う、「読んだつもり」にはならない。

表紙をめくると、その裏に折られてあるカバーにそう書いてありました。

そう、もう「読んだつもり」にはならない!


読書が大好きな私ですが、ほとんどの場合、読んだものはほとんど覚えていない

というのが現実です。

感動や感銘を受けたこと、一つくらいならなんとか心に残っているかもしれないけど、

それが限界。まっ、一つだけでも残ったんだからと言ってしまえばそれまでですが、

個人的にはもっとハードルを上げたいと思っていました。



この本のイントロでもあるように、

「覚えていない、つまり「記憶」に残っていないということは、それは「知識」としてあなたの中に定着していないということ。もっといってしまえば、その読書は何の役にも立っていない、ということと同じなのです。」(本文より抜粋)

自分は、これまで何の役にも立っていない読書をして来たのか...

ガックリ来ました。でも、もう「読んだつもり」にはならない!



去年頃だったと思います。ライターである友人がこの本を読んだとFBにポスト。

「この本を読んでから、もっとすらすら本を読めるようになった」というボーナス付き。

すぐにでも読みたかったのですが、カナダにいる私には手に入れようがなかったのでした。


それが、今回日本に帰ったとき、書店で見かけて迷わずにお会計へ。

「読んだら忘れない読書術」をマスターする勢いでさっそくページをめくりめくり。

ふむふむ、なるほど。納得しながらページを読み進めていきました。

そして、教科書以外で実行したこともない「二度読み」までしました。

それだけではなく、新しい観点にはハイライトも!

意気込みが入っていました。(笑)


