今でこそ志野茶碗といえば美濃焼となっておるわけですが、かつてやきものの器一般に「せともの」と一絡げにされていたこととも関わりましょうか、志野茶碗も瀬戸窯から出たものであろうと考えられていたようですなあ。

 

そんな状況は昭和の初めになっても続いていたようですけれど、その通説(?)をひっくり返す発見をしたのが、多治見の陶工・荒川豊蔵であったと。多治見市美濃焼ミュージアムの「発見由来」なる解説にはこのようにありましたですよ(ちと長いですが)。

昭和5年、豊蔵は歴史的発見をします。
当時、北大路魯山人が築窯した鎌倉の星岡窯で豊蔵は窯場責任者を務めていました。4月、「星岡窯主陶展」のため、北大路魯山人と名古屋へ出向きます。その際、かねてから「いい志野」を見る必要があると感じていました。そこで古美術商の横山五郎から「志野香炉」と「志野筍絵茶碗 銘玉川」を見る機会を得ます。「玉川」を見た豊蔵は、高台に付着した土を見て、志野、織部が瀬戸で焼かれたという当時の通説に疑問を持ちます。そこで、かつて叔父の案内で行った、岐阜県可児郡久々利村の大平、大萱の古窯跡で陶片を拾った記憶が蘇りました。そして、大萱の牟田洞の古窯跡で「志野筍絵茶碗 銘玉川」と同じ筍絵の志野の陶片発見に至ります。
これが日本の陶磁史の通説をぬりかえる、大発見となりました。

豊蔵にとっては、地元・美濃で焼かれたものであったのだ!ということが大いに刺激になったか、この後、「大萱古窯の近くに窯を築き、志野や瀬戸黒など桃山陶の再現に邁進」していったとか。精進が実り、昭和30年には人間国宝に認定されたこの地元陶工を讃えて、ミュージアムには「荒川豊蔵展示室」という一室が設けられているのでありますよ。

 

 

弟子の加藤孝造(やはり人間国宝)が収集した荒川豊蔵コレクションには、やきもの作品だけではなくして、このようなものも。どう見たってこれ、本阿弥光悦俵屋宗達の合作とされる『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』ですよねえ。

 

 

本物は京都国立博物館所蔵ですので、もちろんこれは複製ながらも何故ここに?ですなあ。若い頃には画家を志したこともあったという豊蔵は書画にも多大なる関心を抱いていたそうな。で、予て宗達の作品を手に入れたいと考えていたところへ、「昭和34年頃、ある旧家から宗達の絵巻があるという知らせが入り」、「1年後入手する運びとな」ったのがこの作品であると。ここでも豊蔵は「世紀の大発見」に関わっていたのですなあ。

 

 

ちなみにこちらの軸は、画賛ともに豊蔵の作。なんとなく筍柄に見える志野茶碗を描いて、古志野の発見由来が記されているそうでありますよ。それにしても、画賛いずれも達者なものではありますまいか。でもって、こちらが荒川豊蔵作の志野茶碗でありますよ。

 

 

 

豊蔵は志野の魅力を「味わいは温雅にして豪快、桃山文化の一つの花である」といったそうですけれど、個人的に「豪快」の印象を得るところまではいっていないものの、「桃山文化の一つの花」というのには「そうだろうなあ」と。ここまででもさまざまな技法で作られた茶碗などを見てきたわけですが、志野ほどに華やぎのあるものはないような。他が押しなべて渋く迫ってくるだけに。

 

実は志野焼にもいろいろとバリエーションがあるようながら、とにもかくにも長石を用いたという志野釉がもたらす白色は決め手と言えるような。ただでさえ、甘い砂糖掛けを施したように見えて、上の方は和菓子、厚く掛けまわした下の方は洋菓子と、いずれもついつい菓子を思い浮かべてしまったりも。

 

 

豊蔵作ではありませんが、これなんかもう滴り落ちる生クリーム状態で、「潮騒の詩」なんつうタイトルもまるっきり器そのものが茶菓のようではなかろうかと。その実はさほどに甘いものが好きなわけでもないのですけれどね(笑)。

 

ちなみにこの器自体は青白釉茶碗ということで志野ではないのかもですね。志野にはもひとつの個性として、肌が粗い部分があるといいましょうか、クレアラシル使用後みたいなところがありますですね。ただ、これもまた味わいということで。

 

 

と、志野焼をして先ほどは「豪快」の印象までは…と申したですが、茶碗よりももそっと大ぶりな器を目の当たりにしますと、気付かされるところもあるような。再び荒川豊蔵作で「志野山の絵水指」です。

 

 

ところで、荒川豊蔵が人間国宝と認定されたのは「志野」と「瀬戸黒」の技法をもって、ということのようですけれど、古来の美濃焼の技法をあれこれ研究したのでしょうなあ。ここには、染付や唐津風、黒楽茶碗などの作品も展示されておりましたですよ。

 

 

ま、この後も引き続き美濃焼あれこれの見聞が続くことにはなりますが、取り敢えず多治見市美濃焼ミュージアムは十分に堪能した次第。何しろこのミュージアムだけで都合7回(かな?)も引っぱってしまいました。ですが、ひとまずこれで他の場所の話(といってもまたやきものですが)へと移れます(笑)。