
なぜ「私が正しい」と思うのか:保守とリベラルに見る優越感の心理学
私たちの社会では、意見の対立が日常茶飯事です。特に政治的な話題になると、保守派とリベラル派の間で激しい議論が交わされるのをよく目にします。一部の保守派は、陰謀論を信じる傾向がありますが、「お前ら知らないだろう」と言わんばかりです。リベラル派は、革新的な意見を信じ込んで、「お前らにはわからないだろう」というエリート意識を楽しんでいるのではないかと見受けられます。
この一見異なる優越感の背後には、一体どのような心理が隠されているのでしょうか。心理学、特に「認知バイアス」という観点から、この現象を考えてみました。
「俺は正しい」の根源:誰もが持つ共通の欲求と認知の偏り
まず、根本にあるのは、誰もが「自分は物事をよりよく知っている、理解している」と感じたいという人間共通の欲求ではないかと思うのです。自分が間違っていると分かっていることを信じる人はいませんので、自分が正しいと考えるのは当然です。しかし、この欲求の現れ方は人によって異なります。それを理解する鍵となるのが「認知バイアス」、つまり思考の癖だそうです。
特に重要な認知バイアスは以下の2つがあるそうです。
- 確証バイアス:自分の考えを裏付ける情報ばかりを無意識に探してしまう傾向。
- ダニング=クルーガー効果:自分の能力や知識を実際よりも高く見積もってしまう傾向。特にあまり知らない分野で顕著になりがち。
これらの「心の癖」が、それぞれのイデオロギーの優越感にどう影響しているのでしょうか。
保守派の「お前らは知らないだろう」の心理
保守派に見られる「お前たちは知らないだろう」という感覚は、主流ではない、いわば「隠された知識」を持っているという感覚と強く結びついていると思います。
ここで大きな役割を果たすのが、ダニング=クルーガー効果だそうです。少ししか知らないはずなのに、「自分はこの分野を分かっている」「真実を知っているのは自分だけだ」と思い込んでしまう心理が働くことで、「お前たちは知らないだろう」という優越感の燃料となるみたいですよ。
さらに興味深い分析として、政治への関心が高い人ほど、誤情報も含め様々な情報に触れる機会が多くなります。その結果、確証バイアスを通じて、陰謀論などを「これこそ真実だ」と受け入れやすくなるという、逆説的な傾向もあるそうです。
リベラル派の「お前らにはわからないだろう」の心理
一方、リベラル派の「お前らにはわからないだろう」という感覚は、また少し異なる心理が働いているのではないでしょうか。一つは人を馬鹿にする優越感ですが、もう一つは「道徳的な確信」で、自分の信じる価値観が絶対的に正しいという強い思い込みです。
これには「正義の怒り」も伴います。保守もリベラルも、ほとんどの人は人権や平等といった価値観を信じていますが、その内容は異なっています。しかし、リベラルは、自分の理解している価値観が「誰にとっても自明の善」と捉える傾向が強いのです。そのため、それに同意しない人を道徳的、あるいは知的に劣っていると見なしやすいわけです。
これは、米国で保守派がよく悪人呼ばわりされることを見てもわかります。また、リベラルな子供が保守派の親と口を利かなくなる、また孫と会わせない、と言う話はよく聞きますし、一つの社会問題にもなっていますが、その逆は聞いたことがありません。
この「自分は正しい」という強い確信がダニング=クルーガー効果と結びつくと、「こんなに当たり前のことが、なぜ理解できないのか」という優越感につながる可能性があるそうです。また、SNSなどで間違っていると思った意見を強く糾弾する行為が、ある種の快感や心理的報酬となり、この傾向をさらに強めているのかもしれません。
表現は違えど、根っこにあるものは同じ:「イデオロギーの鏡効果」
このように、保守派とリベラル派の優越感は異なる形で表現されますが、根っこには共通するものがあるようです。これを「イデオロギーの鏡効果」と呼ぶそうです。
主張する内容は正反対であっても、人々の心理プロセスには驚くほど似たパターンがあるというわけですね。特に重要な共通点は、自分たちの価値観や集団が「脅かされている」と感じる感覚(批判の脅威)です。このような感覚を抱くと、どちらの側も他の人に対する不安やよそよそしさが増す傾向があるといいます。