興味ある方たちのために、内容には触れませんが、何点かだけシェアさせてください。


まずは、

「脳細胞は20歳を過ぎても分裂、成長し、さらにそれは一生続く」

「『脳のネットワーク構築』は一生にわたって行われる」

という、私にとっては嬉しい新発見。

もともと記憶力が乏しい私が40歳を過ぎた今、この先予期できるのはさらなる脳の老化と退化

だと信じきっていました。

だから、今からでも全然遅くないと分り、読書欲がもっと出てきて、

「自分の脳を救う」ためにも、もっと読書をするぞ!と決めました。笑


そして、読書する楽しさも、すらすら読めるようになったことで、さらに倍増。

この一ヶ月で5冊読み、今6冊目に入っています。

著者のように月30冊までいきませんが、自己新記録です。

本の内容への理解度も前よりあり、スピードも上がったのですが、読み終わって、

覚えている内容が明らかに前より増えています。それがまた原動力となり、次の読書に繋がり、

本当にどんどん読めるようになりました。

肝心なのは、読書を前より明らかに違うレベルで楽しめるようになったことです。



著者の樺沢さんが言った、「自分が読書するのは楽しいから」という気持ちに同感できます。


「忘れない読書術を身につけたい」方はもちろん、「今までよりも読書を楽しみたい」方や、

「今まで読書は苦手だったけど、読書の楽しさを体験したい」という方にも

是非オススメです。


FBにポストしてくれた友人に感謝。



読んだら忘れない読書術/樺沢紫苑
¥1,620
Amazon.co.jp

のマガジン『メッセンジャー』編集長、シンガーソングライター。

28歳にしてガンを告知され、「早くて半年、2年後の生存率0%」の余命宣告を受けるが、

「がんを絶対に治す」という決意だけでなく、

「ホノルルマラソンにもう一度出場する」と

「ホノルルマラソンのゴールには婚約者を待たせ、次の日にハワイの教会で結婚式を挙げる」

という闘病中の夢を果たしたガン克服者。


「命はそんなにやわじゃない」は、そんな杉浦貴之氏のガン闘病の過程を綴った書籍です。

病気になって初めて、「自分らしい生き方をしていなかった」

ということに気づき、闘病を通して「自分らしい自分」を見つけ、

ガンだけではなく、「自分らしくない自分」をも克服した杉浦氏です。


ユーモアあふれる闘病記(自伝)ですが、本の題名の通り、

「命はそんなにやわじゃない」というメッセージが

始めから終わりまで、これでもか、これでもかというほど訴えかけられています。


杉浦さんが抗がん剤の副作用で具合が悪かった時も、腸閉塞に5回もなっていながらも

(特に一回目は命も危うかったほどの重症)、

やりたいことを先に延ばしたりせず、忍耐力でやり抜く。

そして、ホノルルマラソンを3ヶ月後に控えていながら、1km 走っただけで、

体全体で息をしなくてはならないくらい体が弱っていたのにも関わらず、

マラソンに参加して完走したことを始め、


「命はそんなにやわじゃない」んだ!と感嘆しました。



中でも一番インパクトがあったのは、夢のホノルルマラソン再出場で完走した時、


「走れるほどに元気になったのではなく、走ったから元気になった。」

という杉浦氏の言葉です。


実際、この言葉は同じガン闘病者たちの心を動かし、勇気づけ、行動を起こさせています。

その証拠に、数年後にガンサバイバーホノルルマラソンツアーを企画した際、

80人が完全完走しています。



その一方で、私は勇気づけられたのと同時に今までの自分が情けなく思えました...

神さまから授かったこの大事な命を無駄にしてきたように思えました。

人間の命に潜められた可能性は、私たちが知る以上に無限であると知り、

命をやわなものとして扱ってきた自分の態度で、

いかに自分の命に与えられた可能性を踏みつぶしてきたか...

そう思うと、臆病な自分が情けなく思えました。


死を宣告されても、体が抗がん剤でズタズタになっても、

歩き気力もほとんどない人たちでも、ホノルルまで飛行機で飛び、

更には、健康な人でも無謀に思える42.195kmを走り抜くことができるのだから、

何をするにしても、「できない」というのは、口実でしかない。

「できない」のではなく、「やらない」だけだ。

今まで、どれだけ、「できない」を口実にしてきたことか...



でも、ここで怯んでしまうのも私ではありません。

「命はやわじゃない」と気づいた以上、これからの自分の命を無駄にしたくはありません。


今までは、いろんなところで「走れるほど元気になる」のを待っていました。

これからは、「走ったから元気になった」と言えるようになりたい。

いや、なります。

そう、この本で学んだ一番大切なものは、いかなる時にも持つべき行動力。

なぜなら、「命はそんなにやわじゃない」から。


ガン闘病者はもちろん、健康に恵まれた人にも是非お勧めの一冊です。



『希望がリレーされ、連鎖していく。奇跡も連鎖していく。

奇跡が世の中にいっぱい増えれば、それはやがて、奇跡でなくなる。

「今の奇跡は、未来の当たり前」

その日が来ることを信じて、自分にできることをしていきたい。』


(「命はそんなにやわじゃない」本文より抜粋)



行中なため、曜日も日にちも分らなくなった今日この頃、

気がつけば、イースターがすぐそこまで来ていました!


幸い、この週末、遠出の予定がなかったので、日曜日は妹の教会に行けました。

去年から正式に英語の礼拝が開始されたようです。

普段は中国語の礼拝に参加している妹にとっても、

自分の教会での初めての英語礼拝となりました。


教会に着いて6階までエレベーターで上り、エレベーターのドアが開いた瞬間、

なじみのある英語の讃美歌が聞こえてきました。

途中で、次男が「台湾にいるとは思えないね」とささやきました。

そう、一気に北米にテレポートしたみたいでした。


さて、この日の説教ですが、シンプルながらパワフルなものでした。

「全てが変わった日」と題したメッセージを語る牧師は、

『キリストを信じるだけでは足りない』と言いました。


正直のところ、その一言で「えっ?!」と警戒心を持ってしまった私でしたが...

なぜなら、プロテスタントの信仰の核心は

『キリストを信じる心 ―信仰心ー(Faith)』にあって、

『行い(Work)』でも、『信仰心+行い(Faith + Work)』でもないからです。

だから一言で『キリストを信じるだけでは足りない』とだけ聞くと、

「????」と思ってしまうのでした。


ところが、牧師さんの本旨は「『クロス(十字架)』に留まるな」にありました。


『十字架』は『イエスの死』を象徴し、イエスを信じる者の罪が

十字架で流れたイエスの血によって、清く洗い流されたことを意味します。

でも、それだけでは真髄に達していません。



イエスの11人の弟子(ユダはイエスの処刑時にはすでに自分の命を断っています。)は、

3年間もイエスの最も身近でイエスに習い、

数えきれない程の奇跡を目撃したにも関わらず、

イエスが逮捕され、不正の裁判にかけられたあと処刑された時、

一人残らず逃げ隠れてしまいました。

それだけではなく、例えば、ペテロは、

鶏が鳴く前に三度もイエスとの関係を否定しました。


すると、門番のはしためがペテロに、「あなたもあの人の弟子ではないでしょうね。」と言った。ペテロは、「そんな者ではない。」と言った。
ヨハネの福音書 18:17


この他にも二度、ペテロはイエスを知っていることを否定しています。

なぜ、目の前で神の業としか思えない奇跡を数えきれない程目撃したのに、

その後で怖じけづいてしまったのか...


