ファミリービジネスネットワークジャパンの研究会に参加ー震災後も生き残る企業とは
今日は、ロンバー・オーディエの河田淳さん(スイス本社副社長)の研究会があった。時期が時期だけに、震災後も生き残る企業の条件が主なテーマだった。実際に震災に会ったファミリービジネスにも話を聞いたようだが、意外にもこの変化をチャンスに変えようという企業は少なく、何とか「根性論」で頑張ろうという企業が多いようだ。
このあたりがいかにも日本らしい。しかし「根性論」だけでは成果が期待できないのも事実だ。確かな戦略が必要なのは言うまでもない。参加者からは、関東大震災で大打撃を受けたシャープは、本社を大阪に移し「シャープペンシル」の製造から電気製品の製造に業態も変えた。このくらいのチェンジをしないと企業再生は難しいのではないか、という指摘もあった。
まあ全ての東北の会社がシャープほど抜本的な変化を遂げるのは難しいだろうが、「何とか今のままで」では自ら倒産の道へまっしぐらだ。過去の成功体験からいかに抜け出すかが企業存続へのキーワードだろう。
老舗 研究家の横澤・亜細亜大学教授は、岩手出身ということで、熱が入っていた。また盛岡南部藩を支えていたのは遠く離れた近江商人だったという歴史を説明されていた。近江商人ほど、土地にこだわらず変化を厭わず成功を収めた人は珍しい。今こそ、近江商人的な発想が必要ということか。
本屋に溢れる「お金」の本ーこれでお金持ちになれれば誰も苦労しない
昨日、久々に六本木の大きい本屋に行った。なんとそこには「お金」の本が溢れていた。中には未だに「この方法で1億円を稼げる」とか、ありもしない話を書き綴った本も複数あった。相変わらず、FXの本も溢れている。昔、木村剛氏が自身の雑誌「フィナンシャルジャパン」で、失礼ながらその本では儲かりません、、、というコーナーを持っていて、毎月そのときどきの「お金」に関するベストセラーを斬っていた。
木村氏は逮捕されたが、その人格や経営方法はともかく、この「お金」本に関して言っていることは正しかった。まさに自分がお金をつくったこともない人が、お金持ち本を書いているのだ。もっとも、お金をつくるノウハウを通常タダ同然で提供するわけもない。また、「お金のつくり方」「お金の守り方」はとても本などで伝えられるほど簡単なものでもない。バビロンの昔からの人類の関心ごとだが、未だに正解はないのだ。
まあ、まさに「趣味」としてこういう本を読むのだったら全く問題ないが、本当にお金持ちになろうとしてこういう本を読むのだったら徒労に終わる。むしろ逆のことになるだろう。
それにしてもこういう本が売れていること自体、非常に不思議だ。逆にいうと世間の大半の人は、あるノウハウを身につければお金持ちになれると考えているのだろう。それではお金持ちからますます遠ざかる。だから世間のほとんどの人はお金持ちになれずに死んでいくのだ。
本当の「お金のつくり方」「お金の守り方」は、実際に代々お金を守ってきた人に聞くしかない。ただし、こういう人がそのノウハウを「本」にすることは絶対にない。それはトレードシークレットであり、企業が営業の秘密を社外に漏らさないのと同じだ。
私も多くの代々お金を守ってきている人からその秘訣を聞いてきた。しかし、それは人には話さない。また自分自身が消化しきれていない部分も多く、正確に話せないという面もある。少なくとも言えるのは、本当の「お金」のノウハウは巷の本に書かれていることとは180度違う、ということだ。
原発の責任の擦り付け合いは醜いー日本のサラリーマン社会の特徴
東電の決算も終わり、原発の収束もわずかだが光明が見えてきた。こうなると緊急事態は終了し、原発事故の評価に関心が移る。悪いことが起きたときには誰かが責任を取らないとコトは収まらない。そこで責任転嫁合戦が始まると予想していたが、早くも大々的に始まった。
何と、2ヶ月以上前の3月11日、12日のことが今話題になっている。官邸、原子力安全委員会、経済産業省、東電とプレイヤーが多いのでことは複雑だ。第3者的に見れば、くだらないことに見えるが、当事者にとっては死活問題だ。自分に責任が来れば職を辞さねばならない。週刊誌等で連日報道されているように、原子力利権に群がっていた人々だ。絶対に自分の非は認めない言い訳合戦で、蒸し暑い東京がますます蒸し暑くなる。
