回廊を行く――重複障害者の生活と意見 -27ページ目

豆を煮るに豆がらを焚く

 東横インの事件が、一種の「とんでも」性をおびてきたのは社長の会見からです。「まあいいだろう、とっちゃえと考えた。やったことは仕方がない」 とか、「身障者用客室を造っても、年に1、2人しか来なくて、一般の人には使い勝手が悪い。うちのほかのホテルでもロッカーやリネン庫になっているのが現実だ」 などと、通常の不祥事ならば「世間をお騒がせして」と陳謝のポーズをきめるのに対していかにも素朴な本音です。いくつかのブログを見ると「いっそ、いさぎがよいみたい」という表現もあり、「いさぎよい」というのは前々回に私が流行らなくなった言葉としてあげたばかりなので、反語めいた用法としては生き残っているのかと思わず笑ってしまいました。

 しかし新聞の続報を見ると、思い浮かぶのはむしろ「豆を煮るに豆がらを焚く」という言葉です。東京新聞によると「同社はホテル支配人に子育てを一段落した女性らを積極的に登用。スタッフも女性が占める独自の運営スタイルで知られる」。そう言えば「スペースが取れない場合は以前から、完了検査を通してから転用すればいいと考えていた」と発言した営業企画部長も女性だし、他にも女性の取締役が表面に出ています。

 女性ならば障害者にも優しいだろうというのは勝手な思い込みのようで、障害者設備の偽装の件もこれらの女性が実質的に行ったのでしょう。同社は総売上高に対する人件費の比率はわずか5%未満。通常、シティーホテルが30%、ビジネスホテルが20%とされる中で、常識外れの数字だと言われます。子育てを一段落した女性を積極的に登用というといかにも先進的ですが、実際はビジネスの基礎能力のある彼女らを、低い報酬で雇用したということではないでしょうか。女性のこの層は意欲があって就職機会が限られているのですから、目のつけどころは確かに優れています。

 しかし見方を変えれば労働市場における弱者である女性に、社会の弱者である障害者のための施設を完了検査後に撤去するということをさせていたとも考えられ、これが「豆を煮るに豆がらを焚く」ということです。こと言葉が当てはまる現象はけっこうあるようで、障害者雇用にしても場合によっては労働単価の切り下げに利用している場合がありそうです。障害者でなく一般社会に目を転じれば、車道における弱者としての自転車を「歩道通行可」として歩道に追い上げ、後は弱者同士でうまくやれと言わんばかりの道路行政が典型的なものです。

 今度の事件では健常者の障害者観という点でいろいろなものが見えてきました。今後も観察していきたいと思います。

 なお、「東横イン」は「東急イン」とも、他の東急系の企業とも無関係だそうです。私も混同していたのですが、これは東京急行電鉄の本線が東横線と呼ばれ、東急百貨店の渋谷店が東横店と呼ばれるのが大きい理由です。東急は以前タレントが「高知東急」と名乗るのにクレームを付け、とうとう「高知東生」(読みはどちらも「のぼる」)と改名させましたが、密接で間違えられそうな「東横イン」の名を、そのままにしているのは不思議なので、本当にまったく関係はないのかと思ってしまいます。


☆☆☆人気blogランキングへ  ☆☆☆
    ↑(クリックお願いします)↑

「見せ金」としての障害者用設備

 ビジネスホテルのチェーンである「東横イン」がある支店で、身障者用駐車区画(1台分)と身障者用客室2室を、いわば「見せ金」として作り、民間建築確認検査機関の完了検査を受けた後撤去したそうです。他の支店だったかで点字ブロックを取り外してしまったというニュースもあります。これらは社長などの会見などから見ても明らかに確信犯で、現状復帰や罰金ですむのはいささか納得できないものがあります。

 しかしこの種の「偽装」は他にも結構あるのではないでしょうか? 監督監視にあたる国土交通省や自治体の係官は大変で、安直に公務員の削減などは言ってほしくないでしょうが、やはりしっかり取り締まって、罰則も強化してもらわねばなりません。ハートビル法にしても交通バリアフリー法にしても、努力規定のレベルのものが多すぎます。一つ間違えれば障害者の生命の危険に直結することもあるのですから、きちんと義務付けしてほしいものです。

