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jun2980さんのブログ

 何にでも興味をもっています。今、ミステリー小説の連載中です。また、韓国ドラマ、良い加減料理や難病の膠原病をテーマに写真なども載せながらつぶやいています。皆さんのペタやコメントが励みになります。どうぞよろしくお願い致します。



       第22話 
    

先に目を逸らしたのは僕の方からだった。

朔の刺すような視線に息が出来なくなったのだ。

ここで、萌子さんのご主人を殺したのは僕ではないと、否定すれば、朔は納得して引き下がってくれるのだろうか。

それとも、認めて、この鉛のような重たい荷物を降ろせば、楽になるのだろうか。

気まずい空気の中で、2人は黙っていた。

このまま、映画のエンディングのように映像が小さくなってフェドアウトしてくれたなら、どんなにいいだろう。

僕は次第に緊張感に耐えられなくなり、可笑しさが込み上げてきた。

僕はゲラゲラと声を上げて笑った。

笑いながら、僕は否定することを決めたのだった。

「朔、何を言い出すんだ」

そう言うと、僕はまた声を上げて笑った。

朔はそんな僕を憐れむように凝視していた。

「それなら、いいんだ」

「それならいいって…朔、何を根拠にそんなこと言い出したんだ?」

「見たからさ」

「何を?」

内心、ドキリとしながらも僕はとぼけた。

「あの夜、秀と実亜ちゃんが、廊下で出くわしてから…」

朔は焼酎のグラスをあおった。

「一度、2人は自分たちの部屋に戻って行ったよな。そして、すぐ、秀は萌子さんの部屋に入って行った」

僕の顔から笑いが消えていくのが分かった。

「それで?俺が殺したということになるのか?」

「実亜ちゃんが殺したと言っているのだから、実亜ちゃんが殺したんだろう。ただし、先にな」

「だから、朔、何を言いたいんだ?」

僕は苛づいてきていた。

「はっきり、言えよ。奥歯に物が挟まった言い方をするなよ」

声を荒げている自分に、自分でも狼狽していた。
 
朔の目が悲しげに僕を見つめたが、すぐに視線を落とした。

「萌子さんの悲鳴を聞いて、部屋に入った時だ。俺は横たわっているご主人の死を確かめるために近づいた。首に巻かれているヒモの後が残っていた。躊躇いの締め後があった」

「躊躇いの締め後?」

「あの時、俺は咄嗟に『実亜ちゃんが殺したのか』って訊いた」

僕は頷いた。

「でもな、秀」そう言うと、朔は顔を上げて、僕を真っ直ぐに見た。

「俺には、秀の動揺している顔が『殺したのは俺だ』と言っているのが分かったんだ」

僕は不敵な笑いを浮かべていたと思う。

「長い付き合いだからさ。俺と秀は」

僕は何か言葉にしようとしたが、声にならなかった。

朔は姿勢を正すと、

「秀が再び、萌子さんの部屋に入って行ったとき、俺はドアの外で聞いてしまったんだ。ご主人の苦しがるうめき声をな」

朔は立ち上がった。

「帰るよ」

朔は踵を返すと玄関に続く廊下に向かった。

そして、振り替え座観に、

「秀。一事不再理があるから、安心しろ」

「…一事不再理」

僕は口ごもった。

一事不再理とはある刑事事件の裁判について、確定した判決がある場合には、その事件について再度、実体審理をすることは許さないとする刑事訴訟法の原則だ。


