正直不動産と差別
NHKで、10回シリーズ「正直不動産」が4月5日火曜日から始まりました。私は不動産関係の仕事をしていますので、欠かさず見ています。
NHKが夜10時という時間帯にこれだけの有名俳優を集めてこの番組を始めたのには、それなりの訳があると思えてなりません。日本の不動産業界には、詐欺まがいの商法が横行しています。それに騙される方が多いのですが、番組の途中で業界用語や慣習の説明などもあり、国民の不動産リテラシー向上がその目的であると思われます。大手不動産業者の宣伝をしている民放には、できないことでしょう。
まず、ドラマを簡単にご紹介しましょう。登坂不動産で営業トップの永瀬財地(山下智久)は、詐欺まがいの商法で成績を上げてきました。ところが、ある日突然、永瀬はたたりで嘘がつけなくなり、成績が急降下。今日は、第4話に出てくる70代のおばあさんのエピソードを元にお話ししたいと思います。
このおばあさん、一人住まいなのですが、事故物件に住めば亡くなったご主人とつながりを持つことができるのではないかと考え、長瀬に依頼します。妙な理屈ですが、その辺はコメディーなので許しましょう。ところが、どこに問い合わせてもご老人だという理由で断られてしまうのです。
私は現在、母の介護で日本に住んでいますが、もともとハワイの不動産関係の会社で働いていました。本社は日本で、社長に聞いたところ、これは日本では深刻な問題であるとのこと。弊社では、自社物件の管理は管理会社に任せているのですが、弊社がオーケーしたご老人でも、管理会社が使っている審査会社がオーケーを出さないことがよくあると言います。反社でもなければ、年金も十分にあるので、断られる理由は年齢しか考えられないというのです。
これは、米国なら年齢差別です。年齢差別の例はこれだけではありません。私のように海外生活が長いと、なぜ日本はこうなんだろうと感じることが時々あるのですが、定年退職という制度もその一つです。これだけ労働者不足で困っているというのに、なぜこのような制度があるのか、不思議です。
先日、カリフォルニア州の公園管理者の黒人女性が100歳で引退したことが、米国のPBSという放送局のニュースに出ていました。私の母も99歳の割には元気ですが、その母でも足元にも及ばないくらいお元気そうで、聡明な方でした。米国では、元気であれば、年齢を理由に辞めさせることはできないのです。
そういう私は66歳ですが、日本ならもう退職させられている歳です。現在、母の介護でほとんど仕事はしていませんが、歳だから引退しろと言われても、納得できないでしょう。
ついでに愚痴をもう一つ。転勤です。これほど家族を苦しめることをなぜ平気でするのか、気になって調べてみましたが、これといった理由を発見することはできませんでした。人材育成と癒着防止がその主な理由のようですが、諸外国では、クロストレーニングや長期休暇中の仕事の引継ぎなどで解決しています。
労働政策研究・研修機構の2016年の調査によると、ヒアリングをした15社の中に、転勤が昇級の条件になっている会社は一つもなかったそうです。しかし、実際にはどうかと言うと、転勤経験のある社員の方が圧倒的に昇級しているそうです。人材育成が転勤の目的であれば、そうなるのは当然でしょう。
既婚女性が転勤になることは珍しく、したがって昇級にも影響しますが、これは性差別です。今、日本でも多様性が強調されており、LGBTQの差別問題などがよく取り上げられますが、これは偏見をなくそうという運動です。それが重要ではないと言うつもりはありませんが、国を挙げて制度的に年齢差別や性差別をしていることの方が、よほど大きな問題ではないでしょうか。
少子化がこれだけ問題になっているにもかかわらず、家族を引き裂くようなことが当たり前に行われているというのは、なんとも理解できません。海外の人から見れば、アンビリバボー。
最後に年寄りのたわごとを一つ。米国では、去年6月19日が奴隷解放の記念日として、連邦政府の11日目の祭日になりました。州の祭日もありますが、ハワイだと2日だけで、休まない会社も多いです。数えてみると、日本には16日ありますが、それ以外にも、仕事納めとか、お盆のような祭日以外の休みがあります。米国では、せいぜいクリスマスイブと大晦日が半ドンになるくらいです。日本人は働きすぎなので、このように祭日を増やしたのだとは思いますが、個人的に長期休暇を取ることはできないところが多いようです。