 ただ、車椅子用トイレなども含む障害者用設備は、せっかく費用をかけて作ってあっても、それがあることを広く知らせという姿勢が足りないのではないでしょうか。たとえば私の知るある公共施設は一般用の車椅子用トイレが少なくとも5ヶ所ありますが、全館の案内図には記載されず、また各階ごとの案内図にも、その階になければ記載されていません。つまり車椅子用トイレが必要な場合も、その階になければ、他の階にあるという情報が得られないのです。これでは極言すれば税金の無駄遣いです。

 またここでは、せっかくある車椅子用トイレも、そのすぐ前に行かなければ存在がわからないというような感じで、離れたところからわかるようなサインはありません。もともとがバリアフリーが言われるようになる前からの建築ですが、原設計者の発言力が長く残り、著作権侵害などという理由でいつまでも口を出すので、表示も含めて利用者のためになる改装が遅れていたそうです。ついでですが、著作権法では次のようになっているのですが。

第二十条  著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2  前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
一  〔略〕
二  建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変
三 〔以下略〕

 
駅の車椅子用トイレやエレベータなども、あるにはあってもわかりにくく行きにくいところにあることが珍しくありません。つまりは作っておけばいいという態度で、私はこれを「アリバイ・フリー」と言っているのですが、要するに見せ金で体面を取り繕うようなものです。そしてこういう姿勢が蔓延していることが、東横インの経営者をして、いとも気軽に作ったばかりのところを壊して、利益になるところに作り直させると考え付かせた基盤になったのです。


☆☆☆人気blogランキングへ  ☆☆☆
    ↑(クリックお願いします)↑



「いさぎよい」ということ

 以前に「痩せ我慢」ということが流行らなくなっていると書きました。流行らないものと言えばもう一つ「いさぎよい」がありますね。これを「潔い」と書くとは今度はじめて知りましたが、なるほど清潔の潔なんだなと、改めて認識しました。

 それにしても今度のライブドア事件についての、お上の反応はひどい。いさぎよさが毫も感じられない。まず小泉首相は「郵政民営化で意見が合っただけ」みたいなことを言っていましたが、それでも後になってしぶしぶ堀江氏もてはやしの責任は口にするようになったようです。「兄弟だ、息子だ」と言った武部幹事長は「公認しなかった」と強調していますが、郵政民営反対派の自民党員には必ず対立候補を立てたのに、広島の亀井氏の選挙区には立てなかったというのは、つまりは堀江氏に自民党の代理をさせたという事実は消えないでしょうに、口数に反比例していさぎよくないようです。

 現職閣僚として応援演説をしたのは竹中現総務相ですが、経済専門家ということになっている竹中氏は、ライブドア事件がなくても現在の勝ち組優遇経済をアメリカから持ち込んだ張本人と言われています。その竹中氏が応援したということは堀江氏の行動を公認したということで、ある期間ですが、堀江氏の行動全般をどう補強したかはかりしれません。小泉・武部・竹中と、ホリエモン万歳三兄弟ですが、私の見るところ専門家自称の竹中氏が一番罪が深い。もちろんいさぎよいところはかけらもない。

 もう一人経団連会長の奥田氏という人物があり、日本財界の代表者ということらしいですが、ごく最近ライブドアを経団連の会員に迎え入れたことについて、「条件を満たしていたから」と人事みたいに言っていました。しかしライブドアがプロ野球の近鉄を引き受けると名乗りを上げたとき、多くの財界人と違ってこの人が好意的なコメントを発したのは忘れられません。これについて「あの時は人を見る目がなかった」とでも言えばいいのですが、まあ「いさぎよさ」は武士の倫理で、商人に求めるべきものではないでしょう。

 他の問題を含めれば小泉氏の責任が一番であるのは言うまでもなく、「堀江氏のことはマスコミもあおった」とか、あるいは牛肉問題について、「悪いのはアメリカなので、日本が責められるのは理解できない」など、こんないさぎよくない人間をあれほどもてはやした日本人が、いっそ不憫になるほどです。

 ただし、「マスコミもあおった」のは事実で、この辺マスコミも少しもいさぎよさを見せていないのですが、これは他の者が言うべきことで、最高権力者が言うことでは断じてありません。


☆☆☆人気blogランキングへ  ☆☆☆
    ↑(クリックお願いします)↑

JR東海

 公共施設を利用しようとする場合誰でもそうですが、障害者であれば特に、事前にそこに関する情報を集めておきたいものです。そのために問い合わせる場合、聴覚障害者が不利であることは何回か触れていますが、そのはっきりした例としてJR東海のホームページを順々にご覧になってください。

