大野純司のブログ -14ページ目

タイでの9回目のボランティア活動

 私は、2012年から毎年タイでボランティア活動をしています。2019年が8回目でしたが、コロナで3年空いて、今年の1月、やっと行くことができました。ミャンマーとの国境にある教会が二つの孤児院を運営しているのですが、いつものように孤児院に泊って、子供たちと過ごしました。

 2つの孤児院は、ホーム・オブ・ホープ(希望の家)という男女共学の孤児院と、グレイス・ハウス(恵みの家)という女の子専用の孤児院です。後者は、人身売買の犠牲になりそうな危険性を持っている子や、トラウマがある子が入るものです。ホーム・オブ・ホープの方は、今まで女の子の方が多かったのですが、今年度は逆転して、男の子が9人、女の子が4人になりました。

 パンデミックで来ることができなかった間に、多くの子供たちが卒業し、その多くは大学に行っています。メーソットにはほとんど大学がないので、彼らは全員他の都市に引っ越しており、会うことができなくて残念です。

 2017年に行ったとき、パスートとマウワウ兄弟が孤児院に入ったばかりでした。その時に買ってあげた冷蔵庫の前で写真を撮ったのですが、2019年に行ったときには見違えるように成長していたので、また同じ冷蔵庫の前で写真を撮りました。今回は、3年ちょっと会ってなかったので、さらに見違えるように成長いていました。また同じように冷蔵庫の前で写真を撮ろうと思って彼らを呼んだら、彼らも私が何をしたいか分かったようで、すぐに冷蔵庫の前に並んでくれました。

2017年

2019年

2023年

 今回初めて会う子供たちもたくさんいました。その一人が9歳のシャンプヌットちゃんで、私たちがサポートしている子です。8人兄弟の末っ子で、お兄さんで11歳のディレット君と、お姉さんで16歳のサーちゃんも孤児院に入っています。他の5人はもう自立しているようです。車で30分ほどのところにある実家は農家ですが、お父さんが亡くなり、生活が苦しいので、預けられました。

サーちゃん(左)とシャンプヌットちゃん

サーちゃん(左)とシャンプヌットちゃん

 ある晩、3人を連れて食事に行きました。KFCに行きたいというので、町一番のショッピングセンターに行って、食事の後ゲームセンターで遊んで、アイスクリームを食べて帰りました。

 この子たちは英語が全くしゃべれないので、去年5月に入ったばかりのノックちゃんにも来てもらい、通訳をしてもらいました。ノックとは鳥という意味で、タイのノックエアーという航空会社の名前と同じです。

 ノックちゃんは、中学2年生とは思えないほど英語が上手で、しっかりした良い子です。実は16歳で、本来なら高校1年生ですが、自分が生まれ育った村に中学校がなく、21年にお姉さんのフォンちゃんとメーソットに引っ越してきて入学しました。

フォンちゃん(左)とノックちゃん

 ご両親は離婚しています。お母さんの職場の上司が二人の娘に手を出そうとしたのが、二人がメーソットに引っ越したきっかけでした。実家は車で30分ほどの場所なので、お母さんは、休みには二人に帰って欲しいそうですが、二人はもう帰りたくないそうです。

 ノックちゃんが中学2年生なのはそのためで、フォンちゃんは中学3年から編入し、今は高校1年生です。中学や高校のない田舎の村から来る子が学校の寮に住むことは珍しくはありません。寮と言っても、コンクリートの床に二段ベッドが置いてあるだけの粗末な部屋で、私たちが想像する寮とは大違いです。

 しかし、この二人はタイ生まれのミャンマー人で、タイの公立学校で教育を受ける権利はなく、寮費を払わなければならないのです。学校が孤児院に連絡して二人を引き取ってもらったのも、どうやら二人の国籍が理由のようです。

 孤児院のあるメーソット市は、ミャンマーとの国境にある町で、ミャンマーからの難民が多く住んでいます。教会は、タイ語が喋れない子供たちのための学校の運営にも携わっています。

 ミャンマー人であることは、成人してからの彼女たちの人生にも重くのしかかってくるでしょう。学生である間は、合法的にメーソットの学校に行くことができるそうです。聞いたところによると、卒業後は、学校の先生になる以外、ビザは下りないそうです。誰も、あまり正確な情報は持ってないようですし、言葉の壁もあるので、これらの情報の信憑性については、自信がありません。

 二人は、タイで生まれ育ったので、たぶんビルマ語は喋れないでしょう。彼女たちにとって、ミャンマーは外国です。しかし、タイで生活するためには、潜りで働くよりほかありません。賃金は安く、彼女たちのお母さんも、貧しい生活をしており、上司が娘たちに手を出そうとしても、何もできなかったのかもしれません。

 この二人は孤児院に入って間もないので、まだサポートしてくれる人が見つかっていません。宣教師のマイクさんが自腹を切って彼女たちの生活費を出していますが、サポートしたいという方がいらっしゃったらご連絡ください。月$100です。連絡先は、コメント欄か、junjikathy@yahoo.co.jpにどうぞ。

