回廊を行く――重複障害者の生活と意見 -29ページ目

パソコン事故

 新年早々、パソコンでいろいろトラブルがありました。

 まずユーザー辞書が急に消えたこと。正確にはあ行か行は残っているのですが、全部消えたのよりかえって不思議です。出入りの掲示板で詳しい人に聞き、アドバイスをたくさんもらいましたが、それでも修復に至りませんでした。何かで余計なところをクリックした覚えはうっすらあるのですが、やっぱり少し残ったのが不思議。

 もうひとつは年賀状で、ネットで見つけた子犬のカットを利用したのですが、一応著作権について問い合わせていたところ、年末に返事が来て、年が改まってから少々払うことになりました。額は未定ですが、どんな風に使ったか見てみたいとのこと。早速ワードを添付して送ったら、開けないのでjpgでとの返事。手持ちのソフトではjpgにできないので、アップローダーに入れて、ファイル名などを通知したのですが、正月休みに入ったのか、どうなったかの返事はまだです。後で考えると、デザインをやっている人だとマックが多いので、ワードは扱いにくいかなと。不可能じゃないはずですが。

 最初の件ではディスクに傷ができたかもと脅されました。全部消えたのじゃないということが、それを示しているかも。またチェックなど面倒なことです。

 

本の整理

 以前から家人に責められているのですが、雑本がたまってどうしようもないので、少しずつでも売り払ってスペースをあけたいと思っています。そこで、何をどこに売るかが問題になりますが、ここ数年盛んになったチェーン式の古本屋には抵抗があります。

 一度利用したのですが、文庫本を50冊売って六百円余。送料が向こう持ちですから、実質は千円あまりくらいでしょうか。内容は問わず、本がどの程度きれいかというのが評価基準とは聞いていましたが、文庫本の場合古すぎてもいけない。その目安は裏表紙にバーコードが2セットあるかどうかだ、と言われると、同じきれいなら古い本のほうが値打ちがあるんじゃないかと、つい化石世代の価値観を出してしまいそうです。

 あんまりきれいじゃないけど、書き込みなどはない絶版の文庫本や新書本があるので、結果的には似たようなものでも、内容や稀少度も見てくれるところはないかと探していたのですが、今日ようやく、ミステリ畑だけですが、新しい文庫より古い新書のほうを評価してくれそうな店を見つけました。ここも古いほうがいいと言っているわけではないですが、同じものに現行版の文庫と絶版の新書がある場合、後者にもそれなりの評価を出してくれそうです。ミステリ畑の本好きには、しゃれた装丁の新書判に愛着のある人もあるので、正月のごたごたがすんだら、リストを作って評価を聞いてみるつもりです。どうなるか楽しみです。

 普通の本では、一部に人気のある童画家の古い画集とか、フランス作家の皮装の一冊もの選集とか、多少ウリのあるものがあり、これは別のサイトにリストを出せばそれを見た古本屋さんから声がかかることがあるというリストに登録しようかと思います。

 ヤフーか何かのオークションに出せば簡単かもしれませんが、本の写真を撮ったり、落札されたら荷造りして送ったり、神経を使いそうなので二の足を踏んでいます。

あけましておめでとうございます

 皆さんよいお正月をおむかえになられたことと思います。

 このブログを開いてから5ヶ月目です。何はともあれ読んでくださった方々に感謝です。またあちこちにコメントも書きましたが、全然反応を見せないところも多いけれど、何かの刺激になっていれば幸いです。

 我ながら生硬なテーマを生硬な文章で書いていると思うのですが、読みやすくなるように努力しますので、今後を見守ってください。

 今年の方針としては、画像を入れて趣味の話をしたいと思います。どういう趣味か、ということはそのときのお楽しみ。また、古い(と言っても戦後ですが)本の話も書きたいですね。

 ではお正月らしく、とりとめのない文章で失礼します。

 

