日本ファミリーオフィス協会 -52ページ目

ある霞ヶ関中堅官僚のぼやきー出世しても展望なし

世間では霞ヶ関の官僚というと、天下りのおいしい汁を吸うことばかり考えた既得権益の守護者と考える人が多かろう。民主党が仕分けで特にそういう印象をつくっている。確かにそういう質の悪い官僚もいるが、多くは真面目に国のことを思っている人が多いと感じている。特に若者は例外なくそうだ。


そのうちに、悪い先輩たちを見て変な風に変わっていく人もいるが、こういう人々は出世しないのも事実だ。メインストリームを歩んでいる人は真面目に国のことを思い、自分の役所のことも思い、自分の将来も考えている。先週、こういうエリート官僚と雑談した。


昔は官僚の天下り先は役所の最後の役職で決まっていた。つまり出世すればするほど、「いい」天下り先に「何箇所も」いけたわけだ。だから皆、出世を目指して毎晩終電まで働いていた。これがある意味、日本は政治家は三流だが官僚がしっかりしているので成り立っている、と言わしめた根本でもあった。


これが今の天下り禁止令で、事務次官までなってもどこにも天下り先がない、という事態になっているそうだ。これでは必死に働くインセンティブがなくなってきた。しかも、こういう変化に今の学生は「敏感」に反応し、成績優秀者は役所に来なくなっているという。学校の成績と社会に入ってからの仕事のできとは相関は薄いとはいえ、由々しき事態ではある。


昔、例えば20年前は東大法学部で一番優秀な学生は大蔵省に入ると決まっていた。ところが今は「何がいい仕事か」が非常に難しくなっている。少なくとも、財務省は一番いい職場ではなくなっているだろう。弁護士も医者も数が多くなりすぎて、年々そのうまみはなくなってくるだろう。特に弁護士や公認会計士は試験に合格しても就職がないという有り様だ。


それだけ世の中が多極化している証でもあるが、官僚が一番輝いていた1980年代あたりに入省した人は非常に優秀な人が多い。この人材を埋もれさせるのは日本の損失ではないか、と感じて霞ヶ関を後にした。





与謝野馨とは何者なのかー「何になるか」だけの人?

今日の内閣改造ほど趣旨の分かりにくいものはなかったが、より分かりにくいものは与謝野さんだろう。たまたま今日、与謝野さんから私信が来たのでちょっとこの人のことを考えてみた。


与謝野さんは大学の囲碁部出身であり、千代田区在住なので昔から親しみを感じていた。時々道端でお目にかかることもある。選挙ではいつも海江田さんか与謝野さんで迷うところだ。海江田さんには、かつて弊社の勉強会に来ていただいたこともある。


それにしても自民党から民主党批判の「立ち上がれ日本」の共同代表になりながら、その民主党の入閣の誘いに乗ってしまうとは全く考えが分からない。昔の社会党のように、それをやったら政治家としては終わりだろう。石原慎太郎の言うとおりだ。


本人にしてみれば、自分の得意の分野で腕を振るおうということだろうが、一人で民主党の中に入っても何かができるとはとても思えない。菅直人の増税路線に利用されているように見える。それにより、民主党は政権を取ったときの公約である、絞れるだけ絞って、それでも足りなければ増税するという約束も反故にしている。単なる増税になってしまうだろう。


これでは霞ヶ関の役人の思う壺だ。役所の無駄使い、天下りを温存して、一般大衆にだけ「消費税」の負担を強いるということだろう。仕分けも全くパフォーマンスに終わり、今回も得をしたのは役人だけだ。


これを後押しするのが与謝野さんである。こんな政治家が今の時代に必要なのか。あれだけ小沢一郎が不透明な金の使い方をしても、なお人気があるのは、まともなことを言っているからだろう。普通ならとっくに政治生命は終わっているはずだ。


日本の政治の貧困を思うと、日本の将来まで暗いと思わざるを得なくなる。

NHK会長人事のどんでん返しー意思疎通の欠如が原因か

NHK会長は内定してからひっくり会えるという、考えられない事態となった。その背景に何があったかは分からないが、ともかく経営委員と安西さんの間に意思疎通がなかったことだけは間違いない。ウワサがウワサをよび、安西さんは待遇について「聞いた」だけらしいのだが、経営委員は「就任条件」だとウワサしていたようだ。これでは安西さんも怒るだろう。


こういうことは我々の日常生活でもよく起こる。家庭や学校、会社、サークルなどだ。でも冷静に分析すると、「風通しのよくない」状態のときにこういう誤解は生じる。NHKも不祥事続きで風通しはよくないどころか、密室でなかったのかもしれない。


これと似た話を新年に環境省の小林事務次官のところにいったときに聞いた。問題は「水俣病」だ。患者とチッソが犬猿の仲になるのは当然だが、その結果、この2者には「会話」がなかったようだ。小林さんはチッソと患者の話し合いを多くするように持っていき、今ではチッソも患者側も普通に話ができるようになったという。そうなると今までのいろいろな誤解も解け、一気に和解への道が開けたそうだ。


