夫婦喧嘩解決の秘訣
一度、家内と大喧嘩したことがあります。喧嘩をすることはしょっちゅうですが、この喧嘩は珍しく長期戦になりました。何度も話し合いましたが、いつも同じパターンで物別れになって終わってしまいます。夫婦喧嘩は犬も食わないと言いますから、具体的な内容を書いて皆さんの気分を害するようなことはしませんが、解決の糸口が見つからないまま、数日過ぎました。
そんなある日、私が以前働いていた大きな教会の主幹牧師から電話がありました。どうやら、心配になった家内がこの牧師の奥さんに電話して、奥さんが彼にそのことを話したようです。私に話があるので4人で会って話そうと言うのですが、何か告げ口をされたような感じで、いい気分ではありませんでした。家内の話しか聞いてないのだから、私が悪いと思っているに違いないと感じたのです。
しかし、私は思い直して、話に応じることにしました。ただ話すだけでなく、私は彼らの考えを無条件で受け入れようと決意して話しに行きました。もちろん私は、私の方が正しいと思っていたからこそ大喧嘩になったのですが、喧嘩の原因自体は些細なことだし、そんなことよりも、夫婦の関係を保つことの方が大切だと思ったからです。結局、二人とも納得のできる話し合いを持つことができ、仲直りできました。
私の行った神学校に、結婚してもう40-50年になる老教授がいましたが、彼は、一度も夫婦喧嘩をしたことがなかったそうです。そういう聖人のような人もいるでしょうが、ほとんどの人は必ず夫婦喧嘩をします。私のある知り合いは、自分は結婚するまではできた人間だと思っていたが、結婚してみたらいかに未熟かがわかったと言っていました。
そこで提案ですが、どうせ喧嘩することは分かっているわけですから、自分達だけで解決できないときのために、あらかじめプランを作っておくことをお勧めします。お二人が、二人とも尊敬できる人、あるいは夫婦をあらかじめ選んでおいて、問題を解決できなければ、その人のところに相談に行き、納得がいかなくてもその人の意見に従うと言うことに決めておいてください。確かにその人の意見が最善の意見ではないかもしれませんが、二人が信頼できる人ですから、自分よりは客観的に良い判断できるだろうと言うことを、信頼するのです。
ひとつの例を挙げてみましょう。あるとき、私の教会の若い夫婦が大喧嘩をしました。ご主人は、友達とハワイのある島をカヌーで一周することにしたのですが、奥さんは、そんな危ないことは止めてくれと言って聞かないのです。私を愛しているのなら、そんなに私を心配させるようなことはしないはずだと言うのです。ご主人の方は、危ないわけはないし、そんな根拠のない理由で自分を束縛するのは止めてくれと言うのです。どちらにも一理あります。私も、どうすればよいのか分かりませんでした。
そこで、こう提案しました。「二人が信頼できる人で、カヌーに詳しい人を選び、その人の意見を聞いてそれに従うようにしたらどうでしょうか。」彼らは早速ある人を選んで、彼の意見を聞きました。その人の話では、一箇所だけちょっと危険がところがあるということでしたので、ご主人は、そこまで来たら陸に上がって、トラックにカヌーを乗せて帰ることにしたそうです。これで二人は納得しました。これにて一件落着。
結婚は、もちろん二人だけのものですが、周りの人の助けも必要です。
三人の人を通して、別々に全く同じことを語られた神
私の家に2年間ホームステイしたある女性が、いよいよ日本に帰ることになりました。送別会で、家内がある聖書の一節を励ましの言葉として彼女に送りました。
その後、以前ハワイでホームステイしたことがあり、ちょうどそのときハワイに遊びに来ていた女性が、送別会に遅れて来ました。彼女は、自分が来る前に家内が何を言ったかは知りませんでした。その女性は、自分がハワイから日本に帰らなければならなくなったときに、聖書を読んでいて心に響いた言葉があると言って話してくれたのですが、それが、家内が選んだのと全く同じ聖書の一節でした。
最後に、この女性に私たちをホームステイ先として紹介してくれたもう一人の女性が、彼女にカードを送りました。そのカードに印刷されていた聖書の言葉も、全く同じ一節でした。
