本日、9月の復職に向けての話し合いをしてきました。

私が持っていった選択肢は3つ。

第一希望 新規事業
第二希望 元の部署 ※但し、これからは我慢しないので周りとぶつかる事も辞さないです。
第三希望 辞めます。

前回のBeトレの質問タイムでぢんさんが言っていた「本当に好きな仕事をしているのであれば、嫌な仕事もやれてしまう」。(メモが無くて正確さは微妙だけど)
自分の中でこの言葉がずーっと残っていて。

私は好きな仕事をしていた。そこには好きじゃない仕事も含まれていたけど、苦じゃなかった。
でも上司と折り合いがつかず、体調を崩した。
休んでる間に自分の受け取り方が変わった部分もあるけど、上司に対する思いはそんなに変化が無かった。
嫌な仕事=上司だとすると、どう解釈すればいいんだろう???

上司との関係性に活路が見出せなければ、好きだと思っていた仕事は好きじゃないって事?
でも仕事相手も好き嫌いで選んでいいって言ってたし・・・

しかも先月電話で人事の人と経過を話した時は、同じ部署に戻したくなさそうだったしなぁ。

ずーっとずーっとぐるぐるしてた。

で、先日やっと気付いた。
私は上司がイヤと言うより、会社に揉めちゃいけない雰囲気があって遠慮しているのがイヤだったんだと。(実際、休職前に他の幹部に直談判した際に言われた)
自分を殺してまで、尊敬できない上司を立てるのがイヤだったのだと。

よし、揉めてやろう( ̄▽+ ̄*)

私が背負う必要の無いものは返してしまおう!

そう決意したら、ふと思い出した。
新規事業の話が出てると言ってたっけ。
社長次第でポシャる可能性大と言ってたけど、やるんだったら夏から人が必要って言ってたけど。
あれなら、形は変わるけど好きな仕事が出来る。
あの上司もいない。
言うだけ言ってみようかな。

で、どっちもダメなら、辞めちゃおう!
っていうか、その場合はきっとアドバンスに呼ばれる。

アドバンスを申し込んで、リアルに会社を辞めることについて考え、覚悟を決めたからこそ出せた今回の結果。

一切妥協はしないでおこうと思った。自分のために。

だからすんなり第一希望が通ったら、この道がベストって事。
きっとアドバンスは呼ばれない。
そう思って、話し合いの場に臨んだ。

結果は・・・あっさり第一希望で決定ヾ(@^▽^@)ノ
ということで、アドバンスも予想通りの結果だった(笑)

一緒に新規事業をやる人に“たくさん、ぶつかろーね( ´艸`)”って言ってきた!
あと、もう我慢しないで仕事以外のこともやってきたいから、他の人に任せられそうな現場は極力行かないようにします、って言ってきた。
本音言ったけど、大丈夫だった。OKだった。
本日のミッション完了!

今まで、里にいるようで半分山にいた様なもんだった。
9月からいよいよ本当の意味で里に下ります。
痛い思い、辛い思い、つまずきもいっぱいありそう。

でも里で1人マスターコースアドバンス”やる事にしました。
タンもごきぶりも、う●ちも・・・みーんなまとめて、仲良くしたるー!

マスターコースアドバンスに申し込むということを思い切ってやってみたその先に、アドバンスを“受けてもいい”し“受けなくてもいい”があった。(今は受けなくてもいいが優勢・笑)

カウンセラーになりたいと思っていた時期もあったけど、ぢんさんを知って心屋流を知って、逆にその気持ちはぼやけた。

アドバンスにはカウンセラーになるためにではなく、自分をなんとかしたくて申し込んだ。
あと、仲間が欲しかった。

でも、アドバンスに申し込んで、怖いことを怖いまんまで飛び込んでみて。
アドバンスに行かなくても自分はなんとかなるかもって、何か知らんけど思っちゃった。
仲間は・・・・・・・そのうち出来ればいいやって思えてきた。

ただ、潜在数秘術で自分の数字を見てもらって、決意した。
背中押された。

アドバンスに行っても行かなくても、ココロに携わる事やっていこうと思います。

カウンセラーになるかはわかんないけど、人のココロに寄り添う事をやっていきます。

当面は復職して、働きながら準備を進めていこうと思います。

私の今までの経験全てを活かす方法、少し掴みはじめた気がする(*^-^)b




ぼけーーーーっとピグをしていたら。

“どんっ”

大きな低い音が聞こえてきた。

続いて、
“バラバラバラッ”

・・・雷?

