最近の政治家を見て気付くことー日本人はウソに寛容
先週の東京都知事選、多くの有権者は「入れる人がいない」というジレンマに陥りながら小池知事に入れたのではないか。小池さんはプレゼンやパフォーマンスは超一流だが、知事として「何をした」というのがない。都民としては「もっと仕事をしてくれる人に知事になってほしい」という気持ちはある。
一国の総理にも言えることだが、支持する理由が「他に適切な人がいない」という残念な内容である。これは小池さんにも言える。考えて見れば、安倍さんのモリカケ、サクラといった数々の苦しいウソ、小池さんのカイロ大卒という苦しい説明。誰の眼にもウソが明らかだが、それでも選挙では支持されている不思議さがある。
安倍さんの学歴関係でも、昔は南カリフォルニア大卒ということを唱っていたか、口頭で言っていたことがある。さすがに、海外大学の学歴詐称が問題になった後は全く言及すらしていない。こういうことを責めるマスコミもいない。日本の大学が卒業が容易ということも一因として考えられる。
そもそも日本は商人国家なので、「本音と建 前」があり、また「ウソも方便」という諺すらある。江戸の昔からウソには寛容だったのだろうが、海外の人から見たら理解不能だろう。
石井妙子さんの「女帝小池百合子」が評判ー都知事は追い詰められたのか
都知事選が迫り、またもや小池知事の「カイロ大学問題」が蒸し返されている。小池知事もこの問題は10年以上前から何度も蒸し返されている案件なので、卒業証書などの証拠を見せればいいのだが、それができないところが苦しいところだろう。首相のモリカケや桜問題と同じだ。
著者の石井さんは白百合女子大の囲碁部だったので、学生の時から知っている。もっとも囲碁だけのつきあいなので性格までは分からないが、本を読むかぎり、真理をつかむまで離さない的なすごい探求心のある人のような気がする。カイロに行ってあらゆる調査を行ったり、数百人の関係者から話を聞くなど、ものすごい労作だ。
他にも複数の方々がこの問題を調査しているが、やはり「詰んでいる」としかいいようがない。もっとも多くの都民もそんなことは分かっていて、卒業はしていないと思っているだろうが、学歴詐称は公職選挙法違反になり、そのことで多くの議員が辞職した(サッチー問題は社会現象にもなった)ことを考えれば、やはり重大な問題だ。
同時に多くの都民は「またこの問題か」と嫌気がさしている。小池都知事には、ご本人が常々強調されている「説明責任」を一刻も早く果たして頂きたい。卒業証書を見せ、コピーを配ればその瞬間に解決だ。それができなければ、永遠にこの問題から逃れることはできないだろう。都民にとっても迷惑な話だ。
やはり9月入学は延期へーなぜ日本人は変革ができない?
再度になるが、司馬遼太郎は著書「この国のかたち」の冒頭で、「日本人は思想はそとからくるものだとおもっている」と喝破している。そう、日本人にとって新しいこと、変革は外圧がなくてはできないのだ。明治維新しかり、戦後の改革しかりである。自ら考え、自ら変えていくことは元々苦手な国民だ。
もともと、そういう特性のある国民ではあるが、それに加えて「日本というシステム」が変革を妨げているのも事実だろう。これは日本でベンチャーが育たない一因だと考えているが、「失敗を許さない減点主義」が社会全体にはびこっている。
だから組織でも「何も新しいことをしない」人が結果的に出世するという傾向がある。新しいことをすると経験値がないのでたいていの場合は失敗する。そういうアイデアマンは組織の上に来る前にいなくなる。結果、何もしない前例主義の人がトップに立つが、そのことが今日の日本の停滞を招いた一因ではないか。
今回の9月入学の議論も、結局は「何もしなければ失敗はない」という発想が強かったのではないか。何かを変えようとするときに「変えない理由」は無限にあるのが通例だ。現状、困ったことがあっても微調整で当面は乗り切り、次の世代の「検討課題」にすれば自分は減点されることはない。これが企業、官庁、学校を含めた日本の「システム」だ。
それでも国際化している今日の世界では、日本だけが旧態依然としていては何らかの「外圧」がかかってくる。その時に初めて制度が変わるのが、このくにの「かたち」だ。
今回の秋入学の議論を予想ー再び何も変わらない?
