日本ファミリーオフィス協会 -12ページ目

相変わらず「外圧」でしか変われない日本ー突然のIOCの豹変で森辞任へ

森さんの変な謝罪会見でも、なぜかIOCが幕引き宣言して、この問題は終了と思われていた。国際問題に波紋が広がらない予定だったからだ。国内だけだったら、やはり森さんに反対できる人はいない。ちょうど、安倍さんが「モリカケ、サクラ」でやりたい放題でも辞任しなかったのと同じだ。しかし、ヤバイと感じたIOCの豹変から森さんは追い詰められ、明日辞任の方向になった。

 

それにしても残念なのは、国内の大物政治家や関係者が、国際的には相当「マズイ」ことに気付かずに誰も森辞任を言わなかったことだ。「森さんの功績は誰もが認めるところだが、あの発言は国際的には全く受け入れられないので辞任願いたい」と菅さんなり誰かが言えば、「日本も変わったな」と国際社会から思われ、転んでもただ起きないことにできたはずだ。

 

司馬遼太郎は「この国のかたち」の冒頭で、日本人はきまりはいつもそとからくるものだと思っている、と記したが、今日の国際社会、インターネット社会では自ら決断しないと海外からバカにされる。今回のゴタゴタで海外のアスリートも「日本」に猜疑の念を抱いたのではないか。

 

まだ安倍さんの「モリカケ、サクラ」は「閉じた」日本だけの問題だった。だから国内でどう処理しようが海外には関係なかった。しかし、オリンピックのように「開いた」話では透明性や公平性が厳しく問われることになる。このあたりの頭の整理が日本人にはまだまだ足りない気がする。

相変わらずの自民党に失望ー一人気を吐くのは後藤田正純

森さんの失言、謝罪(謝罪するつもりはなく心底から正しいと信じているようだが)から、国際社会にまで飛び火して、自民党の中から森退任を望む声が出てくると思ったが、やはり自民党は昭和体質だ。いみじくも森氏が言った「わきまえて」いないと自民党の中ではパージされるのだろう。

 

そんな自民党の中で、一人公然と森退任を要求しているのが後藤田正純だ。慶応囲碁部出身(とはいっても幽霊部員だったようだが)で、やはり囲碁部には変人が多いようだ。しかし、言っていることは全く間違っていない。他の声を上げない自民党員の方が保身しか考えていない仕事をしない連中だ。橋本大臣も自分の親分には何も言えない。言っているように見せかけているだけで情けない。

 

問題は今後、後藤田がどうなるかだ。本人はまっすぐな性格なので、森さんがこれだけおかしいことを言ったので、自民党の中でも当然、森批判がどんどん膨らみ、森退陣に追い込まれるだろうという読みだったが、どうやら外れたようだ。この情勢が続けば、当分大臣どころか党の役職は無理だろう。しかも少数派閥(旧石破派)なのでなおさらだ。

 

石破さんも世間の常識では安倍批判など正しいことを言っていたが、自民党の中では「後ろから鉄砲玉を撃った」ことになるらしい。何とも理解不能な世界だが、まさに自浄作用というのはないものか。ここに期待を持たせたのが小泉元首相だったが、今になるとやはり「自民党をぶっ壊す」と言ったのはパフォーマンスだった。

 

今、自民党の中で変人で、何かやってくれると期待を持たせるのが河野太郎だが、今のスタイルのままで首相になれるのか、はなはだ疑問だ。やはり菅さんのような如才のないタイプが自民党ではトップになりやすい。野党も弱く、このコロナ禍で沈んでいる日本が浮上するような明るい話はないものか。一瞬、後藤田がその一筋の光明になるかと思ったが、一日で落胆に変わりつつあるのが残念だ。今後国際社会からの「外圧」で何か変わる可能性はあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

政治家の二世と企業の二世の決定的な違いー企業は倒産する

今日また森さんが大変な発言をしてくれた。しかし、この人は「こういう人」という国内での堅い評価を得ているので、「またか」で終わってしまう。森さんに限らず、政治家の二世は本人に実力がなくても何となく務まってしまう。

 

こういうことから、日本では「二世」や「世襲」のイメージは本当に悪い。この影響は企業の二世にも及んでいる。よく「あいつは二世だからダメだ。ボンクラ息子だ」という声を聞くが、企業の場合は本当にボンクラ息子が継ぐと、政治家の場合とは違い会社が潰れてしまう。「何となく務まる」ことは会社の場合あり得ないのだ。

 