ゲリラ豪雨くる?と思ったら、ちょっと音が違うみたい。

しばらくその音に耳をすませる。(めんどくさいので見にまではいかない・笑)



花火だー

花火・・・何年もコンサートぐらいでしか見てないな。
見たいなぁ。

そう思ったら、昔付き合ってた人がめんどくさいと言って花火大会に行ってくれなかった事とか、どうせ興味ないって言われるだろうと友達を誘えなくて、私は友達いないなぁって思ったこととかが次々とよみがえってきた。

その記憶が、胸をきゅーーーっと締め付ける。

“私、さみしいよ(ノω・、)”、“私の話聞いて欲しいよ・°・(ノД`)・°・”、“私の事、好きって言って欲しいよ。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。”が「ここだよー!!!」って言ってる。

うまく言えないけど、そう思った。

「よし、私が花火見せたる(*^-^)b」

まずベランダに出た。
気配はわかるけど、煙しか見えず。
その辺にある服を引っ掛け、家を出て音のする方へ。
火の粉が見えてきた。そのまま進む。もどかしくて走る。
何事かと何人かの視線を感じたけど、そんなの関係ない。

見えた!

なんだかんだで、ちゃんと見れたのは10分位だったけど。
その10分は、ただただ、花火の美しさを感じた。
拗ねてない自分が感じる花火はキラキラと美しかった。

そして帰り道を、とぼとぼと歩きながら
そっか、私が私を迎えに行ってあげればいいのか、と思った。

色んな記憶の中で

怖いよー
さみしいよー
かなしいよー
ここにちゃんといるよー

と言ってる私を、優しく抱きしめてあげられるのは、やはり私なんだ。

彼には彼の想いが、とか、友達に言えずに諦めてしまった自分の拗ね、とか。
そういうのはBeトレとかぢんさんの本読んだときとか他の機会に振り返るとして。

今日は、自分で自分に花火を見せてあげられた事が嬉しかった。
今の自分が、昔の自分の役に立てた事が嬉しかった。

インナーチャイルドのワークとか、“自分を大切にする”とか、イメージが浮かばなくてモヤモヤしてたけど、こういう事なのかな?



ペタしてね読者登録してね

なんとなく1話を観て、それから毎週録画して観ている。
観てると色んなシーンで心がザワザワする。

まだ埋まってる私の地雷が疼いているんだろう。

そんな風に感じる事も最近は少し楽しみになってきた。

ヘンタイ(笑)


今日はひでこさんのオープンカウンセリングに行ってきた。

オープンには何故かいつも遅刻してしまう。(元々ギリギリガールズではあるけど、オープンの遅れっぷりは抜きん出ている)
東京生まれの東京育ちなのに乗換えで逆方向の電車に乗ってしまう事が度々。
行った事があって場所のわかる会場でも、進行方向を何度も確認して電車に乗っても、何故か乗り間違える。
もしくは私では無く電車自体が遅延する。
または体調が万全でなくなる。

オープンで怖い思いをしたこと無いのにな。
自覚無いけど、まだ自分を知ることに抵抗している部分があるのかな。

今日も乗り換える駅を間違え、さらに逆方向の地下鉄に乗り(意識は東銀座に行きたいのにカラダは六本木を目指していた(/ω\))、やっと目的地にいける電車に乗り込んだ頃、そんな事を考えていた。

そしたら、ふと「今日は“遅刻しても堂々とする”をチャレンジしてみよう」と思いついてしまった。
遅刻するとドキドキする。
どうしよう(@Д@;、って思って、焦る。開催してる人にも、そのタイミングで相談してる人にも申し訳ないなって思う。
でも、あえて今日は堂々とした態度で臨んでみよう。
もちろん“ごめんなさい”は前提としてあるんだけれども。

20分遅れで会場着いた。
いつもみたいにコソコソしないで、普通に席に座る。
ホワイトボード見る。相談内容がわかる。入り込む。
・・・逆にスムーズかも?
どうしよう(@Д@;、が勝ってる時は、自分にフォーカスが行き過ぎてるから、その場に馴染むまでの時間が長く感じて、さらに自分を責めてしんどくしてしまうのかな?

