大野純司のブログ -54ページ目

ラフー族

東南アジアの国々の山岳地帯には、多くの少数民族が住んでいます。メーソットの教会は、そこから1時間くらいの山奥のラフー族の山村で、宣教活動をしています。もう20年ほど前から布教活動をしているそうですが、まだ、改宗した人はそう多くはいません。村の山側に道があるのですが、クリスチャンになると村から追い出されるので、追い出された人たちはその道の反対側に家を建てて住んでいます。

心なしか、道の山側のクリスチャンたちの住んでいる家のほうが豊かに見えましたが、その理由を説明してもらいました。ラフー族は精霊信仰者で、何か問題があったり病気になったりすると、呪術医に頼んで拝んでもらったり、御払いをしてもらったりしますが、それはただではやってくれません。豚を飼っている農家が多いのですが、それを生贄としてささげ、その豚は呪術医のものになるのだそうです。村の中央に、生贄を捧げる直径15メートルくらいの聖所があり、たぶん生贄になる動物が逃げないようにするためではないかと思いますが、塀で囲まれています。その真ん中には、生贄を焼く祭壇がありました。

私たちは、この村中の人たちを招いて、クリスマス・パーティーをしました。キリスト教のことは良く思ってない人が多いのですが、食事を出すとか、手品をするとか言って宣伝すると、村人たちのほとんどが百人以上集まってくるのです。私たちも毛布やバケツなどの生活必需品やおもちゃをたくさん用意してもらって、クリスマス・ギフトとして配りました。長男の嫁はフラダンスを踊りました。嫁が賛美歌にあわせてフラを踊っている姿は、2年前の結婚式のウェディング・ドレス姿よりも生き生きとしていて美しいと思います。Nさんは、クリスマス・キャロルと日本の「ふるさと」を歌いました。私も、短いお話をしました。お菓子を配った直後だったので、子供たちはそちらの方に気を取られてざわざわしていましたが、何人かの大人が、熱心に聞いていました。と言っても、興味を持って聞いてくれていたのか、敵対心を持って私の方を睨んでいたのかは、良く分かりません。

子供たちは、無邪気に遊んでいる様子を見ると、日本やアメリカの子供たちと変わりなく見えますが、接してみるとそんなことはありません。外国人を馬鹿にするような風潮があるのかもしれませんが、非常に失礼な態度を取る子や、失礼とまでは行かなくても、年上の人に対して敬意を払わない子が多いような気がしました。その中で、一人の10歳くらいの女の子が、嫁にずっとしがみついて泣いていました。バンコクでは、11-12歳の女の子が、お金目当てに年上の男性と同棲し、2-3年もすると別れてまた次の相手を探すというようなことが多いそうですが、ラフー族では、子供たちが夜中に山林に入って行って、セックスにふけるのだそうです。そのため、生理が始まったばかりの少女が子供を産み、誰がお父さんなのかも分からないことが多いそうです。自分では育てられないので、母親、つまり赤ちゃんのおばあさんが育てる羽目になるのですが、一人のおばあちゃんが一度に5-6人の子供を育てなければならないと言うようなこともあるそうです。そのおばあさんも、家族そろってアヘンを吸っているような状態ですので、決して頼りになる存在ではありません。まともに愛されたことのないこの子は、嫁の中にそれを感じたのかもしれません。

国境の町、メーソット

バンコクで、スラム街の子供たちのクリスマス・パーティーをした後、ミャンマーに近いメーソットに向かいました。お昼ごはんの休憩も含めて7時間のドライブですが、カーブの多い山道で二人のメンバーが酔って、吐いてしまいました。翌日、教会が運営しているミャンマーからの難民のための学校と、孤児院と、人身売買の被害者が住んでいる家を訪ねました。ミャンマーからの難民は、カレン族で(カレン族に関しては「神が日本に残した指紋」http://ameblo.jp/junjiono/entry-10082686870.html参照)、タイ語が話せませんので、タイの学校には行けません。普通の大きさの家が2-3軒並んでいるくらいの大きさの学校に、360人の生徒が通っています。20人ほどいる先生たちの給料は、他の機関から支給されているそうですが、何と月給3000バーツ、8,250円ほどです。地元の牧師さんと相談して、先生方にはタオル、子供たちにはパンとジュースをプレゼントしました。

人身売買の被害者が住んでいる家は、警備のため塀で囲まれており、8人の少女が住んでいます。その中の一人が走っている写真が飾ってあり、トロフィーがいっぱいあったので聞いてみると、その子は長距離が得意で、数々のレースで優勝したそうです。お母さんが再婚し、煙たがられて家を出され、人身売買の餌食になったそうですが、見たところ、せいぜい12-3歳でした。

孤児院は、アメリカ人夫婦が26人の孤児の世話をしています。私は、孤児院は必要悪だと思っています。親が亡くなったり、殺されたり、あるいは親に捨てられて孤児になるような悪い事が起きるから必要だと言うよりも、孤児になった子供たちを引き取る人がいないことが悪だと思うのです。非常に貧しい国では、孤児院に入った子の方が満足な生活ができるということもあるでしょう。孤児院と言うもの自体を始めたのは、たぶんキリスト教ではないかと思いますが、外国からの寄付金で孤児院を建て、孤児を施設に入れるよりも、その子たちを家族の一員として育てていくことの方が、ずっと幸せではないかと思いました。

家族でバンコクに行って、テレビ・ニュースに出た

 ここ1-2年、家族でどこかの貧しい国に行って、短期間のボランティア活動をしたいと思っていました。子供たちは、ハワイの何の不自由もない生活しか知らないので、世界のニーズを知ってもらいたかったからです。特に、三男は来年大学卒業ですが、どんな仕事に就くにしろ、自分の将来よりも、この世に生まれてきた自分の目的を考えてもらいたかったのです。いろいろ候補地があったのですが、受け入れ側などの都合もあり、結局、1012日で、タイに行くことになりました。バンコクと、ミャンマーの国境に近いメーソットと言う山奥です。残念ながら、家内は休みが取れませんでしたので、息子3人と、長男の嫁と、以前ホームステイをしていたNさんの6人で行くことになりました。

 

予定は、受け入れ側の教会が全部作ってくれたのですが、着いた翌日は観光でした。タイは、王国政で、85歳になる国王が、今療養で入院中だそうです。病院のすぐ近くまで行きましたので、寄って、ゲストブックにサインしたらよいと言われました。ところが、行って見ると、ちょうどその日は献血運動の日で、病院はごった返しており、ゲストブックもおいてありませんでした。

 

そこで、国王に敬意を表するために、王と王妃の写真の前でお辞儀をするように勧められました。郷に入りては郷に従えと言うわけで、やり方を教えてもらって、みんなで並んでお辞儀をしました。ちょうどそのとき、大きなビデオカメラを持っていた人が、私たちの様子を撮っていたので、なぜだろうと思っていたら、テレビ局の人で、王に敬意を表するために来るたくさんの人たちの映像を撮っていたのだそうです。その一こまとして私たちの映像を流し、私たちがタイにボランティアに来たことも説明すると言われました。私たちは見てなかったのですが、見ていた教会の人たちが、自分たちの教会の名前が全国ニュースに出たので、驚いて牧師に電話したそうです。たぶん、ニュースに出たのは全員初めてではないかと思いますが、教会にとっては、いい宣伝になったようです。これからどんなことが起きるか、楽しみです。

バンコクより