「間違っている」と「排他的」は違う:排他的宗教とは?
「その考えは間違っている」と「その考えは排他的だ」。これは、どちらも相手への反論ですが、その意味するところは大違いです。私たちは、この違いを意識せずに使うことで、知らず知らずのうちに、大切な対話の機会を失っているのかもしれません。今日は、この二つの言葉の違いを深く掘り下げ、より建設的な議論を行うための道筋を探りたいと思います。
基準を持つことは「排他的」か:職業倫理の例
私は不動産管理士ではないのですが、ご縁があって、全米不動産管理協会(IREM)の会員になっています。IREMには、会員が遵守すべき厳しい職業倫理規定があります。この規定を守ることを誓約しなければ、協会の認定する称号を取得することはできません。
これを「排他的だ」と非難する人はいないでしょう。なぜなら、職業倫理規定とは、その性質上、社会の利益や顧客保護といった、大多数が「もっともだ」と受け入れられることを取り入れているからです。医者の職業倫理なども同じだと思います。
その規定を守りたくない人は、単にその称号を目指さなければ良いだけの話です。もし規定の内容に間違いがあると考えるならば、「排他的だ」と非難するのではなく、「どの部分が、なぜ間違っているのか」を具体的に指摘し、論理的に議論するべきです。このように、明確な理念や基準を持つこと自体は、排他的な行為とは異なります。
なぜ「排他的」というレッテルが使われるのか
しかし、世の中には、必ずしも大多数の賛同を得られるとは限らない理念を持つ人や団体もあります。そして、多数派の意見が常に正しいとは限りません。また、社会を真っ二つに分断するような争点もあります。
ここで問題になるのが、自分と異なる意見に対して、その内容を云々するのではなく、「排他的だ」というレッテルを貼ってしまうことです。例えば、結婚は異性間のものであると深く信じている人が、自分が正しく、他は間違っていると考えているとします。自分が間違っていると知りつつ、それが正しいと考えるということはありませんので、これは当然です。これに対して「その考え方は排他的だ」と非難するのは非常に簡単です。
一般的に、特定の伝統を信奉する人は保守的、伝統にこだわらない人は革新的という構図があります。すると、新しい考え方を取り入れる立場の人(革新派)が常に「寛容」で、伝統的信念を持つ人(保守派)が常に「排他的」、という単純な構図ができてしまいます。しかし、現実はそんな単純な問題ではないでしょう。
なぜこのレッテルがよく使われるのでしょう。一つには、複雑な問題を「寛容(善)と不寛容(悪)」という単純な二項対立に落とし込めるので、理解が容易になるからではないでしょうか。もう一つは、自分自身を「寛容」で「道徳的に優位な」側に位置づけられるという無難さがあるからでしょう。
また、多くの人々は、特に関心のない事柄については「どちらでもよい」と考えがちです。そのため、自分に興味がない事柄に強い理念を持つ人に対して、一種の違和感を覚えます。結果として「あの人たちは排他的だ」という分かりやすい非難を、深く考えることなくしてしまう傾向があると思います。
「排他的」という言葉が議論を終わらせる
「排他的だ」という言葉は、相手の意見そのものではなく、相手の人格や属性を攻撃する「人格攻撃」です。この言葉が使われた瞬間、相手の主張の中身を検討する必要はなくなり、排除することが正当化されてしまいます。これは健全な議論を成立させなくする典型的な手法であり、米国ではよくキャンセル・カルチャーと呼ばれます。最近の政治活動家、チャーリー・カーク氏の暗殺事件も、その延長線上にあるのかもしれません。
皆さんには興味はないと思いますが、私の個人的な経験を例に挙げましょう。この例を使う一つの理由は、私の意見が少数派であることです。もう一つの理由は、読者の皆さんにとって興味のない話の方が、より客観的に見やすいと思うからです。少数派がいかに「排他的」で済まされ、キャンセルされてしまうか、一つの良い例ではないかと思います。
私は牧師ですが、聖書の時代は今と異なり、教会は家でやっている草の根的なものでした。私が「家の教会」が聖書に則った正しい教会のあり方だと述べた時、ある人から「その考えは排他的だ」と批判されたことがありました。
しかし、私は自分の考えが正しいと信じつつも、異なる形態の教会を認め、協力し合っていくことは可能だと考えています。教会のあるべき形は重要ですが、教会には、それよりも重要で共有すべき中心的な教えがあります。
それが共有できているのに、核心的ではない事柄に関する意見の相違で仲たがいすることは良くないと思います。私からすれば、そんなことに関する意見が違うというだけで「排他的」だと決めつける方が、よほど排他的ではないかと感じました。
一神教は排他的?