よし、“堂々する”採用!
あぁ、楽になるって気持ちいい!

肝心の中身ですが。。。

今日も、私の代わりに
私の不安を口に出してくれる人
私の怒りを口に出してくれる人
私の弱さを口に出してくれる人
私の欲しかったものを教えてくれる人

ばかりでした。

小さい頃の私
過去の私
今の私
未来の私

がいました。

私をいっぱい見せてくれてありがとうって思いながら聞いてました。

これが、オープンの魅力なんだよなぁ。
自分が発言しなくても、めっちゃ濃い時間になる。
見ない様にしてた自分を掘り起こす気付きだけじゃなく、自分の受け止め方の変化に気付きやすい。
あぁ、前は私もそう思ってたけど、いつの間にかそこは気にならなくなってたな、とか。

今日も沢山気付きをいただきました!

あ、あと今日はいつもとちょっと違うことがあって。

書いた文章を隣の人とシェアさせてもらう機会があったの。
自分の書いた文章なのに人に読んでもらうと、なんかスゴイ元気づけられて。
いい文章だなって自画自賛の嵐( ´艸`)
そしたら、読んでくれた方も「この文章、私も欲しい!」って書いた紙を写メって持って帰ってくださいました。
思いがけず喜んでいただけて、私も褒めてもらって、すごく嬉しかったなぁ。

大好き、オープンカウンセリングо(ж>▽<)y ☆

そして帰り道ふと思ったこと。
私が遅刻するのは「目立ちたい!」の表れなのかな、と。
決して悪目立ちしたい訳じゃないし、遅刻したことで目立つのは本意ではないんだけど。。。
でも未完了の想いが無意識にこの行動を取らせてるのかなって思った。

ひとまず、「yo-yoちゃんが一番大事だよー、一番大切だよー」って、「yo-yoは一番がいいの!」って、しばらく呟いてみようかと。
これで変化があったら、めっけもんだよね。
人体実験、楽しみー( ´艸`)


ペタしてね
読者登録してね
・・・ポチっとなしてもうた。マスターコースアドバンス

う"ーーーーーー怖い。
申し込んでしまった自分が怖い。
そして、これからが怖い。

現時点で貯金ゼロ。身内でお金を借りられる人ゼロ。神社のミッションもまだ結果出ず。
締め切り後に休職明けに向けての面談を控える今、休みが取れるのか、それとも“だったら、もう来なくていいよ”って言われるのか、“だったら、もう辞めます”って言っちゃうのか、そもそも休みが欲しいって言えるのか全く不明。

だから、今回は資格が無いと思ってた。
ちゃんと準備して、次回に備えようって言い聞かせてた。

でも、諦められなかったんだよなぁ。
前回のBeトレでぢんさんが言ってたインセプションの例えじゃないけど、一回自分の中に刻まれてしまったキーワードを無かったことには出来なかった。

そのせいか、条件設定して間口狭めてるのに、「勝手にあきらめたらあかん」って言うぢんさんの言葉も、私にはお笑いで言う“フリ”にしか思えなかった。
「条件なんか満たして無くてもチャレンジしちゃえよ( ̄▽+ ̄*)」って。

そしたら、脳内で諦める方向に言い聞かせてた自分に「それって本当?」が始まった。
いくつかの質問をしてるうちに・・・:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

“「迷惑をかけてもいい」という概念を教えてくれた本人に「迷惑をかけてもいい」とぶつかってくのは、今からでもできる”とか“どーしようもない所まで追い詰められないとこんな金額出そうとは思わないんだから、どーしようもない私を隠す必要は無いんだな”とか、手詰まりだと思ってモヤモヤしてた心に少し希望が出てきた。
そしたら、今度はその無謀なチャレンジを試したくて試したくてしょうがなくなって(笑)

