時系列無視ですが、書きそびれていたものを書けるものからあげていきます。

6月のBeトレの次の日、私は東京ドームにいました。
前日に脳を使いすぎたせいか、もの凄く具合が悪かったのですが、それでもどーーーーしても参加したいものがあったから。

それは

嵐のワクワク学校~毎日が輝く5つの授業~ です。

元々は2011年に起こった東日本大震災をうけて、予定していた夏のコンサートを変更して被災地支援の為に電力(それも自家発電)使用を最小限に抑えて行われたチャリティーイベントです。
2011年で終わる事無く、今年で3回目の開催となりました。

昔のギラギラした彼らも好きなので、あまりにも広い世代に受け入れられて誰に対しても口当たり良い活動や内容のコンサートを観ると、淋しくなるときもありますが。
でも、彼らがこれだけの市民権を得たからこそ、その影響力で出来る素晴らしいものもあるので、こういった活動は続けていって欲しいな、と個人的には思います。


このワクワク学校のテーマは『日々是気付』。
このテーマに沿って、メンバー一人ひとりが先生となって、何気なく過ごしている日々のちょっとした事をピックアップして、その大変さや素晴らしさを嵐流に教えてくれます。

今年は
・スヤスヤの授業
・チャリンチャリンの授業
・パクパクの授業
・チクタクの授業
・ワイワイの授業

という5つの授業でした。
※詳しい内容をお知りになりたい場合は、たくさんの方が詳しくレポされてますので検索してみてください。

自分の中で印象に残ったのは、翔くんによる“チャリンチャリンの授業”

翔くんからの第一声は「この中で、お金大好き、お金持ちになりたい人~?」

あれ?デジャヴ?翔くんがぢんさんに見えてくる・・・は言い過ぎだけど(笑)、タイムリーな話題にビックリ。

肝心の内容はというと、ピンクの色鉛筆1本の価格相場は50円前後だそうなのだが、それが売場に並ぶまでには102人の人が関わっているそうだ。
お金を払うということは、モノを手に入れるだけでなく、そのモノに関わった人へ拍手をする行為。
円という単位ではなく関わってくれた人への感謝=拍手という単位に置き換えると、この色鉛筆は102パチパチになる。
日本はお金儲けについて、あけっぴろげに語らない風潮があるけれど…
お金を払うことは感謝を繋ぐこと。
そう捉えて、感謝し感謝されてお金を世の中に回しましょう。

翔くんが言った一言一句とは若干違いますが、こう私は解釈しました。


前日のBeトレに続き脳がフル回転して、体調は散々でしたが、いっぱいシンクロしていっぱい気付いて楽しかったです。

半年振りに観た嵐くん達も、可愛かったしね(≧▽≦)(≧▽≦)
さっきまで『カスペ!「金持ち坊ちゃん×貧乏芸人のマジか!?な私生活を大告白SP」』を観ていた。
観る予定も無かったし普段だったら観ない類の番組だったのだけど、テレビをつけたら丁度始まるところで、「ぢんさんの言う京都のボンとは違いそうだけど、この人たちの日常を“あり得ない!”ではなく自分にも許可しながら観たら、なんかいいかも!」と思ったのだ。

で、タイトルの意味はPJ(プライベートジェット)でちょっと国外へお出かけって事らしく、ちょっとツボったので。

正直、この人達の生活の中には自分の想像を超えたものがあって。(想像通りもあったけどね)
これを観たことで、それは想像の範囲内に収まっていった。
という事は・・・想像できるスケールがでっかくなっていったら、想像できないことのスケールもでっかくなるのか?
それを手に入れてもいいと自分に許可をすれば、想像のその先にいけるのか?

なんて素敵な☆

私は、お金が大好きです!
私は、使っても使ってもじゃぶじゃぶお金が入ってきます!
(≧▽≦)




ギリギリガールズの名のものとに、私が会場に到着したのは、開演時間5分前。
たまたま遭遇したコバさんに初めましてのご挨拶をし、座席に着く。

限りなく後ろの席だったので、「と、遠い」と一瞬思ったが。
「こんな所まで、お客さん入ってるよ」って、ぢんさんに見せてあげられる席なんだなぁと思ったら、なんだかウキウキしてくる。
2000人て話に聞いてるのと実際目の当たりにするのって、絶対違うと思うから。

