1月26日、出雲市平田文化館で恒例のスポーツ振興大会が開催され、令和5年に平田地域の学校やサークルに所属し、各種のスポーツ大会で優秀な成績をあげた個人62人と10団体が優秀競技者として、指導者として地域スポーツの普及・発展に貢献した1名が優秀指導者として表彰されました。令和5年は岡光信監督率いる伊野チームが第35回ねんりんピックえひめ大会のゲートボール競技で優勝、インターハイ女子柔道個人63kg級で平田高校の中島千波選手が入賞するなど、水泳や柔道、卓球、陸上などの競技で全国大会の入賞が4、中国ブロック大会の上位入賞が24に上り、荒木修司出雲市体育協会平田支部長は「スポーツにはコロナ禍を脱した地域社会を元気にする力がある」と挨拶しました。式典後には、大阪産業大学の三村覚教授が「アスリートの『こころを強くすること』はできるのか」と題する講演を行いました。三村教授は陸上短距離の選手で、平田中学校から大社高、日本体育大学、日本大学大学院を経て2008年から現職に就き、JOCのメンタルトレーナーをつとめるなどスポーツ心理学(博士)の権威として活躍しています。講演で「人間のこころを強くすることはできないが、上手く使うことは訓練によってできるようになる」とし、「一般的な学習曲線の循環から考察すると、観察・分析・試行錯誤を経て次のステップに進むか限界を知るだ」と述べ、「こころの使い方を上手にすることは見方や考え方を(可能思考に)変えること」と結びました。
1月21日、松江市のホテル一畑で公益財団法人島根県スポーツ協会(会長;丸山達也島根県知事)の創立100周年記念式典が開催され、県内の地域スポーツ指導者や競技団体の代表など200名が出席しました。島根県スポーツ協会は大正13年に財団法人島根県体育協会として設立され、令和4年に島根県スポーツ協会に名称変更され現在に至っています。この日の式典では、水谷勲島根県なぎなた連盟名誉会長や片山正美島根県アイスホッケー連盟理事長など13名が特別表彰され、来賓の森岡裕策公益財団法人日本スポーツ協会専務理事は「島根県は『我が国近代スポーツの父』と言われる岸清一博士の出身地であり、協会の発展と来るべき国スポの成功を祈る」、園山島根県議会議長は「『負けに不思議な負けなし』と言われるが、強い競技力を培うため、関係者の不断の努力を求めたい」などと祝辞を述べました。出雲市のホテルでは島根県美容生活衛生同業組合出雲支部(樋野圭衣子支部長)の令和6年新年賀会が開催されました。コロナ禍により4年ぶりに開催された賀会では、飯塚俊之出雲市長が「年初の20才の集いを皆さんの尽力で盛大に祝うことができたことに感謝する」と挨拶し、会場は出席者の艶やかな着物姿もあって華やかな雰囲気が漂いました。1月20日には出雲市内のホテルで西山朋佳女流名人に福間香奈女流四冠が挑戦する 岡田美術館杯第50期女流名人戦第2局の前夜祭(激励会)が開催され、県内外の将棋愛好者など約100人が出席しました。出席者から結婚後初めての帰省となった福間4冠に祝意が寄せられる中で、アウェーの形となった西山女流名人は「最善を尽くす」と対局への抱負を述べました。翌日に「出雲文化伝承館」で行われた対局は、福間女流四冠が131手で西山女流名人に勝ち、女流名人位奪還に王手をかけました。
1月20日、益田市のホテルサンパレス益田で、令和5年秋の叙勲で自治功労により旭日小授章の栄に浴した田中八洲男前島根県議会議員の叙勲祝賀会が開催され、関係者130名が参加しました。田中さんは益田高校から東京大学理学部を経て三井化学㈱で研究員を務めた後、平成8年8月に益田市長、平成15年から島根県議会議員(5期)、令和3年から2年間議長を務め、この春に引退しました。発起人を代表して久城恵治島根県議会議員が「田中さんは20年ほど前に益田に帰省した自分に声をかけてくれた当時の市長で、政治の師とも言うべき存在で、永年に亘る地方自治への功績は絶大」と式辞を述べ、益田高校時代の担任教諭で、91歳の森田泰精後援会長が「今日まで田中さんを支えたのは昭和37年3月に卒業した同窓生で、妻の典子さんもその一人だ」と挨拶し、高見康裕衆議院議員、丸山達也島根県知事、園山繁県議会議長、山本浩章益田市長が祝辞を述べました。式典では、お孫さんから夫妻に花束、参加者の代表から茶道具一式が記念品として贈られ、田中さんは「旭日章は社会貢献に対する栄誉だが、政治家として選挙の洗礼を重ねることができたのは、永年、傍らで支えてくれた妻の典子さんと同窓生のおかげ」と謝辞を述べました。祝宴では鏡割りや益田地方の民謡にあわせた餅つきの実演などで盛り上がり、会場を埋めた参加者の賑やかな声が響きました。