毎年、この時期になると設置改廃系の動きが大きいのは、郵便局関係に限った話ではないとは思うけれど。

 今年も、2月から3月にかけての郵便局の設置改廃は、そこそこの規模感がある。
 2月に入ったところで、3月の主だった動きは「開局情報」に反映されたと思われる。

 一時閉鎖中だった簡易郵便局が「後継者」が見付からぬまま「廃止」されてしまうパターンは致し方無いが、そのうち3分の1ほどは、元々2号(貯金)の取扱がなかった簡易郵便局だったりするから、諦めも付く。
 しかし、一割ほどは、かつて訪問したことがある局だったりもするから「え? あそこが……」と思う所も少なくない。それだけあちこちに行っている、ということの裏返しでもあるのだが。

 

 

 ちなみに、昨年終盤の「課題局」(コンクールとかの「課題曲」ではないので念のため)の中では、千葉CCプラザ内局はぎりぎりで拾い、麻布局も既訪だったので事なきを得たものの、七座局(秋田県)は流石に無理だった。
 ONJ(大館能代空港)まで飛んでレンタカーで……という算段こそしたのだが、肝腎の休みの確保が追い付かなかった。現在の職場は休日出勤が少なく、代休が発生することが少ないので(その分、楽ではあるけれども)、難しくなっている。

 七座局に関しては、今年1月に「バーター開局」だと思われるイオンタウン鷹巣局ができたが、新規開局は慌てる必要は(基本的に)ないだろう。まあ、その後頻繁に「改称」になったケースもないではないけれど。

 同じく1月には、福井西木田局が廃止になったが、代わって福井高木局が「バーター開局」している。実は福井西木田局、1989年7月12日に1,164局目として訪問していたので「セーフ」ではあるのだが、福井高木局の近くにあった福井高柳簡易郵便局が「伴連れ(巻添え)廃止」になっており、1勝1敗というところか。
 同じ週末を挟んだ「異動」としては、中草加局は先日訪問してクリア、メルパルク大阪局も1992年8月10日に2,223局目として訪問済。

 

 

 そして1月終わりの九重駅前局(千葉県)も、先日「駆け込み訪問」でクリアしており、何だかんだでどうにかなっている。

 

 

 さて2月は、というと、グラン楠通り局(愛媛県)が一時閉鎖になっていて、気になる。
 ここは、移転改称前の新居浜菊本町局だった時代の1989年12月28日に訪問した記録があるが、改称後は未訪のままだった。ただし、どうやら入居している建物の建替工事が原因らしいので、完了すれば復帰する可能性は高い。

 気になる一時閉鎖としては、3月にTOCビル内局、品川大井二局、帯広長崎屋内局、銀座三局、泉北高倉台局(大阪府)、が挙げられている。
 都内の3局は訪問済だが、泉北高倉台局は未訪(というか堺市自体が全くの手付かず)だ。しかし、これからの時期に大阪まで行くとなると、「廃止」ならいざ知らず「一時閉鎖」というだけでは、ちょっと躊躇してしまう。
 帯広長崎屋内局は、1993年7月22日に2,442局目として訪問していた。これは確か、就職して最初の夏休みに、100円玉友の会・筆頭総務代理(会長代理)のテック氏と「北海道ワイド周遊券」とレンタカーを組み合わせ、最東端の珸瑤瑁局を含めた道東と、「95」マルチの取れる北桧山地域、更に石狩支庁(当時)北部などを巡った時だと記憶している。

 さて、2月の下旬には、移転改称が2件ある。
 大屋局(長野県)は、JR東日本との駅業務に関する提携により、駅舎合築の局舎に移って大屋駅局となるのだが、これは江見局⇒江見駅局(千葉県)などと同じパターン。今後も、蒲須坂駅や安房勝山駅、鵜原駅などで同様の動きがある予定だが、大屋局は1991年11月11日に1,922局目として訪問済。これは、長野県上田市が筆者にとっての「第5の実家」所在地であることに由来する(実家がいくつあんねん?というのは、ここでは割愛)。
 一方、行方局(茨城県)は、周辺も含めて未訪。もし、この辺りを攻略するなら、土浦辺りからレンタカーを借りて……で行けるとは思うのだが、タイムリミットは天皇誕生日3連休前までだった。そこまでに機会を作るのは、業務スケジュール的に不可能だったため、遠くから指をくわえて眺めるだけとなってしまった。

 3月に入って、相模原駅前局が「さがみ夢大通り郵便局」に移転改称。
 神奈川県は「完訪」タイトルを保持しているが、これでまた「剥奪」されてしまった。
 相模原駅に用があるとすれば、駅前の「相模原パークレーンズ」で長男の部活(ボウリング部)の大会が夏場にあるくらいだが、大抵は土日なのでテーリングは不可。近くにある「相模ファーストレーン」や、少し離れた「ラウンドワン町田店」も(ボウリング場めぐりとして)「既訪」なので、敢えて足を運ぶ動機にはなり難い。
 強いて言えば、町田駅前局と町田鶴川一局が移転改称後未訪なので、そこと組み合わせるか、くらいだ。

