過疎地域自立促進特別措置法(過疎法)は、昭和45年に議員立法として制定された過疎地域対策緊急措置法の後継法として昭和55年に制定され、改訂・延長を経て令和3年3月31日に失効期日を迎えます。制定当初から50年となる過疎法の適用要件は、人口の減少率と財政力指数が基本要件で、対象となる市町村は地域社会の活力低下を防ぐための生産機能や生活環境に関わるハード整備に対する財政支援として過疎債の発行が認可されることとなりますが、少子高齢化の進行や市町村合併が考慮され、「一部過疎地域」や「みなし過疎地域」とする特例指定やハード事業に限定されていた過疎債の適用範囲が教育や福祉、生活交通などのソフト事業に拡充されています。過疎法は昭和38年の豪雪を機に人口が急減した島根県匹見町の大谷武嘉町長と田部長右衛門島根県知事が提唱した経緯から代々の島根県知事が主導的な役割を担ってきており、今後の人口対策の観点からも現在、自民党のプロジェクトチームで検討されているポスト過疎法の議論の行方に関心が高まるところです。6月2日には島根県庁講堂と自民党本部を結んで過疎法改定に関わるテレビ会議が開催され、長岡出雲市長や近藤安来市長、山崎飯南町長の3人が過疎地域が抱える課題や対処方法、ポスト過疎法に対する期待、要望などについて意見陳述しました。
「クールビズ」の定着で死語になりつつありますが、6月1日は「衣替え」の日です。四季のある日本では、古来(平安時代)から服装のみならず持ち物や建具、調度品などを入れ替えする風習がありましたが、空調機器の普及や「ノーネクタイ・ノージャケット」「自由服」などの導入でほとんど見られなくなりました。着物は「袷」「単衣」「薄物」の3つに区別できますが、冬には袷の着物に中綿を入れた丹前や半纏、羽織、袖なしなどを用意し、春には中綿を抜きますが、「四月一日」と書いて「わたぬき」と読むのはその名残りです。さて、安倍首相はさきの記者会見で、新型コロナウイルス感染の第2波に備えて「新しい日常」として「3密を避ける行動」を呼びかけました。2月27日から始まった「自粛」によって観光や接客、娯楽などの業種は瀕死となり、行動制限の長期化は交通関連分野にも大きな影響を及ぼしており、感染発覚から5カ月を経過してなお能動的な対応が示されないことに住民の不満が増嵩することは自明です。温暖化対策として提唱された「クールビズ」があっという間に定着して「衣替え」の風習が飛んだように、日本人の順応力は傑出したものがありますが、「新しい日常」が日本の文化である「接客(おもてなし)」を廃らせ、旅館や料亭、お茶屋などの衰退にリンクすることは避けなければなりません。
SNSで「 5月30日の午後に検察庁前でテンピンレートで麻雀をやろう」と呼び掛けるイベントが開催されたとあります。実際は、検察庁前の路上ではなく、日比谷公園で行われたようですが、週刊文春が報じた東京高検黒川弘務検事長の新聞記者宅での賭け麻雀は「テンピン(1000点=100円換算)はセーフ」とする基準が独り歩きする奇妙な結果となっています。マスコミや国会では2017年3月に陸上自衛隊青野原駐屯地内の生活隊舎で自衛官9人が賭け麻雀をして懲戒処分を受けたとして黒川検事長の訓告処分を不当とする指摘がされていますが、仕事場とプライベート空間での所作には大きな違いがあり、行政処分と刑事処分を混同した言論はいかがなものかと思います。朝日新聞は黒川検事長と麻雀を行った社員を停職1カ月の懲戒処分にしたと発表しましたが、新聞記者のみならずマスコミ関係に従事する人が取材対象とする政治家やネームバリューのある人と麻雀に興じることは珍しいことではなく、今回の賭け麻雀は東京地検に賭博行為として刑事告発されてはいますが、事件として警察や検察が関係者の逮捕や書類送検を行うかどうかは疑問で、新聞社の処分はいささか早計と考えます。外電では、韓国の命洙大法院長が「良い裁判は国民目線に立った判断」と述べたとありますが、価値判断の基準を法や正義でなく『世論』とする風潮を許容してはなりません。国会では黒川氏の賭け麻雀を賭博行為と厳しく糾弾・追求されていますが、周囲に同様事案があれば必ずブーメランとして帰ってくることは必至です。勤務時間中の賭け麻雀ならともかく、プライベートタイムの息抜きは『許容の範囲』としてけん責、戒告程度が妥当なところだと思うのですが…