歳末のタクシー

 年末にテレビを見ていたら、タクシー運転手の苦境についての報道が何回かありました。規制緩和で免許制から許可制に変わったのでタクシー台数が増大し、運転手の収入は他業種の6割に落ち込んだというのです。ある大学教授の、「タクシーはもっとも規制緩和をするべきでない業種」というコメントもありました。

 タクシー業界の旧体制には、台数割り当ての規制でぬくぬくしていたところはたしかにありましたが、台数の増加が急激であると、結果として運転手の過労と焦りから来るサービスの低下と不注意な運転がもたらされることは考えればわかることです。
 
 「規制緩和」は「改革」と同様に内容不明でも、スローガンとしては有効なのは先日の選挙を見てもわかりますが、実際は内橋克人他著の『規制緩和という悪夢』 にあるように、弱者にとって厳しい経済政策です。この本は初版は1995年ですが、この時期でここまでわかっていたかと思わせる点で、名著といえると思います。

 読んだのは大分前ですが、今でも記憶に残るのはアメリカの航空業界の規制緩和で、独立資本が中小の航空会社を起業して、料金を安くして顧客を増やした。既成の大会社もそれにならって料金を下げた。ここまでなら規制緩和のプラス面ですが、その後がいけない。安値競争で新会社群は経営が苦しくなった。そして決定打として大会社がチケット販売のシステムを独占して、中小会社のチケットの流通を妨げ、多くの中小会社を倒産させるということになったということです。

 大会社でつぶれたところもありましたが、残った大会社は料金を引き上げ、結局その水準は規制緩和以前より上、ということになったということです。さらに見逃せないのは、新会社の参入で経営が苦しいという理由で、従来あったローカル路線が廃止されたことです。これは、新会社が淘汰された後も復活しませんでした。大陸国家のアメリカで航空機のローカル路線の必要性は、日本のそれとは比較にならないことはわかるでしょう。なお、日本でも新しい会社が基幹路線に参入していますが、やはり料金ダウンが武器で、それによる経営難を口実に、大会社が運航を打ち切ったローカル路線もあったのも同じです。

 細川内閣時に規制緩和を打ち出した「平岩研究会」のメンバーには今でも政府の審議会委員の常連である中谷巌氏などがいますが、研究会が規制緩和のデメリットに触れたのは中間報告で「短期的には経済社会の一部に苦痛を与える」の一言だけだそうです。小泉首相も同じことを言っていましたね。小泉氏は型破りのようで見えて、実は弱者軽視の政策の嫡子であることがわかります。

 『規制緩和という悪夢』の元となる論文が発表された時、この研究会のメンバーにはかなり強引な論理で反論した人が多かったのですが、上記の航空業界の規制緩和の帰趨についての報告を知っている人は一人だけだったそうです。日銀出身で当時は野村総研理事長、のちに自由党議員になった鈴木淑夫氏がその人ですが、規制緩和の負の面を明らかにしなかった理由を、「それはやっぱり規制緩和を推進したいからですよ。ほうっておいても官僚はマイナス面を言い立てるんだから」と述べているそうです。こういう人がエコノミストとして、また政治家として通用するのが日本です。

 規制緩和はあるいは必要な場合もあるかもしれません。しかしそれには十分な準備と事前評価が必要でしょう。

 最後に硬いものを書きましたが、来年は何とかして政治を弱者にも眼を向けるものとしたいものです。
 9月以来、生硬なものを読んでくださった方々に御礼を申し上げます。どうかよいお年をお迎えください。

 

加齢臭

 「加齢臭」という言葉があります。googleで21万件ヒットしますから、相当一般化しているのでしょう。定年後に自分でも時折気にかかることもあるようになり、それは風邪で風呂に入らないというようなのとは比例しないようです。あるサイトに加齢臭の要j件がありましたが、タバコはやめて10年以上だし、靴下がくさくなるたちではないし、それほど脂性でもありません。ただ思い当たるのは、呼吸が苦しくなるのでつい洗髪の間隔がのびることです。

