1月20日、益田市のホテルサンパレス益田で、令和5年秋の叙勲で自治功労により旭日小授章の栄に浴した田中八洲男前島根県議会議員の叙勲祝賀会が開催され、関係者130名が参加しました。田中さんは益田高校から東京大学理学部を経て三井化学㈱で研究員を務めた後、平成8年8月に益田市長、平成15年から島根県議会議員(5期)、令和3年から2年間議長を務め、この春に引退しました。発起人を代表して久城恵治島根県議会議員が「田中さんは20年ほど前に益田に帰省した自分に声をかけてくれた当時の市長で、政治の師とも言うべき存在で、永年に亘る地方自治への功績は絶大」と式辞を述べ、益田高校時代の担任教諭で、91歳の森田泰精後援会長が「今日まで田中さんを支えたのは昭和37年3月に卒業した同窓生で、妻の典子さんもその一人だ」と挨拶し、高見康裕衆議院議員、丸山達也島根県知事、園山繁県議会議長、山本浩章益田市長が祝辞を述べました。式典では、お孫さんから夫妻に花束、参加者の代表から茶道具一式が記念品として贈られ、田中さんは「旭日章は社会貢献に対する栄誉だが、政治家として選挙の洗礼を重ねることができたのは、永年、傍らで支えてくれた妻の典子さんと同窓生のおかげ」と謝辞を述べ ました。祝宴では鏡割りや益田地方の民謡にあわせた餅つきの実演などで盛り上がり、会場を埋めた参加者の賑やかな声が響きました。
1月19日、リーガロイヤルホテル広島で、在広島根県人会(城納一昭会長)の新年賀会が開催され、丸山島根県知事や島根県内市町村長、経済団体の代表などの来賓と広島県在住の島根県出身者など約240人余が参加しました。丸山知事は「この1~2年のうちに山陰道はすべての区間で整備の見込みがつくので、広島の皆さんにはさらに島根を堪能していただける」と述べ、園山議長は「コロナ禍を乗り越えたが、電気のスイッチで明かりが灯り、水道の蛇口をひねると水が出るという当たり前の安穏な日常が普通という意識を捨てよう」と挨拶し、来賓の松井一實広島市長は「インバウンド需要の高まりにより広島は島根のゲートウエイとしての役割がますます高まっている」などと挨拶しました。コロナ禍明けの賀会は4年ぶりとあって会場には県内の市町村や観光施設の案内ブースをはじめ地酒、特産品コーナーが並び、プリティウーマンのスペシャルライブステージなどもあって大いに盛り上がり、賑やかな交歓会となりました。 1月20日、21日は広島グリーンアリーナ周辺で4年ぶりの本格開催となる島根ふるさとフェア2024が開催され、会場には島根県内全域から自慢の特産品や工芸品、飲食などのブースが立ち並び、アリーナの特設ステージでは石見神楽や和太鼓といった伝統芸能の上演が行われています。初日のオープニングには開場を待つ大勢の来場者を前に丸山知事や園山議長などがテープカットを行ない、和太鼓が打ち鳴らされました。関係者によると、21日には広島平和公園をスタート・ゴールに全国都道府県対抗駅伝競走が開催されることもあり、2日間の来場者は30万人を見込むとのことです。
1月17日東京・白金台の八芳園で東京島根県人会と東京島根経済クラブの共催で「令和6年新春の集い」が開催され、役員など関係者80名が出席しました。主催者として挨拶した県人会の坂根正弘会長は「石川県に拠点を有する企業(コマツ)の関係者として、元日に起きた能登地方の大地震の惨状は、高齢化率が高く、老朽家屋が多い半島地域を有する島根県にとって、とても他人事とは思えず、改めて故郷に対する思いを強くした」と述べ、丸山知事は、「今回の地震は半島部の道路啓開が課題となることを如実に示したが、島根県では逐年、山陰道の整備が進捗し、2年後には、ほぼ東西の幹線が高規格でつながる見込み」と述べ、県人会の松林久行副会長が「今年は災厄で明けたが、終わってみれば『良い年だった』と思える年となるように祈念します」と乾杯をして出席者で和やかに賀 詞交換し、懇談しました。また、この日は、企業版ふるさと納税の制度を活用して島根県に寄附をした株式会社NDRと株式会社日進産業に丸山知事から感謝状が贈呈されました。