そして、こんな風に発想の切替えができる時間も徐々に短縮してきたなぁと、さらにウキウキしてくる(笑)
自意識過剰バンザイ(*^▽^*)

で、肝心の内容については、他の方が存分に語ってくださってると思うので、個人的な感想のみ。

私は若い頃から心理学に興味があった。
自分が何者なのか知りたかったし、他人が何者なのか知りたかったから。
他者とのコミュニケーションの取り方、自分の感情との向き合い方。
周りの誰も教えてくれなかったから。

国語や算数のように義務教育にココロの授業があったら良かったのに、と何度思ったことか。

でもね、教えられる人なんてほとんどいなかったと思う訳ですよ。
今もそうだけど、私が小さかった頃なんて更に。

だって、「贅沢は敵だ」「欲しがりません、勝つまでは」が当たり前だった世代の人から育てられた人が親になり、無意識にそのルールは子供に引き継がれ、その子供が親になり・・・の連鎖の中に大部分の人がいるんだもん。みんな加害者であり被害者なんだもの。

ぢんさんがTVに出るようになって、偉そうな物言いだけど、やっとこういう時代がきたか、と思って嬉しかった。
こういう人に小学校の頃にココロの授業して欲しかったなぁって。

オープンカウンセリングに参加にするようになり、自分以外の生き辛い人の多さ、そしてその根っこが大抵同じなのを、目の当たりにする機会が増えて、やっぱり必修科目だよって思った。

昨日、2000人を前に魔法の言葉をたくさん披露してくれたぢんさんと、自分含め何かしらひっかる言葉があって涙してる人たちを観ながら、必修科目にできるんじゃ?って思った。

“何かしらんけど”できるんじゃ?って思った。

そして、今の仕事さえどうするか決められてない私だけど、
その景色の中にいたいなぁって思った。
私も行ってまいりました。
渋谷じゃなく日比谷まで。
そこは間違えなかったんだけど・・・私、家を出る寸前まで日比谷公会堂ではなく、日比谷野外音楽堂に行くつもり満々でした。

駅に行く前にゲリラ豪雨対策に雨合羽買って、熱中症予防に冷えピタ買って~なんて、思ってまして。
何回もチケット見てたんだけどなぁ。
やっぱり思い込みってこわいね・・・
あと、職業病だなって思った(笑)

まぁ、それは行く前に気がついたんでよかったんだけど。

私、8時半には起きてたのに。
途中まで、めぐこさんと「今日だねー」なんて言ってたのに。

二度寝した。しかも11時半くらいからヽ((◎д◎ ))ゝ

でも、こういうの初めてじゃない。
私、時間にルーズです。
こないだのBeトレの質問会で“ギリギリガールズ”ってぢんさんが言ってたけど。

私、年季の入ったギリギリガールズです。

電車の中で、私はギリギリガールズでいる事で何を得ているんだろう?って考えた。




ギリギリで間に合ったときの“ツイてる”とか“守られてる”とか“神様に愛されてる”って実感なのかもって思った。

そういう事で愛情を感じようとしている自分、そんなにも愛情を欲している自分に触れて、切なくて泣きそうになった。
でも、「それ、まだ必要?」って自分に問いかけた。
・・・「いらない・・・かも?」

じゃあ、手を離そう。
ギリギリの私、ありがとう。そしてさようなら。
本当は順序立てて書こうとしていた。
一昨日あたりから、ちょこちょこまとめはじめたので、まだ4分の1にも満たない状態のまま寝かせてある。
だから、まだ書いていない奇跡の始まりや自分の上がったり下がったりした心の動きがある。

でも、今日、現実は大きく動いた。(あくまでも私の見えている世界という意味で)

今日起こったことは、これから自分のココロの癖が元に戻りそうになっても、私を助けてくれるだろう。

だから、詳しいことは後日に譲るとしても、自分のために、最低限のことだけ今日中に残しておこうと思う。


私には生みの親と育ての親がいる。
育ての親は、母の姉、私にとって伯母夫婦。
養育を放棄した父に代わって短大までだしてくれた。
感謝はしてる。

でも、伯母は妖怪かわいそうだった。
私は自分の父親の事は好きではなかったけど、伯母から父の悪口・愚痴を聞かされるのは辛かった。
父は自分で放棄をしながら、娘を盗られたと言っては酒を飲んで文句の電話を掛けてくるような人だったから、愚痴の一つが言いたくなるのも痛いほどわかる。
ただ、父を責められれば責められるほど、“その原因を作った私は伯母にとってもお荷物なんだ”と幼かった私は強く思ってしまった。

