50歳直前まで独身だったので年末年始やゴールデンウイークなどの長期休暇は

ためこんだ家事をしたり、友人と過ごしたり、ガンガン買い物をしたり

それなりに楽しんでいました。

 

でもひとりで連休をすごしていると

ふと「私には自分でつくった家族がいない。ひとりなんだな」と

よぎる瞬間がありました。

でもすぐに「結構稼いでいるし時間もお金も自由に使えるのが最高!」

と浮かんだ気持ちを即時消去していました。

 

今、過去の自分に言いたい。

「ふとよぎった気持ちとはちゃんと向き合え。本当の自分の気持ちと対話しろ」

心から最高だと思っていたら、寂しさはよぎらなかったはず。

 

でもその後、決定的にさみしさを感じる状況がありました。

 

それは地方でひとり暮らしをしていた母が転倒で入院し、初めて

誰もいない実家で過ごした時でした。

父もすでに亡くなっていて、怪我をした母の今後と仕事とのやりくりを

考えながら過ごしていると

見慣れた実家がいつの間にか古びていることに気づきました。

また田舎なので外は本当に真っ暗で「え?夜ってこんなに暗かった?」と驚き、

家も親も私もみんな歳を取ったのだと、しみいるように寂しさを感じました。

 

そしてこの後、私は婚活を意識するようになり、男性を見るポイントが変わり

50歳直前婚に至りました。

 

男性を見る基準が変わった話はコチラ

下差し

 

 

 

ふと感じたさみしさには、ちゃんと向き合う。

自分の気持ちを見逃さないことは、これからも大切にしていきます。

 

読んでくださってありがとうございました。

加齢が深まるごとに、ごきげんに生きていきたいと思っているので

ごきげんに過ごすための小さなコツに気持ちを向けています。

最近ふと25年くらい前に目にした言葉がよみがえってきました。

 

「してやった地獄におちてはいけない」

 

たしか京都の鞍馬寺に参拝した際に、境内で見かけた言葉です。

母親が参拝記念に購入した日めくりにも書かれていて実家でも

その言葉を目にしたように思います。

 

「してやった地獄」

改めて文字にすると結構なインパクト。

 

私は○○してあげたのに、相手からの感謝が足りない。

私は○○してあげたのに、相手は××してくれなかった。

これを地獄と言っているのでしょう。

 

最近の我が家では、

「ええやん、自分がしたくてしたんだから」

「何かしてあげたいと思う相手がいて幸せやん」

「相手の反応は、相手がきめること」

と言いながら「してやった地獄」への転落防止をしています。

 

年齢を重ねるごとに

自分の心の取扱いも上達しながら

ごきげんに生きていきたい。

 

そういえば手帳に書いた今年の目標の一つは

「ゆったり、どっしり構えて心の器を広げる」でした。

日々意識しなくてはウインク

 

読んでくださってありがとうございました。

ありがたいことに20代に出会ってから30年間くらい

付き合いが続いている友人がいます。

30年の間にはお互いのライフスタイルが変化して、

私はバリキャリ社畜で彼女は主婦業&会社経営の

ご主人のサポートで頻繁に会えない時期もありました。

お互いに50代になり、現在の友人は富豪美女。

 

彼女を見ていると「お金の器って本当にあるんだな」と思います。

一旦富を得ても失ったり、疑心暗鬼になったり

豊かさと共存することができない人もいます。

彼女の行動や発言から心の豊かさ、人としての器の大きさが

お金の器とつながっていると感じます。

 

20代の時に聞いた忘れられない富豪美女の言葉は

 

「私は自分の出会った人には、みんな幸せになってほしいと思ってるよ」

➡しばしば人の生き方を肯定・応援する発言をしていました

 

「人間にとって一番大事なのは自由。だから罪を犯したら(刑務所で)自由を奪われるでしょ」

 

私が早期退職で失うものにとらわれていたときには

「足るを知る。だよ」と言ってくれました。

 

私の以下のブログ下差し を読んで感想をくれたのですが

 

 

 

 

 

「他人との比較は時間の無駄で自分への冒涜だと・・

自分の人生は私しか体験できない貴重な時間と空間なのに

自分との闘いはOK」

 

相変わらずかっこいい!

