生きていることが奇跡!!宍倉清則のいまのキモチ
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神戸の雲。これはすごい!

映画「アイアン・シーク」が見たいぞ。10月15日、新宿

コシロ・バジリで新日本74年4月、全日本76年5月に来日。80年3月、アイアン・シークとして3度目の来日。

 

4・3蔵前で坂口&長州の北米タッグに挑戦したのが印象深い。パートナーはスーパー・デストロイヤー。ネイル・グアイ。

 

Uインターにも来たよね。

 

新宿シネマート。まだHPにも出ていない。21時以降の上映があれば、仕事帰りに、ぜひ見たい。鈴木みのるのトークもあるらしい。

 

しかし、みんな思っているであろう疑問。なんでアイアン・シークが映画になったんだ?

 

上映は1回限りみたい。休み、取れないかな。

キングコングとメカニコングが東京タワーをのぼる

「キングコングの逆襲」。73年。いま見ても面白い。59分。短かったんだな。

 

73年か。17歳。プロレスと怪獣映画と極真空手に熱中していた。人生でいちばん「熱く」なっていた時期かも。みんな、そうでしょ? 高校時代でしょ。

 

力道山時代以来の大物日本人対決は猪木vsストロング小林(74年3月19日)と思っている人がいるかもしれないが、その前年に国際プロレスが得意の「初」をやっていた。

 

ストロング小林vsラッシャー木村。73年7月9日、大阪府立。IWA世界戦。そのシリーズはアニマル浜口の凱旋帰国。日本プロレスの崩壊、と同時に新日本のテレビ中継スタートもあり、昭和48年というのは好きな年。

 

そんな年に、この映画、見たんだな。映画を見ながら、こうして当時を思い出す。

子猫カレンダーの10月22日に赤で印がついている。これ、何だっけ?

 

自分で書いておいて、ずっと思い出せないでいたが、昨日、仕事先でわかった。

 

そうだ、祝日になったのだ。即位礼正殿の儀。63歳、ダメだな。

 

そうか、9月も10月も休みが2日ある。うれしい。

プロレス界の「ロクヨン」昭和64年の1週間に誕生した、燦然と輝く名キャッチコピー

映画「64-ロクヨンー」を見ていて。これ、タイトルがいい。

 

ではプロレス界では、この1週間、何があったのか。気になった。

 

1月2日=全日本・後楽園で、キッド&スミスが3年ぶりに日本で試合。

4日=プロレス大賞で、全日本の天龍が3年連続、MVP。

4日=山田恵一がイギリス遠征に出発。

6日=新日本・後楽園で、猪木&藤波&長州が実に6年3カ月ぶりにトリオ結成。相手はベイダー&ビガロ&リップ・モーガン。ベイダーとビガロはこれが初合体。メキシコから佐野と畑が帰国第1戦。

 

それよりも、試合でも会見でもないが「あれはこの時期だったのか!」と思う話題がある。

 

それは1月2日、「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させてもらいます」という馬場さんのポスターが都内のJR各駅に張り出されたのだ。

 

言わずもがな、陰のコピーライターは忘れないことでしょう。

 

 

全然、関係ないが。柔道が「ハッテン・ニーロク」8・26に武道館、やっていたんですね。

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