先日、トッパンホールでランチタイムコンサートを聴いた折、例によって立ち寄ったのがホールと同じ建物内にある印刷博物館のP&Pギャラリーでして。入場無料の展示施設とあって度々立ち寄っておるわけですが、開催中であったのは昨年同様ながらまた一年経ったのか…と感慨深くもなる「世界のブックデザイン」展。これの2022-23を覗いてきたような次第です。

 

 

今回も世界各地で開催された「美しい本」を競うコンペティションで入賞した作品(要するに「本」)がたくさん展示されて、実は思うところは昨年とまったく同様に、「本来、本は複製性に優れたものであったのが、もはや稀少性を追求するようになったのであるか…」と思える作品(もはやそのように言うべきでしょうかね)があれこれと。ですが中には、取り分け日本の「造本装幀コンクール」においては、(もちろん「これが本?!」というくらいに奇を衒った装丁の本もありますが)比較的通常の商業ベースに乗った書籍らしい書籍、いわば本らしい本も受賞作には含まれていたような。

 

で、本展の印象というところからはちと離れますが、そんな普通の本っぽいながら受賞作の中で内容が面白そうだなと思ったものがありましたので、読んでみることにしたのですな。グラフィックデザイナーの佐藤卓が著した『マークの本』という一冊、ちなみに「第56回造本装幀コンクール」では読書推進運動協議会賞を受賞していたようです。

 

 

そうは言っても見た目はフツーの本と思うところが、ま、見る人が見ればキャッチ―な装丁であるてなことになるのかも。カバー絵はそもそもグラフィックデザイナーとして数多のロゴやマーク(ふたつ合わせたものをロゴマークというそうな)を作り出した著者のマーク作品だということで。本来は雨を除けるために差す傘をさかさまにもって雨を集めるような形のマークは、ひたすらに水を消費するのでなくして、むしろ水を集める、大事にしようねというメッセージでもあるようですな。そんな作者のロゴ、マーク作りの真髄(?)を語っているのが「はじめに」に見られますなあ。

「伝えたいことが山ほどある」のは組織やブランドの常ですが、顔が複雑になれば膨大な情報が錯綜している社会においては紛れてしまい、覚えてもらえないでしょう。複雑な中身を理解し他にはない顔をつくる作業は、存在理由をひと言で言い切る、理念のビジュアル化とも言えます。

ということで、このデザイナーのことを過分にして知らずであったわけですが、作品集たる本書のページを繰ってみれば、「あれも!これも?」という具合ではありましたですねえ。武蔵野美術大学美術館・図書館のロゴ、ミツカンミュージアムのネーミング&ロゴ、岐阜県現代陶芸美術館などで見かけた「CERAMIC VALLEY Mino Japan」のマーク、はたまた山種美術館のマークなどが出てきて、美術系施設の依頼があるということは、(素人目にはともかくも)やはりビジュアルな面での評価が高いということなのでもありましょうかね。

 

ちなみに山種美術館のマークは。(同館HPの左上にも大きく掲げられておりますが)丸い外枠の中に微妙につながらない部分のある格子模様が描かれておりまして、この格子模様が「YAMATANE」と「日本画」という文字を組み合わせて出来上がっていたとは、それと聞かねば「おしゃかさまでもきがつくまい」ことであろうかと思ったり…。

 

もそっと身近なところでは、ロッテのガムにつけられたマークでしょうか。キシリトールガムのパッケージにある十字の星のようなものは「奥歯を上からみたところ」とか、またクールミントに描かれたペンギンの行列には一羽だけ違うボーズをしているとか、それぞれにそれなりの意味がある…ようですが、どこまで一般消費者に伝わっておりましょうかね(ま、個人的に全くぼんやりしているからだけなのかも)。

クライアントの話に耳を傾け、依頼に至った意図や背景を把握し、社会の状況や人の価値観、未来予測などと照らし合わせながらビジュアル化して、それを共有し調整を繰り返し、最終的な形へと落とし込んでいく。ひとつひとつの仕事が唯一無二で同じ経験は二度とありません。

やはり本書の「はじめに」にある言葉で、仕事に対する矜持が窺えるところですけれど、どうも消費者の側はこうした思いに追いついていないような。というよりも、消費者側の消費の流れが速過ぎるのかもしれませんですね。よもや(といっては失礼ながら)ロゴやデザインに触れて「玩味」を思うとは予想もしませんでしたが、一般消費者(自分自身を含めて)は何ごとにつけ、せわしくありすぎているのかもしれんなあと、思ったものなのでありました。翻って、本の装丁、デザインを愛でるようなこともせわしさの中でスルーしているのでもあろうかと…。