彼女に承諾を得て、このブログで紹介させてもらいました。

 

彼女は人の意見や情報には耳をかたむけるけれど、惑わされない判断軸があり

自分の人生を自分の考えで進めてきた潔さを感じます。

彼女の判断には「みんながそうしているから」はありません。

 

美容について女子トークをしているとき

「糸いれるとかいくらでもお金かけて美容医療できるのに、

なんでしないの?」と聞くと

「え~怖いよ~、自然が一番!」

なんだか可愛い反応ウインクでした。

 

ここでも自分軸で判断する富豪美女。

これからもありがたい金言を聞かせてもらいます。

 

友人と私たち夫婦で五島列島へ

五島列島の教会

読んでくださってありがとうございました。

 

かつては定期預金一択!激しい投資アレルギーでしたが、

現在は歯磨きと同じくらい積立投資が習慣になりました。

 

投資アレルギー時代はこちら

下差し

 

現在の投資スタイルはインデックス投資&高配当投資ですが、

以前は、もっと儲かっている人がいる!と思って(初心者あるある💦)

成長株にも手をだしていました。

 

最近激しく下落した成長株を、うだうだと悩んだ末に「損切」しましたえーん

まさに「売りは買いより難しい」という投資格言を体感。

 

損切した企業は製品に強みがあり、ゴリゴリした力強い風土に

成長を期待して6年前に購入。

ある日、株価が下がる決定的な要因が発覚したにもかかわらずガーン

私は素早い損切の判断ができませんでした。

 

毎日チャートを見ては(かなりストレス)

いやいや、まだ大丈夫かも・・・。

持ち直してくれるかも・・・。

いま思えば何の根拠もない期待で

負けを認めたくない、損失の確定が嫌だっただけでした。

 

自分の大切なお金を自分の判断で失った。

負けや判断ミスを認め、何が悪かったのか考えて反省する。

投資は私にとって、自分と向き合う修行です。

 

誰も株価の未来が見える水晶玉は持っていない

 

だから、10倍になる企業を見抜く能力もなく

慎重でビビりな自分に合わない投資はやらない。

私はレバレッジをかけて短期で資産を増やす手法とは無縁ですウインク

 

それに家族のケアなど、投資よりも大切にしたい時間があるので

マイルール(長期・分散・低コスト)を守って、

どっしり構えて投資という修行を続けます。

 

読んでくださってありがとうございました。

もはや「こんな風に見られたい」「○○に見られたくない」からは

完全に開放されているつもりでした。

でも、まだこだわる気持ちがあったのです。

 

あるとき友人が

「アメリカ株さがってるけど大丈夫?

海外旅行とか行ってるし、派手な生活しているから・・・。」

と言いました。

彼女は、めっちゃ性格が良いので本当に心配してくれているのです。

 

「え? 派手な暮らし・・・?」

 

足腰が大丈夫なうちにと思って、年に数回海外旅行には行くけど

「派手な生活」という言葉に私は、違和感を感じモヤモヤしました。

 

取り急ぎ友人には、旅行に行くのは主人の長年の夢だったから時間をかけて

準備していたし、アメリカ株は長期投資しているから大丈夫だと伝えました。

 

でもなぜこんなに違和感があったのだろうと思い、自分に問いかけました。

普段の生活を振り返ると・・・

・スーパーで材料や塩分を比較して138円のちくわを戻して98円のちくわに変更

・お金について学んだ後、自分に不要な生命保険&医療保険は全部解約

・クレジットカードの年会費は払わない

 ➡引落をまとめて年会費無料にしてから特典を活用

・朝食のときに飲むコーヒー豆の量だけはケチらない

・ぽっちゃりで腰痛持ちの主人はベットマットレスにはこだわる

・積立投資をカード払いにして貯めたポイントで携帯電話料金を支払う

・物を買う前にすでに持っているもので代替できないか考える

 ➡めざせプチミニマリスト

・ほしいなと思った商品はお気に入りマークだけつけて寝かせる(そのうち忘却)

などマイルールがいろいろありました。

 

マーケティングの罠を逃れて、自分の価値観で物を選んでいる

お金の使いどころを、自分の価値観できっちり決めている

江戸時代のおふれじゃないけれど質素倹約が染みついている

これらのことが私は心底好きなんだ!

と違和感の理由がわかりました。

 

心許せる友人との会話で自分の内面と向き合えた。

気づきを与えてくれた友人にも感謝!