つまり、この二つの異なる優越感は、「保守だから」「リベラルだから」というラベルに固有のものではないようです。自己肯定感を満たしたい、自分の属する集団を守りたいといった、より普遍的な人間の心理が、それぞれのイデオロギーというフィルターを通して違う形で表現された結果だと言えるでしょう。
自分への問いかけ
こう考えると、保守とリベラルに見られる異なる種類の優越感の表現が、似た心理に基づいていることが分かります。これらは、確証バイアスやダニング=クルーガー効果といった誰もが持つ認知の癖、あるいは道徳感や自己肯定感への深い欲求に根差しているのではないかと思われます。表現は違っても、「優れていると感じたい」という根っこの欲求は案外共通しているのですね。
このような優越感は、特に先行きが不透明な時代において、自分自身のアイデンティティを保ったり、自己価値を高めたりするための一種の「防衛機構」として機能するそうです。
こう考えると、自身の思考の中に、このような優越感の差し込みを見つけることは多々あります。私の場合は、「お前らは知らないだろう」のタイプもあれば、「お前らにはわからないだろう」のタイプもあります。残念ながら、両方あるからバランスが取れていていい、と言うことにはならないでしょうね。
自身の「これだけは譲れない」という核になる価値観が何かに脅かされていると感じた時、自分はどうするか。自分の考え方や人に対する態度はどんな風に変わるか、もっと気を付けなければならないと思いました。
だからと言ってすべての意見が正しいと言うことにはなりませんし、真偽を曖昧にしてお茶を濁すだけでは、何の解決にもなりません。大切なのは、自分と異なる意見の受容ではなく、異なる意見を持つ人の受容ではないでしょうか。
わたしは保守派のニュースもレガシーメディアのニュースも、必ず両方見るようにしています。また、私自身は保守中道ですが、保守派に対してはリベラルの言い分を、リベラルに対して保守派の言い分を務めて弁護するようにしているつもりです。しかし、だから自分にはこの問題はないと言うことには全くなりません。「俺は両方分かってんだ」という、一番質の悪いタイプかもしれませんね。
魂の存在と不死性:マイケル・エグナー博士の神経科学的考察
マイケル・エグナー博士は、脳神経外科医であり、ストーニーブルック大学の神経外科および小児科の教授です。博士は、「The Immortal Mind: A Neurosurgeon's Case for the Existence of the Soul(不死の心:ある脳神経外科医による魂の存在の立証)」(デニース・オレアリー氏との共著)の著者でもあります。本書は、私がこのブログを書いた時点ではまだ出版されていません。このブログは、出版に先立ついくつかのインタビューや公開情報に基づいて書いたものです。
マイケル・エグナー博士は、かつては唯物論者でした。しかし、40年にわたる臨床経験と7000例を超える脳手術の事例、さらに既存の神経科学研究を根拠に、心は単なる脳の産物ではなく、魂は脳とは独立して存在するのではないかという二元論的な視点を持つようになりました。
エグナー博士は、唯物論的な見解、すなわち「私たちの精神活動のすべては脳から生じる」という現代の一般的な考え方に疑問を呈しています。博士自身の数多くの脳手術の経験から、この唯物論的理解に合致しない事例に遭遇してきたと言います。
脳損傷患者の臨床例:広範な脳欠損と正常な認知機能
ある時、博士は女性患者の前頭葉切除手術を行っていました。局所麻酔で頭蓋骨を開けた後は、脳自体は痛みを感じないため、患者さんと会話をしながら手術を進めることができます。前頭葉のかなりの部分を切除しても、患者さん本人にその自覚はなく、切断前と変わりない会話が続いたため、何の影響もないことに驚いたそうです。
他にも、脳の広範囲な欠損にもかかわらず、正常またはそれに近い認知機能や人間性を保つ人々の事例を挙げています。例えば、脳の約3分の2が欠損した状態で生まれても、学業で優秀な成績を収めた人が複数いたと報告しています。
人間の理性や意志が脳の働きであるならば、このような事例は起こり得ないはずだと感じたことが、博士の疑問の出発点となりました。確かに脳には可塑性、つまり損傷した部分の機能を他の部分が補う能力がありますが、博士がそれまで教えられてきた程度をはるかに超える事例だったのです。脳の一部切除などの場合、通常は回復に数週間から数か月以上かかるのです。こうして、博士の魂に関する探求が始まりました。