で、ちょっと日にちをまたいで今朝、いざ申し込みフォームを前にしたら、やろうとしている事の大きさにおののく私。

だって、めっちゃ怖いよ。
めっちゃリスキーだよ。
しかも、お金払えないかもよ?
休み取れなくて会社辞めないといけないかもよ?そしたら、さらにお金どうすんの?
ちゃんと準備して、ハードルも事前にクリアして応募してる人に対して失礼なんじゃない?
そもそも、失礼になるほど相手にしてもらえるのか?自意識過剰じゃないか?自分。
万が一、キャンセルして、次の申し込みの時に不利になったらどうしよう。。。

次々に怖いことしか考え付かない。
ジタバタして、怖くて怖くて、泣けてくる(ノω・、)

なのに、この“チャレンジしてみないと諦められない”という衝動は収まらない。

うまく言えないんだけど、目にするもの、耳にするものから同じメッセージが自分に発信されてくる時があって。
ここ数日、ドラマを観ていても本を読んでいても人と話をしていても“自分の直感を信じる”というメッセージを受け取り続けていた。

正直、チャレンジしたいという気持ちが、自分の直感なのか、何かの恐れによる思いつきなのか、問い続けたけどわからなかった。
でも、ひでこさんのカウンセリングを受けたときに言ってもらった“自然に口をついて出た言葉が花丸”という言葉を信じて、やはり土俵にあがる事だけはしておこうと思った。

もう、何が何だかわかんないけど、そのまんまぢんさんに丸投げしよう。
怖いまんまだけど、なんも解決してないけど、もういいや。
ぢんさんに決めてもらおう。

送信ボタンを押した後、強烈な頭痛に襲われて、横になるも悪夢の連続。
そして、左の首から背中に掛けて痛みが走る。手首もなんか痛い。
どんだけ力んでたんだろうか(/ω\)

送信ボタンを押してから半日以上が軽く経ったけど、お金に対する不安も休みに対する不安も開き直れないまま。
この気持ちを抱えて、一週間以上過ごすのか。しんどいな。。。
ぢんさん、早く“今回じゃなかったね”って言ってくれないかな(笑)

じゃあ、応募しなきゃよかったかというと、そういう事ではないところがまた不思議で。
アドバンスのことを考えるところから始まってるっていうのは、こういう事なんだなぁと思います。
大きいブロックは外れてないけど、小さいブロックは外れていたりするし。

こうやって文字にすると。
もの凄くめんどくさい私が浮き彫りになります。
自分で書いてても、ちょっと辟易します(゚ー゚;
ツッコミどころも満載です。
自分を責めそうになるもう1人の自分が騒ぎそうになります。

でも、そのめんどくささをそのまんま出すをやってみようと思いました。

そういう事なのだと思います。
自分と向き合うと決めたのは私です。

でも、感情を解放しようと意識しはじめたら、とても疲れました。

だって、今までを取り戻すかのように“わかって!、わかって!頑張ったんだから!”っていう自分がしょちゅう騒ぐ。
今までごめんねって受け止めようとするけど、自然にできない(思えない)事のほうが多い。

勇気を出したけど、「損してもいい」ってやってみてるけど、結果「損してる」って感じる事のjほうが多い。

って事は、私はまだ自分を「囚人」だと決めてるの?
そこから抜け出すって決めてるのに、なんで?
よくわかんないよ。

隣の芝生は青い。
それも青々と生き生きしてる。

自分の毎日の中だって、結構奇跡は起こしてる。
でも、人の奇跡のほうが素直に“スゴイ!”って思って、その後に羨ましくなる。
それが、今の私。

自分は自分でいいって頭でわかってる。
次は自分の番だから、羨ましいって思わなくていいってぢんさんも教えてくれた。
でも、セッションやセミナーで“そうか”ってどんどん輝き出してる人見るとやっぱり羨ましいって思う。
どんどん仲間が増えてく人みると、やっぱり羨ましいって思う。
それが、今の私。