読んでくださってありがとうございました。

 

モルディブのビーチ

 

35歳超えたら、40歳超えたら変わるよ~と年齢で体調の壁があると先輩方に

聞いていましたが、激務で麻痺していたのか過去あまり感じることがありませんでした。

 

ところが50代になると、毎年何らかの不調に襲われるようになりました。

虫にかまれたことがきっかけで傷が化膿して何か所にも広がったり、

鼻の中に傷ができたり、感染症でもないのに39度代の発熱と咳が続いたり・・・

どれも検査をすると問題のある菌などは見つからないというパターンでした。

日常的にも口内炎ができやすくなったり、皮膚が弱くなったり乾燥したり

加齢や免疫力の低下を実感しています。

 

けれども体調不良の度に

無医地区だってあるなかで、すぐに医療が受けられるなんてありがたい!

重篤な病気と闘っている人もいるのに、私はどれも生命にかかわるような

病気じゃない!

 

むしろ命にかかわらない不調は厄除けだと思えるようになりました。

 

これからも、さらなる加齢笑で不調が増えるかもしれませんが、

「厄除け!厄除け!ありがたい」と唱えながら加齢をのりこなしますてへぺろ

 

 

読んでくださってありがとうございました。

50歳直前で結婚したので夫婦歴はまだひよっこなのですが、

夫婦って不思議だなと思うことがあります。

 

主人が手術をする時に説明をうけ、複数の同意書にサインをしました。

その時に、夫婦は互いの命を預けあう関係なんだと実感しました。

 

ツアーで海外旅行をした際には、ご夫婦で参加される方が多く

夫婦歴50年のベテランご夫婦とご一緒することもあります。

旅行中にお話をしていくと、ご夫婦の組み合わせが絶妙!ウインク

と感じることがよくあります。

慣れるまでは、やや不愛想に見えるご主人にコミュ力高めの奥様。

おとなしくて、ちょっと怖がりな奥様を冷静でしっかりしたご主人が

サポートされていたり。

 

長い時間を共に過ごし、様々なことを乗り越えてこられたからなのか、

仮に高校のクラスでこの二人が付き合っていると聞いたら、

「納得!あの二人お似合いよね~」と言いたくなるような

しっくりくる雰囲気が漂っています。

 

私たち夫婦は、もともとは他人なのに一緒に暮らし

一番近い存在になっています。

私は以前、自己肯定感があまりにも低くて人と比較して自分を責めていて

心理の専門家の友人に「そんな考えをしていたら病気になるよ!」

と注意されるくらいでした。

それが、結婚して側にいてくれる主人が欠点も否定せず(笑いのネタにはされます)

存在を認めてくれるおかげでしょうか

「私、がんばっているよね。自分のこと好き」と思えるようになり

目標に向かって、穏やかな気持ちで日々を過ごせるようになりました。

逆に毎日一緒に暮らす夫婦の関係が悪化したら、これはキツイとも思います。

 

とはいえ夫婦は明日離婚届を提出すれば他人に戻る。

 

パートナーと縁を結ぶことができたとしても、

その後、自分たちで縁を育てていくことの方が難易度は高い。

 

お互い人生の最後を迎えたときに、結婚してよかったと思えるように

相手がしてくれることを「当たり前なんて一つもない」と思って

感謝しながら日々を重ねていきます。

 

読んでくださってありがとうございました。

お金について全く学んでいなかったころは、就業支援の仕事をしていたこともあり

ひたすら「働くことだけが尊い」に凝り固まっていて

 

「不労所得・・・?何それ?なんだか、けしからん感じがするっ」

と思っていました。

 

不労所得をけしからんと思っていたことを、バリキャリ40代の女性に話したところ

「え~ なんでですか?不労所得は蜜の味ですよ~」とケラケラと笑われました。

 

投資をするようになり、わずかながら配当金が振り込まれるようになったころ、

人生初のクルーズ旅行に出かけました。

船上でプールや景色を楽しんでいたときに、配当金のお知らせがメールで届きました。

「私はひたすら楽しんでいるのに、お金は働いてくれている・・・びっくり

これが不労所得なんだ」

と「不労」を実感しました。

 

クルーズ船のプール

 

もちろん働くことには「自分という最大の資本」を磨いたり、得意を発見したり、

人とのつながりをつくっていく素晴らしさがあります。

 

ただ不労所得を得るまでのプロセスを知ったいまでは「不労でけしからんこと」

とは思っていません。

 