ワイルダー・ペンフィールドの研究:「知的な発作」の不在と脳刺激の限界
てんかん手術のパイオニアであるワイルダー・ペンフィールドの研究は、エグナー博士の重要な論拠の一つです。ペンフィールドは、てんかん焦点を除去する手術の際、局所麻酔下の患者の脳表を電気刺激し、様々な反応を観察しました。運動、五感、感情、記憶(例:過去の特定の場面を思い出す)などを誘発できましたが、抽象的な思考や理性を誘発することは一度もなかったと報告しています。
ペンフィールドはまた、「知的な発作」が存在しないことにも注目しました。てんかん発作では、意識消失、身体の痙攣、感覚異常、感情の爆発、記憶の再生などが起こり、患者自身がそれをコントロールすることは困難です。
しかし、複雑な計算や論理的思考を強迫的に行い、それを止めることができないといった種類の発作は報告されていません。エグナー博士は、これらの観察に基づき、抽象的思考や理性といった心の高度な側面が、脳の特定の部位から直接生じるものではない可能性が高いと主張しています。
ロジャー・スペリーと分離脳研究:分断された脳と統一された意識
ノーベル賞受賞者であるロジャー・スペリーらが行った分離脳(脳梁離断術を受けた患者)の研究も、エグナー博士が引用する重要な証拠です。脳梁は左右の大脳半球を繋ぐ神経線維の束で、これを切断すると両半球間の情報伝達が遮断されるはずです。しかし、手術を受けた患者の多くは、日常生活において人格や行動に大きな変化を見せず、統一された自己意識を保っているように見えるのです。
エグナー博士は特に、ジャスティン・サージェントやヤイール・ピントの研究に注目しています。サージェントの研究とされる例では、分離脳患者の左右の半球に異なる図形(例:矢印)を同時に提示しました。患者は、両半球の情報を統合しなければ判断できないはずの質問(例:矢印の向きが同じか否か)に、正しく答えることができたと言います。
ピントの研究とされる例では、物語の断片を左右の半球に別々に見せました。例えば、左半球に野球ボールの絵、右半球に割れた窓の絵を見せ、「何が起きたか」と問うと、患者は「野球ボールが窓を割った」と正しく答えることができたのです。エグナー博士は、脳のどの部分も片方の情報しか見ていないにもかかわらず、知性が情報を統合していることから、理性や意識には脳を超えた側面があるのではないかと提案しています。
自由意志に関する研究
ペンフィールドは、手術中、患者に自分の意志で腕を動かすよう指示し、時折、医師が脳刺激で腕を動かせました。患者は、自分の意志で動かしたのか、医師に動かされたのかを常に正確に区別できたのです。ペンフィールドは、意志そのものを刺激することはできなかったと結論し、自由意志は脳の機能ではない可能性を示唆しました。
ベンジャミン・リベットは、被験者が自発的に手首を動かそうと意図する約0.5秒前に、脳活動(準備電位)が記録されることを発見しました。これは一見、意志決定が無意識的な脳活動によって先行されることを示唆するように見えます。
しかし、リベットは、意識的な意図が生じた後、実際に行動を起こすまでの短い時間(約0.15秒)に、その行動を「拒否する」自由があることも示しました。そして重要なことに、この「拒否」の際には、準備電位のような先行する脳活動は見られなかったのです。
エグナー博士はこれを、誘惑(行動への衝動)は脳から生じるかもしれないが、最終的な選択は自由意志によるものである証拠と解釈しています。そして、その自由意志を司る部位は脳には見当たらないと述べています。
エイドリアン・オーウェンと遷延性植物状態患者の研究
エイドリアン・オーウェンらは、遷延性植物状態(PVS)と診断された患者に対してfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用い、意識の存在を示唆する研究を行いました。例えば、患者に「6+8はいくつか」といった質問をし、1から順に数を数えていくと、「14」のところで、健常者と同様のかすかな脳活動パターンが観察されたのです。意味のない言葉の羅列を聞かせた場合には、そのような活動は見られませんでした。
これらの結果から、外見上は無反応に見える患者の一部が、実際には指示を理解し、意識的な思考を行っている可能性が示されました。約40%のPVS患者が、何らかの形でコミュニケーション能力の兆候を示すとも言われています。