 下に示したように、トップページに「お体の不自由なお客さまへ」があり、歩行・目・耳と分けて説明しているのはていねいなようですが最後の耳のセクションで、初めの時はほとんど信じられない思いをしました。

JR東海
http://www.jr-central.co.jp/

お体の不自由なお客さまへ
http://jr-central.co.jp/co.nsf/barrierfree_info/Equipment-top

歩行の不自由なお客さまへ
http://jr-central.co.jp/co.nsf/barrierfree_info/Equipment-1
● 詳しくはテレホンセンター(お問い合わせ先)にご確認ください。

目の不自由なお客さまへ
http://jr-central.co.jp/co.nsf/barrierfree_info/Equipment-2
● 詳しくはテレホンセンター(お問い合わせ先)にご確認ください。

ことば・耳の不自由なお客さまへ
http://jr-central.co.jp/co.nsf/barrierfree_info/Equipment-3

 つまり、聴覚・言語障害者にはここで●のついている項目がない。駅では駅員が筆記で対応するとは書いてありますが、聴覚・言語障害者は駅に行かない限り情報を得られないということです。最初は歩行、目とたどって、次の耳の場合はどういう代替手段だろうかと期待したのですが、皆無とは思いませんでした。そしてこれは、気づいてからもう5,6年以上変化がありません。


☆☆☆人気blogランキングへ  ☆☆☆
    ↑(クリックお願いします)↑


水と安全

 一時代によく売れた『日本人とユダヤ人』という本があって、その中の「日本では水と安全はタダだと思われている」という言葉が有名になっています。試みに検索すると今でもたくさん使われていて、今やタダではなくなったというところがほとんど異口同音です。

 この本の作者はイザヤ・ペンダサンなるユダヤ人ということになっていますが、正体はある日本人だということに衆目が一致しています。「水と安全がタダ」といいますが、考えてみるとそう割り切ってはいえないはずで、水争いは昔からずっとあったし、安全がタダであれば武士も生まれなかったし、江戸時代の自警組織もなかったわけです。

 ただこの「水と安全は・・・」はキャッチフレーズ的によくできているので一人歩きすることになったのですが、私がこの言葉を知ったときは、日本では水と安全がタダの分、いろいろと手間隙をかける部分があって、費用がかかるかもしれないが、それで社会が成り立っているんじゃないかと思いました。

 ちょうど規制緩和が主張され始めた頃ですが、たとえば生活物資の流通を考えると、その頃は問屋から小売店まで何段階もあって、そのつど口銭が取られるから物価が高いとか言われたものです。私はそれでもって多くの人が収入を得ているのならば、それでもいいんじゃないかと、経済学的なことは何も知らないのですが、そんな風に思っていました。

 今、水と安全がタダではなくなりつつある一方、各方面で極端に省力化が行われているのを見ると、まんざら関係がなくもないというのは強引でしょうか? JALが続けさまに不始末をしでかすのは、人員削減以外に理由は考えられません。その他昔なら信じられないような事故が、工場などで起こっているのも同じです。

 公務員の人数を削減するなど唱えられていますが、建築行政や食品行政を見ても、人減らしをそうそう安直にやっていいものか。それでもって水(生活の基礎物資)や安全が、ますます脅かされ、高いものにつくようになるのではないかというのは、果たして杞憂でしょうか?


☆☆☆人気blogランキングへ ☆☆☆
    ↑(クリックお願いします)↑

障害学生

 新聞にも出ましたが、05年5月1日現在で障害のある学生の数は5444人であると、独立行政法人・学生支援機構 の調査で明らかになったそうです。これは通信制も含めた数字ですから、それを除けば大学・学部で4494人となります。この数字は以前はどのようであったか? まだ探せていませんが、私が大学生だった60年代ですと、聴覚障害の大学生で知っている人が10人足らずいました。関西と関東をあわせてですが、当時の数字はこんなものではなかったかと思います。

 今回の数字では通学のほうで聾が254人、難聴が715人、合計969人です。聾と難聴は区別があいまいなところですが、一応補聴器では用を足さない者を聾とします。私の頃の難聴者の情報は皆無なので、聾を比較すれば25倍になっています。乱暴な計算ですが、4494人から逆算すれば当時の障害学生全体の数字は180人くらいとなりますが、当時は車椅子による外出というものをそもそも見かけなかったので、その後増えた部分には車椅子が多いと考えると、60年代当時の障害学生は約150人でしょうか?

