小説家の宇江佐真理さんが11月7日に乳がんのため逝去したと報道されました。宇江佐さんは、人気シリーズの「髪結い伊三次捕物余話」や「泣きの銀次」「お針子おとせ吉原春秋」「なでしこ御用帖帖」「ほらふき茂平」「古手屋喜十為事覚え」「代書屋五郎太参る」など、江戸を舞台に市井に生きる男女を実に生き生きと描写した小説に仕上げた作家でした。宇江佐さんの経歴を読むと1949年函館に生まれ、函館大谷女子短期大学を卒業とあり、会社勤め、結婚、出産を経て33~34歳のころ作家に転じ、TVのインタビューで「家事をしながら、昼間の空いている時間を執筆に充てました。子どもが小さい頃、遊んでほしくて『お母さん、宿題やめて』と言われたこともあります。」と語っていました。小生は、公務で飛行機や鉄道に乗る際に買い求める文庫本のほとんどが宇江佐作品で、ほのぼのとした夫婦の会話や同心と岡っ引きのやりとりにふれることが楽しみでした。先般、文春に乳がんの闘病記が掲載され、心配はしていましたが、「おきゃあがれ」に代表される江戸期の江戸風俗を伝える小説家の早世は残念で、心からご冥福をお祈りいたします。合掌。
出雲大社の「大鳥居」は、大正4年に島根県出身で九州・小倉で財をなした小林徳一郎翁が寄進し、第80代出雲国造で司法大臣などを務めた千家尊福氏によって「神門通り」と名づけられた表参道のシンボルとなっていますが、11月7日、大鳥居の建立100年を祝って記念行事が行われました。出雲市大社町の吉兆館前のテントで行われた神事・式典には、出雲国造の千家尊祐、北島建孝両氏をはじめ島根県、出雲市、県議会、市議会出雲観光協会、大社町各町内会、出雲商工会、神門通り商店会などの関係者が参列しました。記念事業の実行委員長を務めた出雲商工会の室家隆一会長が「神門通りは平成の大 遷宮を期に大きく変わりつつあり、私たちは新たな100年の発展の歴史をつくるため精進したい」と式辞を述べ、出雲大社の千家宮司は「大遷宮を契機とした『蘇り』によって地域の活力が高まることはご神徳のいたすところ」と挨拶しました。前日の雨が上がり、薄日のもと、沿道を埋めた観客が見守る中で行われたパレードは、JR旧大社駅から吉兆館までは出雲商業高校のマーチングバンドが、吉兆館から出雲大社勢溜までは大社高校マーチングバンドがそれぞれ先導し、100歳となる夫婦の乗るオープンカーやハーレーダビッドソン、神楽のお囃子に続く花嫁道中が続きました。
11月7日は二十四節季で四立の一つである「立冬」。『暦便覧』には、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」とありますが、秋が深まり、朝夕の冷え込みが顕著で、野山の紅葉が鮮やかとなる時期です。北の地方か らは木枯らしや初霜、初雪のたよりも届きます。郵便局では年賀ハガキの販売、医療機関ではインフルエンザワクチンの予防注射の受付が始まりました。いつの間にか今年も暮れが近づき、スーパークールビズでノーネクタイが常態化していた服装も「衣替え」で、一足飛びに冬の準備が始まりました。出雲市の平田地方では西条柿から富有柿へ、松江市の東出雲地方では干し柿の生産が本格化、稲はでにかけられる作物は稲藁から大根や蕪に変わります。山陰の冬の味覚の代表と言えば松葉ガニですが、河豚や鮟鱇、鱈などの鍋物が美味しい季節になり、いよいよ忘年会のシーズン到来となりました。わが身を含め、くれぐれも、深酒と不摂生にはご注意あれ。