白玉珍寧夏回族自治区人代常務委員会主任など8名が来日し、11月12日、島根県と中国の寧夏回族自治区の友好都市協定を締結30周年の記念式典および植樹式が開催されました。今回の訪日は10月27日に寧夏で開催された記念式典の答礼訪問にあたるもので、島根県庁の中庭にクロマツの苗木が記念植樹された後に松江市内のホテルで開催された記念式典には、丸山達也島根県知事をはじめ県議会の園山繁議長、日本寧夏友好協会の森井三郎会長、島根大学の服部泰直学長、島根県立大学の山下一也学長、JAしまねの石川寿樹組合長など40名が出席し、1993年の友好都市協定からの歩みを振り返るとともに今後の交流拡大を目指すとするメッセージが交換されました。小生の近況は、11月6日、東京都で全国財政基盤確立協議会、11月7日、沖縄県糸満市の島根の塔で戦没者追悼式、11月8日は東京都で森林環境税に関わる要請活動、11月9日、東京都で日本海沿岸地域振興連盟総会、11月10日、東京都で島根県認可保育園理事長会の研修活動、11月11日、大阪市で近畿島根県人会総会および交流会などに出席、参加しました。
細田博之先生には11月10日に79歳でご逝去になりました。細田先生は東京大学卒業後に通産省勤務を経て昭和61年に運輸大臣などを務めた父の細田吉蔵衆議院議員の秘書となり、平成2年2月の総選挙に島根全県区から立候補し、77,099票を得て当選(3位)、以後、令和3年10月の総選挙まで連続11回の当選を重ね、平成14年に小泉内閣の沖縄・北方対策および科学技術政策担当大臣に就任したのを皮切りに内閣官房長官、自民党国会対策委員長、幹事長、総務会長など、自民党や内閣の枢要な役職を歴任し、平成26年からは最大派閥である清和政策研究会の領袖として安倍内閣を支え、令和3年11月に第78代衆議院議長に選出されました。小生は、県議会議員に就任直後の平成15年11月の総選挙で平田市が島根第1選挙区に編入されたことに伴い、令和3年10月の総選挙まで7回の選挙をともにし、党務や政務の交わりを重ねてきました。先生は、離島や中山間地域の振興やエネルギー政策に明るく、過疎地域自立促進特別措置法や離島振興法、国境離島特措法、森林環境税及び森林環境譲与税に関する法律および人口急減地域特定地域づくり推進法などの議員立法を主導するなど、『課題を法律の制定で解決する』という国政の王道を歩んだ唯一無二の政治家と言っても過言ではなく、島根県にとって先生の逝去は計り知れないほどの大きな損失で痛惜の極みです。一昨年2月に最愛の洋(ひろ)夫人に先立たれてからは単身の生活で、それ故に議長の激務が寿命を縮めたとも考えますが、永年のご高誼に感謝を申し上げ、心からご冥福をお祈りいたします。
11月4日、出雲市立平田体育館で平田少年剣道教室(福間哲也室長)の創立50周年を記念した錬成会が開催され、島根、鳥取両県から27チーム200人の小学生剣士が参加しました。平田少年剣道教室は、昭和49年1月に太田正さん(故人)と池田達雄さんが発起人となり、平田中学校や平田高校の剣道部OBに呼びかけて設立した小学生を対象とした剣道教室で、本年は設立から50年目となります。400人を超える修了生の中には全日本剣道選手権大会や都道府県対抗、国民体育大会、全国高校選手権大会、全国中学大会などの全国大会に島根県代表として活躍した選手や多くの錬士6段、教士7段の受有者を輩出するなど、島根県の剣道界を支える一翼を担う団体となっており、現在は小学校2年生から6年生までの18人が平田小学校の体育館で週3回の稽古会が実践されています。この日は、午前9時から4つのパートに分かれて練習試合を行い、午後1時からトーナメント方式の試合が行われ、創立から50年に亘って剣道教室を主宰してきた池田達雄さんに丸山達也島根県知事からの感謝状が伝達され、出雲市剣道連盟からは賞詞および記念品が贈られました。