ところが、後々、イエスの知り合いであることをも否定したペテロは処刑される時、

イエスと同じように十字架にかけられて死ぬのに値しないとして、

逆さまに十字架にかけるよう、願い出たのです。

ペテロだけではなく、無人島に流刑にされたヨハネを除いて、

他の9人の弟子もみな処刑され、殉死しています。


イエスの処刑に立ち会い、自分も同じ目に遭うのを恐れて逃げ隠れした弟子たちに

その後何が起き、殉死してまでもキリストの愛を説くことをやめなかったのか。


その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」


こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。


イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」


そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。

(ヨハネによる福音書 21:19-22)


答えはここにあったのです。

イエスが死から蘇り、弟子たちの前に現れたのです。

イエスが蘇ったということは、神が『「イエスという子羊の血」によって、

私たちの今までの、現在の、そしてこれからの罪が一切償なわれたこと』

を認めたというしるしです。

イエスは生き返り、昇天し、神の右の座についています。為すべき任務を終えたからです。


実際に蘇ったイエスに会い、聖霊を吹きかけられて、弟子たちのその後の人生が変わりました。

死を脅迫されても、福音を伝えることをやめられない情熱と勇気。

弟子たちは、その日、初めて十字架の向こうに進むことができたのです。


「十字架」までたどり着くことはそんなに難しいことではないのかもしれません。

ですが、「十字架」で留まっては、その先にある本当の勝利を味わうことができません。

イエスが十字架にかけられ、イエスの死によって自分の罪は償われたことを信じても、

怖れずに生きられるとは限りません。イエスの弟子たちがそのいい例です。


でも、イエスは死にも打ち勝ちました。

私たちはそれによって、既に勝利を獲得しています。

神はそれを私たちに理解してほしいのです。


これを心から理解できたことで、弟子たちの怖れは形もなく消え、

十字架の向こう、蘇ったイエスのいるところまで

一歩一歩歩んで行く勇気が湧いて出たのでしょう。

十字架の向こうに進む時、全てを変える勝利が自分のものとなります。



今日、あなたが怖れているもの、ことはなんですか?

十字架に留まっていても、イエスはもう十字架の上にはいません。

確かに十字架の上で流されたイエスの血によって、私たちの罪は洗い流されました。

でも、立ち上がって、十字架の向こうに一歩踏み出すことを忘れないでください。

その一歩を踏み出せた時、全てが変わる日となります。


クリスチャン歴20年にもなる私ですが、このメッセージを聞いて

自分は十字架の元に長い間留まっていたことに気づきました。

処刑後にイエスが再び現れる前に、戸を閉めて、二階の部屋で身を隠し、

ビクビクしていた弟子たちとあまり変わらない気がします。


今年の「全てが変わった日」イースターを祝う機に

確実に十字架の向こうに進み出たいと思いました。





3
月8日、12ぶりに日本に帰りました。


事の始まりは、ある日昼寝をしようと、妹の家で

泊まっている部屋に行ったときでした。

昼寝をする代わりに想い出にふけること4時間、遡ること高校時代。

日本での想い出で胸いっぱいになり、無償に日本が懐かしくなりました。

カナダにいる家族が台湾に来るまであと10日。

えっ?ってことは、日本に行けるかも!?


軽い気持ちでFBにそんな心情をポストしたら、

日本の友達から「おいで~!」との声がかかり、これはもう行くしかない!