エグナー博士は、脳が広範な損傷を受けているにもかかわらず意識が存在しうる証拠として、これらの研究を重視しています。昏睡状態の患者の前で、本人が聞いたらショックを受けるような話(例えば、回復の見込みがないといった話や、葬儀の話など)をしてはいけないと言われるのも、これが理由です。
臨死体験(Near-Death Experiences, NDEs)
エグナー博士は、臨死体験を心と脳の分離を示す典型例として挙げています。臨死体験については、過去にもブログで取り上げたことがありますので、そちらも参考にしてください。
臨床的に死亡した、あるいは脳機能が極めて低下した患者が体外離脱体験をし、手術室やその他の場所で起きた出来事を観察し、蘇生後にそれらを正確に描写できるという現象が、数多く記録されています。これらの現象を科学的に研究する学者も増えており、医師自身が臨死体験を報告する例も出てきています。
エグナー博士は、脳機能が完全に停止していたと考えられる状況での意識体験は、魂が脳とは独立して存在しうる強力な証拠であると主張しています。その理由の一つとして、臨死体験の内容が文化を超えて共通している点を挙げています。
また、臨死体験者が故人(しばしば血縁者)と会うという共通の報告があり、生存している人物を見ることは決してないという点も、体験の信憑性を補強するものとして挙げています。交通事故が原因で臨死体験をした人が、同じ事故で亡くなった家族(本人はその家族が亡くなったことを知らない状況で)に出会ったという報告もあるのです。
反論について
魂と脳の独立性を唱えているのはエグナー博士だけではありませんが、当然のことながら、このような所見に対する反論は多く存在します。それらについても調べてみましたが、ここで詳細にコメントすると長文になってしまうため割愛します。
反論を見て思うことは、その反論が正しいかどうかは分からないにしろ、理論的に納得できるものもあります。しかし、エグナー博士の提示するデータや事例に対して、単に異なる解釈の可能性を示唆しているに過ぎないものもあります。
例えば、サージェントやピントの研究に対して、「脳梁以外の皮質下の経路で情報がかすかに伝わっているのではないか」などという主張です。また、エグナー博士の論拠の多くは、実験の事例が少なく、「証明」には程遠いですが、その一つが証明されるだけでも、彼の結論が十分に成り立つと考えられる決定的なものもあります。
隙間の神、隙間の科学
「God of the gaps」という表現があり、日本語では「隙間の神」や「神の隙間論」と訳されます。この概念は、科学で説明できない現象や未解明の領域に対して、神の存在を仮定する考え方を指します。例えば、ある自然現象が科学的に解明されていない場合、「これは神の働きだ」とする立場が「God of the gaps」の考え方に該当します。しかし、科学が進歩するにつれて、これらの「隙間」が埋められ、神の役割が縮小していくとされます。
しかし、その逆のパターンも存在するように思えます。つまり、「科学で説明できないものは、現在は説明できなくても将来的には必ず説明できるようになるはずだ」という科学主義です。私も若い頃は科学がすべての現象を説明できると信じていましたが、それ自体は科学的結論ではなく、個人の世界観です。
しかし、宇宙や生命の起源や精緻な構造を前にすると、自然法則だけでは合理的に説明できず、知性や意図の存在を前提にしなければならないと感じることが増えています。発掘された石碑が自然現象ではなく、人間の手によると直感するのと同様です。すべてが自然科学で説明できるはずだと言う科学主義は、「隙間の科学」と呼んでも差し支えないのではないでしょうか。
エグナー博士の回心
エグナー博士の唯物論的な考えは、これらの研究や臨床経験によって揺らいでいきましたが、神への信仰を決定的にしたのは、もっと個人的な出来事でした。生まれたばかりの彼の息子さんが、彼と目を合わせようとしなかったのです。それは自閉症の兆候でした。
彼は病院のチャペルで祈りました。「神よ、私は今まであなたに祈ったことなどありませんし、神が存在するとも思っていませんが、もしあなたがいらっしゃるのでしたら、どうか息子を癒してください。父親を愛そうとしない息子を持つことは、私には耐えられません。」