たまたまだって頭でわかってる。
でも、勇気出して言ったのに、他の人のところにはコメントしてるのに・・・とか、他の人のところは読者になってるのに・・・って思う。
たまたまかもしれないけど、そういうのはイヤ。
悲しい。
それが、今の私。

人が好き。
人と話すのが好き。
でも、傷つくのは好きじゃない。
傷つけるのも好きじゃない。
「傷つく」という選択を私がしたと、「傷ついた」という選択を相手がしたと頭でわかっていても。
だから、人と話すのが好きじゃなくなる時がある。
人が好きじゃなくなる時がある。
しかも、結構長引く。
自分が何かを投影しているというカラクリを頭でわかっていても
それで心が落ち着くかといったら、ザワザワしたまま。
それが、今の私。

個人セッションしてもらったり、セミナー行ったり、Beトレ行ったりして
そこで新しい自分に会った気にすぐなるけど、その魔法が解けるのもすぐで。
ココロの勉強しても、“でも”と“やっぱり”の世界にまだいる。
それが、今の私。

“こっちは楽だよ~”っていう、そっちに行きたいのに・・・

何年経っても私にささる曲がある。



当時ドラマの主題歌だったこの曲の、あるフレーズ。

何も起こらないように願って 誰とも関わりたくなくて

でもそんな日々を過ごす為に ここまで来た訳じゃない。


先日また耳にする機会があって、またこのフレーズで涙が出た。
いつも同じ場所。
私は、いまだにそこにいるのかもしれない。

それって悔しい。

でも、しんどいのです。
もう、疲れたのです。

それはなぜか?
楽しくないから。

だから、一旦やめます。
自分と向き合うの。

この言葉をお守りにして、一旦さよーなら。




ペタしてね

自分の心と向き合うと決めてから、もう、随分泣いたと思ってた。

でも今日、お話会でもセッションでもいっぱいいっぱい泣いた。
帰ってきてからも、戴いた紙を見ながらまた泣いた。

ココロの勉強や叔母との奇跡の会話で、自分や他人への怒りも随分癒されたと思っていた。

不幸の連鎖を断ち切るために、
そして、1人息子である父の子孫を私の代で終わらせるために
結婚・出産をしないと無意識に決めていた事に、5,6年前に気づいて、その執着も手放したと思っていた。

でも、お母さん大好きお母さん大嫌い
お父さん大好きお父さん大嫌い
言えない私がまだいた。

まだまだ怒っているんだ。
そして、まだまだ怒ってるのに、いい加減怒ってはいけないと思って、長年の相棒の“感情のフタをする癖”をやってたんだ。

その私の前で
ひでこさんは私(の表面上)以上に、怒ってくれた。
ひでこさんは私の心に寄り添うように、時折鼻を赤くしながら、話を聞いてくれた。

ものすごくものすごく嬉しかった。

虐待かも?じゃなくて、虐待だって認めていいんだ。
私、つらかったかも?じゃなくて、つらかったって認めていいんだ。
そう、自分の身体を使って教えてくれたから。

怒り疲れて小さくなるまで、胸張って怒り続けます。ぶつぶつ・・・・呟きます。
そして、ココロの強制収容所から出る決意しました。
また反射的に自分を責めてしまっても、離れたくなるまでそれを抱きしめて、何度でも出る決意します。

私、よく頑張った。
すごく頑張った。
私がすごい奇跡を起こした。
看守はもういないよ。


素敵な言葉をありがとうございました。

あと、いまこのブログを書きながら“感情のフタ”に愛情?感謝?(どっちだろう?)を感じています。
“感情のフタ”をしなかったら、私は自分が壊れるか、父を殺すか、のどちらかだったから。
“感情のフタ”は私を守ってくれていた大事なモノ。
だから、まだいてもいいよ。

いまチハラトークのDVDを観ている。

私はジュニアが語るせいじのエピソードが大好き。
今回もせいじの破天荒エピソードが出てきたのだが、“ありのままの自分の方が魅力的”って正にこういう事なんだろうなという話があった。