 改称などではないが、双葉局(福島県)の移転再開にも触れておきたい。
 御存知のとおり、同局は東日本大震災以降、ずっと閉鎖されたままだった。震災は2011年3月11日だが、金曜日だったため、一時閉鎖日は3月14日付になっている。
 そこから13年近くを経て、今年3月7日に移転し再開する運びとなった。
 同局のある双葉町を含む双葉郡内では、1999年1月12日に、当時はまだ「オフライン局」だった大柿簡易郵便局(3,661局目)をはじめとして、津島局、苅野局、浪江局と、100円玉友の会・本部長の多摩祖五郎氏とJRバスで巡っただけ。全て浪江町の局だ。そして、現在でも浪江局が再開したのみで、他の局は一時閉鎖が続いている。
 ちなみに、この時通った国道459号線沿い(大柿簡易局と津島局の間)の南側に、テレビ番組で有名になった「ダッシュ村」があった。そのため、震災後に場所が公表される以前から「もしかして、あの辺か?」と、時折、妙に見憶えのある風景が映し出されたことから気が付いてはいた。
 今はまだ、双葉郡内の多くの局が閉鎖中のままだが、この状況が変わってきたら、(復興の一助にでもなればと)また訪れてみたいと思っている。

 テーリング記録上の影響を生じるものではないが、麴町局も建替えのため移転する。
 これは既にアナウンスがあったものだが、工事中の仮局舎の場所が、もしかすると千代田区外だったら「別カウント」かも……と思っていたものの、蓋を開ければ(集配・ゆうゆう窓口機能とも)区内での仮移転で済ませたようだ。


 この他の改称系としては、3月下旬の名古屋栄四局が挙げられる。ここは2019年12月13日に6,951局所目(なので「宮内庁内局」の次だったりする)として訪問済だが、これは廃止直前の名古屋西局・貯金事務センター内分室への「駆け込み訪問」へのアプローチ上だった。

 

 

 また、ややこしいのが移転改称先が、隣の「中日ビル」(現在は中区役所も入居する「栄サンシティービル」にある)のため、「名古屋中日ビル内郵便局」になる、ということ。
 これは「2019年2月12日に現在の場所へ移転改称」する前に「戻る」ことに等しい。
 つまり「為替貯金取扱局番号(局所コード)も局名も同一だが、途中に別の郵便局だった時期がある場合」という、テーリングにおけるカウント上では極めて重要な要素を含むことになる。

 似たような例として、1992年3月から2005年6月まで「渋谷東三」局だった、現在の「渋谷東二郵便局」が挙げられる。
 筆者は、1992年までの渋谷東二局は未訪のまま終わったため、その後の渋谷東三局、現在の渋谷東二局、として2回カウントするだけだから、さほど問題ではない。しかし、このようなケースで迷うことになる人もいる筈だ。
 勿論、移転改称などに関わらず、「局番号」が同じなら同じ局、としてカウントするルールの人もいるし、これは「人それぞれ」だから干渉する意図はない。
 筆者は、局名(ゆうちょ銀行としての店舗名を含む)、為替貯金取扱局番号、所在する区市町村(政令市の行政区を含み、区市町村の合併や区制施行等による変更は含まない)、の三者のうち一つでも異なれば「別の郵便局(等)」としてカウントする流儀だ。
 また「ゆうちょラリー」でのカウントルールも、ほぼこれと同じであるが(そもそも旧協会から現協会への引継時にルール確認を担当したのが、他ならぬ筆者自身だが)、このような事態が「同一(ラリー)年度内」に起きた場合のことは想定していなかった。

 「ゆうちょラリー」の定義的に考えると、少なくとも日本郵便(日本郵政グループ)のウェブサイト内の「開局情報」において「異動(一時閉鎖・再開は除く)」が公表されていれば、それぞれ別局所としてカウントしていいことになっている。
 しかるに、単なる「移転」の場合も別カウントの対象になるのだが、筆者自身のテーリングにおいては、これは除外している、というだけである(ラリー申請時にもここはノーカウントにしている)。
 そうすると、このような「A⇒B⇒A」という改称の場合、前段の「A⇒B」がそれぞれ別としてカウント、後段の「B⇒A」も別カウント、という考え方になる。だとすれば、仮に元の「A郵便局」に戻ったとしても、やはり別の郵便局としてカウントするのが自然な流れではなかろうか。
 と考えると、やはり新たに「誕生」する「名古屋中日ビル内郵便局」は、再度訪問すべき対象になる、と考えるべきだろう。
 ちなみに、旧・名古屋中日ビル内局に訪問したのは、2003年12月8日(5,422局目)のことで、意外と古い記録ではないものの、既に20年以上が経過しているから、詳細な記憶は流石に残っていない。この日は他にも名古屋中央局・駅前分室名古屋中局など「直営店化」された局や、名古屋NHKセンタービル内局、丸栄スカイル簡易局、名鉄観光柳橋簡易局など、現在ではもう訪問不可になってしまった郵便局を多々回っていたが、何が「主目的」だったかは憶えていない。