それが度重なるにつれ、伯母の悩みの種を増やさないように、私は自分の話をあまりしなくなった。話すのは耳障りのいい事だけ。
そして、何年も掛けて“私には家族はいない”、“私を愛してくれる人はいない”の証拠集めをして、ココロにゆがんだ折り目を強く強くつけていった。ほんのつい最近まで。

あと、私が頑張りすぎることをやめられなかったのも“伯母に家族と認めてほしい”の一心からだったと最近気づいた。

私はもう伯母に認めてもらうための人生ではなく、自分のための人生を生きたい。
頑張らない私もダメな私も受け入れて欲しい。
それが私の奥底に沈めていた想いだった。

でも、それを口に出すなんて無理だと思っていた。
伯母は母とは歳の離れた姉妹だったので、御年79歳の高齢でしかも心臓に疾患を持っている。
おまけに自分は善良だと信じていて、役に立たないものは生きてる価値が無いと思っている(ように私は見えていた)
今までにも、自分が感じていた事を話そうとしても“私がいけないっていうの?”と一瞬で沸騰するから心臓への負担が心配になり話を続けることが出来なかった。

だから伯母と心を開いて話す事は、伯母を殺すことと同じ。
このまま、妖怪かわいそうのまま旅立っていくのだろうなと思って諦めていたのだ。

でも、5月を境に状況が変わっていったのだ。
伯母が5月に倒れて緊急手術をした。
従姉(伯母の娘)は、うつ気味の私には見舞いにはきて欲しくなさそうだったけど(心臓に負担を掛けたくないということで休職中なのも伝えていないから)、個人セッションを受けた勢いで(偶然にもカウンセリング場所と病院が同じ駅だった)、ゲリラ的に見舞いに行った。
そこで、私は自分でも予想していなかった言葉が口をついて出てきて、まず1つめの奇跡が起きた。

そして、5月後半、自分の誕生日に突然自分の心の中が感謝でいっぱいで抑えきれなくなるという変化がおきた。
昼間、友達に祝ってもらったその足で、病院に向かい今日思った事を伝えた。
そこで、また奇跡が起きた。

6月上旬、退院。
退院には立ち会えなかったけど、珍しく甥っ子を介して“無事退院できました。お見舞いありがとね”なんて可愛いメールが届く。

退院すると1人の時間が長くなるので、行ってあげたい気持ちがありつつも、自分自身の上がり下がり&体調不良でずっと先延ばしに。

やっと、今日行こうと思い、昨日電話を入れた。
そうしたら・・・・とっても明るい声で「嬉しい!!」って2回も言った。
おかしい。そんな伯母今まで知らない。
これって・・・“どうせ、愛されてる”って事?

私の中の何かがぐらついた。いや、最初の奇跡からぐらついてたんだ、そのぐらつきがもっと大きくなった感じ。

そして、入院中から食べたいって言ってたお寿司を手土産に、今日家に行った。
最初は、とりとめもない話をしていた。
でも、いつの間にか話していた。話してしまっていた。
ずっと寂しかったこと、悲しかったこと、苦しかったこと。

伯母は静かに聴いていた。
「あんたはそう感じてたんだね」
えっ?いま受け止めた?

そして、その時の伯母の気持ちを話してくれた。
「それ、勘違いですから」ぢんさんの数々の著書で繰り返しかかれていた言葉が、頭を占領した。
私が見ていたもの感じていたものと伯母のそれとは、全然違うものだった。
お互いに誤解して拗ねてただけだった。

そして、伯母にとって歳の離れた母は妹と言うより娘のような存在で、お産までの日々を伯母の家で過ごして生まれた私は孫みたいなもので。
だから、引き取るからとかそういう事じゃなく、生まれた時から自分にとっては私は特別だったと。(伯母には他にも甥や姪がいる)
当たり前のように家族同然だったと。
だから、そんな事で悩んでたんだとしたら腹が立つと。
「でも、私はあんたの外側しか見てあげられてなかったのかもしれないねぇ」
・・・えっ?いま私の心に寄り添ってくれた?

その後もしばらく答えあわせみたいに、あの時のこれは?あれは?って、自分が感じてた気持ちをを伝えた。
伯母は伯母で、思い込みで勝手に腹を立てていたらしい。しかも何年も!
私は伯母が腹を立てている理由を、これまた勝手に思い込んでさらに自分を追い込んでいた。“まだ許してはくれないんだ、もっと頑張らないと”ってこれまた同じく何年も!

