良いのでしょうが、田舎の場合には、親が送り迎えする事が多いかと思います。


送ったあとは、自宅に戻ったり、試合を観たり、近くを散歩したり、色々な過ごし方が有ります。アラフィフのオヤジになると、待ち時間の過ごし方に余裕が生まれます。今日は、会場近くの図書館で何故か、リーマン予想に関する本を読破しました。殆ど理解できませんでしたが。


部活動の顧問は、部活の種目と関係のないスポーツを行っていたとのことで、ご苦労さんな事です。教職を志す方々は、世間の休日での部活動への参加を、織り込んだ形で勤務条件を承諾するのでしょうが、本当にご苦労さんな事です。


一方で、スポーツを経験して、それなりの実績を残したシニアの方々は、多くおられると思います。現在、子どもの部活動で、地域のボランティアが指導にあたるという動きも有ると聞いていますが、上手なマッチングが出来れば、教職者の負荷を減らせると思われます。


しかしながら、指導者には、教職者に準じたモラルの遵守と、指導方法に関する体系的な研修をしてもらう必要が有ると思います。特に昭和生まれのオヤジ達には。私もそうでしたが、部活動は根性でやり切る事を教わりました。多少の怪我や発熱でも参加していましたし、夏休みの部活動は、根性を鍛えるための苦行でした。これらを乗り越えて、自信を掴み取るのが、夏のイベントでした。


子どもに聞いて驚いたことは、走り込みや筋トレをしない事です。どのようなスポーツでも、体幹を鍛え、心肺能力を高めるトレーニングは必須と考えていたのですが、部活動では技術トレーニングのみとのこと。これは学校別のバラツキが有るのかも知れません。子どもの通う学校の部員は、皆華奢というか、スリムな子どもが多いです。


教職者と地域ボランティアを上手にマッチングした後は、正当な報酬を設定する必要が有ると思います。教育無償化も結構な事ですが、子どもをしっかりサポートする大人達のサポートも必要かと思います。私もPTAのハードなボランティアを経験した事から、ボランティアには有償のインセンティブを与える必要が有ると思います。そう言うと「ボランティア」でなくなるのかも知れませんが。


私も、何らかのお役には立てるかも知れませんし、根性論を叩き込む、嫌なオヤジボランティアになるかもしれません。私の得意なこと、出来そうなことを、棚卸ししておこうかと思います。