このあたりのことを、地方の経営者が集まる場で話をすると「拍手」が起きてしまう。「よくぞ言ってくれた」などと掛け声をかけられることもある。それほど、地方の二世、三世の方々は日ごろ政治家との混同で悔しい思いをしている。私が「それならば説明すればいい」というと、「そんな説明に誰も耳を貸さない」とのことである。実際にそうだろう。

 

地方のお金持ちはほぼ例外なくファミリービジネスのオーナーだ。もちろん東京でもその傾向はあるが、地方の方がより顕著だ。そもそも日本で「世襲」のイメージが悪いのは、世襲している人はたいてい富裕層で、周囲からは「楽しておいしい思いをしている」というやっかみを受けやすいからだ。これは結構根が深い。しかし企業の二世は、特に今のような時期は全く楽ではない。

 

このように大変な苦労をしているものの、世間的には正当な評価を得ていない企業の二世。感情的な問題はあるが、我々は「事実は事実として」峻別して考えねばならない。政治家と違い企業の二世はボンクラだと会社は潰れる、という「言われれば当然」の事実を、私は機会あるごとに説いていきたい。

 

 

エズラ・ボーゲル氏の死ー「Japan as NO.1」の完全な終焉

今日、エズラ・ボーゲル氏の死亡が報道された。これはショックだ。ハーバードに行った時に公私ともにお世話になった。特に、私が歴史の試験で悲惨な評価を取ったときのコメントは忘れられない。

 

昔から世界史が得意で、駿台模試でトップを取ったこともあった。そこでアメリカに行って歴史の授業を取り、最初の中間試験でも得意満面で「何年に何々があった、、、」という日本で習ったことを何枚にも渡って書いた。当然、Aの評価を得られると思ったところ、何と評価はCだった。

 

すぐに担当教授のところに行って、「なぜか」を聞くと、「君は記憶力は素晴らしい。教科書を写真に撮ったように再現した。しかし、自分の考えは何一つない。これではCしか(本当はDだが)与えられない」と言われたのだ。すぐに、ボーゲル教授にこの答案と担当の教授のコメントを伝えた。ボーゲル教授は「日本人と韓国人はこれをやっちゃうんだよ」と間髪を入れずに言われた。

 

その後はボーゲル教授に個人的に指導を受け、歴史の期末試験ではBを取り何とか形になった。

ボーゲル教授の息子のスティーブ・ボーゲルが私と同い年で、経団連に研修に来ていて知りあいだったことで、ボーゲル教授もいろいろと時間を取ってくれたのだと思う。

 

個人的には、「Japan as NO1」という著作は、日本人を慢心させ、バブル崩壊後の日本の低迷を招いた一つの要因にすらなったと思う。実はバブル崩壊後、ボーゲル教授は「Japan as NO1 ?」という本を書いたのだが、これはほとんど売れなかった。2002年にボーゲル教授と会った時に色紙に書いて頂いたのは「Japan as NO1???」だった。ボーゲル教授のこういう変心は報道すらされず、日本人に伝わらなかったのは悲しい。

 

ボーゲル教授の死は日本の時代が完全に終わった象徴のように思える。

 

 

菅総理の日本学術会議議員の任命拒否ー理由は自民批判か

菅さんは元秘書官に言わせると「すごい記憶力」だそうだ。事実そうなのだろう。おそらく最近問題になっている学術会議の任命拒否も本人はとぼけているものの、六人全員の主義主張を精査して、あるいは覚えていて、拒否したと想像できる。

 

というのは、その六人のうちの一人をたまたま知っているからだ。その学者はもう10年程前になるが民主党政権時代に民主党の勉強会講師をした。その時に私もその会合に参加したが、民主党の会ということを割り引いても、痛烈な自民党批判をしていて驚いた。

安保法制にも反対しており、菅さんはチェックを入れていたのだろう。

 

しかし問題はもっと根本的なところにあり、「税金で運営している日本学術会議って本当に必要なの」ということだ。是非、河野大臣に行革の対象として、組織改革や組織そのものをなくしてほしい。もし、学者が必要な組織だと思えば、よくある「学会」のように手弁当で会費制でやればよい。少なくとも税金を投入してやる今日的な意義があるとは思えない。

 

もちろん、日本にはこのような「税金泥棒」的な組織はゴマンとある。私は経団連で行革を担当していた時もあり、あきれてものも言えないような国の組織の多さにため息をついた。ほとんどが天下り組織だ。国の財政が苦しいのなら、まずこういうところからメスを入れるべきだ。想像を超えた歳出削減になることは間違いがない。

