中朝事實(乾)
大正元年 素行会 發行
その3.漢文の訓点
 
学校時代の復習となるが、送り仮名や返り点のない漢字だけの文を白文はくぶん、また訓点(返り点)の付いていない本を無点本むてんぼんというようだ。
 
訓点などを付けて読むと訓読くんどくになり、その本を点本てんぽんという。更に訓読くんどくに従って書換えた仮名混じり文が「書下かきくだし文」になるのだそうだ。
 

 
2-35
中朝事実の訓点(神器章の一部)
今回テーマにしている「中朝事実(乾)」は点本てんぽんで、これを読むためには訓読くんどくを理解しなければならない。
 
本来、漢文は漢字だけなので、これをスラスラ読めるようになるには、自転車の補助輪のような訓点の入った点本で訓練する必要があるだろう。
 
元々漢語の文法は、主語述語からして日本語とは順番が異なる。こうした漢文の点本には、日本人が理解しやすいように漢字を日本語読み(主に訓読み)して、送りガナを付けて訓点が付けられている。
 
2-35-2
左図は実際の中朝事実(乾)の一部である。
 
縦書きの漢文で、漢字の下に小さな文字があるが、左側は「訓点」で右側には「送りガナ」が片仮名で表記されている。送りガナは日本語独特の漢字の付属品なので、続けて読めば理解できるだろう。問題は左側の訓点だ。
 
訓点または返り点は、漢語を日本語に並び替える作業を行う訳だが、一番多く使われているのが「レ点」で、次に頻繁に使われるのが「一・二点」、更に「一・二・三点」がある。大きなくくりとして「上・中・下点」、「甲・乙点」が存在する。
 
漢文点本のルール(明治時代に定まった?)によると、訓点(返り点)を読む順序は以下の通りとなるようだ。
 
なし ⇒ レ ⇒ 一 ⇒ 二 ⇒ 三 ⇒ 上 ⇒ 中 ⇒ 下 ⇒ 甲 ⇒ 乙 ⇒ 丙 ⇒ …
 

 
01-1
レ点  登山
 
まずは手始めに「レ点」から始めてみよう。カタカナの「レ」からきたと思われるチェックマークのような「レ点」(右図の緑色)がある場合は、下の1字を先に読んでから、後からすぐ上の1字を読む。これは訓読のルールの一つだ。
 
普通(音読み)に読めば「登山とざん」なのだが、「登」と「山」の間にレ点が書いてあるので、下の「山」に続いて訓読み付属品の送りガナ「ニ」を読み、後から「登」と送りガナの「ル」を付けて読む。
 
ここで大切なことは、「やま」も「のぼる」も古来から日本で使われてい大和やまと言葉を漢字にあてた表現…つまり訓読みだと言うことだ。
 
書き下し文は「山に登る」となる。学校時代の漢文の授業を思い出した方も居られるかもしれない。教科書を立てて寝ていた方(実は自分のこと)のレベルで進めよう。
 

 
01-2
一二点  學我書
 
次は「一・二点」だ。一、二は読む順番で、二字以上返って読む。最初は訓点のない「我」で始まり、先に「一」(茶色枠)の訓点のある位置の「書」と送りガナの「ヲ」を読み、続いて「二」の部分(赤色枠)の「學」と送りガナ「ブ」を読む。
 
書き下し文は「我書われしょを学ぶ」となる。ここまでは一般的な訓点で中学校で習うレベルなので、少しずつ思い起せるだろう。
 
余談だが「學」は旧字体で、新字体(現在日本で使われている字体)では「学」になる。戦前までの支那大陸では「繁体字」が使われ、日本でも旧字体とほぼ一緒だった。長い歴史を持つ繁体字は台湾(臺灣)だけに残っている。一方戦後、中国共産党は識字率をあげるために、文化的歴史を無視して表意文字からスッカリ様変わりした「簡体字」に変えてしまった。
 
紀元前1300年から続いた漢字文化が失われるとこは誠に残念だ。日本も文明開化の影響で、旧字体が徐々に減少し、戦後の教育制度によって、旧字体を目にする機会がほとんど失われてしまった。しかし最近は、パソコンの普及と相まって動画タイトル、SNSの文字数圧縮のために、難しい漢字や一部旧字体が復活しているのは興味深い。
 

 
02-3
一二三点  欲東渡鳥江
 
少し厄介になりますが、次に「一・二・三点」を見てみよう。前の「一・二点」に「三」の点が増える訳だが、二字以上返って読むのは同じだ。
 
まず訓点の付いていない漢字は上から「東」なので送りガナ「ノカタ」を付けて読み始め、次に訓点のない「鳥」を読む。他に訓点のない漢字は見当たらないので、「一」(茶色枠)の「江ヲ」、「二」(赤色枠)、最後に「三」(青色枠)の「欲ス」と読み進める。
 
書き下し文は「東のかた鳥江を渡らんと欲す」。
 
この辺りから何となく漢詩らしい趣が出てきたようだ。江戸時代の武家や町民ではないが、訓読を繰返していると、自然に目が慣れてくるものだ。
 

 
01-3
一二三点&レ点  志不可以不弘毅
 
訓読の基本も胸突き八丁と言ったところで、「一・二・三点」に「レ点」が加わる訓読である。実際の漢文でもこうした組合せは多い。
 
最初の「こころざし」は訓点が付いていないので先頭から読む。次の「不」と「可」の間には「レ点」があるので飛ばして、次に訓点のない「もっテ」を読む。次に訓点のない「弘」と「一」(茶色枠)の「毅」を「弘毅ナラ」と読む。「二」(赤色枠)の「不ル」は「ならざる」となる。
 
「三」(青色枠)は一つ上に「レ点」があるので、「不」と「可」は一体として捉え「可ならず」だから「べからず」と読む。
 
書下し文は「士は以て弘毅ならざるべからず」となる。
 
ここで「弘毅こうき」とは、ひとつの単語で「度量が広くて意志が強いこと」(デジタル大辞泉)とある。
 
また「ならざル」と「不可べからず」は、漢文の定型文で、「ならざる」と「べからず」に決まっている。「ならざるべからず」は二重否定なので、意味は「~しなくてはならない」となる。
 

 
02-1
上中下点&一二点  不爲児孫買美田
 
複数の順序が指定されている場合、「一・二点」を先に読んで「上・中・下点」がその後に続く。更に「甲・乙点」が加わる場合は、上中下点の後に甲乙丙丁と続けて読む。
 
ここではの訓点がない漢字は「児」と「美」であるが、美は下に田があるので「美田」として一語とみなしているようだ。従って「児」から始まり次の「一」(茶色枠)の「孫」が続き「児孫じそんノ」と読む。次に「二」(橙色枠)の「ためニ」に行く。
 
すでに数字の訓点はないので、「上」(緑色枠)の「美田びでんヲ」に進む。次は「中」(桃色枠)の「ハ」を読み、「下」(藍色枠)の否定の「」を読む。
 
書下し文は「児孫の為に美田を買はず」になる。「子孫に過分な財産を残してはいけない」という意味なのだろう。
 

 
元々、学校は理科系で、漢文は大の苦手である。無謀なチャレンジとは思いつつWikibooksの高等学校古文/漢文の読み方を参照させていただいた。理解不足、誤字脱字、勘違いや間違いがあるかも知れませんので「コメント欄」などからご指摘いただければ幸甚です。
 
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中朝事實(乾) 連載リスト
  1.きっかけ     2.リアリズム山鹿流   3.漢文の訓点
  4.よく見る旧字     5.名詞の基礎知識     6.印刷用原稿
  7.和綴じの準備