朔が帰った後、しばらくの間、僕はぐったりとして身体を椅子にゆだねていた。

あの日の夜中、僕は萌子さんと唇を重ね合い、つかの間の甘味な愛に酔っていた。

そして、二階に上がって来た時、血の気のない実亜に出くわした。

自分たちの部屋に戻ると、実亜は僕にしがみついてきて、泣きじゃくった。

「殺してしまった」

実亜の告白に僕は衝撃を受けた。

実亜をベッドに座らせると、「見てくる」そう言って、萌子さんの部屋に入って行った。

ご主人の鼻に耳を近づけると、ご主人は息をしていた。

気絶しているだけだった。

僕は何を考えたのだろう。

自分でも分からない。

ただ、ご主人に生き返ってもらったら困る…

ご主人の存在を消したい。

だからと言って、萌子さんと結ばれると思った訳ではない。

愚かなことに、僕は殺したほうが実亜のためになると思ってしまったのだ。

萌子さんのご主人として憎かったのではない。

僕の憎悪は実亜の脅迫者として牙を向いたのだ。

僕は思いっきり、ご主人の首を締め直していた。

僕は部屋に戻ると「死んでいたよ」と実亜に告げた。

実亜は恐ろしさのあまりなのか、放心状態になっていた。

僕は実亜を力いっぱい抱きしめた。

僕は卑怯で狡い人間に化していた。


         続く

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。

コメントをいただけましたら嬉しいです。  


        愛川るな 



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ライラックまつりに行って来ました





ところが、最終日の今日、400本あるはずの木は10本ほどしか、花を付けていませんでした。

おまけに今日は寒くて、寒くて。

会場になっている大通り西7丁目から西4丁目まで、東に向かって歩いたのですが、寒さに我慢出来なくて、早々に地下街に潜りました。

本当に寒かった。。。

リラ冷えの季節だということを実感しました。

ライラックはフランス語でリラ。

今では季語にも使われる「リラ冷え


造語した人は作家の渡辺淳一さん。

札幌医大病院で整形外科医をしていた人です。

1971年に出版された「リラ冷えの街」のリラ冷えがここまで浸透した
のも頷けます。

それまで20℃あった気温がライラックが咲く頃、オホーツク海側からの冷たい風の影響で10℃ぐらいまで、冷え込むのです。

本当に寒かった。

しかしながら、骨董市が開かれている前はやはり素通り出来ませんでした。

断捨離で食器も処分しました。

そうしたら、好きなカップが見つかってしまいました。



この絵のデザインとフォルムに一目惚れしてしまいました。



しかも、この値段がまた上出来で、
5客セットで1000円だったんです。

寒くてライラックまつりどころではなかったのですが、ま、今日はこのカップに出会えたので、満足です。



        愛川るな 



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ライラックまつりに行こうと計画をしていたのですが、天気予報では「くもり雨