 

さすがに霞が関官僚も、自分たちの退職後の生活がかかっているだけあって、行革には必死で抵抗する。多くが屁理屈での抵抗だ。だから、霞が関で出世した飯塚元工業技術院院長が裁判の初公判で、証拠があるのに「車の不具合」などと屁理屈を述べたのも、これは長年の役人の習性だろう。全く驚きもしなかった。

 

国民が期待するのは、こういう霞が関のムダにメスを入れる菅さんの行動力だ。

 

御用経済学者を使わない菅総理に賛成ー百害あって一利なし

菅政権においては御用経済学者を雇わない方針のようだ。ここ8年弱の御用学者を使った経済政策で菅さんも痛い目に合い、身に染みているのだろう。

 

今まで各政権で御用経済学者はいたが、安倍政権におけるそれは非常に「目立った」。アベノミクスを安倍政権では「売り」にしていたので当然だが、結局は「2%のインフレ達成による経済回復」は夢物語に終わった。現状、景気回復どころか、アベノミクスで借金が残り、今後も増えざるを得ないという負のレガシーだけが残った。悲惨だ。

 

基本的に御用学者になる人はプレゼンがうまい。国民誰にも分かりやすいスローガンを持って登場する。曰く「金融緩和さえすれば日本は2%のインフレを達成し、潜在成長率を大きく上回る経済成長ができる」という夢のある話だ。そんな簡単な話だったら日銀がとうの昔にやっているはずだが、「それは日銀の独自理論が邪魔をしている」とのことだった。

 

しかし、話は単純な方が分かりやすい。多くの国民はアメリカの一流大学の先生が言っているのだから間違いないと考え、大いに期待した。お金をジャブジャブにすればインフレが起こるという話は誰にも分かりやすい。しかし、理論上はそうでも実態経済はそんなに単純ではなかった。

 

確かに大学の机上の経済学は単純明確だ。しかし、実体経済は様々な要素の集合体だ。それを誰にも分かりやすく説明するのは不可能だろう。そこを単純化したH教授のプレゼン術は、ある意味すごい。しかし、それは正しくなく、結局国民のためにはならなかった。それでいて何の責任も取らないでいいのだから気楽だ。最後は金融緩和をしながら消費税を上げるという、小学生にもわかる愚策を進めた。

 

今後の日本では、政権にとっては便利でも、実体経済の分からない経済学者のアドバイザーなど必要ない。これが安倍政権で得られた一つの大きな教訓ではないか。

 

 

 

 

 

 

 

13年前に菅総理を予見した総務省秘書官ー菅政権では地方創生に期待

世の中には「人を見る目」を持っている人がいるもので、ハーバード卒業同期の総務省のM氏などもその一人だ。菅さんが総務大臣になった時に秘書官をしていたのだが、その時にハーバードの同窓会で会い、「菅さんは総理になるよ」と言われた。13年前の話だ。

 

その時には菅さんはほとんど無名で、私も驚いたのだが、菅さんの能力の恐ろしさは聞いた。そして今、「菅総理」が確定的になり、彼の予見の正しさが証明された。ここ数年で菅さんが総理になると言った人は多いが、おそらく13年前にそう予見できた人間は、秘書官で接触が多かったとはいえ、彼の他にはほとんどいかなったのではないか。

 

問題は菅さんが何をやってくれるかだ。総務大臣だったので、早速、郵政がらみの「デジタル庁」構想をぶち上げた。それに加えて、やはり「地方創生」にも力を入れてほしい。仄聞するところによると菅さんも秋田出身なので地方への思いは強く、何か地方創生がらみで打ち出すのではという観測もある。

 

地方創生から、その主体であり中核となる地方の「ファミリービジネス」の振興へと話がつながればいい。今、地方の同族企業は「後継者不足」に悩んでいる。その原因の一つがファミリービジネスのイメージの悪さから家業を継ぐことが「カッコ悪い」と若者が思っていることだ。

 

実はファミリービジネスは優れた経営形態で、2代目、3代目はそれをベンチャー的に継げる「アトツギベンチャー」の可能性があることがもっと広まれば、地方の後継者不足も大部変ってくるだろう。その意味で、昨年から日経が大々的に行っている「スタアトピッチJAPAN」に期待するところも大きい。

 

 

 