 今回の調査で申し出て学校側から何らかの支援を得ている学生は37.3%いるとも報告されています。これはノートの補助などで、車椅子のためのスロープなどいわゆるバリアフリー設備は入っていないと思いますが、いずれにしても60年代には皆無だったことを思うと、隔世の感というより他ありません。

 今後は各校に障害学生の相談に応じる専門スタッフがいるようになって欲しいものです。現在はそれは3.3%の学校にしかいないそうです。すべてを学校側が行うのは困難でしょうが、ノートテイクとかテキストの録音とか、ボランティアでやってくれる学生を斡旋してくれれば、周囲の人の様子をうかがって、ノートの借用を申し出ていた私などのような苦労は大いに削減されるでしょう。
 

☆☆☆人気blogランキングへ ☆☆☆
    ↑(クリックお願いします)↑

テレビ・ドラマ

 数年前まではNHK以外でテレビ・ドラマに字幕の付くのは時代劇だけでした。それが今では時代劇は減りましたが、ほとんどのドラマに字幕が付いています。同じ時間に何局もが字幕の付く番組をやって、選ばなければならないようなことになるとは、長い間夢にも思っていませんでした。幸いというか、2年前に定年退職しましたから、見る時間はたっぷりあるので、家人に呆れられながらもたくさん見ています。

 ドラマをたくさん見るようになって、一番充実していたのは『光とともに・・・』『離婚弁護士』『アトホーム・ダッド』、少し落ちて『オレンジ・デイズ』のあった2004年春のクールだったでしょうか。『離婚弁護士』は二つ目のシリーズも出され、『アトホーム・ダッド』もスペシャルで続編がありましたが、後味のよくない終わり方の『光とともに・・・』がそのままなのは残念です。自閉症児の教育が軌道に乗り始めて、それこそ「光」が見え出したときに担当教師が替わり、せっかく効を奏していたそれまでのいろいろな工夫が廃棄されるという結末で、その後続編もないし、いったいどういう気だったんだろうと思います。

 シリーズとしては『相棒』が好きですが、過去のものではみなNHKですが、『男たちの運動会』『君を見上げて』、それに前に書いた『三屋清左衛門残日録』が心に残ります。それと、フジだと思いますが、松本幸四郎と永作博美の『憧れの人』。これはあまり有名ではないようですが、忘れられません。

 最近は『光とともに・・・』のようなシリアスなものはあまり見ていませんが、今クールも『アンフェア』『神はサイコロを振らない』『けものみち』といった娯楽作を中心に見ていくつもりです。他に『時効警察』というのがばかばかしいけれど面白く、俳優の演技も意外にしっかりしています。それと、NHKの朝のドラマが、久しぶりに毎日の展開を心待ちにさせるできばえです。

 いい年をして、と思いますが、なんと言っても聞こえないと言葉のやり取りのコミュニケーションが少ない。その分を補い、またこういうときにはどういう言葉で反応するのかを知る意味もあって、ドラマを見ているのだと、これは少し言い訳ですが。


☆☆☆人気blogランキングへ ☆☆☆
    ↑(クリックお願いします)↑

労働組合の役割

 主要産業の労働組合が数年ぶりに賃上げを要求しているそうですし、連合もパート労働者の賃上げを要求するなど、久しぶりに労働組合の活動の報道が多く見られるようになりました。パートなどの組織化が遅れているのは日本の組合運動の弱点ですが、今回の連合の要求は、パート労働者の賃上げが進むと常勤労働者との差が少なくなり、同じことなら定着した労働力のほうがいいから、結果として常勤労働者が増えるという効果も期待できるという解説もありました。

 労働組合に国民生活のセーフティネット的役割を期待するのは望ましいとはいえないかもしれませんが、野党が弱い現状ではやむをえないところもあります。以前は労働組合はもっと政治的な役割を担っていたものですが、対立していた総評と同盟が他も含めて統一して連合となり、民間労組が主導権をとった連合が物分りがよくなって以来、経営側との先鋭な対立というものはあまり聞かなくなっています。

 労働組合のナショナルセンターの勢力は、昨年暮れの厚生労働省発表では連合が667万2千人で、それに次ぐ全労連が95万4千人。組織労働者全体に対して前者が65.8%、後者が9.4%ということです。60~80年代には総評が450万人、同盟が200万人強で、他にも中立労連が約150万人ありました。

