生きているだけで奇跡 宍倉清則のいまのキモチ -12ページ目

少し前のAスタジオで、鶴瓶「遠憲さんに似ている人なんて、おらんがな」。ところが、いるんです!

遠藤憲一さんのこと。昨日、徹子の部屋に出ていたので、思い出した。

 

Aスタジオでは遠藤がゲストではなく、写真出演だったが、確かに鶴瓶が言う通り。

 

ところが、私、かなり前、90年代に登場した人で「この人、似ているなあ」と思っていた。なんと、それもプロレス界だ!

 

おもてに出ているので、これ、書いていいと思うんだけど、その人はスターダム・後楽園の受付にいます。

 

「JDスターのたけいしさんではありませんか?」

「そうです、そうです。よくわかりましたね」

「顔が特徴あるというか。俳優の遠藤憲一さんに似ているって言われません?」

まんざらでもない様子で「それが、よく言われるんですよね」。かなりうれしそう。

 

こんなところで再会できるとは…。

 

いまは受付で「いらっしゃいませ!」と声を張り上げています。

ギリもギリ。まるでシナリオでもあるかのように。こんなことって、あるのか!

見なくていいです。読者の皆さんにはどうでもいい話なので。

 

★週プロ編集長の最長記録

 

山本さん 9年3カ月 第2代

湯沢君 9年3カ月1週間 第9代

 

★週プロ在籍の最長記録

 

湯沢君 1996年10月から2026年4月 29年6カ月

宍倉 1981年4月から2012年6月 31年2カ月

※計算、合っているかな? 自信がない。最近、計算ができなくて。アルツハイマー?

 

私は湯沢君はあと3年ぐらいやって、余裕で抜かれると思っていた。これで私の記録は永遠に抜かれることはない。これは週プロだけではなく、ベースボールの全体の記録でもある。

 

でも、湯沢君時代をよく知る人は「原稿を書いた数は湯沢さんの方が多いのでは」と突っ込むだろう。それは認めます(あっさり)。

 

ただし、私の若いころは週プロ、デラプロ、プロレス・アルバム、スポーツ40年の別冊。一度に4冊をやっていたことがある。風呂の道具を持ってきて、神田の銭湯に行ってましたから。

 

さらに先週号の山本さんへのインタビューで、湯沢君はこう語っている。

「あの若さで当時の週プロに入っていたら、耐えられなくなって、すぐ辞めていた気がします」

この答えは私にもわからない。もしかしたら、いちばん耐えていたかもしれない。たらればの世界。

倍賞美津子さんの近況が出た!

女性誌だったかな。メガネをかけた写真も出ていた。

 

猪木さんの闘病生活のとき、倍賞さんに触れることがなかったので、距離を置いているのかな、と思った。

 

ところが、全然、逆で。

 

実は何度も見舞いに訪れていた。それも、普通なら面会できないところを倍賞さんなら、顔パスで通れるぐらいだったらしい。でも、ふたりの写真、出なかったよね?

 

倍賞さんは、いま、渋谷区に住んでいる。おっ、近くかな? いやいや、「アントンと住んでいた地域に住んでいます」。記事には具体的な「個人情報」は出ていなかったが、たぶん、代官山だろう。

 

倍賞さんは丈夫なイメージが強い。海外遠征についていったとき、レスラーがみな、おなかをこわしたのに、倍賞さんはなんでもなかったのは有名な話。

 

1人で買い物にも出るらしい。お元気そうで、よかった。

 

いまの年齢でも、私は倍賞さんに会いたいです。可能性はゼロではないが、無理だろうなあ。

ショック! 渋谷の「しんぱち食堂」が閉店

 

新宿フェイスと同様、これで私が渋谷駅周辺に行くことはないだろうと思ったら、なんと、渋谷に3店もあった。知らなかった。あっ、ここはアベマタワーの近くです。

 

なんで閉店なんだろう? 行列ができるほどの人気なのに。あとに何ができるのか、気になる。私が行くときは午後3~4時。これなら並ぶ必要がない。

 

私の栄養源。でも、実は新宿の西口にもあって、今後はそっちを利用します。「あの」京王プラザホテルに行く途中にある。

なぜか、いまごろ、これが「プロレス」4位に。でも、今後、こういう集まりに私は出る気がありません