こんな中で一筋の清涼感を与えてくれるのが、毎日の会見で経済産業省西山英彦審議官の隣に座っている坪井裕審議官だ。まだ報道には上がってきていないが、文部科学省からの出向で、科学技術庁時代は宇宙と原子力を長く担当していた。原子力のプロということで経済産業省も重宝しているのだろう。
坪井さんとは経団連の宇宙開発の仕事での関係は1995年には終わっているが、その後もコンタクトを取っている。情報通なので霞ヶ関や永田町のおもしろい話を聞きに時々文部科学省に伺っていた。今度は経済産業省で地域経済活性化の審議官になり、ここでファミリービジネスやファミリーオフィスを扱っているのでちょうどラッキーしたと思っていた矢先の原子力事故だ。
坪井さんには早く原子力安全・保安院から経済産業省に帰ってきてほしいのだが、西山審議官が坪井さんから資料をもらっているところも映像には写されているので、手放してくれないだろう。本人も原子力のために出向はしたのではないが、優秀な人は引っ張りだこでつらいということか。
日本の富裕層ビジネスの戦略のなさーファミリービジネスさえ研究していない
日本人の戦略性のなさが指摘されて久しい。しかし、戦略的に動けない国民性もあると思う。諸外国のように常に外敵にさらされ、戦略なくしては生きていけなかった国とは違う。他方、アメリカは戦略の国だ。今日もビン・ラディンの部屋から大量のポルノ関係が発見されたことを発信したが、これも戦略の一つだろう。一つ一つの情報を発する時に必ず意味があるのだ。
日本の政治家は戦略なくしていろいろな発言をするので、後で謝罪会見となる。これが日本人なのだ。私がしている富裕層ビジネスもしかりで、大企業でさえもその場限りのことをしているに過ぎない。基本の基本だと思われる顧客のこと(=ファミリービジネスオーナーのこと)すら研究していない。これではうまくいくはずもない。
日本でファミリービジネス研究が始まったのは2002年だ。ファミリービジネスネットワークの日本支部ができた。これもたまたま東京コカコーラの高梨さんがファミリービジネス、ファミリーオフィスに関心があったからだ。また学者の世界では倉科・甲南大教授が2008年にファミリービジネス学会をつくった。これも日本があまりにファミリービジネス研究が遅れていたからだ。
しかるに、「富裕層ビジネスのため」のファミリービジネス研究はどこでもされていない。信託銀行などがファミリービジネス(特に老舗)の研究をしているが、単発に終わっている。これは当協会がやらなければいけない分野だ。
日本が遅れている一つの理由は、ファミリービジネスの実態をオーナーがなかなか話してくれないことだ。日本ではファミリービジネス(同族企業)といわれただけで、その会社はイメージが悪くなってしまう。これではいくらファミリービジネスオーナーに問題点を聞いても本当のところは教えてくれない。いいところはいくらでも教えてくれるが。
「富裕層ビジネス」の観点からは、ファミリービジネスの弱点を知り、その対処方針をアドバイスできることが大事だ。それが顧客のニーズに合致するからだ。当協会ではこの切り口から、研究・検討を開始している。
甲府一高で104歳が講義ー生徒も79歳とは
今日の午後7時のNHKニュースで恐るべき光景が映し出された。104歳の元教師が古文の講義をしているのだ。どこかと思いきや、驚愕したことにわが母校、甲府一高であった。生徒は昭和25年卒の79歳だ。104歳の元先生の方が元気に見えた。でも「昭和25年卒」ということで個人的には納得できたのだ。
先週、たまたま甲府一高の東京同窓会幹事会があった。私も幹事をしているので参加したが、歴代の卒業生の中で「昭和25年卒」の方が一番熱心だ。この日も何名も来られていた。1名も来ない年度の方がむしろ多いのだ。私の卒業前後は誰もいなかった。
何かの雑誌で見たが、「昭和25年卒」の方々は特別な会をつくっている。旧制中学と新制高校とのちょうどハザマにあったようで、結束が固いという解説があった。私も経団連時代に仕事でこの年次の参議院議員をされていた依田智治さん(元防衛庁事務次官)にお会いした。依田さんから同期の方々をご紹介頂いたが、第一生命専務やさくら銀行常務、三菱電機常務などなど、大企業の役員の方が多かった。
同窓会は、どんなものでもそうだが、集まりがいい年次とよくない年次がある。それは幹事次第だと誰かが言っていたが、私はいろいろな同窓会の幹事をしているものの私の同期は概ね集まりが悪い。まあ年代的に組織にいる人間も独立している人間も責任が重いという面もあろう。