その時、彼ははっきりと神の声を聴いたそうです。「お前が私にしていることも、同じではないか。」この経験が彼を信仰に導き、魂の不滅を確信させるに至りました。彼は、翌日すぐに教会に連絡して洗礼を受ける手配をし、その数日後の6か月の誕生日には、息子さんはちゃんとご両親と目を合わせるようになったそうです。
ハマスの息子
モサブ・ハッサン・ユーセフさんは、ハマスのリーダー、ハッサン・ユーセフの息子です。ハッサンは、ヨルダン川西岸では最も尊敬されているハマスのリーダーです。彼は、軍部のリーダーではなく、ハマスの中では穏健派でした。モサブさんは、父を深く尊敬し、愛していました。
モサブさんが高校3年生の時、銃を買ったことがイスラエル治安局に見つかり、逮捕されました。何日も続けて椅子に座らされ、尋問を受け、治安局のスパイとして働くことを勧められました。治安局は、ほとんどの容疑者にそう勧めるそうですので、それは驚くべきことではありません。しかし、彼はハマスのリーダーの息子でしたので、治安局は彼が寝返ることを期待していたのです。
モサブさんは、脅されてそれに応じたふりをしていましたが、治安局も彼が本気でないことは理解していました。そんなに簡単に彼の神、民族、そして家族を裏切るわけがありません。しかし、すぐに釈放すれば、彼が裏切ったのではないかと疑われますので、短期間、刑務所に送ったのです。
刑務所では、ハマスのリーダーたちがほかの受刑者たちを拷問していました。表向きは、彼らが治安局に協力しているという疑いがあったからですが、実際は単なる弱い者いじめに過ぎませんでした。レイプ、近親相姦、獣姦などの作り話を自白させて、楽しんでいたのです。このようにして刑務所で殺されたパレスチナ人受刑者は、何百人にも上るそうです。これが、彼がハマスに対して疑問を抱くようになったきっかけでした。
モサブさんは、刑務所を出て、治安局から、ちゃんと高校を卒業するように言われました。彼は高校卒業直前に逮捕され、期末テストを受けることができませんでしたので、卒業していなかったのです。その後大学に入るように言われ、その間、スパイ活動は全くしませんでした。USAID(米国国際開発庁)でアルバイトしながら、彼は今まで知らなかった世界に接していきます。
クリスチャンにも出会い、聖書勉強会にも出席するようになりました。キリストの「敵をも愛しなさい」と言う言葉に深く感銘し、皆がこのように考えるようになれば、パレスチナの問題は解決すると感じたそうです。彼は、こうして治安局に協力するようになり、父から入ってくる情報を流して、多くのテロ事件を阻止することができました。
ハマスは、もともとモスリム兄弟団が作ったテロ組織です。モスリム兄弟団は、百年くらい前にできた団体で、当時は人道的でした。お父さんのハッサン氏も、もともと非常に穏健な人柄で、自分自身がテロに直接関わることはありませんでした。しかし、だんだんとテロ活動を容認するようになって行き、モサブさんはそれに疑問を抱くようになるのです。
ハマスは、パレスチナ自治政府(PA)と敵対関係にありました。パレスチナ人の多くは、PAは堕落した政治組織だと考えており、昔のモスリム兄弟団の貧民救済活動をまだ続けていたハマスの方が、純粋に彼らのことを考えてくれていると思っていたのです。
PAのリーダーであったヤサー・アラファトは、オスロ和平合意に調印しましたが、彼が望んでいたのは和平ではなく、自分の地位を守り、私腹を肥やすことでした。パレスチナのガバナンスが困難であり、うまくできそうにないどころか、そんなことには最初から興味がなかったのでしょう。国際社会の中で、イスラエルが加害者、パレスチナは被害者と言う構図を崩したくなかったのです。
私たちはこんなに苦しめられているのだと言う印象を国際社会に与えるには、テロを続ける必要がありました。ある統計によると、9割近い住民がテロ活動を支持していました。しかし、PAが表立ってそれをすることはできません。国際社会における自分の立場を守るためには、あくまで善玉である必要があったのです。
当時、ハマスの主だったリーダーたちはPAに逮捕され、拘置されていました。アラファトは、弱体化したハマスを利用してテロ活動をさせようと、彼らを釈放し、ハッサン氏に近寄ります。ハッサン氏は、自分が利用されていることは分かっていました。しかし、自分が協力しなくても、どうせアラファトは誰かほかの人を使ってテロ活動を再開し、ハマスのせいにすることは明白でしたので、合意してしまったのです。