 で、香りでごまかそうとドラッグストアに行きました。これだけ加齢臭という言葉が一般化しているのだから、そういうコーナーがあるだろうと大きなところに行ったのですが、加齢臭どころか男性化粧品のコーナーすらありません。これは一頃はたしかにあったのに、なくなったのでしょうか。

 そこで恥ずかしいのをこらえて店員に尋ねたのですが、結局香りのましなヘア・トニックか、石鹸臭の防汗スプレーということになりました。どちらも得心がいかないのですが、毎朝交互に使っています。こういうものの効果は自分ではわかりにくいですね。

 高齢者が増えて、比較的お金に不自由しないお年よりもいる。こういうのはいわゆるビジネス・チャンスと思うのですが、男性化粧品や高齢者用の化粧品のコーナーがないようでは、化粧品会社で左前になるところが出たのも当然という気がします。時代を見ての、よい意味での改革の姿勢がなかったのでしょう。香水の場合デパートで聞いたのですが、男性用香水というものがあることは活字で知っていましたが、どれがそれかと聞くと、化粧品売り場特有の華やかな女性店員は、これがそうですとは言えませんでした。日本では売っていないのでしょうか。

 起業とかいう言葉は、社会の落ち着きをなくさせるようで好きじゃないのですが、こういう取り残された需要があることを肌身で知ると、柄のないところに柄をすげるような起業は困るが、ニーズのあるところにはきちんと市場調査した上での起業をしてくれと言いたくなります。ニーズがあるのに供給が少ない・・・これはもちろん福祉分野で痛感することでもあります。

女性の力

 女子フィギュアのオリンピック代表が決まりましたが、ここのところテレビで熱心に観戦していました。半世紀以上前に親に連れて行ってもらって外国人のフィギュアを見て以来、スポーツにはいろいろ文句のある私ですが、フィギュアだけは好きでした。ひょっとすると、聞こえない私として、「眼で見える音楽」としての役割をフィギュアが果たしているのかもしれません。

 今度の代表からメダリストが出ることには、まず疑いないでしょう。考えてみると、女子マラソン、女子ゴルフ、それにレスリングや柔道など、女性の場合は強いとされていた人たちがほとんど成果を挙げているので、男子の選手では必ずしもそうではないのと比べると、女性の能力というものが表面的ではない、着実なものであることがわかります。

 他の分野でも、たとえばJICAの緒方貞子理事長ほどに名の通った日本人外交官は男性にはいないし、音楽で各種のコンクールで入賞するのもほとんどが女性です。率直に言って今の男性はだらしがない。そして多くの男性、とくに権力を握っているつもりの男性はそれに気づいていません。

 政府は2020年までに社会の各分野でのリーダーの3割を女性が占めることを目指しているそうです。実質的にはそうなるでしょうが、「リーダー」というようなポスト的なものだとどうでしょうか。お飾り的な意味のあるトップについてはともかくとして、現実に組織を動かし、その意志を表明するようなポストにも女性が増えるだろうかというと、疑問があります。

 と言うのは、先日来の韓国のファン教授の虚偽とされる研究の件ですが、これに対するソウル大の調査の結果を発表した人が女性であるのを見て、あ、日本ではスポークスウーマンというのを、あまり見かけないなと気づいたからです。

 政府のスポークスマンと言えば官房長官ですが、今度の小泉内閣のそれの候補の一人として小池百合子環境相の名が出ていましたが、結局実現しませんでした。「感情的になることがあるから不適」とどこかにありましたが、女性であればよほどのことがない限りその手のケチは出てくるでしょう。ですから、トップに祭り上げられるのはともかく、実務上最大の力を持つ広報担当には女性はなかなかなれないのではないでしょうか?