伯母いわく“家族なんて改めて口にするもんでもない”し、“何か困ったことあれば、言ってくるだろうって思ってる”そうだ。
それって翻訳すると“当たり前のように家族”で“いつでも帰っておいで”事なんだ、ってわかった。
伯母の性格上、別に“今までごめんね”とか“あなたの帰る場所はここだから”とか、私が夢見ていたドラマティックな展開があったわけではない。

でも、私の欲しかったものは、もう持っていた。
「無い」が「ある」だった。

私には家族も愛してくれる人もいた。
伯母さん、拗ねててごめんなさい。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
そして、ありがとう。

生きてるうちに、話せてよかった。


そして、最後の最後にもう1つビックリしたことが。
少しだけぢんさんの話をしたんだけど「あんた、今日ココロが少し楽になったんなら、その空いたエネルギーでもっとココロのお勉強したらいいよ」
「これからもっと加速的に幸せになっていくから」

Beトレでぢんさんに言われたことと同じ事を伯母が言った。。。

最初にかのんさんの前説があって、ぢんさんが呼び込まれる。
さらに、ぢんさんの前説(?)的なものが始まる。
これは、私みたいに今回からLIVE会員になれた人が多かったから、たまたまなのかな?

その前説的なもの。
6,7月と新刊ラッシュのお知らせに今回のテーマの「お金」の話を絡めたものだったんだけど、
Beトレ会員にいかに大盤振る舞いをしてるかと言うくだりが、お笑いで言う“天丼”に次ぐ“天丼”で(笑)
しかも、それに答える客席の歓声と拍手。

どっかで、みた事あるーーーー!!

綾小路き●まろがケーブルテレビでやってる、通販番組のノリだ。

そこから私にはぢんさんが心屋小路ぢんまろに( ´艸`)
おかげで、たくさん笑わせてもらって、楽しい時間が過ごせました。

以上、Beトレの感想でした。


というのも何なので、まじめな感想。

自分の収入額=○○○ではないって事が私の気持ちをかなり軽くした。
私、お金持ちになってもいいんだって思えた。
おかぴーさんのオープンに行って以来、節約しない事に随分抵抗は無くなっていたけど、このまま突き進もうと後押ししてもらった気分。

あと、ぢんさんのブログでお名前を見る度に気になっていた方なので、ざむ姫さんのお話を聞けたのも単純に嬉しかった。

お二人に共通してたこと、「何か知らんけど」。
でも、なぜか私にはむっちゃ説得力がありました。

私、「何か知らんけど」教、全力で乗っかります。
ざくざくお金が入ってきちゃう覚悟決めちゃいます。


で、スタート前に会った方々&どえむちゃんのお知り合い達とご飯に。
行く前のあのムズムズは何だったんでしょうねぇ…ほんとに。
無理する事も頑張りすぎることも無く、随分と楽しくお話させてもらっちゃいました(///∇//)

お一人お一人にご挨拶回れてないですが、あの時はありがとうございました。
また次回お会いできるのを楽しみにしています。


長々と続いたBeトレ○○編シリーズ、終了!!

会場の入っているビルにはすぐ行けたんだけど、何故かエレベーターに乗り合わせたみんな(全員Beトレ会員だったみたい)で違う階に意気揚々と降り立ってしまう(*⌒∇⌒*)
あれはなんだったんだろう?
集団心理ってやつ?

で、その後無事に会場に着く。
受付を済ませたはいいが、勝手がわからない。
好きなとこに座っていいって事なのかな?と判断して、ずんずん前に行こうとした時。

ぢんさん、はっけーーーーん。

ぢんさんの存在を知ってから、そこそこ時間が経っているけど、ここまで来るのに結構時間がかかった。一つ一つが私にとっては勇気が必要だった。
特にメルマガや本の読者から、セミナーの参加者になるというハードルはチョモランマ級の高さだった。
だから、大げさに聞こえるかもしれないけど、今この会場に立っているという事は、自分の勇気の証し。
LIVE会員に振り替えてもらった時、それをぢんさんに伝えたら、次のステージに向かおうって決めてた。