 さて最後に、3月後半は一気に「廃止」ラッシュがある。

 岡山中央局・天満屋内分室は、1号(郵便)のみの取扱だが未訪。民営化以前、まだ2号(貯金)も扱っていた時期には訪問しているが(2002年3月8日・4,758局所目)、民営化前に岡山東局に移管、更に2号取扱廃止となり中央局の分室として「復帰」していた。その間、再訪する機会はなかった。
 岡山の「分室」は、2号を廃止しながらもそれなりに残っていたが、市役所内は既に廃止され、県庁内が(2号非扱だが)残るのみとなる。ベネッセ御用達の長船分室は廃止されてはいるものの、施設は健在のようで、今でも「ストリートビュー」で見ると「〒」マークの付いた立派な建物が残っているようだ。
 1号のみの分室のためだけに岡山まで行くのは、何かのついでがなければ、まず考えないだろう。

 陸奥田代局は、「廃止」という発表を見て、まず場所を確認。青森県三戸郡階上町、とあるので、一瞬JR八戸線の階上駅を連想したが、旧・三戸郡南郷村(現・八戸市)との境に近い山の中だった。
 ここに行こうと思えば、八戸でレンタカーを借りる、という他に手段が考えられず、この季節では厳しいな……と思ったら、何と、2004年9月24日に5,750局目として訪問済、という記録が出てきた。
 この時はどうやら、それこそ八戸辺りからレンタカーで出て、その旧・南郷村の2局を訪問後、陸奥田代局から階上局、階上駅前局と進んだ後、三陸海岸沿いに南下して島越辺りまでテーリングをしていた。16時の時間切れの後、国道455号を「爆走」して、盛岡から用意してあった新幹線にギリギリで間に合った記憶のほうが強く、まさかこんな所に寄っていたとは……とびっくり。
 今更こんな所まで行けるか~!? と諦めかけていたが、20年前に片付けていたとは、我ながら驚いた。

 その他、甲府中央四局(1988年3月18日・501局目)、高松塩屋町局(1988年3月4日・402局目)、中央佃局(1988年2月9日・270局目)、そして宇都宮一条局(1992年1月21日・2,002局目)と廃止局が並ぶが、いずれも訪問済。というか、全て30年以上前、というのが逆に凄いかも。

 なお、中央佃局については、バーター開局(検索していると、郵政労組のサイトにもそんな行[くだり]を発見したので間違いなかろう)として晴海西局がオリンピック選手村後にできた「晴海フラッグ」に新規設置される。これに関しては、遂に「13」マルチを解禁してしまった東京都内で、2番目の事例となるか注目したい。

 いずれにしても、今回は相当前にテーリングしていたことで、改めて「駆け込み訪問」までする必要がない所が多いようだ。
 昨年も、鹿児島県の恒吉局は断念したものの、熊本下南部局は「駆け込み訪問」し、それ以外の廃止局は訪問済、という状況だった。改めて、テーリング歴の長さに救われている部分もあるのだろうとは思う。

 昨年は、熊本下南部局のために、「祝日+平日」で1泊2日の「遠征」を組んだが、今年は泊りがけまではする必要はなさそうだ。
 唯一の課題があるとすれば、茨城県の行方局くらいで、こちらは業務繁忙の合間を縫っていけるかどうか……だが、如何せん最早タイムリミット寸前である。

 その一方、今年は暦の関係で2月に2回の「三連休」があり、テーリングはできないものの、建国記念日絡みの三連休では「伊豆」に行く予定である。
 これは勤務先の福利厚生で、10年に一度付いてくる「ポイント」の消化をせねばならず、利用先が限られるため、選択肢としては「宿泊施設」しか魅かれるものがなかったことによる。
 ただし、一人1泊では到底使い切れそうもなかったので(逆にそんなホテルなどに「おひとりさま」もちょっと主義に反する)、長男と二人で2泊、ということに。
 一家で行ってしまえば、1泊でも使い切れるかと思ったが、猫を放っておく訳にもいかない、という事情もある。

 

 年度替わりには、大量の簡易局の一時閉鎖が発表されたが、このあたりになると、もう「あまりに同時多発テロ的すぎて追い付く気がしない」という感じだ。

 その中で、東川簡易局が目に留まった。

 

 

 ここは2016年の暮れに訪問済だが、元は特定局からの変更組。特定局時代には訪問が叶わなかった。更に、近くの香北西川簡易局が12月30日は休業というカウンターパンチを喰らってしまい、翌年に再びチャレンジする羽目になったりしたため、印象に残っている。

 

 最後に、4月下旬にも移転改称があるようだ。

 

 富士水戸島局が富士駅前局に、閉鎖中の札幌駅パセオ局が「さっぽろ東急百貨店内」局として移転再開するらしい。パセオ局に関しては、所在区も北区から中央区に変わる。北六条から北四条への移転だから、これまでJR線の北側というイメージだったが、南側に出てくることになるらしい。

 なお、富士水戸島局、札幌駅パセオ局とも既訪なので、慌てる必要はない(そもそもパセオ局は閉鎖中なのでどうしようもない)。

 

 以上、自身の備忘録を兼ねて取りまとめておこう。