 あらゆるレベル、あらゆる役割で女性が進出しているという点では、日本は欧米はもちろん、多くのアジアの国々の後塵を拝しています。小泉氏の性向からいっても、総選挙大勝というタイミングからいっても、当分の間は千載一遇のチャンスであった女性官房長官が実現しなかったことは、女性リーダーを3割などというのも、表面的なものに過ぎないのではないかと思わせるものでしょう。

タバコと酒

 今朝のテレビを見ていたら心筋梗塞の話。危険因子として八つあげられ、タバコはもちろん受動喫煙も含めて入っていましたが、お酒はありません。

 赤ワインが心臓病予防にいいなどといわれていますが、これは適度の量のことで、昨今の忘年会ならずとも、お酒を飲みすぎたり毎日休まず飲んだりするのは、健康上問題ないのかと思いました。検索したら「 赤ワインブーム」 というのがあり、諸外国でアルコール摂取量の増加が病気の増加に比例する結果が出ていることを示していて、「小学生あたりから飲酒の怖さを知らせるべきですが,日本ではアルコールに関して甘すぎます。」という結論には同感です。

 タバコが悪いのはわかっていますし、前も書いたかどうか、私の呼吸不全もタバコのせいである部分があるのですが、かと言ってお酒は善玉というのには納得できません。CMにしても、タバコの宣伝は深夜の時間帯ですが、ビールなどはプライムタイムからやっています。あれを見るとどう考えてもビールを飲むのは「カッコいい」と刷り込もうとしているとしか思えません。増税にしてもタバコについては抵抗がなく、酒類だとちょっとの増税にも騒いでいる様子です。記者にのん兵衛が多いからか。酒屋さんに大広告主がいるからか。

 タバコはいけにえの子羊というのでしょうか。この子羊は白い羊ではなく真っ黒なことは認めますが、ことあるごとに引っ張り出されることにより、他の有害物の存在から眼をそらさせる役割もになっているようです。以前、といっても2,30年前になりましたが、食品添加物や合成洗剤の有害性についての報道が毎日のようにあった時期があります。最近では米産の牛肉などについての情報はありますが、添加物や合成洗剤の危険性は減ったのでしょうか。どうもタバコが眼くらましの一つとなっているような気がするのは邪推でしょうか。ファストフードの危険性についてももっと取り上げればいいのにと思っているうちに、ハンバーグのチェーンが大広告主になってしまったような按配です。このチェーンはディズニーランドとも結託しているとか聞きますが。

 自動車の排気ガスにしても、たしかに技術的な進歩はあって減っているのでしょうが、特定地点での排ガス濃度がどうのこうのという報道はなくなったので、全般的な温暖化以外は問題はなくなったのかと錯覚します。しかしハイブリッド車や電気自動車など、この分野はまだ情報量が多いのが救いです。

 とにかくタバコだけを悪玉として槍玉に挙げるだけで満足しないで欲しい。タバコは有害。しかしタバコ以外にも有害なものはまだまだ多いはず、というのが私の考えです。
 


障害者の日帰り旅行

 昨日は学会で長野県の小都市まで日帰りで行きました。9時前に出て9時に帰ったから、ちょうど12時間。酸素ボンベは予備に2本を家内が持ってくれましたが、計3本のうち使ったのは1本半強でした。ボンベのキャスターを大きいのにしたので、新幹線で置き所に困って、二人で三人がけを占領したり、最前部の式に座ったりしました。

 これもキャスターが大きいせいでエスカレータが少々不安だったので、東京駅で長野新幹線のホームに上がるときにエレベータの場所を駅員に聞いたらないという答。用心しいしいエスカレータで上がり、帰りは下りだから心配だなと思っていたら、帰りには降りたところにエレベータがありました。行きのときの駅員は「エレベータはここにはない」と言ったらしいです。

 東京駅が巨大すぎるせいもありますが、エスカレータやエレベータをいくら作っても、どこにあるかがすぐにわからなければバリアフリーは不徹底ですね。お金を使ってもったいないとも言えるでしょう。

カードは安全か?