といよいよ本気で行きたくなってしまいました。

ということで2日で日本行きが決まり、8日に高雄ー札幌の直行便で

念願の北海道帰省!!!となったわけです。


特に予定も立てずに出発したのですが、期待していたよりもずっと多くの友達に

会うことが出来ました。

中には根室から6時間半かけて新千歳空港まで迎えに来てくれた親友と

東京から会ってくれるために帰省してくれた30年の親友。

仕事で忙しい中ミニプチ同窓会を企画してくれた高校の友人たち、

それに忙しい仕事の後に参加してくれた友達。

忙しいスケジュールの中、わざわざ会いに来てくれた同級生たち。

中には15分しか会えなかったけど、「顔を見るだけでも」と来てくれる友達。



20年、30年ぶりに会う小学、中学、高校の友人たちですが、

こんなにも時間が経っているのに、前と変わらずに話が弾み、

楽しいだけではなく、貴重な時を過ごせたことに胸がいっぱいになりました。



それよりも、私との再会をこんなにも大切にしてくれる友人がいることに

言葉で表現できないほどの感動で心がパンパンになりました。

人生の中でこんな友人たちと出会えた恵みに幸せを感じ、感謝せずにはいられません。


こんなにも素敵な友人たちがいたから、20年経っても、30年経っても、

想い出は今でも心の中で生き生きとしているのだと思います。

だから追憶によって蘇った想い出を探しに思いきって日本に戻った私は、

さらに素敵になった友人たちとの再会で溢れんばかりの新しい想い出を

胸にいっぱい抱いて台湾に帰ってくることができました。


たくさんの刺激ももらい、友人たちの頑張りに励まされ、

心がすごく元気になりました。

「ありがとう」では全然物足りないけど、それでもやっぱり

「ありがとう」と言いたいです。












のことも一段落し、もともと父と母が3月に計画していたのもあり、

気分転換にもなるので、妹と義弟が父と一緒に2泊3日のマカオ旅行を計画。

まだここに居候している私も一緒に行くことになりました。


台湾から飛行機で1時間弱で着くマカオに初訪問となったのですが、着いてビックリ...!

空港にあるホテルのシャトルバス乗り場は表示も何もなく、

どのバスに乗るかも定かでない中、

来るバス来るバスに、荷物を引きずった人の群れがあっちにこっちにと移動する。

見ていて笑えるものがありました。これからの3日間、どんなものになるのやら...



ようやくどのバスか分り、人波の中、なんとかバスに乗ることができて、ホッと一安心。


ですが、ホテルに着いて、これまたビックリ! 

ここは...ラスベガスではないか!?




マカオについて、カジノがある以外、何も知らない私でしたが、

ラスベガス in マカオを建設しようとしているみたいです。

ホテル内もホテルと繋がるショッピングセンターも、人と店舗は違うものの、

ラスベガスを思わせるゴージャスなものばかりでした。

そして物価の方も....


2日目、セナド広場/聖ポール天主堂跡/聖ドミニコ教会に出かけていきましたが、

ちょうど日曜だったのもあって、そこは人.人.人

歩くのもままならないほどの人波でした。





マカオに来たら食べるべき一品と言われている「ポークチョップバーガー」

のお店にも長い列が...。




ポークが好きでない私も美味しく食べられました。

パンの部分はフランスパンとメロンパンの2種類があって、

個人的にはメロンパンの方が好きでした。


この日の夜は大好評のダンシング
ワォーターショー「水舞間」を拝見。

 


大人気なだけあって、迫力満点、そのスケールの大きさに感嘆しました。

こちらも値段は高かったけど、その価値はありました。


そして、ダンシング
ワォーターショーの後、マカオで食べるべきもう一品、


マカオ名物エッグタルトを探してベネチアンホテルへ散歩がてらに出発。

「Lord Stow’s BAKERY(ロード・ストーズベーカリー)」

のエッグタルトが有名だというので、ザベネチアンマカオを歩き回って探すこと一時間 

もうお店が閉まっているのではと思うくらい歩いても見つからなかった

ローズストーズベーカリー ...

色んな人に聞いてもなかなか見つからない...

時計は10時過ぎを回り、ようやく見つけた
ローズストーズベーカリーは、

思っていたよりも小さな店舗で、なかなか見つけられなかったのも納得。



こちらもオーダーした後20分待ちという大人気でした。

閉店時間間近だというのに、この混み具合...

苦労して探して、待っただけの価値があることを祈るのみです。

お客さんの中には8~9箱のエッグタルトをお土産に持って帰る人も少なくない。

ようやく出来たエッグタルトを持って、ホテルへ戻った時は既に真夜中近くでした。


でも、エッグタルトは探した甲斐と待った甲斐があった!!!

今まで食べた中で一番美味しいエッグタルトでした。


 



エッグタルトが特別好きではなかったのですが、これならやみつきになりそうです。


気ままに時間のプレッシャーもなく、3日間過ごすことができました。

が、旅行中、やはり母がいない違和感があり、母なしで初めて旅行する父もなんだか

寂しそうな雰囲気が漂っていました。

母と来る予定だったマカオに一人で来たことにきっと複雑な気持ちだったのでしょう。

これからは、出来るだけそばにいてあげたいと思いました。