私の知り合いの社長さんは、年に一度は社員全員に最短一週間の休みを取らせるそうです。社員のことを考えて作った制度ではありません。一週間も休むと仕事の引継ぎをしなければなりませんので、変なことをしていたらバレル、というのが理由です。
日本も祭日を減らして、社員一人一人、もっと自由に休暇が取れるようにしてあげて、休暇中は仕事を同僚に引継ぎして、転勤制度を止めるようにしたらどうでしょうね。そのためには、祭日を減らすべきかもしれません。GWやお盆の混雑も緩和されるでしょうし、入院など、不慮の事態が起きても、対処しやすくなるのではないでしょうか。
復活祭とウクライナ
ある学者によると、世界一古い祭日は、ユダヤ教の過ぎ越しの祭りだそうです。ユダヤ人は、3千年以上、この祭日を祝っていますが、「過ぎ越し」とは、変な名前ですね。何を過ぎ越すのでしょうか。
「十戒」(1956年)や「エキソダス:神と王」(2014年)は、エジプトで奴隷になっていたユダヤ人の脱出の物語を映画化したものです。ちなみに、エキソダスとは、脱出と言う意味で、紀元前1200年ころの出来事です。
ユダヤ人をエジプトから去らせるよう、モーセがファラオに説得するのですが、ファラオは大切な労働力を失いたくはないので、かたくなに拒みます。そこで神はエジプトの地に災いを送るのですが、ユダヤ人には、家の門柱と鴨居に子羊の血を塗れば、災いがその家に訪れることなく通り過ぎる、つまり「過ぎ越す」と、モーセに告げるのです。蛇足ですが、八幡宮の鳥居は赤く、形も門柱と鴨居に似ていますので、エキソダスがその由来だという説もありますが…?
ユダヤ人には、羊を生贄として捧げるという儀式がありました。と言っても、殺した羊は食用に使われましたので、このときも、子羊を殺してその血を門柱と鴨居に塗り、肉は、エキソダス出発前夜の最後の食事になったのです。神様に捧げる生贄を食べてしまっていいのかと思うかもしれませんが、ユダヤ教の生贄は、他の宗教と少し異なります。通常、生贄とは神の怒りを鎮めるためのものですが、ユダヤ教では、罪の贖いの象徴なのです。
と言われてもピンとこないでしょう。ユダヤ教では、人間の善悪を相対的に比べることはしません。日本人は、人と比べて自分がそんなに悪い人間でなければ、極楽往生できると考える人が多いでしょう。キリスト教同様、ユダヤ教では、罪のない人は一人もおらず、全ての人は赦されなければならないと考えます。本来なら、罪の罰を自分が受けなければなりませんが、子羊をその代わりに殺すことで赦されるという、象徴的な儀式だったのです。
この出来事を祝ったのが過ぎ越しの祭りなのですが、キリストの最後の晩餐も、過ぎ越しの食事だったのです。キリストは、その晩自分が捕らえられ、殺されることを弟子たちに告げました。代用品の子羊ではなく、神の子ご自身が殺され、門柱ならぬ十字架に自らの血を塗ることによって、全人類の罰を受けるためでした。そのキリストの復活を祝うのが、復活祭、イースターです。
歴史を通して、エキソダスは、奴隷解放や自由の象徴になりました。黒人霊歌もその一つの例です。「モーセよ、エジプトの地に行ってファラオに告げよ。『私の民を去らせよ』と。」この歌詞は、聖書から来た言葉です。逃亡奴隷だったハリエット・タブマンは、女性でしたが、黒人モーセと呼ばれ、多くの黒人奴隷の逃亡を助けました。彼らは、「モーセよ、行け」を、暗号の合言葉として使いました。
米国建国の父であるトマス・ジェファソンとベンジャミン・フランクリンも、米国国璽に、エキソダスをテーマにしたデザインを提案しました。イギリスからの独立とエキソダスが重なったのでしょう。このデザインは、結局採用されませんでしたが、そこには、「暴君への抵抗は、神への従順である」という言葉が刻まれていました。
ピュー・リサーチは、「あなたの人生を意味ある、充実した、満足できるものにするのは何ですか」と言う国際的なアンケート結果を発表しています。17のオプションの中から複数選ぶもので、最もよく選ばれたのが、家族と子供だそうです。それ以外が1番になった国は、スペインの健康、韓国の物質的幸福、台湾の社会だそうです。米国では、家族の次が友だちで、その次が物質的幸福。日本は、家族の次が物質的幸福で、3番目が健康だそうです。仕事が2~3番目に来る国も多数ありました。