組織の中でも、上司と部下との会話がない部は様々なトラブルが生じ、結果業績も上がらない。反対に上司と部下の意思疎通が密な部は結果を出していることが多い。今回のNHKの問題はまさにこれに通じる問題で、NHKの再生は前途多難を思い知らせるのに十分な事件だった。

高校サッカーで京都の公立「久御山」が決勝へー学生スポーツに爽やかな風

最近の学生スポーツでは、高校、大学とも「全国からスタープレーヤーを集めた」学校が優勝する傾向にある。ハンカチ王子も「王子」なので東京出身かと思いきや、群馬の太田市出身だ。やはり、団体スポーツでも個々の能力が高いところにはかなわないものだ。しかし、高校サッカーでは今年、これを覆す番狂わせが起こっている。


昨年の高校選手権では、山梨の山梨学院付属が優勝した。これもちょっと意外だったが、メンバーは山梨県人は一人しかおらず、ほとんどがFC東京むさしという、中学大会で優勝した若者だ。優勝してもおかしくない能力はあったのだ。今年は2連覇を狙ったものの、流経大柏に惜敗した。この流経大柏は高校生相手には昨年1敗しかしていなかったそうだ。


それを京都の公立高校が破ったのだから快挙だ。内容的にも押していた。スター軍団に対して一歩もひけをとらなかった。こういう高校が優勝すると、最近の学生スポーツに一つの爽やかな風を提供してくれることになる。


決勝はこれも強豪の滝川第二だが、勝機は十分あると思われる。是非、ビシッと勝って、スター選手がいなくても優勝できることを示して欲しいものだ。やはり、全国からスターを集めている私立よりも、地元の選手しか集められない公立が勝つことが、全国の公立校サッカー部の励みにもなるし、健全だと思うのだ。

新宿荒木町界隈を散歩ーまさに中沢新一「アースダイバー」の世界

人間は意外に近所のことは知らないし、探索もしない。東京タワーのそばに住んでいる人が、実は一度もタワーに登ったことがないという話はよく聞く。私も今日、たまたま近所を散歩していて、初めて新宿荒木町の歴史を知った。


新宿通りを四谷駅を超えて少しいくと、右側に荒木町の看板が立っている。ここから中に入ると、そこは別世界だ。まさに昭和にタイムスリップしている。どんどん中に入っていくと金丸稲荷があり、その奥には徳川家康が鷹狩りのときにムチを洗ったという、「むちの池」がある。


意外にもその周辺は、幕末に有名になった松平保容の生地であり、終焉の地だそうだ。保容というと、会津や京都での新撰組の親玉だったという印象が強いが、実は荒木町の人なのだ。隠れた地元の英雄である。まさにここは中沢新一氏の好きそうな場所である。


実はいろいろな芸能人の隠れ家的な場所でもあるようで、神楽坂のように有名でもないので気楽に来れるそうだ。案内チラシによると永六輔さんや田崎信也さんが常連のようだ。その中でも最近はマンションが増えているようで、この街並みが何とか消えないように祈るばかりだ。

環境省の小林事務次官と懇談ー退官の最後の日に

今日は霞ヶ関の知り合いに年始の挨拶に行った。昨年の暮れに新聞事例で退官が公表された小林光環境省事務次官のところに行ったのだ。偶然にも今日が小林さんの役人人生最後の日だった。ひっきりなしに挨拶の人が来ていたが、その中で15分ほど懇談させて頂いた。


もっとも、小林さんが環境省に入った直接のきっかけである「水俣病」の最終決着が今年の3月ということで、それまではこの件を環境省顧問としてフォローするそうだ。チッソと患者側の対立を緩和したのは小林さんの人柄だろう。この人はとにかく仕事師だ。


環境庁の省への格上げ、水俣、あるいは環境税の導入というのは、旧環境庁の大きなテーマだった。これを全て実現したのが小林さんだ。個人的には1987年に最初に経団連でお目にかかってから23年間もお付合いさせて頂いている。1990年に私がアメリカに留学するまでの3年間、環境問題で非常にお世話になった。アメリカでの卒論のテーマを「地球温暖化」にするように薦めてくれたのも小林さんだ。


アメリカにいるときにも、最新の温暖化に関する資料を頂いたり、誠にお世話になった。単に慶応の先輩というだけではない関係があった。霞ヶ関の学閥の中で慶応出身で戦後事務次官になったのは3人しかいない。その一人なのだから、実力のほどは言うまでもない。


私は一言、役人人生いかがでしたかと伺ったが、「非常にハッピーだった」ということだった。こういえる人は事務次官まで上り詰めた人でもそうはいない。人生の達人としても、これからもご指導を受けたい人だ。



戦略がない日本ーアメリカの円高政策により主要産業の発展が止まった

今日ある金融専門家と話したが、日本が失われた10年(20年)を過ごしたわけは全て1985年のプラザ合意にあったというのだ。アメリカ側の首脳は今日の日本産業を予測していたと思われる。分からなかったのは日本の政治家や官僚、経済人だけだ。