最近、急に秋入学が話題になったが、早くも自民党の文教族が反対を表明している。予想されたことだ。この議論は実は相当長い歴史がある。本格的に表に出てきたのは1985年の中曽根政権における臨教審の議論だ。この時に私のゼミの先生である石川忠雄慶大塾長が臨教審会長代理として議論をとりまとめた。石川先生からも生前、この時の話を聞いている。
司馬遼太郎は「この国のかたち」の冒頭で、「日本人は、いつも思想はそとからくるものだとおもっている」と述べている。この秋入学の話もそうで、長年春入学になっているから、自らの意思で秋入学にすることは難しい。5月2日の日経新聞で東大の浜田前総長がインタビューを受けているが、その中で「反対の理屈ならいくらでも立つ」とおっしゃっている。まさに至言だ。
東大では浜田総長が秋入学を提唱したものの、教授陣の強い反対などで実現はしなかった。小池都知事や吉村大阪府知事が言っているように、G7で春入学は日本だけだ。鎖国の時代ならいざ知らず、グローバルリーダーの養成が急務の日本で、これではダメなのは誰もが分かる。しかし、強力な「旗振り役」がいないとこういう案件は進まない。今のままでも留学を考えている人間以外は不自由はないからだ。
ただ、今回が特殊なのは、新型コロナの影響で来年の3月に入試を行うことがかなり難しく(教科書が全て終わらない)、これには全ての学生・生徒が困っている現実がある。何かしなくてはならず、そのためには秋入学が大きな解決策になる。
それでも、石川塾長や浜田総長が強く望んだ、教育界の長年の懸案が解決できる可能性は個人的には低いと思う。経団連は賛成を表明しているが、教育関係者は「変えたくない」という思いが強く、「反対の理屈」をいろいろと主張してくるからだ。個人的には何かをしたいのだが、問題が大きすぎ、壁も高すぎる気がする。去年の大学入試改革の失敗が繰り返されなければいいと願いたい。
ようやく9月秋学期制が世間の話題にー日本は外圧がないと変われない?
新型コロナの影響で学校の再開時期が未定のままだ。私自身も3年目の東大「ファミリービジネス」講座がどうなるか、気をもんでいるところだ。こんな状態の中、降ってわいたように9月秋学期制が議論の俎上に乗っている。総論的には賛成者が多いようだ。
しかし、この問題はかなり前から「総論賛成、各論反対」の代表格だった。10年程前に東大の浜田総長が突然、「東大で秋学期制を導入する」と発表した時には、これで日本の大学も国際標準になり、学生の留学もスムーズにできるようになる、と期待したものだった。
ところが、東大では1年程の検討の末、秋学期導入を断念、という意外な結果に終わった。総長が提案しても大学という組織では各教授が反対すれば通らない、ことを示す結果となった。大学のガバナンスは企業とは違うのだ。しかし、この失敗で日本の大学改革は数十年遅れるだろうと直感した。
今回も話題にはなっているが、現実的には相当厳しいだろう。早くも就職のことがネックになるという議論が出ている。しかし、日本企業も通年採用に変わっている現実もある。何でも変えたくないという抵抗勢力は日本にはまだまだ根強い。結局は東大での議論のように、「時期尚早、検討課題」ということで終わってしまうのが日本社会だ。
しかし、これがアメリカからの要求、トランプからの要求、となると事情は一変する。「それでは仕方がない」となる。日本が自らの意思と考えで、大きな変革ができるようになる日は来るのか。
世の中テレワークの時代へーしかし超富裕層には「会う」ことが必要
4月、5月と「ファミリーオフィス」の国際会議が予定されていたが、両方ともキャンセルになった。講演原稿を準備していたのに残念だが、この状況では仕方がない。また7月のニューヨークでの国際会議は11月に延期された。現地では11月なら大丈夫と考えているのだろうが、まだまだ不透明だ。
ところで、こういう国際会議も現下の状況では「テレビ会議にしたらどうか」という疑問も湧くだろう。しかし、この世界では世界中誰もそれを言い出す人はいない。やはり世界のファミリーオフィス関係者が実際に一堂に会し、あるいは超富裕層の方々と直接会って身近にお話する機会を重要視する。なぜか?
