雲南市の市長選挙は1月31日に投・開票が行われ、前島根県健康福祉部管理監の石飛厚志さんが11,619票を獲得し、元雲南市政策企画部長の佐藤満さんに1380票差で競り勝ち、当選を決めました。コロナ禍の中での突然の選挙は、現職市長の原仁史さんの傷害事件による逮捕・辞職もあって、永年、公務員をつとめた実務者同士の短期決戦となり、掲げた政策にも大きな違いはなく、現役の職を辞し、退路を断って選挙戦に臨んだ石飛さんの意欲に有権者の支持が傾いた結果だと思います。当選の日が市長就任の日となった石飛新市長は、息つく間もなく2月1日に初登庁し、就任式で市政運営のキーワードに「雲南プライド」を掲げ、「市民に誇りと自信をもっていただけるような雲南市を目指す」と述べたと報道されました。つい最近まで、県職員の仕事の傍らで、平成初年から居を湖遊館近辺に移し、アイスホッケーの選手、指導者として競技の普及と競技力向上に情熱を尽くしていただきましたが、今後は、活動のステージをリンクから市庁舎に移し、上杉鷹山の『煙草盆の種火』のごとく、新市長の思いが幕僚となる市職員から市民に伝わっていくように、成果を急がず、落ち着いて市政運営を進めてほしいと思います。
雲南市長選挙に立候補した石飛厚志さんの座右の銘は「なせば成る」。これは、1769年12月半ばに江戸から東北・米沢に足を踏み入れた若き藩主が、煙草盆の灰の中に見つけた残り火を「改革の火種」と見立てて、側近から藩士、領民へと拡散させ、窮乏した藩財政を立て直し、米沢藩中興の祖とされる上杉鷹山の言葉です。前市長の辞任によって混迷する雲南市を何とかしたいとの強い思いが県職を辞しての市長選出馬へと駆り立てたようですが、純粋でしがらみのない決断は、周囲の想像を凌駕する勢いで多くの雲南市民の共感を得るところとなっており、まさに小さな種火が次から次へと燃え移り、大きな炎となって燃え上がるような観さえあります。対立候補の佐藤満さんは、全国的に高い評価を受けている中山間地域の活性化対策の立案者で、雲南市役所きっての政策通との高い評価をされており、周囲からの強い要請を受けて立候補を決意したと聞いています。見方を変えると、自薦と他薦の戦いと見ることもできますが、真冬の雲南の陣もいよいよ最終盤で、明後日が投・開票となる市民の判断に注目します。
厚生労働省は1月11日~17日の1週間における定点医療機関からのインフルエンザ罹患者の報告数は65人(昨年83,037人)で、昨年9月から20週のインフルエンザ罹患者数も1,000人程度と発表しました。インフルエンザの発生状況が激減しているのは、マスクや手洗いなど、新型コロナウイルスの感染予防の徹底や国内外の往来が激減していることが要因と考えられます。国内でインフルエンザを直接の死因とする死亡者数は2,000~4,000人とされていますが、既往症がインフルエンザに罹患したことによって重篤化して死亡する超過死亡数(10,000人程度)からすると新型コロナウイルス感染症と入れ替わったかたちです。連日の報道では新型コロナウイルスの感染によって医療提供体制が逼迫し、「助かるいのちが救えない」とのことですが、インフルエンザと新型コロナウイルスの同時流行が無い状況で、増加しているとは言え、コロナの罹患者数が例年の季節性インフルエンザ罹患者数よりも少ない状況での医療提供体制の逼迫は、病床確保の偏在に問題があるように思います。国会の論戦では医療機関や飲食店に対する営業補償、保健所の疫学調査に対する協力義務、ペナルティーの規定などに質疑が集中していますが、医療提供体制を維持・存続させるためには、感染収束までの間、官民や規模の大小を問わず、医療機関の連携・協調を徹底させる以外に方途はないと感じます。