 単にカードといえばクレジット・カードを指すと思いますが、他に銀行のキャッシュ・カードやバスや私鉄のカードもあり、言い分けるにも管理するにも煩雑なことです。おまけにパスワードの管理が必要なものもあり、年をとると忘れないかと不安です。

 WEBで買い物をする時はクレジット・カードの番号を知らせますが、機密保護のメールで送ることになっているけれど、あれで本当に大丈夫なんでしょうか? 相手先の信用度が見当がつかないところもあり、そういう零細なところから買い物ができるというのがWEBのメリットの一つでもあるのですが、やはり不安がある。

 その番号でお金を過大に引き出されないかというのがその一つです。これがあるのでなかなか踏み切れないことが多いのは、時代遅れなんでしょうが、物理的にそういうことが不可能になっているのでしょうか?

 カードの種類と番号を販売業者に通知する。業者はカード会社に連絡する。カード会社が私にメールなりで連絡して、私がOKを出して確認すれば、そこで決済される・・・面倒なようでもこの手順があれば安心と思っていたのですが、最近知ったところではアメリカではこの方式だそうですね。本当でしょうか? 日本でこうなっていないのは何故?

 もう一つは、月ぎめで何かのサイトを閲覧できるように申し込んだ時、申し込んだ期間が過ぎても落とし続けられないかという不安で、実際に改めて中止の連絡がない限り毎月落とすと、小さな注意書きがあるのを見るとまた不安になります。

 これらの不安がどこまで正しく、どこまで杞憂なのか、どなたか詳しい方に教えていただけないでしょうか。

生存競争

 テレビでムリキという南米の尾巻きザルのことをやっていました。NHKですが、大分前にやはりNHKの動物番組で見て感銘を受けたことがあります。密林の木の上で集団生活をするサルですが、お互いに争わない。食物は分け合う。上下の区別がない。子どもは皆で育てるなどというのが特徴の、一口に言って平和主義のサルです。

 このサルは地上に降りるのが冒険というほど、いつも高い木の上の生活だから、争っては落ちるのでこういう習性になったと、以前の放送で解説があったのを覚えていますが、これにはいささか異論があります。

 ちょうどその頃読んでいた本『金沢城のヒキガエル』 に、1000匹以上のヒキガエルを9年観察した中に3本足の個体がいたが、生き延びるのは難しかろうと予想したのがずっと生き抜き、あるときは交尾の現場まで観察できたという話がありました。

 この二つをあわせて考えると、いわゆる生存競争というものが本当に普遍的なものだろうかという疑問が出てきたのです。

 動物の集団にはボスがいて、食物やメスを独占し、上下関係が厳しい。こういった考え方はいわゆるサル学から生じて一般に広まっていますが、これは実は観察したことをオスを主体に構成したもので、別の解釈もありうるのではないかとも言われるようになっています。

 私はそのこと以前に生存競争、適者生存、弱肉強食というものがそれほど例外なしの原理であるかどうかに疑問を感じるので、大きな意味での進化論を否定するのではありませんが、強いものが残るに決まっているというような単純なものではないと思うのです。

 経済におけるグローバリズムはこの単純な考え方にのっとったもので、今の小泉内閣の改革のための改革などもその亜流ですが、上っ面だけの浅い言葉でものごとを動かしていることを見てもわかるように、実はかなりあやふやなものです。

 障害者差別などについて調べていて気がついたのですが、アメリカでは人種、性、宗教、障害などによる差別を法的にも否定していますが、よく考えてみると経済上の地位による差別は否定していない。それは平等な条件を与えられた後の競争の結果だというのでしょう。

 ブッシュ大統領が大学生時代、金持は税金を沢山払っているのだから社会的に有利で当然だと力説していたそうですが、彼の大きな支持勢力であるキリスト教の原理主義派は、進化論の排撃に力を入れています。それが一方では社会における優勝劣敗を認めているのでは論理的に矛盾しているとも言えるのではないでしょうか。