時々、とても奇妙な意見が耳に入ってくることがあります。
実は先日も、とある場所から、この声をキャッチしました。
「私は "感覚派" の人間だから、演技法や理論を学ぶ必要はない。」
……では、そんなご意見をお持ちの方に。
僕から、質問があります。
モーツァルトやベートーヴェンは、「音楽理論」を学ばなかったと思いますか??
音楽の天才と言われた彼らは、この世に「楽譜」を書き残しています。
それは、音楽理論に基づいて書かれています。
そして、だからこそ、それは後世にも語り継がれ、演奏され続けているのです。
確かに。
彼らは、驚くべき音楽の「感覚」を持っていた、いわば「超・感覚派」の人たちだったでしょう。
それは、疑いようのないことです。
幼少期、初めてピアノやチェンバロに触れた彼らは、最初は「感覚的に」音楽を学び始めたことでしょう。
しかし。
もし彼らが、自分のことを「感覚派の人間だから」と割り切り。
ただそれに頼りきりになって、音楽理論をきちんと学ぼうともしていなかったら??
もし本当にそうなら、この世の中に、あれだけの名曲たちが誕生したでしょうか?
その名曲たちが今なお、演奏し続けられているでしょうか?
▲"神童" と呼ばれた、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
▲ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。
音楽家でありながら、彼は耳が聞こえなかった。
まず、勘違いしていただきたくないのは。
演技とは、そもそもが「感覚的」なものです。
もう一度、言います。
演技は、どこまで行っても「感覚」のものです。
だから、それに対して「私は感覚派」も「理論派」も、ないのです。
▲演技とは、本来的に「感覚的」なもの。
「感覚」を扱う技術であり、芸術です。
まず、その大前提を忘れないでください。
ではなぜ、演技法や演技理論がこの世に存在するのか?
それは、音楽にも論理があり、その論理に基づいて心震えるメロディーが生み出されるように。
演技も、感動的なドラマや豊かな感情を紡ぐために必要な「人間の感覚」を知るための、とても大切な方程式だから。
人間とは何か?を知り、確実に、的確にその心を表現するための、とても有効な論理だからです。
▲「感覚」である演技を、しっかり学び、身につけ、上手に扱うために「論理」を学ぶのです。
ここで一つ、こんな言葉をご紹介します。
僕が、アクティング・コーチから学んだ中で、一番好きな教えのひとつです。
「演技とは、奇跡であり。
俳優とは、奇跡を起こす人たちのこと。
そして。
プロの俳優とは、奇跡を計画的に起こせる人のことである。」
俳優が繰り出すのは、相手役とのコミュニケーションから弾け出した、とてもクリエイティブな「奇跡の瞬間」です。
虚構が真実となる、魔法のような「奇跡」です。
プロの俳優とは、その奇跡を計画的に起こせる人。
つまり、魔法のような「奇跡」を再現するための方程式を知っている人のことです。
▲魔法を学ぶためにも、「学校」がある……。
そして、もう一つ。
プロの技を持った俳優になるということは、宇宙の神秘を解明した、ニュートンやアインシュタインになるのと同じこと。
人間の心の神秘を解き明かしていくのが、俳優の仕事です。
役はなぜ、悲しみに暮れているのか。
なぜその出来事に怒り、苦しんでいるのか。
そうした人間の心を理解し、そしてそれを俳優自身が追体験する。
そのためには、人の心の神秘を解き明かし、役の心を再現するための論理や方程式は、たいへん役に立つものです。
▲宇宙の神秘を解き明かすために、科学者や数学者たちは「方程式」を使います。
ニュートンは、「重力」を発見しました。
それに続く科学者たちは、研究に研究を重ね、その謎を解き明かし。
やがて、空気の性質を知り、そこから「揚力」をコントロールする術を手に入れ。
その結果、
飛行機は空へと飛び立った。
人間たちは、「空を飛びたい」という、どこまでも感覚的な「夢」というものを。
論理の力を借りて、ついに「現実」にしたのです。
さぁ、果たして。
「自分は "感覚派" の人間だから、感覚だけで空を飛ぶ」という言葉で、人類は本当に飛び立つことができたでしょうか?
エッフェル塔の上に登って、「感覚で空を飛ぶ」といくら言っても。
そのまま、真っ逆さまに落下するだけです。
演技という翼で、空へ飛び立ちたいと思っているのなら。
そのための理論をしっかり理解し身につけなくてはいけないと、気づけるでしょう。
そして。
舞台上の大空を飛び回る、俳優という名の飛行機は。
たくさんの観客の心を、見たこともない素敵な国へと運んであげる。
それが、俳優の仕事ではないのでしょうか??
▲劇場にいる、たくさんの観客たちを乗せて、夢と希望の世界へと運んであげる飛行機。
それが「俳優」です。
観客たちを安全・確実に目的地に到着させるには、確実な論理と、メンテナンスが必要です。
「私は感覚派だから」
その言葉を、「論理を学ぶのが面倒くさい」からと、そこから逃げ出すための言い訳にしているのなら、それは大変つまらないことです。
演技だけは、そうした論理を知らなくても、大空に飛び立てる。
そうやって、演技は「学ばなくてもできるもの」だと思っているなら、それはとんでもない勘違いです。
もう一度、お伝えしますね。
演技とは、そもそも「感覚的」なものです。
その「感覚」という暴れ馬を飼い慣らし、操るために、論理があるのです。
もし、論理から逃げてしまうのであれば。
きっと永遠に、「感覚」の暴れ馬に振り回され続ける。
あなたの、その素晴らしい「感覚」という才能を、論理の力でコントロールしてこそ。
「感覚」は、最高に素晴らしい「演技」へと形作られる。
それが、プロの俳優というものです。
ぜひ。
「言い訳」をして、学ぶことを億劫がらないでくださいね。
演技に対するその「勘違い」に、気づいてあげてくださいね。
そしてあなたが、演技の本当の素晴らしさ、楽しさを知っていただけたなら、僕はとても嬉しいです。
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