霞が関の政府高官は年初に今日の政治情勢を予見?-秋に安倍退陣、菅後継

政界は一般人の我々には全く予想もつかないが、霞が関の官僚は「次の政権がどうなるか」で自分の仕事具合(出世)も決まってしまうので、そこの情報収集、嗅覚は恐ろしいものがある。以前から、霞が関の高官(局長以上)から政界の今後について聞かされ、それが的中して舌を巻いたことが何度もある。

 

今年1月には、アメリカ留学時代の同期で今は政府高官になっている友人と雑談をしていて、秋には安倍退陣になりそうだという話を聞いて驚いた。退陣理由は、支持率低下か持病の悪化ということで、ほぼ的中だ。1月の初めだからまだ「コロナ」のコの字もない時だった。後継は菅さんで石破さんはないと言っていた。

 

このあたりは霞が関には相当な情報があり、その結果、ほぼどの省の高官も同じ感触を持っていたようだ。あるいはお互いに情報交換も相当していると思われる。その「ビッグデータ」から同じような結論が導きだされるのだろう。おそろしい世界だ。

 

確かに今は官邸が霞が関幹部の人事権を持つので、官僚にとって次の首相が菅さんになるか石破さんになるかで、まさに出世するか役人人生が終わるか、岐路に立つことになる。今回の首相交代で悲喜こもごもの人事が行われるのだろう。

 

昔からお世話になっている今井尚哉さん(首相補佐官兼秘書官)も、官邸に入られてから全く連絡が取れない(取ってはいけないのだが)が、しばらくすれば会えるかもしれない。その時には官邸での門外不出の面白話をオフレコで聞きたいものだ。安部さんの後ろにいる映像を先週金曜に見たが、さすがに疲れが見えていた。本当に8年弱の激務を慰労させて頂きたい。

 

 

石川千代田区長のマンション取引に怒りー15年前に千代田マンション管理協議会に参加

以前、長らく千代田区に住んでいて、区の行事で石川区長とお話することも多かった。2005年ころ、石川区長の発案で、23区で初めてのマンション管理協議会ができた。その第1期の理事をボランティアでさせて頂いた。千代田区民は9割がマンション住まいなので、区でもマンションでのトラブルなどを勉強する必要があったのだ。

 

石川区長自身も当時は九段の古めのマンションに住んでいた。この会合にも何度か出ていて、マンションの勉強をしているとのことだった。私もマンションの勉強をして、この時に「マンション管理士」の資格を取った。

 

問題は区長が、この時の勉強の「成果」もあり、事業協力者(つまりは地権者)でもないのに再開発マンションを手に入れたことだ。もちろん、事業協力者での価格(原価)でだ。これはさすがにあり得ない。あの時にボランティアで理事を引き受けた人は、同様に怒りだろう。区民のためではなく「区長のために」会合をやっていたようなものだからだ。

 

ともかく、悪事がバレた以上、議会解散など訳のわからないことを言わずに、サッサと辞任してほしい。もっとも、潔く辞任するような人だったら、こんなセコイことはしないか。河井夫妻もそうだが、こういう人物を辞めさせるうまい仕組みを考えないといけない。政治家には性善説は通用しない。

 

日本人が政府の「自粛要請」に従った理由ー「世間」を気にする日本人気質

欧米人が日本人を見て理解できないことはいろいろあるが、今回のコロナ騒動で「自粛要請」に従った日本人の行動は「ミステリー」と映るそうだ。しかし日本人としては「あたり前」という感覚である。この理由は何なのか?

 

私は、日本独自の「世間」というもの、「世間様に背を向けない」日本人気質があると考えている。

昨年の東大「ファミリービジネス」講座で、慶応ビジネススクール元校長(現、静岡県立大学副学長)の奥村昭博先生が言われた「日本の会社で比較的不祥事が少ないのは「世間」に対して恥ずかしいという思いがあるから」と言われたので、その後、私も「世間」の研究をしたのだ。

 

教材は奥村先生推薦の阿部謹也先生(元一橋大学学長)の「世間とは何か」だ。我々日本人は常に「世間様に恥ずかしくないように」という潜在意識がある。しかしこれは日本人に特有なものだそうだ。確かにアメリカ人に「世間」と説明しても理解不能だろう。この「世間」の感覚が日本に犯罪が少ない大きな理由だと私は考えている。

 

今回の自粛要請に従った日本人の根本にも「自分が繁華街をウロウロしていると世間様に対して恥ずかしい」という思いが、特に中高年には強かったのではないか。それを見た若年層もその行動パターンに従ったと思われる。何の罰則もないのに自粛した日本人の「世間」観は、日本社会の誇るべき点として大いに自慢してもいいのではないか。