日本ファミリーオフィス協会 -67ページ目

サッカー日本代表決まるー日本人にはサッカーは向かない?

岡田監督の下、W杯の日本代表メンバーが決まった。岡田監督といえば、1998年のW杯でカズを代表から外し、本番でも三連敗した。この実績でよく再び代表監督になれたと思うが、日本人で他にいい監督がいないからだろう。まだまだサッカーは選手、監督とも世界とは大変な差がある。Jリーグができて差が縮むかと思ったが現実は厳しい。


昔、ある日本留学経験もあるアメリカ人に言われたが、日本人にはサッカーより野球の方が向いている、とのことだ。その理由は、日本人は、監督の指示を受けてそれをそのまま実行すればいい野球はうまくなる。だが、ピッチに立てば臨機応変に自分で考えて行動しなければならないサッカーは、日本人は苦手ではないか、ということだ。


何とも分かったような、反論したくなるような「説」だが、現実を見れば、日本はワールドベースボールクラシックでは確かに世界一となった。もちろん実力はアメリカだと思うが、一発勝負ではともかく勝った。ところが、サッカーではその「まぐれ」も起こらないほど世界との差がある。岡田監督は、今回「ベスト4に入る」とか言って、世界から失笑を買った。それが現実だ。


中田英寿が出てきたころ、「自己中」とかいろいろと批判された。でもサッカーはそもそもそういうものだ。日本の文化とはちょっと違うものがある。野球は監督の指示と違うことをすれば怒られる。これこそ日本のサラリーマンそのものだ。だから、野球こそ日本の文化に合うと喝破したアメリカ人は鋭いとも思う。


ともかく、個人的には今度のW杯も岡田監督の下、また3連敗するような気がしてならない。おそらく同じ思いの日本人は多いだろう。「ベスト4」は期待していないが、3連敗だけは勘弁してほしいものだ。



相変わらずの参院選タレント擁立ー日本の民度の低さ

昔、ある大物政治家と財界のトップが懇談しているのを聞いていたことがある。その政治家は、日本で首相公選制ができない理由は、それをやったら「ビートたけし」が総理になってしまうからだという。日本人は政治家は誰がやっても同じだと考える傾向にある。


90年代に青島、ノック現象というのがあった。東京、大阪でタレント知事が誕生した。しかし、その末路は哀れだった。これで日本人はタレント議員に懲りたと思いきや、相変わらずだ。本当に国民一人ひとりが誰が政治家にふさわしいかを考えれば、タレント議員は生まれないだろう。


アメリカのボストンにいるときに、州知事選があった。投票所のそばに、自らの支持候補に投票を呼びかける人が何人もいた。彼らは特にその候補者の陣営にいるわけではなく、全くの無党派層だ。しかし、この候補をこういう点で支持する、という明確な考えを持ち、他の人にもその候補に投票するよう呼びかけている。本来の民主主義はこういうものだと感じた。


日本人の政治への無関心は、巡りめぐって自分に降りかかってくる。それが不況の原因になったり税金の無駄使いを招いたりする。そのことがまだわかっていない。


タレントの方も目立ちたがり屋が多いので、声がかかるとすぐに出てしまう。一応、「国会議員」なのでたいへんなものだ。双方の思惑が一致して、またまたタレントが目立つ参院選になってしまう。



最近の政治家の「能力」-鳩山さんも勉強不足

選挙前の「政治の季節」になると、政治家がマスコミに頻繁に登場するようになる。鳩山さんの最近の普天間問題をめぐる一連の発言は失言以下だった。何より勉強不足で官僚から聞いたことをそのまま言っている感じだ。


この点、昔の政治家はよく古典など読んでいた。戦国武将は孔子や孟子、孫氏などを熟読していたのは当然として、戦後の大物政治家は皆、中国の古典から日本の政治を考えたり、たとえで使ったりしていた。今の政治家でそういう人がいるだろうか。


そもそも昔は世の中の動きが遅く、政治家も暇だったこともある。古典を読む時間があったが、今の政治家はデキタル化にもより、格段に忙しくなり、自分の時間がないのかも知れない。それでも時間を見つけて古典や昔の政治家の伝記を読んだりすべきだ。私の知る限り、橋本龍太郎さんはかなりの読書量だった。武士道に関する本を頂いたこともある。


宮沢喜一氏も読書家であったが、こういう方がどんどん消え、政治家の質が間違いなく落ちているだろう。小沢氏が古典を知っているとは聞いたことがない。田中流の選挙の方法は熟知しているだろうが、随分政治家としては薄っぺらに聞こえる話だ。