それでは、今度はもう少し重要な問題に当てはめてみましょう。「自分の宗教が正しくて他は全部間違っている」などというのは排他的だと言う意見が一般的です。特に一神教にはその傾向が強いので、イスラム教やキリスト教がそのように非難されることがよくあります。しかし、これは宗教に限られた問題ではありません。
これは、真理とは何かという問題と深い関係があります。宗教であれ何であれ、この世に真理があるとするなら、そして、ある事柄が真理であるとあなたが確信しているなら、それのみが正しいと考えるのは当然ではないでしょうか。真理にいくつものバージョンがあるなどということはないでしょう。
あなたが正しくて他が間違っているか、その逆か、あるいは全部間違っていることはあり得ますが、全部正しいと言うことはありません。また、そもそも客観的真理などないという意見がデフォルトで、あると考える意見が排他的だということでもないはずです。
そうはいうものの、私自身、排他的だと感じる人の気持ちはよくわかりますし、私自身そう感じることがよくあるのはなぜでしょう。それは、排他的と言われても仕方のない態度や行動を取る人が実に多いからです。この点に関しては、長い歴史の中で、キリスト教徒も多くの間違いを起こしてきました。聖書はこの点に関してどう教えているのでしょうか。
ホロコーストで生き残った高齢のユダヤ女性のテレビ・インタビューを見たことがあります。神はどうしてこんな惨事を許されたと思いますかと聞かれ、間髪入れずに、「それは人間の責任を神に転嫁することです」と答え、この老婦人の聡明さに驚かされました。
人間になぜ責任があるのか、それは人間に自由意志があるからです。神は、人間をロボットにはお創りになりませんでした。神の意思に従うようにプログラムされたロボットは、神や人を愛することはできず、その行動に善悪はありません。間違った行動を取ってしまった場合は、プログラマーのエラーであり、自分に責任はないのです。
神でさえ、究極の真理を拒否する権利を私たちに与えました。だとすれば、私たち人間が、他者にそれを押し付ける権利などないはずです。この基本的な真理を理解していれば、教会も、ほかの宗教も、他のどのような思想も、自分の確信を人に押し付けるようなことはしないでしょう。それが出来ていない人が多いことは悲しむべきことです。彼らを見て排他的だと思うのは当然です。
しかし、だからと言って、何らかの真理を確信している人を「排他的」で済ませてしまうこともできません。どのような確信であれ、人は自分の信念を選ぶ自由があること、そして自分の確信は間違っている可能性があることを認めることが、対話の基本ではないでしょうか。
真理には一つの弱みがあります。それを確信する人が、ほかの人にも知らせたいと強く感じることです。しかし、気を付けていないと、本人にその気がなくても、人に押し付けているという印象を与えてしまいがちです。これは真理に付き物です。逆に、本当に人と共有するべき真理を隠してしまったら、大変なことになるかもしれません。人に伝えたいが煙たがられると言うこの危険性なしに真理はない、と思うのですが、どうでしょうか。
リベラル版MAGA?信仰と政治の距離
この物語は、最も激しく対立したキリスト者同士が和解に至った感動的な実話です。しかし同時に、この二人の指導者の経験は、信仰を持つ者が分断された現代において政治とどのように向き合うべきかについて、私たちに深い問いを投げかけます。今日はまず、彼らの和解の軌跡をたどり、その上で、テーマである信仰と政治の適切な関わり方について考察したいと思います。
数十年にわたる確執と政治的クルセードの設計者
1974年、私は高校を卒業してすぐアメリカの小さな神学校に入学しました。同級生にザック・ブライトという青年がいましたが、とても物静かで、ほとんど言葉を交わしたことはありませんでした。
彼の父は、キャンパス・クルセード・フォー・クライストという大きな団体を創設したビル・ブライトで、大学生を中心に伝道活動を展開していました。当時、私は彼の家族に何が起きているかを知る由もなく、ザックはいつの間にか中退していました。アメリカの大学では中退や転校は珍しくないので、特に気にはしませんでした。
