「城野遺跡公園を実現する会」の会報①~⑤、一挙公開!-城野遺跡をめぐるあれこれ-
2014年9月頃、地元有志が「城野遺跡の現地保存をすすめる会」として陳情署名に取り組んだのが最初の活動です。この「すすめる会」を発展的に解散し、2018年2月12日に城野遺跡西エリア全域の遺跡公園化を求めて「城野遺跡公園を実現する会」を結成しました。大それたことに、会の規約で「会報」を発行することを決めました!人手と予算の関係で年3~4回程度を目標にしましたが、果たして続けることができるか心配でした…。ところが、責任感のある編集委員のおかげで、今のところ、ほぼ計画通りに発行しています!今回、城野遺跡をめぐる出来事や私たちの活動のご報告方々、第1号から第5号までを一挙公開します。第4号では、城野遺跡のほぼ全域が破壊された中、唯一現地が保存される方形周溝墓までもが掘削され損傷するという大事件を、号外にして発行しました。若干誤記もありますが、お許しください(^^;毎回、書きたい記事が多く、小さな紙面に文字のギッシリ感が拭えませんが、素人で一生懸命作った会報です。よかったらお読みください<(_ _)>※ 城野遺跡の九州最大級の方形周溝墓の発掘調査記録の動画“朱塗り石棺の謎”(14分)もご覧ください。何度見ても発見時の感動が蘇ります。↓ここをクリックしてください。https://www.youtube.com/watch?v=QxvY4FBnXq0↑2017年12月までの城野遺跡。足立山をのぞむ小高い丘陵地にありました。●会報第1号 2018/4/12発行●会報第2号 2018/8/5発行●会報第3号 2018/11/4発行●会報第4号 2019/3/15発行 ●会報第4号 号外 2019/3/15発行 ●会報第5号 2019/8/23発行第4号までは、城野遺跡西エリア全域の遺跡公園(案)のイメージ図でしたが、ほぼ全域が造成工事により破壊され、第5号からは大和ハウス工業(株)が寄付した方形周溝墓付近の土地と市が購入した土地(市計画の「史跡広場」)の遺跡公園(案)のイメージ図に変わりました。残念ですが、狭くなっても城野遺跡を学び語り継ぐ現地が残ったのです。弥生時代後期(1800年前/邪馬台国時代)の北部九州と東アジアの歴史を語る遺跡公園として整備活用して欲しいですね。●最近の城野遺跡。ほぼ全域が開発により消滅し、写真左下の緑地部分(方形周溝墓付近のみ)が遺跡公園として整備活用される予定です。市は「史跡広場」と言っています。●城野遺跡の主な遺構の配置と市計画の「史跡広場」の範囲です。