ご存知のように、聖書はとても分厚い本です。製本の仕方によってページ数は異なりますが、新旧約聖書あわせて通常千ページ以上あり、薄い上質紙でも5センチくらいの厚さがあります。そんなに大きな本の中から、全く同じ一節を3人の人が別々に選んだと言うことは、単なる偶然ではありません。神は、私たちに語りかけてくださる方です。
お互いしか知らない夫婦
キリスト教は、婚外交渉はもちろん、婚前交渉も認めていません。いまどき、そんなこと言っても時代遅れだという人も多いでしょう。歴史を振り返ってみると、何も今が一番フリーセックスの時代だとは思いませんが、避妊や中絶の技術が発達して、昔に比べて、気楽に「安全」な性行為を楽しめるようになったことは否めないでしょう。こんなことを言うと、まるできちがい沙汰のように思われて、何でそんな非現実的なことを説くのか、と思う人も多くいるようです。
しかし、これほど自明なことはないと思うのです。セックスと言うのは、今でこそ科学的な技術で避けることができますが、元々自然の世界では、それによって命が産まれるという神聖な行為です。そして、子供はもちろんお父さんとお母さんの間に生まれてくるのが一番幸せなのです。アメリカでは、実の父母がいる家庭で育っている子供は半分もいません。つまり、片親しかいないか、どちらかが義理の親である家庭に育っている子供の方が多いのです。黒人の場合、未婚の母が産む赤ちゃんの方が、既婚の母よりも数が多いのです。そのような環境で育って、悪い影響が無いわけはありません。
だからと言って、私はアメリカの方が性的に堕落しているとは思いません。性を真剣に受け止めている人は、アメリカの方が多いでしょう。日本人は、後で困らないようにうまく適当に遊ぶのが上手なだけだと思います。日本のような風俗産業はアメリカにはありませんし、男性がそういうところで遊ぶのは当たり前だと言うような考え方もありません。日本では、歓楽街で女遊びをするのは浮気とはみなさない人も多いようですが、アメリカの平均的な夫婦なら、離婚問題になるでしょう。私が高校生の頃のNHKの調査では、異性とキスをしたことがあるという高校生が2%しかいませんでしたが、米国のように絶対的価値観のない日本では、道徳の堕落に歯止めが利かないようです。
私たち夫婦は、このクリスマスが結婚32周年でしたが、二人ともお互い以外の異性を知りません。家内と付き合っていたときは、何人もライバルがいましたので、彼女はもてなかったわけではありませんが、処女でした。私の場合はただもてなかっただけで、初めて付き合った人と結婚したので、家内以外とはキスもしたことがないという、最近珍しい男です。多分、私たちの性生活は、他の人から見ると、退屈でつまらないものかもしれませんが、お互いしか知らなければ、他の人と比べることもありません。英語に、blissful ignoranceと言う表現がありますが、これは、「幸せな無知」と言う意味です。私たちが他の相手を知らないということは、実は幸せなことだと思います。
もう一つ英語のレッスンをしますが、プライスレス(priceless)と言う言葉は、「プライス」つまり値段が「レス」(ない)ということですから、ただと言う意味かなと思うかも知れませんが、実は「値段がつけられないほど貴重な」という意味です。最近、アメリカのマスターカードの宣伝文句として使われた言葉で、同じようなパターンのCMがたくさん放映されたのですが、そのひとつをご紹介しましょう。
男の子とお父さんが野球場に入って、楽しそうにおしゃべりしながら観戦している映像なのですが、ナレーションはこんな感じです。「入場券2枚…46ドル。ホットドッグ二つ、ポップコーン二つ、ソーダ二つ…27ドル。サイン入りのボール一つ…50ドル。11歳の息子との真実の会話…プライスレス。・・・お金で買えないものがある。それ以外は、マスターカード。」
会話は、大切なプライスレスなものにすることもできれば、意味のない安物にすることもできます。大切なものは、大抵なんでもそうです。何を大切にするかは、私たち次第です。性行為も同じではないでしょうか。私は、夫婦の関係を大切にしたいと思います。