アメリカの教会は、二つの対立する陣営に分かれています。一方は、個人の回心と伝道を至上の使命とする福音派。もう一方は、社会運動を中核と見なすリベラル派です。ブライトは、福音派の代表的な人物でしたが、1976年、同じ福音派でありながら社会活動を重視する進歩的指導者ジム・ウォリスが、彼を告発しました。
ウォリスは福音派雑誌『ソジャナーズ』の編集長であり、ジョージタウン大学でも教鞭を執っています。彼は、社会運動や政策提言を福音と結びつけるリベラル寄りの福音派メディアを率いていました。
「福音派なのにリベラル?」と驚かれるかもしれませんが、アカデミアには多いです。しかし、彼ほど進歩的な福音派は珍しい。自らを福音派と称していますが、彼の家族はリベラルで、だれも彼が福音派であるとは思っていないそうです。彼は60年代の公民権運動や反戦運動の影響を強く受けていました。
1976年、『ソジャナーズ』誌上で、ウォリスは、福音派を政治的に動員しようとするブライトの計画を暴露しました。これは、福音派を組織化し、政治への参入を狙った初期の動きでした。この記事の公開により、ブライトは教会内外から批判を浴び、二人の間に20年以上にわたる苦い確執が生まれたのです。社会運動を強調していたリベラルと違い、当時、福音派は教会が政治に関与するべきではないと考えるのが一般的だったのです。
ブライトの活動の根底には、単なる伝道を超えた明確な政治的動機がありました。それは反共産主義です。当時の多くのアメリカ人は共産主義を極度に恐れており、ブライトにとって、アメリカを共産主義の無神論的イデオロギーから守ることは、当然の使命だと考えたのです。
これは、日本人は理解に苦しむかもしれません。日本では、共産主義が無神論の上に成り立つことや、今の中国のようなキリスト教弾圧の歴史があまり知られていません。また、20世紀の共産主義政権下での犠牲者数が、ナチス・ドイツのホロコーストや第二次世界大戦全体の死者数を上回るという事実も、広く共有されていないようです。
奇跡的な和解:最も深い対立を超えて
対立から20年以上が過ぎたある夕食会でのことです。ウォリスは年老いたブライトの姿を見かけ、個人的な和解を決意しました。彼は過去の記事についてではなく、「もっと早く個人的な和解を求めるべきだった」とブライトに詫びたのです。ブライトの反応は驚くほど温かく、ウォリスをハグして言いました。
「ジム、貧しい人々をケアすることは大宣教命令の一部だと気づいたんだ。なぜなら、イエスは我々に『わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように教えなさい』と言われたからだ。そしてジム、イエスは確かに貧しい人々をケアするように我々に教えられた。貧しい人々をケアすることは、大宣教命令の一部なんだ」。
大宣教命令とは、キリストが最後に弟子たちに与えた使命です。これは、ブライトの政治的立場の転向ではなく、イエス自身の大切な教え、社会的に弱い立場の人々への配慮を再認識したのです。これは、彼にとってはキリストの教えの中心点ではないかもしれませんが、キリストの教えを信じる者に当然期待される信仰の実なのです。
晩年のブライトは政治的発言を控え、社会的奉仕も強調するようになりました。その後、死を間近に控えたブライトは、ウォリスに手紙とともに1,000ドルを送金しました。寄付先は、彼を批判したあの『ソジャナーズ』誌だったのです。ブライトとウォリスの物語は、最も激しく対立する者同士でさえ、共通の人間性と信仰を見出すことができるという力強い証しです。
和解の物語が現代に投げかける問い
この和解の物語は、現代に生きる私たち、特に信仰を持つ者が政治とどう向き合うべきかについて、何を問いかけているのでしょうか?ブライトは、貧しい人々をケアすることの重要性に気づいたと述べました。一方で、ウォリスも長年、社会正義と貧困への取り組みを福音と結びつけてきました。しかし、私は、信仰と政治の距離感について、慎重に考えるべきだと感じています。
