小説(ミステリー) ブログランキングへ ポチッとしてくださいね。
Android携帯からの投稿
『イムジン河』
1968年2月20日に、このレコードは発売中止になりました。
そして、放送禁止歌となるわけです。
この『イムジン河』は、もともと北朝鮮で、有名な曲だったそうです。
イムジン河で分断された朝鮮半島についての曲です。
発売自粛の理由は、レコード会社が国交のない北朝鮮の名を出すことに躊躇したらしいです。
また、大韓民国も北朝鮮の曲が日本国内でヒットするのを望まなくて、レコード会社に圧力をかけたとか…
当時、1968年、私は小学校6年生でした。
ラジオから聴こえてくる『イムジン河』の悲しいメロディーに強く惹かれました。
その頃、ラジオの深夜放送で必ず流れていたので、いつも、聴いていました。
ある日、急に『イムジン河』の曲が流れなくなり、その理由が放送禁止歌だからと聞いても、世の中のことをよく識らない私は、漠然と受け止めていたように思います。
世界の平和とか、世界は一つとかいっても、所詮は政治がらみで、いい歌さえ、聴くことができなくなってしまう…寂しいことです。
さて、ザ・フォーク・クルセーダースは、発売禁止になってしまた『イムジン河』の代わりに、急遽、違う歌を作ることになります。
それが、『悲しくてやりきれない』
この歌も私は大好きです。
作曲を強いられた加藤和彦さんが、『イムジン河』のメロディーを逆回転させたイメージで作ったそうです。
作詞がお母さんの詩で有名なサトウハチローさんです。
私としては意外なコラボなので、新鮮味を感じました。
フォーク・クルセダーズ / 悲しくてやりきれない 投稿者 jrapaka3
『イムジン河』
作詞・朴世永 作曲・高宗漢
日本語歌詞・松本猛
イムジン河 水清く とうとう流る
水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
我が祖国 南の地 想いははるか
イムジン河 水清く とうとう流る
北の大地から 南の空へ
飛びゆく鳥よ 自由の使者よ
誰が祖国を 二つに分けてしまったの
誰が祖国を 分けてしまったの
イムジン河 空高く 虹よかかっておくれ
河よ 想いを伝えておくれ
ふるさとを いつまでも忘れはしない
イムジン河 水清く とうとう流る
『悲しくてやりきれない』
作詞・サトウハチロー
作曲・加藤和彦
胸にしみる 空の輝き
今日も遠くながめ 涙を流す
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このやるせない モヤモヤを
誰かに告げようか
白い雲は 流れ流れて
今日も夢はもつれ わびしくゆれる
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
この限りない むなしさの
救いはないだろうか
深い森の 緑にだかれ
今日も風の唄に しみじみ嘆く
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このもえたぎる 苦しさは
明日も続くのか
ザ・フォーク・クルセーダースのメンバーは加藤和彦、はしだのりひこ・北山修の3人でした。
1967年、学生運動が盛んな時代、大学に行けないということで、一年間の約束で結成されました。
たった、一年間で数々のヒット曲を飛ばしたのです。
私がとにかく、驚いて尊敬したのが、北山修さん。
解散後、大学に入り、精神科医になったのには、本当にびっくりしました。
彼の潔さ、生きる道標がしっかりしていることに憧れました。
2002年11月17日に、はしだのりひこさんに変わって、THE ALFEEの坂崎幸之助さんが加わり、一度切りの再結成コンサートが開かれました。
放送禁止歌とされていた『イムジン河』が解禁になったのです。
時代が変わったことを認識しました。
BSテレビでオンエアされたのを、胸をドキドキさせて視たのが、昨日のことのようです。
でも、残念なことに、2009年10月17に、加藤和彦さんが自ら命を絶って、天国へ行ってしまいました。
メンバーの北山修さんが精神科医たったのに…なんて皮肉なことなんでしょう。
話しが、逸れてしまったようです。
愛川るな