コミュニケーション取れる時間が後であるなんて知らなくて、チャンス、ここしかない!!って思って、どこかに行こうとしてたぢんさんを追いかけて声を掛けた。
去年中に決断できなくて2月は後悔したけど、今回はすぐ決断して念願のLIVE会員になれた。やっとここまで来れたって伝えた。

そしたら、ぢんさんは「よかったねー、よかったねー」「ありがとう」って自ら握手してくれて、「これから幸せが加速してくよ」って、私の行動に○つけまくってくれた(*^▽^*)
さらに「ありがとうございました!」ってその場を離れようとした時に、笑顔でハグしてくれた。

なんか、自分的ミッションクリアと予想してなかったぢんさんの素敵すぎるリアクションに、しばしボー然。
もう帰ってもいいかなって思った(笑)

席は前から3列目のぢんさんもざむ姫さんもよく見えそうな所が取れて、やっと周りを見渡す余裕が出てきて。


そしたら、近くに初級仲間のめぐこさんチホちゃんを発見。初対面の方も一緒にいたけど(どえむちゃん(´Д`*)でした)、もうぢんさんの件で勢いがついちゃった私は2人のもとに寄っていく。
でもやっぱりチキンなので、第一声はドキドキしながらの「覚えてる?」(笑)

大丈夫でした。覚えてくれてました。
終了後の約束までしちゃいました(*^▽^*)

こうしてる間に、いよいよ本編スタート。
もう1週間以上前になってしまったけど…
先日、6/29に初の生Beトレに行ってきました。

前日までは超~ワクワクしてて、ちょっと早めに行って見逃す部分がないように前の方に座ろう、なんて思ってた。
いざ、朝になり支度をしてると、心がムズムズ…
いつも、そうなんだよなぁ。
当日になると、なんか行きたくない気持ちが出てきちゃう。
楽しみなのも嘘じゃないのに。
今までも、ライブにお芝居、友達との約束…似たような事、いっぱいある。

でもいつもと違うのは、支度の手が止まる事が無かったところ。
それは変化かな?
支度しながら、頭の中でぐるぐるぐるぐる考えていた。ムズムズの理由を。

張り切って早く行って、1人で時間持て余しちゃったらどうしよう。
2月の7周年パーティーで、入った瞬間のあの疎外感を思い出す。

初級で一緒だったみんな、私の事忘れてたらどうしよう。
会っても、うまく話せなかったらどうしよう。
過去の古傷を思い出す。

そうしてる間に電車は五反田に着いた。
「ま、いっか。元は1人だった訳だし、流れに身を任せてしまおう!」
開き直って、電車を降りた。

明日、初のLIVE参加です。
生でしか感じられないものがたくさんあるはず。

テーマは「お金」
今の私にとって、最もタイムリーなテーマ。
1ミリでも前進する勇気になるといいな。

そして、野音での講演会も無事当選し、ぢんさんモノの予定が増えてワクワクです。

初級セミナーもオープンカウンセリングも、ほんとは今日までに明文化したかったんだよなぁ。
でも、毎日心が何かしら動いて、毎日それを感じていると、気持ちが慌しくって振り返って文章化しにくい。
なので、今はそういう時期じゃないのかもって思って、さらに寝かします(笑)
感想書きますね、なんて言ってたのにごめんなさい。
でも、それだけ効果があって毎日自分の気持ちに敏感になってきてるって事なんだと思います。

たまに、わーって言葉が出てくるときがあるから、そういう時は時系列関係なく書こうと思ってます。

ともあれ、明日お会いできる方は、よろしくお願いします!
よかったら声かけてください。私もかけまーす!


こんな記事が出てた。

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私が彼らのコンサートに行くようになったのは、ちょうど翔くんが大学に上がった頃だったと記憶してる。

当時の彼が書くリリック・ソロ曲・コンサートでの発言・・・その内容は常に見えない何かと闘っているように感じた。そしてとてもイラついているようだった。

誰と戦ってるの?
そんなに学歴とアイドルの事で世間から色々言われるの?

慶応生がアイドルだっていいじゃない、自分で決めた道でしょ?って思ってた私は、正直疑問符だらけだった。

でも、彼の仮想敵は家族の反対とプレッシャーの中から生まれたものだったんだね。

だから大学を卒業してからの彼は、すごく変わったように見えた。
あえて“馬鹿になる”という事ができるようになったと思った。
きっと色々なものから開放されて余裕ができたんだろうね。

私はいまの翔くんのほうが、断然いいと思う。

やはり、親子関係って基本なんだなぁ。