ウォリスの政治的思想は、MAGA(Make America Great Again、トランプ大統領のスローガン)のような保守的な政治運動に比べると、キリスト教精神に近いと思います。しかし、それ=キリスト教ではありません。
ウォリスは、ブライトの政治的見解は間違っていたと確信しているようです。しかし、政治的見解は、保守派も革新派も間違うことはあります。例えば、ウォリスが信奉する革新主義に基づく貧困層救済目的の法律が、思わぬ深刻な事態をもたらした事例もあります。どのような政策が良い政策であるかをそう簡単に信仰で判断することはできません。
彼は、福音派を政治的に動員しようとしたブライトを告発しましたが、彼自身も堂々と政治運動をしています。彼には、政治的な手段を用いて社会を変革しようとする強い意思があり、それが信仰と不分明に結びついていると感じます。
彼のアプローチは、彼自身が批判する保守派の政治運動と、その構造において共通性を持つ危険性はないでしょうか?どちらも政治をキリスト教に持ち込んだという点では同じで、彼の思想はMAGAのリベラル版と言えるかもしれません。
ウォリスは「ソーシャル・ゴスペル(社会的福音)」という言葉を頻繁に使い、「投票は我々の祈りだ」と主張しています。しかし、聖書の全体的な教え、特に神の国とこの世の国の対比の理解とどのように整合的に説明できるのか、この点についてはさらなる対話と吟味が必要かもしれません。
祈りと投票は、キリスト者にとってそれぞれが持つ重要性や意味合いにおいて、異なる次元に属すると感じます。両者を同一視すること、あるいは安易に結びつけることについては、慎重さが求められるかもしれません。
終わりに:信仰の究極的な関心事
どんなに強い確信に基づく政治的な信念(例えばブライトにとっての反共産主義)であっても、それは時として、信仰が本来持つべき普遍的な価値を見えにくくする危険性があります。この事例は、現代において政治的な立場の違いから分断されがちなキリスト者たちが、互いに対話し協力していく上で何を教訓として学ぶべきかを示唆しています。
私たちキリスト者の究極的な関心事は、地上の国の政治ではなく、私たち一人ひとりの心の中に神の国を築くという、信仰の問題です。キリスト者は政治活動をするなと言っているのではありません。信仰と政治を混同するなということです。
ネットで調べたところ、ブライトの息子ザックは牧師となり、2018年に64歳で他界していました。
なぜアメリカの福音派はトランプを支持するのか?
日本のクリスチャンの多くは、アメリカの福音派の政治的な言動、特に、聖書の価値観とは相容れないように見えるトランプのような人物を熱心に支持する姿を見て、戸惑いや疑問を感じているかもしれません。今日は、一般的な日本人の方にもわかりやすいように、福音派の牧師の一人として、この問題を解説したいと思います。この疑問を解く鍵は、二つの「国」と二つの「力」の対立にあります。
「神の国」と「この世の国」
クリスチャンが生きる世界には、根本的に異なる二つの「国」が存在します。
- 神の国: イエス・キリストによって示された、新しい価値観を持つ国です。その力を「下からの力」と呼ぶことにしましょう。この力は、敵を愛し、仕え、自分を犠牲にすることによって示されます。その究極のシンボルが「十字架」です。
- この世の国: 人間が作ったすべての政府や権力構造を指します。その力は「上からの力」であり、支配、強制、そして秩序維持のための権力によって成り立っています。そのシンボルは「剣」です。この力は、悪が存在する世界における「必要悪」ではあるものの、神の国のあり方とは決して相容れないものです。
教会の歴史における「大転落」
初代教会は、完璧ではなかったものの、「神の国」の共同体でした。彼らはローマ帝国から迫害される少数派であり、政治的な力を持つことなど考えもしませんでした。彼らの証しは、自らの信仰のために苦しみ、死ぬことさえ厭わない、その犠牲的な愛の姿でした。