こうして第二インティファーダが始まりました。民衆による暴力的な抗議活動です。アリエル・シャロンがユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地にあるアル・アクサ・モスクを訪れたことが発端でした。しかし、モサブさんは、PAやハマスがそれを利用しただけだと主張しています。
その時、流れ弾がある少年に当たり、亡くなりました。この報道によってイスラエルが強く非難されましたが、パレスチナ側の発砲だったという見方もあれば、単なるパレスチナの芝居だったという見方もあり、真実は明らかにされていないそうです。
モサブさんは、ますますお父さんの判断に疑問を抱くようになり、熱心に治安局に協力しました。また、自分のスパイ活動によって、お父さんの安全が守られることも動機の一つでした。お父さんが亡くなれば、彼の情報源もなくなるからです。
物事はPAの期待通りにはいかず、ハマスはますます人民の信頼を得るようになって勢力が回復しました。アラファトの死後、モサブさんは、父にイスラエルとの停戦を提案しますが、治安局はこれに反対しました。彼らは、過激派を装っていたモサブさんが急に穏健な提案をすれば、彼が疑われ、重要なスパイを失うことになるからです。
しかし、モサブさんは既にキリスト教に改宗しており、自分の信念を曲げることはしませんでした。そして、ハッサン氏もそれに合意し、停戦の話し合いが進んでいたのですが、ある悲惨な出来事がそれをぶち壊してしまいました。イスラエル軍が、集会に集まっていたパレスチナ人たちを爆撃したのです。
当然、ハッサン氏は激怒しました。事件直後、彼がアルジェジーラの放送局でインタビューを受けていた間、モサブさんは、爆撃のビデオを何度も見直していました。それは、明らかに爆撃によるものではなく、地上にあった爆弾が何らかの理由で爆発したものでした。白い煙の色も、ハマスの爆薬であったことを明確に物語っていました。
インタビュー直後、彼はお父さんにそれを見せましたが、たった今イスラエルを激しく非難したばかりのお父さんは、今さら間違ってましたとは言えません。彼は、無言でその場を立ち去ったそうです。
モサブさんは、何度もテロを阻止しましたが、自分が疑われるのを避けるため、逮捕され、刑務所に入ることがよくありました。一度は、5人のテロリストが彼に協力を求めて来ました。彼らを暗殺してしまえばそれでことは済んだのですが、彼らの命を救うために、治安局を説得して逮捕させたのです。しかし、そんなことをすれば、自分が情報源ではないかと疑われるでしょう。
イスラエル政府ですら、モサブさんがスパイであることを知っている人はほとんどいません。治安局は、軍にモサブさんの居所を明かして攻撃させ、ミサイル発射寸前に彼は自宅から逃げると言う凝った芝居をする羽目になりました。
彼は、愛し尊敬するお父さんや家族を騙し続けることに疲れ切ってしまい、アメリカに移住したいと告げるのですが、治安局はそれを認めたくありません。結局彼を説得することができず、彼は、あごの骨の手術をする必要があると言う理由で、米国に行き、それまでの経験を本にして、「ハマスの息子」を出版したのです。
しかし、アメリカ政府はそう簡単に彼の話を信じてはくれませんでした。国外退去させ、ヨルダンに送還すると言うのですが、そんなことになれば殺されるに違いありません。
最初から彼の面倒を見ていた治安局のゴネンさんは、彼が辞めたいと言い始めたとき、局の規則を破ってまで彼を守ろうとし、首になりました。彼がヨルダンに送り返されるかもしれないと知った彼は、なんとかそれを阻止しようとして米国に飛びます。彼は治安局に協力を要請しますが、何の返事もありませんでした。ゴネンさんの説得もあって、米政府は、モサブさんの米国滞在を認めたのです。
ゴネンさんは、後を振り返ってこう述べています。「治安局が何の返事もくれなかったことに対して最初は腹立たしかったが、今になって思うと、自分がしようとしていたことを黙認してくれたと言うことに違いない。」家族を失ったモサブさんは、ゴネンさんと言う真の兄弟を得たと述べています。
「かつて金も権力も地位もあったが、私が本当に求めていたのは自由だった。それは何よりも、憎しみ、偏見、復讐への欲望を捨て去ることを意味した。イエスの言葉―汝の敵を愛せよ―が最終的に私を自由にした。もはや、誰が友で誰が敵かなど、どうでもよくなった。私は、彼ら全員を愛するのだから。」(「ハマスの息子」より)