7月には甲府一高の同窓会総会が開かれるが、毎年私の同期の参加者は1、2名くらいだ。東京にいる人間に案内を出してもほとんどが欠席の返事だ。今をときめく東北大の今村文彦教授に仙台から来てもらうか。
国家公務員の給与一割カットはどうかー霞ヶ関官僚の質が落ちる
大震災後の財源不足で民主党は四苦八苦だ。問題は「どの予算を削るか」だが、人件費が大きいのでやはりここに注目してきた。国家公務員の給与を1割カットするという案だ。日本は「役人天国」と国民が思っているので役人イジメは政治家の人気取りの一番いい手段だ。しかし果たして国家公務員の、特に霞ヶ関キャリアが「天国」だろうか。
私は経団連時代に日常的にキャリア官僚との付き合いがあったので、彼らの生活ぶりはよく分かる。いつも終電だ。時には終電に乗り遅れて泊まることもある。仮眠室があるのだ。大蔵省の仮眠室を「ホテルオークラ」という。実際には雲泥の差があることは言うまでもない。残業は200時間くらいしているが、もらえるのは20時間だけだ。
こういう実態は99%以上の国民には分かっていない。官僚との付き合いがないからだ。普通の人がみる「公務員」は区役所の職員だ。確かに彼らは「天国」かもしれない。9時に来て5時には帰る。だから5時1分に窓口に行くと受け付けてくれないのだ。電話も5時からレコーディングだ。民間企業ではあり得ない話だ。最近は批判が多く少しは改善しているようだが、基本は同じだ。
今回の給与カット案は「国家公務員」が対象であり、霞ヶ関のキャリア官僚を含む。これではますます霞ヶ関に優秀な学生が行かなくなる。政治主導が本当にできていればそれでもいいが、政治家の方の質の向上にはしばらく時間がかかりそうだ。となると当面は官僚に頼らざるを得ない。その質が落ちることは由々しき事態だ。
もちろん、官僚の天下りはなくすべきだ。しかし官僚が天下りを何回しても罪の意識がないのは、長年安い給与で働かされたという自覚があるからだ。その時の分を退官後にもらっていると考えている。まずは公務員制度改革が急務だ。しかしこれも「みんなの党」の渡辺代表が政権でも取らない限り期待できないだろう。
給与をカットする前に、日本として官僚の質をどうするかの戦略がないと、単に官僚の質を落とすだけになってしまう。
浦勇和也氏がマーチャント・バンカーズの社長に就任ー本日の日経朝刊で知る
ハーバードの先輩でもある浦勇さんが、当然のごとくマーチャント・バンカーズの社長に就任することになった。浦勇さんには何年か前にある勉強会でお目にかかり、その後、富裕層向け雑誌「ADDICTAM」の高野社長をご紹介頂いた。住友銀行からハーバードに留学し、その後メリルリンチなど外資系金融の日本代表などを経験し、今の会社に入った。
基本的に企業の立直しが得意な方だ。マーチャント・バンカーズもリーマンショックの直後は苦しかったようだが、その後、浦勇さんが中心となった中国ビジネスで盛り返した。昨年は「どさんこ」などを運営する北国ラーメンの中国進出を成功させ、会社も黒字化し、復配したというから大変な手腕の持ち主だ。
ご本人はハーバードという感じは全くなく、ハーバードクラブの中でも浮いていた(失礼)。しかし、日経の国際法弁護士ランキングでトップの射手矢好雄弁護士(中国法、森・濱田松本法律事務所)と昵懇で、中国ビジネスも射手矢さんにも相談していたようだ。いろいろな人脈の中で中国ビジネスを成功させたのだろう。
最近は中国ビジネス花盛りなので、このテーマで「いい講師はいないか」と聞かれることがある。その時には浦勇さんを紹介している。私も講義を聞いているが、歩き回って指名していくその手法はハーバードの講義からのものだろう。主催者からは「いい人でいい話だった」と感謝されている。
私の仕事でも中国ビジネス関連が増えているので、仕事でも不可欠な人だ。また個人的にもお世話になっている。人柄がいいので、これからもお世話になりたい。
浜岡原発停止命令と受諾の違和感ー中部電力は民間企業ではないのか
菅総理が浜岡原発の停止を「お願い」した。しかしこれは実質的には「命令」だ。首相のお願いに一企業が逆らえるはずがないからだ。特に原子力発電所は国から様々な規制を受けている。もし断れば、これは大変ないじわるをされることは誰にでも想像できる。中部電力は形式上は粘ったものの、今日停止を受諾した。