しかし、4世紀にキリスト教の歴史を根底から覆す出来事が起こります。コンスタンティヌス皇帝が、312年、ミルウィウス橋の戦いの前夜、太陽の上に十字架のような印が現れる幻を見たと伝えられています。その印にはギリシャ語で「この印のもとに征服せよ」という言葉が添えられていたとされます。
翌日、彼は兵士たちの盾にその印(キリストの頭文字「Χ(カイ)」と「Ρ(ロー)」を組み合わせた記号=キリストグラム)を描かせて戦いに臨み、勝利を収めました。この話を聞いて、ナチスドイツの鍵十字、現在のロシア軍の「Z」を思い浮かべるのは私だけでしょうか。
この出来事は、キリスト教への改宗の象徴的な転機とされ、彼は313年に「ミラノ勅令」を発布してキリスト教を公認しました。ローマ帝国は、多種多様な民族の集合体であり、国を精神的に統一できるものを求めていました。コンスタンティヌスは、そのためにキリスト教を利用したと考える学者も少なくはありません。その後、380年にキリスト教はローマ帝国の国教になったのです。
迫害で苦しんでいた当時のクリスチャンがこれを歓迎したことを責めることはできませんが、これは福音の破局と呼んでもいいかもしれません。この「コンスタンティヌス的転換」によって、教会は劇的に変質しました。
- 十字架から剣へ: 迫害される信仰は、特権を与えられた帝国の国教となりました。教会の敵はローマ帝国の敵となり、ローマの戦争は「聖戦」と見なされるようになりました。イエスの姿は、十字架で屠られた小羊から、ローマ皇帝の鎧をまとった征服者へと描き変えられたのです。教会は剣を手に取り、十字架を地に置いたのです。
- 奉仕から支配へ: この変化は、教会の組織構造にも現れました。新約聖書に見られる初期の教会は、複数の長老や監督が共同で指導する、フラットな共同体でした。しかし、2世紀頃から異端思想(グノーシス主義など)に対抗するため、一人の監督(司教)に権威を集中させる「単独監督制」が台頭し始めます。この階層的な権力構造は、コンスタンティヌス以降、国家の官僚制度を模倣してさらに巨大化し、「上からの力」で信徒を支配する組織へと変貌していきました。
それまで信者の家(家の教会)で行われていた親密な礼拝は、ローマの権威の象徴であった壮大な公会堂(バシリカ)での儀式的な典礼へと変わりました。聖餐は、共同体の食事(アガペー:「愛」を意味するギリシャ語)から、聖職者だけが執り行う神聖な儀式(ミサ)へと姿を変え、信徒と聖職者の間には、物理的にも霊的にも深い溝が生まれました。
「クリスチャン国家」という神話とトランプ支持の謎
この「コンスタンティヌス的転換」の精神は、現代アメリカの福音派の一部に深く根付いています。彼らは、アメリカを「失われつつあるクリスチャン国家」とみなし、政治的な「上からの力」を用いて、国を「キリスト教的」に保つことが自分たちの使命だと考えています。彼らにとって、文化的な戦い(妊娠中絶、同性婚など)は、神の国のための政治的な戦いなのです。
これは、米国の生い立ちとも深い関係があります。メイフラワー号で米国に渡った清教徒たちは、イギリスから信仰の自由を求めてオランダに移住しましたが、オランダの道徳的腐敗から子供たちを守るためにアメリカに渡りました。そのような希望を持って来た人たちが作った国ですので、「キリスト教精神」に基づいて作られた国だと考えるのは、間違いではないかもしれません。しかし、それでも神の国でないことは明らかです。
もう一つ重要な歴史的背景は、60年代から70年代にかけてのアメリカのリベラル化でした。特に公立学校でのお祈りの禁止や、中絶が憲法で保障された権利であるという最高裁の判決は、それまで政治に関わることがほとんどなかった福音派を脅かす結果となりました。
このままではアメリカは堕落してしまい、私たちの理想は跡形もなくなるという危機感が、彼らを政治へと駆り立てたのです。こうして、1980年頃から、福音派は強い政治的影響力を持つようになります。