それで、ライラックまつり行きを明日に変更したのですが、それがまた今日は最高に好い晴れでした。

天気予報はずれ~

まあ、いいや。

その分、断捨離したので。

と言っても。。。

本の断捨離に挑んだのですが、内容を確かめている途中、どうしても読みふけってしまうので、止めました


で、服の方に移りましたが、また、そこでも迷ってしまい。。。

思いっきりが出来ない自分に呆れてしまいました。

断捨離をすることで、必要なものが入ってくるわけですが、どうして私は優柔不断なんでしょう。

ところで、先日、友達に、私が断捨離をしている話しをしたら、キラキラ光った蛙のキーホルダーをプレゼントしてくれました。




断捨離をすることで、カエル。。。
帰る。変える。替える。代える。換える。還る。孵る。 

なるほど…

それにしても、クマさんや犬、猫のキーホルダーはありますが、蛙のキーホルダーは珍しい。

私の苦手な両生類ですが、その他にも爬虫類、昆虫類、そしてこの世で最も嫌いなのが、蜘蛛類。

でも、この蛙は可愛いドキドキ

私のお守りです。



        愛川るな 



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『イムジン河』

1968年2月20日に、このレコードは発売中止になりました。

そして、放送禁止歌となるわけです。

この『イムジン河』は、もともと北朝鮮で、有名な曲だったそうです。

イムジン河で分断された朝鮮半島についての曲です。

発売自粛の理由は、レコード会社が国交のない北朝鮮の名を出すことに躊躇したらしいです。

また、大韓民国も北朝鮮の曲が日本国内でヒットするのを望まなくて、レコード会社に圧力をかけたとか…

当時、1968年、私は小学校6年生でした。

ラジオから聴こえてくる『イムジン河』の悲しいメロディーに強く惹かれました。

その頃、ラジオの深夜放送で必ず流れていたので、いつも、聴いていました。

ある日、急に『イムジン河』の曲が流れなくなり、その理由が放送禁止歌だからと聞いても、世の中のことをよく識らない私は、漠然と受け止めていたように思います。

世界の平和とか、世界は一つとかいっても、所詮は政治がらみで、いい歌さえ、聴くことができなくなってしまう…寂しいことです。

さて、ザ・フォーク・クルセーダースは、発売禁止になってしまた『イムジン河』の代わりに、急遽、違う歌を作ることになります。

それが、『悲しくてやりきれない』

この歌も私は大好きです。

作曲を強いられた加藤和彦さんが、『イムジン河』のメロディーを逆回転させたイメージで作ったそうです。

作詞がお母さんの詩で有名なサトウハチローさんです。

私としては意外なコラボなので、新鮮味を感じました。






フォーク・クルセダーズ / 悲しくてやりきれない 投稿者 jrapaka3


『イムジン河』

作詞・朴世永 作曲・高宗漢

日本語歌詞・松本猛


イムジン河 水清く とうとう流る
水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
我が祖国 南の地 想いははるか
イムジン河 水清く とうとう流る

北の大地から 南の空へ
飛びゆく鳥よ 自由の使者よ
誰が祖国を 二つに分けてしまったの
誰が祖国を 分けてしまったの 

イムジン河 空高く 虹よかかっておくれ
河よ 想いを伝えておくれ
ふるさとを いつまでも忘れはしない
イムジン河 水清く とうとう流る



『悲しくてやりきれない』

作詞・サトウハチロー
作曲・加藤和彦


胸にしみる 空の輝き
今日も遠くながめ 涙を流す
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このやるせない モヤモヤを
誰かに告げようか

白い雲は 流れ流れて
今日も夢はもつれ わびしくゆれる
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
この限りない むなしさの
救いはないだろうか

深い森の 緑にだかれ
今日も風の唄に しみじみ嘆く
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このもえたぎる 苦しさは
明日も続くのか



ザ・フォーク・クルセーダースのメンバーは加藤和彦、はしだのりひこ・北山修の3人でした。

1967年、学生運動が盛んな時代、大学に行けないということで、一年間の約束で結成されました。

たった、一年間で数々のヒット曲を飛ばしたのです。

私がとにかく、驚いて尊敬したのが、北山修さん。

解散後、大学に入り、精神科医になったのには、本当にびっくりしました。

彼の潔さ、生きる道標がしっかりしていることに憧れました。

2002年11月17日に、はしだのりひこさんに変わって、THE ALFEEの坂崎幸之助さんが加わり、一度切りの再結成コンサートが開かれました。

放送禁止歌とされていた『イムジン河』が解禁になったのです。

時代が変わったことを認識しました。

BSテレビでオンエアされたのを、胸をドキドキさせて視たのが、昨日のことのようです。

でも、残念なことに、2009年10月17に、加藤和彦さんが自ら命を絶って、天国へ行ってしまいました。

メンバーの北山修さんが精神科医たったのに…なんて皮肉なことなんでしょう。

話しが、逸れてしまったようです。

         愛川るな



昨日の金環日食はサラダになりました。



太陽役の人参は丸ごとボイルして、フードプロセッサーでスライスしたので、この大きさでも、柔らかく、美味しく食べられました。

月役をした小玉ねぎのスライスももちろん入っています。

後は、大豆、ピーマン、赤ワインで茹でた豚肉を加えました。

ドレッシングももちろん手作りです。

サラダ油にビネガー。

後は、ニンニク、玉ねぎのすり下ろしに醤油、塩、コショーで味つけをしました。

それに、さっきの材料を漬け込んで、冷蔵庫で一昼夜、冷やしました


今日は大好きな友達が遊びにきてくれたので、家でランチを一緒にしました。

で、「金環日食サラダ」をテーブルに。


ライ麦パン(夫作)



ごちそうさまでした。



         愛川るな 



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