イラン女子空手選手団:ヒジャブを着けると大会に出られない

 クリスマスおめでとうございます。まずは短い近況報告から。

 私は11月中旬に帰省し、3か月母の介護をしてくれた家内とバトンタッチ。家内は、言葉が通じないにもかかわらず、よく母の面倒を見てくれ、99歳の母もますます元気になり、体重も増えました。

 しかし、家内は寒い日本にいる間、喘息が悪化しました。ハワイに帰って火山噴火があり、硫黄アレルギーの家内は、喘息の発作で夜中に救急病院へ。行ってなかったら危ないところだったと思いますが、今はもうほとんど回復しました。

 

 今から約15年前、あるキリスト教の団体のボランティアでインドのハイデラバードに行った時の話です。ご存じのように、インドにはカースト制度があり、主に四つの階層がありますが、そのどれにも入らない、日本の部落民のような人たちが多くいます。その人たちのための人道支援と宣教が目的でした。

 ホテルに現地の方が迎えに来てくれて、ハワイのレイのようなものを私たちの首にかけてくれました。レイは輪になっていますが、これは2メートル近いものを首にかけるだけです。

 ロビーに何十人もの若い中近東の女性がいて、「わー、きれい」と言って集まってきました。みんなスポーツウェアを着ていましたが、中にはかなりお化粧の厚い人もいました。私は、きれいなのは私じゃなくて花だと言うことは分かっていても、多くの若い女性たちに囲まれて、まるでセレブ気分。話を聞くと、イランの女子空手選手団だそうです。私たちが空手の御本家の日本人であると知って、ますます話が弾みました。

 ハイデラバードの大会に着たそうですが、日本にも行く話があったそうです。しかし、ヒジャブ(イスラム教徒が女性の髪を隠すためにするスカーフ)をして空手をすることが日本では許されなかったので、断念したそうです。イスラマバードのように、~バードと言う名前の町は、イスラム教徒の町だそうで、ハイデラバードではヒジャブを着けても空手ができたのかもしれません。

 私は、宗教や文化の違いに気を使って、「そのくらい許してくれればいいのにね」と言ったのですが、それに対する彼女たちの答に驚きました。

 「こんなもの、私たちもしたくはないのよ。」

 

 最近イランでヒジャブの着け方がよくないと言う理由で若い女性が留置されて、急死し、反政府デモが続いています。15年前は、この子たちは例外的な存在かもしれないと思っていたのですが、どうやらそんなことはなさそうです。

 今年は、いや今年も、ウクライナでの戦争など、世界中で争いが絶えません。私たち一人一人が、世界の自由と平和のために、何か自分にできることをしていきたいものだと思います。

 「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

 (ルカによる福音書2章14節、キリストの誕生を祝う讃美歌)

米国の正直不動産

 2000年10月のある朝早く、シカゴの通訳派遣会社から、その日から3日間、ワイキキでセミナーの通訳をしてくれないかと言う電話がありました。随分急な話でしたが、何か手違いがあったようで、通訳の手配を前もってしていなかったようです。

 当時、私は病院や警察などで通訳をする非営利団体で働いていましたが、自分が通訳であることを宣伝していたわけではありませんので、どうやって私の連絡先を見つけたのかは分かりません。たぶん、誰かほかの通訳に問い合わせて、その人ができなかったので代わりに私の連絡先を教えてくれたのでしょう。私はすぐに準備をして、ワイキキに行きました。

 そこで待っていたのが、IREM(全米不動産管理協会)の講師、ジーン・パウエル氏でした。彼は、12人の日本の不動産管理業者に、不動産管理士の職業倫理の講義をしてくれたのですが、参加者全員、大きな感銘を受けました。

 彼らは、11月にもサンフランシスコで金融に関する授業を受けたのですが、その時の通訳があまり上手ではなかったそうです。授業内容がさっぱりわからないので別の人に代わってもらったのですが、それでもあまり通じませんでした。

 翌年、IREMの全授業を、米国で受けるのではなく、日本で始めることになりました。日本で大々的に授業を始めるにあたって、サンフランシスコで起きたようなことがあると困ると言うことで、旅費を払って私を呼んでくれるようになりました。

 

 当時、私は不動産投資をしながら牧師をしていました。私は、教会の献金の半分近くが私の給料に使われていることが心苦しく、給与を辞退したばかりでした。とは言え、私が所有していたアパートは毎年のように天災人災で赤字が続いていたのです。通訳派遣の非営利団体の仕事は、社会奉仕を兼ねてやっていたのですが、アルバイト程度の収入しかありませんでした。

 しかし、IREMからその全授業の通訳と教科書の翻訳を頼まれたおかげで、私の経済状況は一転しました。何のあてもなく教会からの給料を辞退したのですが、絶妙のタイミングでした。

 こうして、毎年パウエル先生や他の米人講師の授業の通訳をするようになりました。他の授業は、日本人講師も誕生して、私の出番はだんだんと減りましたが、倫理の授業だけは彼に続けてもらいたいと、みんなが思っていました。10年以上続いたと思いますが、年齢的に継続することが難しくなりましたので、日本人講師が倫理の授業も教えるようになりました。