私自身もこのところクライアントと実際に「会う」機会は減っている。今まで週1回だったのが月1回くらいになっている。しかし、これを「月ゼロ回」にはしない。必ず重要局面では無理をしても防御を万全にして会うことにしている。やはりクライアントは自分の人生で最重要なことを相談してくるので、そこは相手の意図を100%に近く理解しなくてはいけない。そのためには顔の表情(マスク越しだが)や声の口調(これもマスクで邪魔されるが)も大事なのだ。
これは日本人に限ったことではない。各国のファミリーオフィス関係者と雑談すると、やはりメールや電話に加え「必ず月1回は会っている」という話をよく聞く。まだまだこの世界では「会う」ことは重要なのだ。
しかし日本人は、昔からメールや電話で済むことも「会う」傾向にはある。この機会にそれを大幅に見直すことが日本の弱点である「ホワイトカラーの低効率性」の打破には大いに役立つに違いない。ただ、業態によってはまだまだ「会う」ことの重要性は色あせないことも忘れてはなるまい。
2週間前に伺った向井万起男さんのBCG関与説ー日本で新型コロナの死亡率が低い原因
先週あたりから、新型コロナの死亡率とBCG接種とは大いに相関関係がある、と様々なメディアで報道されるようになった。しかし私はその1週間以上前からこの説を知っていた。慶応病院の医師をされていた向井万起男さん(向井千秋宇宙飛行士の夫)からの情報だ。
情報源はアメリカの論文のようだが、アジアで死亡者が少なく欧米で多いのにちょっと違和感を持っていた矢先だったので、納得できるものがあった。私の年代だとBCG接種を必ず受けさせられ、腕には跡がついている。誰でもそうだ。最近の若者はそれを見ると「きもい」などと言うようだが、世の中意外なことが役に立つこともある。
そのころから話題になってきた富士フィルムの「アビガン」については、重篤な副作用があるようで、そこが弱点のようだ。それでも、今のところこれくらいしか効くものはないらしく、困ったものだ。それでも個人的に期待しているのは、アメリカのジョンソンエンドジョンソンのワクチン、新薬開発だ。
ジョンソンエンドジョンソンは、言わずと知れた世界有数の製薬メーカーだが、創業理念(クレド)に基づいて経営を行っている骨の通った「同族企業(ファミリービジネス)」だ。かつて、この会社のことを詳しく調べ「週刊エコノミスト」に掲載したことがある。自社の薬に不具合があった時に100億円以上の経費をかけて回収し、アメリカ人の信用を勝ちえたという稀有な企業だ。
ワクチンができたら、「米国のみならず世界に提供する」と公言しているところも素晴らしい。日本の同族企業でもこういう会社が出てくれば「本当は強い同族企業」と私が常々主張していることが実感として日本人にもわかるのに、といつも羨ましく思っている。
日経「スタアトピッチJAPAN」全国大会が無事終了ー日経ホールで無観客
昨日は日経新聞社主催の第1回「スタアトピッチJAPAN」全国大会が日経ホールで開催された。私は審査員を拝命。もちろん、開催も危ぶまれたのだが、急遽、聴衆なしで行われた。日経の方に伺うと「来週だったら中止していた」ということで、幸運だった。
最初に、全国から予選を勝ち抜いた21社のベンチャーとアトツギベンチャーの方が参加し、プレゼン。最後に私から全体講評を行った。しかしながら、600名収容の日経ホールに誰も居ない中で、カメラに向かって話すのはきつかった。個人的にはこういう経験が初めてなので、言いたいことも上手には言えなかった。
私からのメッセージは2点で、いつものように➀ファミリービジネスの強さ、②アトツギベンチャーの重要性だ。➀のファミリービジネスの強さの説明は、ベンチャー企業(もちろんファミリービジネスの一類型)がいかに「ニッチな」ところに注目しているか、本日の21のプレゼンで明確になったという論旨だ。
②の「アツトギベンチャー」の重要性については、星野リゾートの星野代表の言葉を引用させて頂いた。星野さんは常々「2代目、3代目は立ち上がりのリスクの少ないベンチャーが可能」と言われているが、今後のファミリービジネス、ベンチャーの発展を考える際に重要な視点だと考えている。