 今は連合が圧倒的ということで、ある意味損をしていると思えるのは、各省庁の中枢的審議会の委員に、労働者代表としては連合の幹部が一人だけ入っているというケースがほとんどなのを見たときです。80年代までは、ある程度以上の大きさの審議会だと、総評一人、それに同盟か中立労連というのが多かったと思います。一人が二人になっても大勢に影響はないとも言えますが、やはり複数いると迫力が違うし、審議会内部の動きについて発信する情報量も多かったでしょう。

 ここで思い出したのは国家公安委員会です。その構成を見ると委員長が大臣(議員)である他に、学者から2名の他財界、官僚、マスコミから各1名となっています。インターネットでは過去の詳細は見つけられませんでしたが、1958年の岸内閣による警職法改正案提出に当たって、警察権力を強大化しようとするその案を、事前に了承した委員の中に同盟出身の労働運動家がいたことが問題とされました。その後任もやはり労組関係者だったと思いますが、いつの間にかそのポストは学者で埋められるようになっていたようです。

 また、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会は、総裁、副総裁(2名)および審議委員(6名)の計9名で構成されていますが、現在この6名の内訳は学者2名に銀行・証券・電力・財閥系の商事会社から各1名となっています。これにも60年代のはじめまでは官僚出身の野党関係者のポストがあったのですが、やはりいつの間にか学者に取って代わられたようです。

 古いことで調べにくく、正確な年代などがわからず誤解もあるかもしれませんが、権力の意思形成への過程が徐々に不透明になっていったことの、これは具体例といえると思います。今更遅いかもしれませんが、労働組合にも頑張ってもらいたいところです。


☆☆☆人気blogランキングへ ☆☆☆
    ↑(クリックお願いします)↑

健康法

 寒いのに老化が加わって、このところ息苦しさが増してきました。腹式呼吸がいいなどと言われ、それは本当なのでしょうが、実際に息苦しいときにはその余裕はなく、むしろ息が浅くなって呼吸過剰症候群というか、吐気の炭酸ガスが増えてますます苦しい感じです。こういうのには薬もないのですからかないません。

 いろいろ健康法もありますが、尽きるところはその腹式呼吸と歩行のようです。昨日のNHK『ためしてガッテン』でも心臓病がなくなるというテーマで、効果的な物質はあるが、その体内での産生のためには結局歩いてウェストを絞れとなりました。呼吸不全だと実行しにくい方法で、意気消沈です。

 障害があればそれに応じた健康法というか、生活法があると思います。理学療法士などがプランを立ててくれるでしょうが、そのためにはまずどこかの科で診察を受けねばならないはずで、おっくうが先にきます。

 寒いうちは家でじっとしているよりなさそうですね。


☆☆☆人気blogランキングへ ☆☆☆
    ↑(クリックお願いします)↑

 

李下の冠

 政治家というのは話をぼかすのによく漢語を使います。すぐに思い出すのは「明鏡止水」と「行雲流水」ですね。落ち着いているとか、まだ何も決めていないことを強調する時によく言っています。一方「瓜田に履をいれず」と「李下に冠をたださず」は、同じことですが、政治家の口から聞いたことがない。誤解を恐れていては政治はできないということでしょうか。

 昨日のライブドアの手入れは、午後に予定された耐震偽造の証人喚問にぶっつけたものだとは、私も考えたし、あちこちでも言われているようですが、ある弁護士のブログには「特捜のプライドがそんなことは許さないだろう」とありました。そうであってほしいところですが、このところ検察の政治傾斜は目に余るという記事を読んだこともありますし、あの手入れの第一報はNHKと日経系が午前中に報じたのが、実際に開始されたのが夕方というタイムラグを考えると、半日ずらすことで手を打ったとも憶測できないことはありません。そうすることで現に今日の夕方のテレビなど、証人喚問の速報とライブドアの詳報が見事にぶつかっています。証人喚問で与党がそんなに困るかというと、想定外の官房長官の名前が出たくらいだから、やはり報道は少ない方がいいでしょう。

 こんな風に考えるのも、3年前の10月5日の日曜日に、小泉内閣が当時の日本道路公団の藤井総裁の首を切り、民主党と自由党の合併大会の報道を吹っ飛ばしたという前科があるからです。総裁の辞めさせるのは既定の事実だったので、何故日曜日でなければならないという理由が、トップ記事から野党を追い出すタイミングを狙ったという以外にあるはずはありません。この内閣は似たようなことを他にもやっているので、今回も作為を疑われることは仕方がないところです。

 次代の首相には、いろいろ注文をしてもむなしいでしょうが、せめて李下でないところで戴冠してほしいものです。