これで「一件落着」とほっとした気分になるが、この一連の動きを冷静に考えると全くおかしいことに気付く。そもそも中部電力は民間企業で、原子力発電といえども、それを稼動するか停止するかの判断は自分でできるはずだ。中部電力が「危ない」と思えば停止するし、「大丈夫だ」と思えば防波堤を高くするとかして稼動を続ければよい。全ては私企業の判断であり、自己責任の話のはずだ。
ところが、菅総理が国会で野党から突かれ、政権延命のため浜岡原発を停止されることが、この資本主義社会で正当化されるだろうか。これではまるで社会主義だ。百歩譲って、原子力の特殊性を考えても、もしそんなに危険なものだったらとても一企業が運営・管理できるものではない。最初から国営にすればよかったのだ。
浜岡原発に関しては、言うまでもなく中部電力が一番情報を持っており、マスコミ的には「危ない」となるわけだが、実態は部外者には分からない。そんな想像の世界で電力供給不足を招くことを決定するのは、実は大変おかしなことだ。中部電力にも言いたいことは山ほどあろう。でも規制業界なので政治家や役所には言いたいことも言えない。
いろいろとおかしなことが起きている今、もう一度原点にたって日本のエネルギー政策をどうするか、日本人皆で考える時期だろう。
東洲斎写楽の正体探しに終止符ーギリシャでの発見が最後の決め手に
今日は午後9時からNHKスペシャルで写楽の番組を見た。写楽については過去100年くらい、様々な研究者や小説家がその正体についていろんな説を展開してきたが、個人的には20年前の明石散人氏の「東洲斎写楽はもういない」で結論がでていると考えていた。3年前のギリシャでの肉筆画の発見・検証で、阿波の能役者斉藤十郎兵衛説で完全に結論が出たようだ。
写楽については、まさに20年前に知り合いの弁護士が本を出したことで、私もしばらく興味を持って「写楽本」や写楽の浮世絵を見て回った。ちょうどボストンに留学中だったので、世界で一番写楽を持っているボストン美術館にも通った。ボストン美術館の浮世絵担当だったマネー・ヒックマン氏にもいろいろと教えて頂いた。
一番感動したのは、写楽の大首絵で世界一保存状態のいいボストン美術舘の「ビゲロー・コレクション」を美術舘倉庫で見た時だった。まさに昨日刷り上ったような状態のもので、ビゲローがフェノロサとともに日本で集めたものだ。こんな天才的な構図を一介の能役者が描けたものだろうかという疑問を私も持った。しかし、そういう天才が本当にいたのだから認めざるを得ない。
今日のNHKスペシャルで目新しい情報は、斉藤十郎兵衛がなぜ蔦屋重三郎と知り合ったかという点だ。斉藤十郎兵衛が住んでいた八丁堀の4軒隣に加藤さんという蔦屋と懇意な人がいて、おそらくその人の紹介で知り合ったらしい。これで写楽に関する疑問点のほとんどは氷解したというべきだろう。
しかし残念なのは、日本史の大きなミステリーの一つが消えることだ。写楽はいつまでもミステリーで我々を謎の世界に彷徨わせてほしかった。
因島は囲碁の島ー本因坊秀策と村上文祥さんの出身地
江戸時代のもう一人の棋聖である本因坊秀策は広島県の因島出身だ。秀策の碁はバランスの取れた碁で、私も学生時代にはこの人の棋譜を覚えるほど並べたものだ。死後150年経った今でも、プロは秀策の碁を勉強している程だ。しかしここでは、もう一人の因島出身の有名人である村上文祥さんのことに触れたい。
村上さんは早稲田の囲碁部出身で昔の「アマ4強」の一人だ。自称、村上水軍の末裔で(これには異説も多いが)荏原製作所の副社長の時に急逝された。大学の囲碁界では珍しく(?)仕事もしっかりしており、経団連の廃棄物部会の委員として経団連にも来られていた。その時に再会し、それからしばらくお世話になった。
村上さんは因島で囲碁のタイトル戦を誘致することもされており、地元への思いも強かった。因島の本因坊秀策記念館には村上さんの顕彰碑がある。因島で今でも囲碁が盛んなのは村上さんの貢献も大きいそうだ。容姿も親分で、オール早慶囲碁大会の時も、常に中心にいた。我々大学囲碁部出身者にとっては、囲碁でも人生でも目標の人であり、私も個人的 にかわいがって頂いた。
10年程前に村上さんの突然の訃報に触れたときには、私も相当ショックだった。しばらく仕事も手につかなかった。囲碁はともかく、環境問題、廃棄物問題をもっと教わりたかった。村上さんがいなくなってから、オール早慶戦も出る気がしなくなった。同じ思いの人は多いだろう。