昨秋(2024年10月25日)劇場公開された映画ながら、気付いてみれば既に無料配信されておったようで、そそくさと見てみたのが『八犬伝』なのでありましたよ。

 

 

ちょうど劇場公開される直前くらいに訪ねた鳥取県の倉吉が「八犬伝ゆかりの地」を標榜しており、確か本町通りそぞろ歩きの折りに立ち寄った醬油屋さんだったか、店内で映画のフライヤーを手にしていたことから、そのうち見てみるかと思っていたわけでして。

 

とはいえ、どちらかというと伝奇ファンタジー系からは敬して遠ざかるタイプだものですから、「八犬伝ねえ」という思いもあり。ですが、ことほどかほどによく知られた話をよく知りもせずにほっといていいのであるかいねとも。ま、恐る恐る覗いてみたという具合でありますよ。

 

ところがところがこの映画、『南総里見八犬伝』の話が語られはするものの、全編のストーリーの中では添え物的立場に立たされてもいたような。なんとなれば、『八犬伝』というタイトルながらその作者である曲亭馬琴、滝沢馬琴こそが主人公であったのであるかと気付かされたわけで。だいたい、フライヤーの真ん中に配されたじいさん然とした役所広司、いったい誰の役どころと思えば、これが馬琴先生なのですからなあ。

 

ですので、伝奇ファンタジー系八犬伝をこそ楽しみにしていた向きがあるとすれば、大いに肩透かしを食らったかも。個人的には、玉梓の怨霊が「『ロード・オブ・ザ・リング』みたいだのぉ」というくらいの余裕で見られたのは幸いでしたけれどね。

 

それにしても、そもそも『南総里見八犬伝』は馬琴が28年も掛けて、しかも晩年には視力を失った馬琴が息子の嫁・路(黒木華)に口述筆記をさせた結果に完結した超弩級大作なのですから、おいそれと映画一本の尺の中で使いこなせる題材でもないのでありましょう、きっと。

 

とまあ、2時間半の全体の尺の中で、『南総里見八犬伝』のお話(超ダイジェスト版でしょう)を半分、滝沢馬琴本人と取り巻く家族、友人などを描いた部分が半分ということになりまして、先ほども申しましたように全編の主人公は馬琴先生と思うところなわけですが、こっちの方はこっちの方でやっぱり少々薄い話にもなりがちかと。例えばですが、最後の最後、視力を無くして原稿が書けなくなった馬琴に口述筆記を申し出る路はこの上なく健気ながら、そも読み書きに通じているでもない者には無謀の挙とも言えようかと。単に義父を見ていて不憫に思ったでは済まないものがあろうだけに、ちと薄いか…といったような。

 

ただ、そんな部分を論ってはひたすら腐すだけになってしまうわけですが、「!」と思ったあたりにも触れておきましょうね。たびたび登場する葛飾北斎(内野聖陽)との軽妙なやりとりにも含みはありましょうけれど、それ以上にちょい役で登場する人物たち、渡辺崋山や鶴屋南北とのやりとりこそ目を止める、否耳を貸すべきところなのかもでありますよ(気になる方は本編をご覧くださいまし、笑)。

 

ということで、『南総里見八犬伝』のお話でなくして『八犬伝』成立の物語、それなりの興味を持って見たものでありました。