この文脈でトランプ氏の存在を考えると、多くの日本人クリスチャンが抱く疑問への答えが見えてきます。彼らにとって、トランプ氏は道徳的な模範や信仰の指導者ではありません。彼は、自分たちの文化的・政治的な敵と戦ってくれる「剣」、つまり皇帝のような強力なリーダーなのです。
たとえ彼の個人的な品性に問題があっても、彼が自分たちの目的(保守的な裁判官の任命、宗教的自由の保護など)を達成してくれるのであれば、彼を支持する。これは、目的のためには手段を選ばない、「この世の国」の論理です。彼らは、自分たちの理想の国を守るために、コンスタンティヌスのような強力な政治的指導者を求めているのです。
本来の道
このような「国家的・政治的偶像崇拝」が、教会の証しを破壊しています。教会が特定の政党や国家と一体化するとき、十字架の持つ無条件の愛のメッセージは、政治的な「我々対彼ら」という憎しみのメッセージに取って代わられてしまうからです。
では、クリスチャンはどうすればよいのでしょうか?イエスが示した「下からの力」に立ち返るべきです。政治権力で社会を変えようとするのではなく、イエスのように、社会から見捨てられた人々の隣人となり、彼らに仕え、愛を実践することで、世界に神の国の美しさを示すのです。
例えば、孤児の問題を考えてみましょう。国家の力で立派な孤児院を建てることも一つの善行かもしれません。実際、ローマ帝国は、剣闘士や奴隷制度の廃止、病院や孤児院の建設など、その巨大な富と権力を良いことにも使いました。
しかし、神の国の方法は、見捨てられた子どもを自らの家庭に迎え入れ、家族として育てることです。前者は制度的な「上からの力」ですが、後者は個人的で犠牲的な「下からの力」の現れです。そういう私自身、孤児院を援助していますが、私はこれを必要悪だと考えており、クリスチャンが個人的責任を、より力のある教会組織に任せた結果だと思うのです。
イエスは政治的な議論に参加する代わりに、当時の社会が「汚れている」と見なした重い皮膚病の人に触れ、癒やし、共同体へと回復させました。また、同胞から裏切り者と蔑まれた取税人たちと食卓を共にし、罪深いとされる女性たちに尊厳を与えました。これらは一つ一つが、支配ではなく愛によって世界を変革する『下からの力』の、力強いデモンストレーションでした。
「ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。」(ガラテヤの教会への手紙3章28節)
アメリカの福音派が直面している問題は、私たち日本のクリスチャンにとっても対岸の火事ではありません。政治的な力を持たない日本の教会だからこそ、私たちは幸いにも「剣の力」の誘惑から自由な立場にいます。私たちは、社会を支配しようとするのではなく、ただイエス・キリストの十字架の愛によってのみ、この世の光、地の塩となることができるのです。
私たちの忠誠は、特定の国家や政治理念ではなく、ただ天にある神の国にのみ捧げられるべきです。政治的な影響力ではなく、一人ひとりへの犠牲的な愛と奉仕によって神の国を示すこと。それこそが、今の教会に与えられた、最も美しく、力強い証しなのです。
イエスの弟子ペテロが、イエスこそメシアだと告白した時、イエスは彼を誉めました。しかし、その直後、自分が殺されるという話を弟子たちにし始めたのです。ペテロは、とんでもないと言ってイエスをいさめようとするのですが、イエスは、褒めたばかりの彼を驚くほど厳しく叱ります。イエスは、メシア、救い主とは人類の罪のために自らの命を犠牲にするものだと教えられたのです。
しかし、当時のユダヤ人は、メシアとは、約千年前のダビデ王やソロモン王の時代のような栄華を極め、イスラエルを再建してくれる王だと期待していたのです。ペテロやそのほかの弟子たちもそのように考えていて、イエスが言われたことの意味を誰も理解できていなかったのです。
つまり、ペテロはMIGAを信じていたのです。メイク・イスラエル・グレイト・アゲイン(Make Israel great again)。その2千年後、多くの福音派は、全く同じ間違いを犯しているのです。