一般的に2代目、3代目はイメージが悪い。だから稼業を継ぐのを「かっこ悪い」と考えることが今日の後継者不足の一因だ。しかし、「ベンチャー」というと何となく「かっこいい」イメージがある。しかも2代目、3代目は基盤があるのでベンチャーの最大のリスクである「立ち上げてすぐに潰れるリスク」は少ない。
そこで、2代目、3代目の人は「アトツギベンチャー」として、親のやっていたこととは違う方法で経営を行えばいいというのが星野さんであり、星野さん自身もそれを具現化してきた。日経が今回これを取り上げ、「全国大会」として開催したのは大いに意義があると考えている。
日経は来年もこの大会の継続を既に決め、4月から地方大会を始めるとのことで、来年は星野さんにも参加して頂き、この動きを「ムーブメント」にしていけたらいいと考えている。
依田紀基氏「バイキング」に登場ー岩田一氏も応援
囲碁の依田問題に関しては、依田さんの知りあいの一人として心配はしていた。このままだったらいくら依田さんが正しいとしても、一人では執行部に押し切られてしまう。執行部のメンバーも役職ほしさに小林理事長の言うことを聞くだろう。日本の組織にはよくある話だからだ。
ただ同時に、「通せんぼ」の場面をマスコミに撮らせたり、「ウソをついていたら切腹します」というキャッチコピーを考えたり、マスコミへの出し方など、依田さんにしては「やるな」とも感じていた。
この背景が今日昼の「バイキング」を見てわかった。ここに岩田一さんが出ていて、「なるほど」と得心した。岩田さんが知恵を付けたのは容易に想像できるからだ。岩田さんは慶応囲碁部出身のプロ棋士で、あの時代でほぼ唯一の大卒プロだ。人格識見とも、私の知る限り日本棋院一だ。私も大学時代、岩田さんに大変お世話になった。依田夫人の原幸子は岩田門下だ。
当初私は、「依田氏が勘違いしていないか」という疑念があった。しかし岩田さんが「依田君の方が正しい」というならほぼ間違いない。弁護士二人をつけて、3月初旬の記者会見の準備をしているという。やはり「多勢に無勢」状態に違いはないが、日本棋院の中にも「岩田さんが言うなら本当だろう」と考える人々がいるのは間違いない。これで依田さんが一敗地にまみれることはないと一応安心だ。記者会見の後の「切腹」もないだろう。
執行部も大変な事態だろうが、問題はそんなコップの中での内輪もめではない。ただでさえ囲碁人口が減っているときに、囲碁界のある意味スターである依田氏を排除して、いいことは何もない。今回の事件を契機に、次にいい理事長を外部から呼んで(それが難しいのだが)、日本棋院を根本的に立て直す時期ではないか。
依田紀基氏がついに日本棋院から処分ー大局的には囲碁界に大マイナス
昨年来、依田さんと日本棋院の執行部である小林覚理事長とゴタゴタがあったが、ついに依田処分となった。個人的には依田さんも小林さんも知らない仲ではないが、特に依田さんと縁がある。私が高校一年の時に「高校囲碁選手権」で日本棋院に上京した時に、当時小学校6年生で院生だった依田さんと対局した。何とか勝ったものの、当時から有望な小学生として有名だった。
依田さんは「囲碁界の坂田三吉」と言われるだけあって、生活能力には欠けるきらいがある。本人も小中で「オール1」であったことを売りにして、「どん底名人」という本を上梓した。文章を書くことは好きなようだ。3か月ほど前に路上で会った時に、「どん底名人、よかったよ」というと「お恥ずかしい」とのことだった。
しかし、組織内でのパワーゲームになると、依田氏は弱い。小林氏の方が数段上だ。しかし、小林氏も基本的に幼いころから囲碁一筋なので(囲碁のプロは皆そうだが)、組織を大局的に運営することは苦手だろう。だから、日本棋院の理事長はやはり大組織を引っ張った経験のある人に任せるべきだが、なかなか「なり手」がいない。
今回のゴタゴタもお互いに頭に血が上っているが、問題は「どちらが悪い」ということではない。外野にとってそんなことはどちらでもよく、問題は囲碁界が「変な世界」と思われスポンサーも逃げてしまうことだ。そこは理事長が判断すべきだが、やはり棋士では難しかろう。組織のプロが出てこないと囲碁界はますます地盤沈下することを大いに憂いている。