関西の番組で、芸人が素人の女性3人を1日おもてなして女性達からつけられた点数を競う、という企画があったそうだ。
その時のせいじは、女性陣の名前も聞かず年齢で呼び、TVの撮影という事もお構いなしで、もてなすと言うより自分の好きなように、“いつも通りに”傍若無人に振舞っていた。

なのに、最終的には、頑張ってプランを練ってもてなした他の芸人に大差をつけて、せいじが勝ってしまったらしい。

誰とでもすぐ仲良くなってしまうせいじ。
人間だけじゃなく、某放送局が1週間張っても撮れなかったサルの珍しい食事シーンを、難なく間近でみれてしまうせいじ。(しかもサルはせいじからカキを手渡しで受け取って食べたそうだ。)

せいじがせいじであることが、最大の魅力なんだなぁ。

私もひらひらするぞ!


関西の番組、たぶんこれ↓
「一緒におっておもろい力」
http://www.mbs.jp/mabushii/201111-omoroi.shtml


チハラトーク #8 [ 千原兄弟 ]
¥3,823
楽天
ワクワク学校から這うようにして帰ってきて、その日はもう具合が悪くて動けなかった。

次の日。
熱、38.5。

ただ、家にあまりにも何も無かったので、スーパーへと向かう。
朦朧としながらも、“神社のミッションやらなきゃ”と思い立つ。
むしろ、この朦朧とした勢いじゃないと出来ない気がした。

Beトレのあの会場で勢い良く手を挙げたけど…
すでにあの日の帰り道で、諭吉はキツイな、一葉にしようかな、と迷いはじめ、
いざ神社へと向かいはじめた時には、“さ、三千円でもいいかな”とすっかり小心者の私が頭を占領していた。
このままではイカンと思い、“自分のできる範囲でいいって言ってたし、私は本当はいくら出したいの?”
自分のココロに聞いてみた。
反応無し(笑)

もうしょうがない、神社に着いてからのフィーリングで決めよう。
そう決めて進み続けたけど、手汗びっしょり、心臓バクバク、熱も上がってる気がして、“私、どうするの?どうしたいの?”が止まらない。
同時に、自分のお金のブロックはこんなにも頑丈なんだ、と痛感した。

10年振りくらいに行くその神社への道のりは、こんなに遠かったっけ?と思うくらい長かった。
間違えたかな?と周りを見回したとき、昔ながらの文房具屋さんが目に留まる。

私は昨日のチャリンチャリンの授業を思い出していた。

色鉛筆が50円が102パチパチなんだとしたら、10000円は何パチパチになるんだろう?

私が自分の手元から感謝してお金を送り出したら、同時に同じだけ感謝されるって事でもある訳で。
そして、これが何倍にもなって返ってくるって事は私はどれだけの人にパチパチされるんだろう?って考えた。

なんだか、楽しくなってきた( ´艸`)

そして、沢山の人が拍手をする場所のイメージと言ったら、私にとってはコンサート会場。
3000円だったら、いってもライブハウスかな、それか渋谷公会堂くらいかな。
諭吉だったら…東京ドーム?

なら、私、東京ドームでみんなにパチパチされたいっ!!!

ハイ、決定ー(〃∇〃)

神社に着く直前に、やっと答え出ました(笑)


お札が私の手から離れ、手を合わせた瞬間。
私の頭の中では、東京ドームで沢山の喝采を浴びている光景が繰り広げられていました。
あれだけ沢山の人にパチパチされたら、もう“感謝”しか浮かばないですね。

沢山の“ありがとうございます”を唱えて、神社を後にしました。

そしたら、行きと帰りで全く同じ道を歩いてるのに、自分のココロが全然違うんですよね。
あんなに遠く感じられた道のりもあっという間だったし。

その後、しばらく体調不良で伏せっていたので、あの日のことは幻のような感覚にもなりましたが、私のお財布の中にいた諭吉さんがいなくなっているので現実だったみたいです。


まだ、これだ!という事は起きてませんが、スロースターターな私のところには忘れた頃にやってくるのでしょう。