案外少なかったのが自由です。最も多かったオランダでも、答の一つに選んだ人は20%、自由の国アメリカは10%、日本は6%で、イギリスとシンガポールは5%しかありませんでした。ピュー・リサーチは、アンケートを取ったほとんどの国で、自由が当たり前になっているからではないかと分析しています。
しかし、ロシアに侵攻されたウクライナでは、当たり前ではなくなりました。キエフ市長が、ロシアの奴隷になるくらいなら、死んだほうがましだと、会見で述べました。米国独立戦争の時、パトリック・ヘンリーも「我らに自由を与えよ、さもなくば死を」を言う、有名な演説をしました。ウクライナ人も、同じ気持ちで戦っているのでしょう。米軍にしか占領されたことのない私たち日本人には、理解が難しいかもしれません。
エキソダスは、ユダヤ人のアイデンティティーを確立する歴史的な出来事でした。ウクライナも、占領されてウクライナのアイデンティティーを抹消されるどころか、一層確立されています。
ウクライナの復活祭は、ソビエト連邦時代、抑圧されていましたが、1991年の独立後、「復活」しました。今年の復活祭は4月17日ですが、ウクライナ正教会では、24日に祝われるそうです。
小さな奇蹟で大きな後悔を免れる
アメリカにリーダーズ・ダイジェストと言う有名な雑誌があります。他の雑誌の長い記事を短くして読みやすくしてあるそうです。私はほとんど読んだことはありませんが、ある日、クリニックで自分の番を待っていたとき、置いてあったリーダーズ・ダイジェストを読んだことがありました。アメリカ人の大多数が、神が介入してくれたとしか思えない体験をしたことがあるという記事です。統計のパーセンテージなどは覚えていませんが、「大多数」だったことは覚えています。
私もそういう体験をしたことは何度もあり、そのいくつかはブログにも書きました。中には、「奇跡的」と言っても過言ではないものもありますが、それほどではないものもあります。奇蹟的な介入ではなくても、その結果すごく助かることはありますし、後になってその本当のありがたさを理解できることもあります。
去年11月、母が誤嚥性肺炎で入院し、救急病院の医者には、「明日亡くなるかもしれないし、2か月後かも知れない。でも、98歳というお歳を考えると、そう長くはないでしょう。」と言われました。
数日後、いつ亡くなってもおかしくないという山は越えたのですが、医者から、胃瘻をするかどうか決めてくださいと言われました。その時は、流動食で一日500カロリーほどしか取れておらず、点滴で何とか栄養を補給していました。そのうち点滴のできる血管がなくなるので、胃瘻をするなら、一週間以内に決めてくださいとのことでした。
本人は延命処置を願っていなかったので、胃瘻は延命処置ですかと聞いたところ、医者によって判断は違うというのです。このような場合、普通、ご家族はどのような決断をしていますかと聞くと、私の母のように意識がある場合は、栄養失調で弱って行くのを見るのは忍びないので、なさる方の方が多いですとのことでした。私は、一週間母の様子を見て決めることにしました。
一週間後の12月6日は月曜日でした。土日は面会できないので、三日ぶりの面会でした。母の容態を見てから、医者に胃瘻に関する決断を伝えるつもりでした。意識が戻ってきたとはいえ、妄想がひどく、認知症が進んでいるようでした。母の大の仲良しのお友達とラインで話したいかと聞いて、その人は誰かと聞かれたときには、ちょっとショックでした。その母の言葉を聞いて、もう胃瘻などしない方がいいのではないかと、心が傾きました。
胃瘻について医者と話したいと看護師に伝えたところ、その日はもう帰られたとのことでした。翌日会えると思うが、時間を看護師が勝手に決めるわけにはいかないので、明日医者の都合を聞いてお電話しますとのこと。
翌日、私は午後に自分自身の健康診断があったので、母とは午前中しか面会ができませんでした。12時近くまで待って病院から連絡がなければ、医師との面会ができるかどうかに関係なく、母を見舞いに行くつもりでした。朝10時前、何か食べようかと思って台所に行ったのですが、携帯のバッテリーが減っているかもしれないことを思い出して、充電しておこうと思いました。