本当に「人物」が首相になることは、もう期待できないのだろうか。そもそも「人物」だったら政治家なんかにならないよと言われそうだ。この「そもそも論」を解決しないことには、政権交代をしようが政界再編をしようが政治の不毛は続くだろう。

首相の安全保障の知識欠如に呆然ー平和ボケ日本

昨日は鳩山首相から耳を疑いたくなる発言があった。沖縄に海兵隊がいることが抑止力につながるとは思わなかった、というものだ。こんなことは政治に関心のない大学生でも分かることだ。一国の総理がこんなことで国の安全が守れるだろうか。


日本はアメリカにずっと守られていた。その代償としての基地なのだ。不思議なのは、アメリカに留学した人は、アメリカ人の「安全保障」に関するセンシティブさに誰でも驚いて帰ってくる。なのに、この首相はスタンフォードで自称勉強してきたと言っているが、何を勉強してきたのか、非常に疑問だ。遊学を自らバラしてしまった格好だ。


オバマもいろいろと批判はされているが、さすがにここまで不勉強ではない。貧困層の出身で自ら勉強してハーバードに入り卒業した。言うまでもなく、安全保障については相当な知識があるだろう。オバマがもし、昨日の鳩山首相のようなことをしゃべったら(あり得ないが)、即刻弾劾されるだろう。


やはり、お金持ちの「遊学」は何の役にも立たないことが立証されたわけだ。今の日本人に足りないのはハングリー精神で、この点で日本人は中国人や韓国人に負けているのだ。これは鳩山首相に限らず我々一人ひとりが反省すべきことだ。


昔、よく言われた「経済一流、政治三流」もここに極まれりだ。最近は経済も三流になっているので、日本人が誇りを持てることが少なくなった。せめて首相くらいは、格好をつけていてほしいものだ。



昔の留学情報の入手方法ー口コミが大半

今月の日経「私の履歴書」の河竹さんは、ハーバードに研究員としていくとき、ちょうど入れ替わりで帰国した私の指導教授である石川忠雄先生(元慶大塾長)から情報を入手したという。昔はやはり、そういう方法しかなかったろうと思われる。


今でこそ、留学するときにはいろいろな情報センターもあるし、インターネットでもだいたいの情報は取れるようになった。しかし、私が留学した1990年ころにはインターネットもないし、志望大学の情報収集は大変だった。私は幸運なことに、当時の仕事相手だった通産省の今井尚哉さん(現:経産省官房総務課長)にお世話になり、ハーバードやエールに行かれた通産省の方々をご紹介頂いた。


このときに驚いたのは、通産省や大蔵省では毎年、エールやハーバードに留学生を送っていることだ。外務省もハーバードの東アジア科に毎年派遣している。東アジア科の学科長に聞いたが、外務省から受ける人は外務省の中でもトップの人なので安心して受け入れられるそうだ。長年の間に信頼関係が出来ているのだ。


こういうところから留学する人は先輩に聞けばいいわけだから、非常に楽だ。しかし、ほとんどの人は昔は暗中模索の中から受験するので合格までは大変だった。もっとも、情報がある今の方が楽かというと、今は日本人をそもそも採らない(日本人を入れても大学側にメリットがない)という現実があるので、合格という点では楽でない。


今年の大河ドラマではないが、最初にアメリカに行って学んで帰国したのは「ジョン万次郎」だと思われる。南鳥島で救助してくれたホイットニー船長と一緒に、自ら希望してアメリカに行ったのだから、大変な人だ。ボストンの南のフェアへブンという鯨の町で、日本人という理由でかなりのいじめに会ったそうだ。この時代の「留学」は想像を絶するほど大変だったろう。


日本人が不景気で内向きになっている今こそ、ジョン万次郎や咸臨丸の精神が再び必要になると思われる。私も後進に、インターネットではなく「口コミ」でしか得られないような情報は伝えたいと思っている。







今月の日経「私の履歴書」は河竹登志夫さんーハーバードの縁で知り合う

先週で歌舞伎座が、建て替えにより銀座での公演を一時中断することになった。私にとって歌舞伎とは河竹さんだが、今月の「私の履歴書」は河竹さんだ。この方は元早大教授で、ハーバードの東アジア科の客員研究員をされていたことがあり、私の慶応時代の指導教授である石川忠雄先生もよく知っている。


しかし、私自身お目にかかったことは多くなく、河竹黙阿弥のひ孫であることは知っていたが、直系だとずっと思っていたのだ。ところが、5月1日の第1回を読んで、血縁関係はなく、信州人であることを知った。まあまあ、普通はそこまで話をしないので、知らないことも多いものだ。