 その後も、当時の受講生との私的な交流は続いていましたが、今年9月、心臓手術後、そのかいもなく、亡くなりました。11月5日に彼の「人生を祝う会」が開かれ、日本からも、私以外に、歴代のIREM日本支部長がお二人出席しました。このような会に海外から参加者が来るような人は、そう多くはいないでしょう。百人近くの家族やお友達が参加していましたが、皆本当に親しくしていた方々ばかりで、義理で参加していたような方はいませんでした。

 

 彼は、私たち夫婦が5年過ごしたセントルイスで生まれ育ちました。ご両親が離婚し、高校生の時から自活を強いられたそうです。しかし、高校のアメフト、野球、バスケットボール部のキャプテン、学校新聞の編集長、討論クラブ部長、生徒会長を務めたほど、若い時からリーダーシップを発揮した人でした。また、両親に関して愚痴を言うこともなかったそうです。

 彼は、群を抜いたアスリートでしたが、スポーツではなく、その成績のゆえに、アイビーリーグの一つであるダートマス大学に、全額支給奨学金をもらって入学しました。アイビーリーグは、ハーバードやエール大学なども入っており、日本でいう東京六大学のようなものです。

 彼は、大学を卒業したのち、セントルイス・カーディナルズと契約することになっていました。ポジションはショート、契約金は、当時としてはかなり高い$10万だったそうです。米国に、予備役将校訓練団(ROTC)と言うのがあり、多くの学生が参加しますが、彼も参加してパラシュートの訓練中、事故に遭い、腰を痛めて野球人生を断念しなければなりませんでした。

 彼は、後に米国最大の居住系不動産管理会社の社長になりましたが、弁護士や政治家を相手にすることが増え、あまり面白くはなかったと言っていました。結局、その会社を辞め、自分で不動産投資を始めて、富を築いたのです。彼は非常に聡明な人ではありましたが、彼の成功の最大の理由は、彼の正直さと誠実さだったと思います。彼は、一度も訴えられたことがないと言うことを自慢していましたが、彼の会社の規模を考えると、これは驚くべきことです。

 

 彼の倫理の授業の中で、経験に基づいた実話をいくつも聞くことができましたが、今日はその中から二つお話ししたいと思います。二つとも、カーペットに関する話です。最初の話は、教訓としてではなく、単に笑える話として共有してくれました。

 彼の管理会社は、管理物件のために巨額のカーペットを購入していました。あるカーペット製造会社が、プライベート・ジェットで、彼と社員二人を迎えに来て、会社に招待してくれました。その晩、ホテルのドアをノックする音が聞こえたので開けてみると、若い美しい女性が立っていたそうです。聞くまでもなく、カーペットの会社が雇った売春婦でした。

 これに甘んじると、クライアントにとって最善の取引をすることができなくなりますので、彼は丁重にその女性のサービスをお断りしました。もう一人の社員も同じことをしたそうです。しかし、3人目の社員は、カーペット購入の意思決定には関わらない立場でしたので、「ご厚意」に甘えて問題ないと判断したのです。断られた二人の女性も、そのまま帰るわけにもいかず、この3人目の社員の部屋に合流しました。と言うわけで、このラッキーな社員、3人の高級娼婦と一晩過ごすことができたと言うわけ。

 もう一つの話は、授業内容にもっと似通ったものでした。年末のある日、カーペット製造業者から、すべてがパックされたハワイ旅行二人分が送られてきました。カーペットをたくさん購入してくれたので、そのお礼だと言うことでした。しかし、これを受け取ると、来年もハワイに行きたくて同じ会社から購入したと疑われる可能性がありますし、どうすればよいか考えました。

 そもそも、カーペットを購入したのはオーナーたちです。そこで、オーナー全員に手紙を書き、事情を説明し、くじ引きでどのオーナーにこの旅券を上げるか決めたいと思うが、それでよいかどうかを聞いたのです。

 多くのオーナーは、そんなことしなくてもいいから、あなたが使ってくださいと言う返事でした。しかし、そうして欲しいというオーナーもいましたので、くじ引きをすることになったのです。権利放棄をしたオーナーは、オーナーの名前の代わりに、管理会社の社員の名前を書き込みました。彼は、自分の名前はくじ引きの中に入れなかったそうです。こうして、彼の社員にハワイ旅行が当たりました。

 どちらの話も、不動産管理で最もよく問題になる利益相反の例話です。高級娼婦の話は、誘惑自体は強かったと思いますし、それを断ったと言うことは素晴らしいことですが、断るべきだと言うことは誰にでもわかると思います。そもそも、女遊びをすること自体、道徳的ではありません。しかし、後者の話は、そこまでして利益相反を避けると言う彼のバカ正直さに感嘆させられました。私だったら、そんなこと思いつきもしなかったでしょう。

 彼の教訓に与れたことを、光栄に思っています。彼こそ本当の正直不動産です。