私は本が好きです。読書が好きというべきなのでしょうが、本を購入、あるいは借りて読むまでのプロセスや、読んでいる最中に脳裏に浮かぶ妄想というか、ビジュアルイメージを膨らませるための道具として、本が好きです。私は物事を記憶するのに、ビジュアルイメージを用いることが多いです。新しい知識を吸収する際には、資料や書籍を目で追った後、イメージを形成してから出ないと、知識を咀嚼できないことが多いです。知識や記憶を呼び起こすときは、ビジュアルが脳裏に浮かぶことが多いので、一度間違えて覚えたことは、消すのが難しいです。
紙の本は、本の大きさ、紙の手触り、紙やインクの匂い、紙の光沢やインクの乗り方、フォント、ページを繰った時の音など、すべての感覚に訴える情報を兼ね備えていると思います。なのでビジュアル以外にも、記憶を呼び起こすキーがたくさん埋まっています。飛行機の乗り継ぎ過程で寄った、本屋で購入したペーパーバックは、空港の清潔な空気に加え、あらゆる人種の人々から発する匂い、紙やインクの匂い、ざらざらした紙の触り心地など、一瞬にして旅の記憶が蘇ります。
紙の本は、自分で購入するに限ります。自分の本なら、ページを折ったり、ページの余白に書き込みをしたり、文字にラインや蛍光ペンで強調することができます。イタズラ好きな数学者が、ページの余白に、その後300年近くも数学者を悩ませる預言を書いていたのは有名な話でしょうが、自分で感じたことや考えたことなどを、余白に書くのは面白いです。
近年は、電子書籍や本を解体してスキャンした、PDFファイルを読むことが多くなりました。クラウドやタブレット端末に、800冊以上の電子本を保管するに至りましたが、何よりも便利なことは、本棚が要らなくなったことです。kindleは私にとっての電子書籍の入り口で、当時日本に上陸していなかったキーボード付きのkindleをUSのAmazonで購入して、英語の本のみでしたが、これほど簡単に書籍を購入し、読むことができるものだと感動しました。その後イーブックジャパンの漫画を大量に購入することとなり、ヤフーに買収(?)された後も、問題なく読めるので便利だと思います。一時期、Appleがアプリとして電子書籍を販売していたのですが、システムが変わってからは読めなくなったので読んでいません。紙の本は、自分で解体してスキャナーで読ませたものをMacBook で縦横の向きを編集して、300冊程度PDFファイルに変換しました。ファイルはSideBooksという電子書籍の閲覧ソフトを使って読んでいますが、それこそ本屋に平積みされた本を選ぶ感覚で、表紙を一覧できるのが好きなので、長く使っています。私はどっぷりと、電子書籍に浸っていました。
そんな中、ここ2年くらいで、また紙の本を読みたくなりました。通う習慣が途絶えた、本屋にもよく寄ることとなりました。本屋は、並べてある本を眺めるだけでも、好奇心を刺激し楽しいからです。最近のデジタルコンテンツ、YouTube、Amazonプライムビデオ、Netflixなどは、サムネイルを眺めると潜在意識に不安や恐怖、怒りを抱かせる構成になっていると感じます。書籍や漫画も、動画ほどではないものの、同様な印象です。一方で、本屋に並んでいる書籍を眺めると、比較的前向きで明るい印象です。最近の書籍には、しょうもないタイトルをつけて不安を抱かせるものも多いですが、デジタルコンテンツよりはマシだと思います。
紙の本を、風呂の中で読む習慣も復活しました。風呂の中で読むと表紙やページがふにゃふにゃになるのですが、新潮文庫などの文庫本に関しては、紙質がしっかりしているので、紙がへたりにくいです。
寝る前に本を読む習慣もあり、これも少しだけ復活したのですが、まだデジタルコンテンツの誘惑の方が強いので、なかなか読書が進みません。早朝に頑張って起きて、読書の習慣を復活させても良いと思いました。