すると、もう切れていたのです。私は米国の携帯と日本の携帯を持っていますが、ラインは米国で使っている携帯にしか入れていません。前日、母のお友達にラインしたとき、日本の携帯をホットスポットとして使ったのですが、後でそれを消すのを忘れていて、電池が切れてしまったのです。もしかしたらもう病院から電話がかかってきたのかもしれないと思い、医師との面会時間が過ぎていたらどうしようと案じながら、すぐに充電を始めました。
数分待って携帯をオンにし、ボイスメールや不在通知がないのを見て一安心した途端、病院から電話がかかってきて、今から来ることはできますかと聞かれました。すごいタイミングだなと思いながら、すぐに病院に行って、先に母と面会するつもりでいました。もう一度母の様子を見て、改善していないようなら、胃瘻は断るつもりでいたのです。
ところが母はリハビリに行って、病室にいませんでした。看護師に、先に先生と話しますかと聞かれたので、母を待ちますと答えたのですが、1階からほかの看護師が上がってきて、先生がお待ちですと言われました。
仕方がないので医者と先に会って、母の認知症が進んでいるようなので、胃瘻を迷っていると話しました。すると医者は、以前は全く中立の立場の説明しかしてくれませんでしたが、正直言って、このお歳で胃瘻をしても、大して変わりはないと思いますと、本音を言ってくれました。そんなことより、本人は家に帰りたいというので、病院にできる治療も限られているし、ご自宅で安らかに短い余命を過ごされた方がいいのではないかと言うのです。私もそれに合意しました。
そのすぐ後、母と面会したところ、いきなり、「お母さんはちょっとおかしい」と言うのです。私が80代前半で、母が80代後半だと思っていたが、親子でそんなに年が近いわけがないと言うのです。実際の年を教えて、自分がおかしいと分かるだけでも祝福だよと、声をかけてあげました。混乱することがあっても、神様に任せて、心配しなくてもいいよと言ったら、いつもお祈りしているから大丈夫だと答えました。まだ記憶が混乱していましたが、自分の記憶がおかしいと分かったのは、入院後初めてでした。
その時思ったのですが、先に母に会っていれば、私は胃瘻を依頼したと思います。そうすれば、医師の本音も聞けなかったでしょう。一日でこんなに回復したのなら、胃瘻を頼んでおけばよかったと考えることもできたでしょう。しかし、医者と先に会うことになったタイミングも、電話のタイミングのように、全て神が手配してくれたことのように感じ、心に平安がありました。
実はこの話にはちょっと落ちがあって、私は午後検診があったので、朝ごはん以降何も食べてはいけなかったのです。それを忘れて何か食べようとしたときに、携帯のことをリマインドしてくれたのも、絶妙のタイミングでした。
母は1月5日に退院しました。一日に最低800カロリーは取らないといけないと言われていましたが、600カロリーくらいしか取れていませんでした。退院してすぐ、訪問医療が始まり、血液検査をしてくれました。その翌週も、訪問医療の医者が来て、血液検査の結果、脱水状態だということが分かったので、点滴をすると言われました。母は、血液検査をするだけで出血するほど、血管が弱っていましたし、入院中長い間点滴をして、注射できる血管を見つけるのが大変でした。
しかし、その頃には既に800カロリーほど摂取できるようになっていましたし、水分もかなり取れていました。摂取量は毎日記録を取っていましたので、それを医者に見せたところ、これなら大丈夫と言うことで、結局点滴はしなくて済みました。
その後も順調に回復し、摂取カロリーも水分も、退院時の倍になり、元気に過ごしています。記憶力も、ほぼ入院前の状態に戻り、物忘れはありますが、妄想はすっかりなくなりました。2か月も持たないだろうという医者の予想は外れました。短い余生を、胃瘻なしに過ごしてもらおうと思った私の思惑も大外れで、近いうちに新しい入れ歯ができて、食べられるものも増えそうです。私を導いてくれた、あの決断の日の小さな奇蹟がなかったら、今頃は大きな後悔をしていたかもしれません。