2月6日に出雲市内で、4月に予定されている出雲市長選挙に立候補を表明されている飯塚俊之さんの後援会発足式が開催され、自民党籍を有する出雲市選挙区選出の県議会議員や市議会議員、農林水産業や商工業、福祉などの関連団体の代表約80名が参加して開催されました。発起人を代表して森山健一県議会議員が「自民党出雲総支部を構成する出雲、平田、佐田、多伎、湖陵、大社、斐川の7つの地域支部と出雲市議会自民党協議会は全会一致で飯塚俊之さんを次期出雲市長選挙の候補者に推薦決定し、長岡市政を引き継ぎ、コロナ禍の難局を乗り切っていただけるよう、総力を結集すべく後援会の発足を発起した」と挨拶し、会長に日本商工連盟出雲地区代表世話人の高橋英一さんが就任されました。高橋会長は「人格・識見ともにオール出雲の代表に相応しい候補が擁立できたと感じており、支援者の皆さんと手を取り合って、勝利に向けて邁進しよう」と述べました。決意表明に立った飯塚俊之さんは「コロナ禍を乗り切るためには市政の軌道をキチンと引き継ぐことが重要であり、ダメージの回復には多方面からの目配りが必要と考えている。出雲には困難を乗り越えることができる強い潜在力があり、地域のけん引役をつとめると同時に7つの地域の強みや特色を引き出すためのコーディネーターの役割をつとめる覚悟である。2市5町と2市4町の合併協議に参画した際に、常に『一体化』がキーワードであったことを心に刻み、市民とスクラムを組んで、「前に」進み、元気な出雲市の建設にこの身をささげたい」と力強く語りました。後援会事務所は出雲市塩冶有原町2-13に開設され、2月13日午前10時から『密集回避』のために、出雲市民会館で事務所開きが行われる予定です。  
 

「説明責任を果たせにお答えします」として、令和2年10月30日に県政日記に掲載した記事を削除させていただきました。これは、令和2年9月24日に開催された議会文教厚生委員会で「陳情第97号」を不採択とした経緯について、令和2年10月29日に陳情の提出者から「説明責任を果たしてほしい」とするご意見をいただき、個人的な見解とした上で、お答えした内容でした。令和3年2月5日、議会事務局を通じて、陳情提出者の氏名記載は不適切とのご指摘があったと連絡があり、氏名を匿名に訂正することも考えましたが、一定の期間が経過していることもあり、記事全文を削除しました。個人情報保護については常に配慮をして記事作成を行っていますが、氏名掲載によりご不快をおかけいたしましたことについてはお詫び申し上げます。

 

  23日は二十四節気の立春。通常は、節分の明くる日で24日を想定しますが、地球は365.2422日で太陽の周りを自転しながら回転しますので、1年を 365日とする太陽暦では1年に約6時間ずつズレが生じるため、4年に1回うるう年が設けられます。しかし、それでも、4年間で約45分、400年で3日間の狂いが生じるため、100で割れる年はうるう年にせず、400で割れる年はうるう年のままとすることで調整することにされており、昭和59(1984)の立春は25日で、22日となるのは明治30(1897)以来124年ぶりのことだそうです。立春の前日は「節分」で、邪気を払う豆まきが行われますが、新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言もあって、あちこちで例年の行事が中止とされたことは、何とも残念な思いがします。ところで、今春の出雲市長選挙に前出雲市議会議員の飯塚俊之さんが、今朝、正式に立候補表明をし、記者会見を行いました。飯塚さんは55歳。明治大学を卒業後、山種産業㈱に勤務後に帰郷し、家業の米穀販売会社に入職し、平成21年から出雲市議会議員(3期)、平成28年から平田商工会議所副会頭を務めています。出馬にあたって飯塚さんは、コロナ禍への対応や安全・安心の確立、デジタルやカーボンニュートラルへの対応、産業競争力の強化などに取り組む考えを示し、明治大学ラグビー部監督であった北島忠治さんの『前へ』を旗印に、市民とともにスクラムを組んで市政にあたりたいと述べました。