歌舞伎の世界のことは全く知らないが、昔、財界人と国立劇場に何度か行ったことがある。その時に河竹さんの本を読んで勉強した思い出がある。ご本人は非常に柔らかな人で、一般の人がイメージする歌舞伎の世界の方の雰囲気と同じだ。


もっと親しい人でも「私の履歴書」を読んで、初めて知ったことも多い。それどころか、情けない話だが指導教授の石川忠雄先生のことも「私の履歴書」で知ったことが多いのだ。このシリーズは1か月なので、いろいろな話題を日経の記者が聞いてくるようだ。普段、人に話していないことも思い出しながら語っていたと、後で石川先生に聞いた。日経の担当記者も慣れていて、いろいろと引き出してくれるようだ。


河竹さんも石川先生と話が合って尊敬していた、という話をされていた。ハーバードの東アジア科は、日本人は非常に少ないのだが、多士済々の方々を輩出している。エズラ・ボーゲルは、OBだと加藤紘一さん(外務省から派遣留学)の話をよくするのだが、残念ながら加藤さんは首相にはならなかった。私などは末席以下だが、ほとんどの卒業生が外務省の上層部や学者などになっているのは「ハーバード is ハーバード」だからだろうか。



ゴールドマンの社内メールに思うー顧客第一の実践は難しい

世の中の会社は、洋の東西を問わず「顧客重視」「顧客第一」と言っている。そうあるべきだが、実態はそうではないことが多い。そうでないからこそ、取り立てて顧客重視というのだろう。また、「何が顧客重視か」という議論はもちろんあるが、ゴールドマンのように、社内メールで一般顧客に売る「ローン証券はゴミ」などと言っているのは顧客軽視の最たるものだ。


そのゴールドマンのアメリカのトップは、こぞってハーバード卒というのもいただけない。知らない人はアメリカ人はハーバードを出て、ゴールドマンのような投資銀行に入り、顧客をゴミ扱いにして自分だけ金儲けする人を尊敬する、と勘違いしてしまう。


この点、私はあるハーバードの教授と議論したことがある。その教授の見解では、確かにハーバードを出てウォール街で大もうけするのを生涯の目的にする人もいる。しかし、9割以上のハーバードマンは君のように「いい世の中をつくる」ことを人生の目的にしている、というものだった。これで私も安心した。


どの集団でも特殊な人は目立つものだ。ウォール街で大儲けしている人は、やはり特殊な人なのだ。だからハーバードやエールの中でも、ビジネススクールというのはそんなに尊敬されていない。経済学部も似たようなものだが、こちらは「学問」という側面もあるので、まだ何とか地位を保っている。


ともかく、どの業界でも「顧客第一」を貫くことは至難の技だ。ファミリーオフィスは、もともとが顧客の側に立つ仕事なので、顧客重視に決まっているが、それでも常に「何が顧客重視か」を考えさせられる。いくら考えても分かるものではないが、常に考えていくことが本当の「顧客重視」につながると日々思っている。

学者は実務の世界に飛び込むべきー安田洋祐さんの日経コラム

本日の日経5面に、政策研究大学院大学の安田助教授の意見が出ている。この人はプリンストン大でゲーム理論を学んだ若手だ。プリンストンはゲーム理論の本場で、アカデミー賞映画「ビューティフル・マインド」の主人公ジョン・ナッシュもここの教授だ。エールでもシュービック教授というノーベル賞を取ったゲーム理論の大家がいて、私もその授業に出ていたが、難解でほとんど理解不能だった。


ゲーム理論の教授というのは、たまたまなのか、天才肌の人が多い。ジョン・ナッシュはその典型だが、映画の中でもノーベル委員会の事務局員が「あなたは授賞式で大丈夫か」と聞き、ナッシュは「僕が裸踊りでもすると思っているか」などと応えている場面がある。ナッシュに何度か会ったことがある、エールの浜田宏一教授に聞くと、本当に裸踊りをしてもおかしくないような人のようだ。


それはともかく、安田さんは本日のコラムの最後で、現在の経済学には政府や企業の戦略に役立つ知見がそろっているので、学者はもっと実務の世界に飛び込むべきだ、と主張している。これは明らかにアメリカの経済学者の実態から出た言葉だろう。


エールの経済学部にロバート・シラーという教授がいるが、彼がつくった不動産指標が「ケース・シラー指数」だ。

今日では、全世界がこの指標を固唾を呑んで見守るまでに有名になったが、この「ケース・シラー」というのは彼がボストンにつくった不動産会社なのだ。私は2002年にそこの事務所にも行ったが、当時は事務員一人くらいの小さな会社だった。今では、おそらく何十人の会社になっているだろう。