それどころか、今でも日本のエコノミストの中には円高はいいという人もいる。確かに海外にいって何かするには円が強い方がいい。しかし、農耕民の日本人はそこまで外に出て行かない。やはり本社は日本におかないとダメな国民なのだ。


最近も顕著なのが株式市場だ。円安になると株価が上がる傾向にある。ここでもう一段の円高でも対応できると某企業トップが日経新聞のインタビューで言っていたが、果たしてそうだろうか。80円を割れたら相当ひどいことになると思われる。


幸いアメリカ経済の回復基調があるので、しばらくは円安になりそうだ。しかし、アメリカは為替も国家戦略なのでどう動かしてくるか分からない。それを考えると、何と日本経済は脆弱なことか。為替戦略など考える政治家も誰もいない。このままではアメリカに経済までコントロールされてしまう。


まずはそういうことに菅首相以下、気づいて欲しいと願ってやまない。気づけば対策も打てるだろう。

倉敷の大原美術館に行くー欧米人を驚かせた質の高さ

正月は倉敷の大原美術館に行った。以前から行こうと思っていたが、なかなか機会がなかった。館長の大原謙一郎さん(クラレの三代目)はエール大経済学部の先輩だ。当日はおられなかったが、ともかく、その収蔵品は欧米人をして「こんな地方都市になぜグレコがあるのか」と驚かせたようだ。


大原美術館にはいろいろな逸話があって、倉敷が大戦中に爆撃を受けなかったのも、この美術館の収蔵品を焼かないためだったようだ。アメリカ人は京都や奈良も爆撃しなかったように、さすがに文化を大事にする。倉敷全体が倉敷紡績の企業城下町であったこともあり、この街の中心は大原美術館周辺と感じた。


初代の大原総一郎さんが、画家の児島虎次郎に命じてパリで洋画を買わせたようだが、それにしても大変な量だ。一個人の美術館の域を超えている。それだけ、昔の繊維会社は儲かっていたこともあろうが、やはり創業者が文化への関心が高かったことによるだろう。昔の起業家は文化にも関心があった。今後は二度と出ない、ある意味、奇跡的な美術館だ。


倉敷は地方の大きな都市だが、やはり駅前の商店街はシャッター通りとなっていた。大原美術館周辺の美観地区がなければ、この都市は繊維産業の衰退により、さらに衰退していたことは明らかだ。外人観光客が目立ったが、まだまだ日本の地方にもいいところがあると知った正月だった。

来年以降の税制改正も心配ー資産税は強化の一途?

今年の税制改正は大企業優先でとてもいいとは言えなかった。しかし、来年以降はどうなるのかーやはりこの傾向は続くのではないか。


というのも、経団連の存在意義は今や「法人税減税」くらいしかなくなってきているからだ。そうなると、この一点は経団連としても絶対譲れない。来年以降も攻勢を続けてくるだろう。そうなると、政治としては取りあえず法人税減税を続けると思われる。問題はその財源になるのだ。


今年と全く同じことが起きるわけだ。そうなると政治としては、税金を上げても声が上がらないところ、つまり圧力団体がない分野の税を上げてくるだろう。それが資産税なのだ。日本の富裕層はまとまっていないので、声にはなりにくい。しかも、この人々は全体に占める割合は1%程度で、嫉妬をされている人々なので税金を上げるとむしろ政治としては人気取りができるのだ。支持率アップには格好のネタだ。


この傾向をどうするかは、ファミリーオフィス協会としても考えねばならないテーマだ。来年はこういうことも考えていこうと思っている。何かしないと、日本はまた相続税が88%の国になってしまう。

名古屋河村市長の新党、減税日本は成功するかー趣旨は当然いいこと


名古屋の政界では、いろいろとバトルが繰り返されているようだが、いずれにせよ来年4月には統一地方選がある。ここで河村市長派は新たに新党、減税日本をつくり風を起こそうとしているようだ。

知り合いの方がこの新党から市議会選に立候補するそうだ。今回の流れではおそらく選挙では勝利するだろう。問題はその後に本当に減税が実現できるかだ。民主党のように期待値は大きかったが、その後の失望も大きかったでは困る。

既得権益層からの強い抵抗は当然ある。しかし、役人の無駄使いには名古屋の市民も堪忍袋の尾が切れたのだろう。確かに、警察の裏金など表面化するのは氷山の一角で実際にはどれだけあるのか。ここを削っただけで、おそらく国の財政難の多くが氷解するだろう。そのために民主党は仕分けを行っているが、逆に焼け太りしている案件も多いという。役人の狡猾さに勝つ知恵が必要だ。

名古屋でもし、無駄使いが減り本当に減税ができるのならば、これはいい実例になる。こういうことは、河村さんのようなバランス感覚の「ない」人しかできない。バランス感覚がある人だと役人の抵抗などを考え、本当の改革はしようとしないものだ。

一つの小さな成功を積み重ねることでしか世の中は変わらない、というのが私の経験からの持論だ。ファミリーオフィスも一つの小さな「横割り」の事例をつくることを主眼として、ここから「横割り社会の実現」を目指している。

河村さんの改革が実現できることを祈っている。