金融資産から得る配当金は、多くの人は自分が働いて得たお金を元本として

投資することがスタートです。

不動産所得は物件を探し、入居が決まれば賃貸収入を得て、

出口戦略まで考えていく「事業」です。

 

何らかの不労所得を得るためには書籍で学んだり、人に教えてもらったり、

お金、時間、労力を費やして準備をしたうえで、方針を決めて投資を始めます。

投資した後も、投資対象を見守っていく必要があります。

だから不労所得を得ることは、後ろめたいことではない。

 

私にとって不労所得は今では

「生きていくうえでのリスクヘッジのひとつ」

「頼もしい相棒」です。

 

自分が働いて収入を得たならば「自分のお金にも働いてもらう」

50歳まで労働所得しか知らなかったからこそ、そう思います。

 

読んでくださってありがとうございました。

私は最近「望月(満月)のような幸せ」を日々の生活のなかで感じています。

 

もちろん富豪でもなく、バトラーやメイドがサポートしてくれる暮らしでもありませんてへぺろ

 

ただ今が一番、自分が手にしているものへ感謝することができ、不安も不満もない

心の平穏を感じています。

 

なぜそんな気持ちになったのか考えてみたところ、

50代という「加齢の恩恵」&「自分軸で判断」できるようになったこと

が理由でした。

 

◆ながらく「自分の人生」をやってきて、得意不得意、好き嫌いなど自分への理解が深まった

◆アプリ人生時計を見ながら残り時間を意識して生きるようになり、実現したい未来に目をむけるようになった

◆崖から飛び降りる気分で早期退職してから、自分にも他人にも「ねば、べき」を捨てられた

◆投資を通じて「自己判断・自己責任」を繰り返すうちに、何歳だから、流行っているから、皆がしているから等を判断基準にしなくなった

◆災害や自分の死期など自分で対応できないことは考えないで、自分でできることに集中するようになった 

 

また海外旅行をしてからは、水道をひねると清潔な水やお湯までが出て、下水道も完備され、

道路が舗装されている、義務教育がある・・・

日常で当たり前だと思っていたことを「恵まれている~ありがたいわ~」と感じるようになりました。 

 

結局、自分の人生で満たされていると感じるのは、自分の気持ち次第。

他人や平均値との比較ではないのです。

 

そういえば小学生のときに最初に覚えた短歌は藤原道長の

「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」でした。

わたしには望月=満たされるというイメージがしみついていたようです。

 

読んでくださった方、それぞれの望月の幸せを願っていますスター

ありがとうございました。

美容への向き合い方は人それぞれ。

美魔女も、すっぴんもお好み次第でOKだと思っています。

ただ化粧品はマーケティングも盛んで、大量の広告に心揺さぶられる

ことも多いですね。

 

バリキャリ激務時代は、睡眠不足とストレスとコンビニ頼みの食生活で、

いつも肩や首にコリを感じていて、肌もどんよりとくすんでいました。

それを補うために、次から次へ新製品の化粧品を試していました。

高価=効果、新製品=効果だと思って、食事や睡眠の改善には目を向けず、

高い化粧品を使うことで安心を買っている状態でした。

 

その後、化粧品検定で成分を学ぶことで、

ドラックストアにも価格と成分のバランスの良い商品がたくさんあることを知りました。

化粧品は自分が価格と成分に納得できて、使い心地が良いものを

自分が持っている範囲の知識と感覚で選んでいます。

 

その結果、(以前は使っていなかった)株主優待や割引クーポンをフル活用して、

過去のひと月の化粧品代=現在の1年分の化粧品代

になりましたびっくり

 

イライラすることがなくなり、睡眠や食事が改善され、

加齢とも仲良くなったウインク今は慢性的な不調や肌トラブルもなくなりました。

 

化粧品や美容に関しては流行も情報も多すぎて迷いますが、

これこそ本当に自分軸で選べば正解。

高価な成分の入った化粧品を使用していても、

心のなかで「これ効き目あるのかな??」と思いながら使っていては

効く商品も効かない。

値段というよりも、お手入れしている自分を

「私って偉い!」「お手入れしているから効果あるよね~」

とほめながら使う。

私のたどりついた結論

「化粧品は心で効かせる!」

 

おばあちゃんになっても、歩いて近所のドラックストアに行き

化粧品を選んで、お手入れを続けて行きたいです。

 

読んでくださってありがとうございました。