これは一例だが、アメリカの経済学や経営学の教授は「自分の会社」を持っていて、理論を実務に役立てている人が多い。いや、学問の目的は象牙の塔ではなく、実務に応用することだ。だから当たり前なのだが、日本では学者が会社を持つなどとは考えられない。

このあたりは今後、抜本的に変える必要があると私も思う。



大竹英雄さんの日経「こころの玉手箱」-慶應囲碁部の顧問

今日の夕刊に囲碁の大竹英雄さんが、昔経済人と「囲碁とゴルフの会」を開いていたことを書いている。私の出身の慶應囲碁部では、顧問にトッププロ棋士をお願いしているが、昔は高川名誉本因坊で、亡くなられた後は大竹さんにお願いしている。この人は、トッププロを輩出した「木谷門」の塾頭だった人で、現在は日本棋院の理事長もされている。


「木谷門」といえば、昔、木谷実という内弟子(棋士の卵を自分の家に住まわせる)を取ったことで有名な大棋士の門下だ。呉清源と長野の地獄谷で「新布石」を生み出したことで知られる。呉清源といえば、戦前から戦後にかけて、日本棋士界のトップに君臨した人で、現在の棋聖といわれる。囲碁を打つ人で知らない人はいない。


その呉清源先生に、10年ほど前にお目にかかり、碁盤の裏に揮毫していただいた。今は体調を崩され、熱海の周辺で静養されておられると聞いた。この天才は、小学生のときに北京市の囲碁大会で優勝したというから、やはり天才だった。周恩来が目をかけていたという。今では中国の方が囲碁のレベルが高くなってしまったので、呉先生も複雑な思いだろう。


昔から財界人は囲碁を打つ人が多かった。今井敬さん(元経団連会長、元新日鉄会長)は別格に強いが、アマチュアで5,6段の人はうようよいる。もっとも、名誉6段などという人も多い。そういう人は実力はないが、プライドは高いのでプロは打ち方に困ると思っていた。このあたりは大竹さんはうまいものだ。


某大企業の元会長で、トッププロに4子(ハンディ戦)で勝ったという人がいた。私も4子で打ったが、結果は惨憺たるものだった。その人いわく「あなたはトッププロより強い」とのことだったが、これはさすがにないので、その「事情」を説明した。プロは指導後では本気で打たない。しかも相手が大企業のトップなら、なおさらだ。


今は、トッププロと財界人の会はなくなっているという。日本棋院も大企業の寄付が必要で、そのあたりのパイプがなくなったのは大竹さんも大変だろう。

国際宇宙ステーションの成果はあったかー日経新聞に厳しい記事

昨日の日経日曜版に、「宇宙実験、日本の果実は」という記事が出ていた。要は、数千億の予算を使って何の成果があったの?ということだ。実際は無いに等しいものだった。私も経団連で宇宙開発の担当が長かったので、国際宇宙ステーションについては様々な思い出がある。


そもそも提案はアメリカのNASAだ。上空400キロの微小重力空間を使ってバイオの実験や材料実験を行うというものだ。さすがはアメリカで、一国ではやらず、ヨーロッパやカナダ、日本を誘い、最後はロシアを誘った。途中、一時アメリカ議会で「予算の無駄使い」という意見が出て、それが可決されそうになった。あそこで中止されたら日本も困っただろうが、何とか続行となった。それほど「意義」には当初から疑問が多かった。


日本も毎年500億、合計数千億の国家予算を使ってこれを作ったものの、宇宙ステーションで行う実験テーマがなかなか決まらなかった。私も一時、その選考の会合に出たことがあるが、宇宙開発で有名な東大工学部の教授に、「これはニーズがあったのでつくったものではないのか」と聞いたら、アメリカ主導で上から来た計画だと聞かされ、驚いた記憶がある。向井千秋さんの「宇宙メダカ」くらいしか記憶に無い人も多いのではないか。


1997年秋に、私はシリコンバレーのロッキード・マーティン社で宇宙ステーションの本体を見て結構感動した。そういうワクワク感は持たせるものだが、いざ成果は?と聞かれると困るのだ。アポロで月にいくのとはわけが違う。でも、そのアポロ計画でさえ、月に行った後は膨大な税金を使うことに対する「成果」が問われ中止になっている。


新しいことをする先端科学には常にムダが伴う。必ず「成果」が出るとは限らない。いくつかやってみるなかで、その中の一つが大きな「成果」を生むことを期待する方がいい。