イラクから帰ってきた息子の友人
次男の友人が国家警備隊に入りました。予備軍のようなもので、短期で、彼の場合4年間の軍役ですが、奨学金などの福利厚生があります。最近イラクから帰ってきて、夏休みなので毎日のようにうちに遊びに来ているのですが、うちに泊まるつもりで睡眠薬を飲んだ上にビールを飲み過ぎて、引き付けを起こしてしまい、大騒ぎになりました。
数日後、友人と飲みに行って、酔って自分の車を運転できなくなってしまった彼は、次男に電話してきて、助けを求めたそうです。次男は、運転免許を持っていないので、共通の友達に頼んで、いっしょに彼を家に送るためにバーに行きました。ところが、この日は悪酔いしたらしく、普段はおとなしい彼が、暴力を振るったそうです。「俺は人を殺したことがあるんだ。俺が人を殺すところを見たいか。」などと叫びながら、友人の首を絞めたらしいのですが、みんなで彼を取り押さえて、何とか無事に家に連れて帰ったそうです。イラクでの生活が、トラウマになっているのでしょう。
翌日、彼は、もう飲まないからと言って、家にあったビールを全部うちに持ってきました。我が家でビールを飲むのは長男だけですが、彼は思いがけない恩恵にあずかりました。死と向かい合った生活は、生の意味を考えさせてくれます。戦争は決して良いものではありませんが、悪と直面することによって、悪の悪さだけでなく、善の善さも知ることができるでしょう。息子達と毎日のように遊戯王をして遊んでいる一人の少年が、今、大人になろうとしています。
この木何の木の下でウェディング
ハワイに、日立の宣伝で有名な「この木何の木」があります。ねむの木で、英語ではモンキーポッドと言います。宣伝に使われている木は、ホノルル空港からそう遠くないモアナルア公園にあります。ここは、私有地で、長い間、公園として、トラストの管財人が管理していました。
数年前、私は、日立と管財人の契約更新の交渉の通訳に行きました。日立の代表の方数人と管財人のオフィスに行ったところ、ずいぶん無愛想な方が出てきました。いやな感じの人だなと思っていると、彼から大変なニュースを聞かされました。このトラストは、元の所有者が指定した数名の子孫が全員亡くなるまで存続し、その後はその子孫の子孫が相続することになっていたらしいのですが、ちょうどその前の晩に、その最後の方がなくなり、したがってこの土地は管財人が管理するのではなく、相続人のものになると言うのです。と言うことは、もしかしたら公園でなくなる可能性もあるということです。彼が憂鬱そうな顔をしていた理由が、これで分かりました。実際、後でその日の新聞を見ると、1面にその記事が大きく載っていました。幸い、相続人の方は良い方で、今まで通り公園として存続することになり、日立との契約も更新することができました。
さて、もう10年以上も前に私たちの教会に来ていた女の子から、と言っても当時大学生でしたから今はもう女の「子」ではないかもしれませんが、ハワイで結婚式を挙げたいという連絡がありました。花婿さんは、日本の教会で知り合ったアメリカ人の英語教師です。予算がないからできるだけ安いところが良いと言うことでしたので、一番安いのはビーチか公園だという話をしました。一応許可を取る必要があり、その手数料として$20かかります。これは、正確にはカメラマンが払うものですが、通常カメラマンはこの手数料をカップルに転嫁します。カメラマンが一番儲けているから、彼らに払わせようと言う魂胆でしょう。と言うことは、カメラマンを雇わなければ無料と言うことですが、その場合でも司式をする牧師が無料で許可を取らなければなりません。
モアナルア公園は、公園と言っても私有地なので、この法律とは関係なく使用料を取ることができます。このカップルは、この木何の木下で結婚式をしたいと言うので、問い合わせたところ、今使用料を設定して宣伝の準備をしているところだが、まだ決めてないのでただでいいということになりました。ラッキー!
ウェディングは、リムジンの運転手が新米だったようで、迷って到着が遅れた以外は、とてもいい式でした。公園は広くて、あまり人がいないところですることもできましたが、花嫁さんが絶対にこの木何の木の下が良いと言うので、観光客に祝福されながら式を挙げることができました。花婿さんも良い方で、私も安心しました。モアナルア公園での結婚式に興味のある方は、ネットで検索してみてください。結婚式のために、いろいろと新しい設備も作るということでしたが、もう宣伝しているかもしれません。
生き返ったラザロちゃん
もう30年近くも前のことですが、私たちはロサンジェルスの郊外のパサデナに住んでいたことがあります。その頃、ちょっとした事件が起きました。1歳の男の子が、ある日の午後、自宅のプールに落ちたのです。気がついたお母さんは、すぐに救急車を呼びましたが、赤ちゃんは既に死亡していました。ご両親は、私が卒業した神学校の教授の教会のメンバーだったのですが、地元のキリスト教のラジオ局がこのニュースを取り上げ、ラジオを聴いていた皆さんに、家族のために祈ってもらいました。
お母さんは、夜遅く病院に戻って、病院からもらったローションをその子に塗っていました。もう亡くなってから何時間も経っていましたが、だんだんと意識が快復し、看護婦さんのメガネをつかんだのだそうです。植物人間になるという医者のことばとは裏腹に、その子は、一週間後、完全に快復して退院しました。キリストがラザロと言う人をよみがえらせたという話にちなんで、この子はラザロちゃんと言うあだ名をつけられ、地元の日刊紙、パサデナ・スター・ニュースの第一面に、「奇蹟」と言う見出しで記事が載りました。
私は、このブログをイースターの日に書いています。イースター(復活祭)は、キリストの復活を祝う日です。私のように、なんでも理屈で説明できなければ気がすまない人間にとって、このような奇蹟を実際に目撃したり、体験したりすることがなければ、キリストが復活したなどと言うことを信じることは難しかったことでしょう。しかし、このラザロちゃんの奇蹟を目撃した人が、すべて神を信じたわけではないでしょう。この奇蹟を、単なる偶然と考えるか、その背後に神を見るか、それはその人次第です。こんなことを目撃したことのない人は、もし自分がそんなことを体験すれば神を信じると言うかもしれませんが、実際に経験してみても、そう簡単に気が変わるものではありません。それは、素直な心を持っているかどうかにかかっていると思います。
キリストの復活を疑った、トマスと言う弟子がいますが、キリストは彼にこう言われました。
「見ないのに信じる人は、幸いである。」
